御者のお話し、テールの種明かし
テールは馬車に乗っている。それは、馬が走ることではなく、ただ快適に、しかし、自分の足は汚さないといったところが利点というべきか。
荷物まで運んでくれる馬車は、冒険者でもそれ以外の人でも、ごくありふれた移動手段だ。
その馬車の先に、馬に鞭打っているおじさんは、のほほんと口笛でも吹きそうである。
テールは、この座席から感じる不規則な馬車の揺れに、とてもぜいたくな気分に思えた。
この馬車は、友人のおじさんが用意してくれたものだ。代金も払ってくれているはず。
一人分でもこうして楽ができているのだから、娯楽みたいに少し値が張るものだろう、とテールは少し申し訳なさそうに、そして嬉しく思った。
馬車が日が沈む前には着くと、御者のおじさんからは聞いているが、基本あまり身動きが取れない。
一刻も早く街に行きたいのだから、馬車を止めることはしない。もちろん、排泄は別だが。
慣れない馬車で寝るのも時間がかかるので、テールは御者のおじさんにいろいろ聞いてみることにした。
「すいません。」
「なんだ?するのか?」
「いいえ、そうじゃなくて、自分は馬車が初めてで、何か慣れるコツとかあるんですか?」
「ふーん?なるほど、まあ俺くらいになると馬くらいブイブイ言わせるもんさ。こいつはいつも客を運んでいる馬で、俺はトロイって呼んでる。あんまり、早くなることはないな、年だろうから。
で、馬車に慣れるって、それはそのうちだ。そういえば、お前、するのか?って聞いたときにそうじゃないって断ったよな?馬車が本当にダメな奴は、見るからに顔色が悪くなって、最悪何も間に合わなくてげろっちまうやつのことだ。揺れが全体的にダメな奴以外心配することじゃねぇ。]
「なんでおじさんは御者をやっているんですか。」
「まだあるのかよ。えーとな、俺は御者の息子だった。単にいえばそれだけだ。でもな、小さいころから馬と触れすぎると愛着がわいてな。
うちの親父はもうくたばっちまったが、割と天職なのかもしれないし、何よりこいつもまだくたばっちゃいねぇ。
そりゃ、運び屋で、たまに魔物だって来るかもしれない道の依頼もあるかもしれないけどな、何も言わずに頑張ってくれるこいつがいるなら、こっちも歯を食いしばんなきゃと思ってやっているわけだ。
まあ、俺にはこいつが何を言っているのかなんてわかっていないがな、ワハハ。」
テールはまだ、冒険者というものが耳づてにしか情報に入っていない。
魔物だってほとんどこない街で内職ばかりをしてきて、外の世界を知らなかった。
御者のおじさんは、戦いはしないけれど、お金を払ってくれる人にその馬が行ける道、可能な距離を足で提供している。
つまりは、その道中で魔物と出くわすことがあるかもしれない。たいして武器も持っていないのに。
それどころか楽しそうに馬車を走らせるのは長年の経験か、それとも天職なのか。
そして、自分もこんなふうに、冒険者を楽しむことができるだろうか。
馬車に揺られるまま、テールは馬車の行く先を見ながらそう思った。
「おし、もうちょいでこの森を抜けるからな。少し飛ばすぞ。」
そういって、御者のおじさんは馬車のスピードを上げる。
隣に置いてある荷物ごと自分の体も一瞬跳ねる。しかし、すぐにスピードに慣れていく。
確かに早くなったし、これなら森を抜けるのも、あと数分とかからないだろう。
そのとき、御者のおじさんが、「ん?」とその太い顔をしかめた。
どうしたのか、馬の調子が悪いのか、それとも、馬車の車輪に不具合が。
「おい!坊主!お前は戦えるのか?戦えないなら降りろ!」
急に何を言い出すかと思いきや、その声色は焦りを浮かべていた。
「どうしたんですか?いったい何が?」
「あれだ、オオカミの魔物だ、ウルフめ。こんなところで気が付かれるとは。これだから細心の注意ってやつは嫌なんだ!」
「おじさん、僕は多少なら魔法を使えます。あまり練習したことがないから、せめて目くらましでもします!」
「目くらましか。そうだな、それに賭けてみるしかねぇ。俺はこのままのスピードを維持する。
倒せなくても、門番のいるところまでくれば俺たちの勝ちだ。わかったな?」
「はい、やってみます。」
テールは馬車の中からしゃがみ込む状態で、後ろを追いかけてくる3体のウルフを見つけた。
このスピードに追い付くのであれば、襲い掛かってくるのも容易に考えられる。
馬車の素材も考え、火魔法ではなく水魔法での妨害をテールは考える。
まずは、そのまま、ウルフに当てようとしてみる。撃ち出された水は、相手を物理的に痛めつける威力はなくとも、妨害には十分な量と正確性を持っていた。
しかし、ウルフは分かっていたといわんばかりに、サイドステップをして避けたあと、すぐに追ってきた。
やばい、このままでは、先にテールのほうが魔力が尽きてしまう。
さっきみたいに、正確に当てようとすると、1体しか狙い撃ちできな上に、避けられることもある。
テールは考える。撃破ではなく妨害。全体に当てる。よし。
テールは、そばにあった丸いごつごつした農作物を両手に掴むと、両脇にいるウルフに届くように投げた。
それは作物だったが、走っている最中だったか、においでの判断ができなかったのか、ウルフは石か何かだと勘違いし、避けるために、真ん中よりになった。
そこで、テールは水魔法を両手から、さっきより量を分断するようしたおかげで、そのままの体制で何とか発動できた。
その水は、撃ち出されると、馬車の通った地面を、その道を横範囲に盛大に濡らし始め、そこを通るウルフを滑らせて、見事に足止めの役割を果たした。
すると、おじさんが、「ウルフがおとなしくなったか?何かしたか?」と聞いてくるので、テールは、水魔法で滑らせただけです、と簡潔に答えた。
すると、おじさんがよくやった、と親指を突き出したサインを送ってくる。どうやら、判断はよかったらしい。
こうしている間に、テールを乗せた馬車は、森を抜けだすことに成功するのだった。