変化
ひとまずスキル「勇者」の発現を隠すことにした少年だが、名前が名前だけのスキルであるため、何かあるのではと思っていた。
次の日、少年は知り合いの仕事を手伝う。家畜の面倒を見ることだ。
モウやコケッコと言った生乳や卵を生み出す家畜の世話をするのだが、知り合いに頼まれてからはすっかり個人作業になっていた。
元々は知り合いの親がやっていたが、力仕事が多いのと場所を転々と動き回るので身体的な疲労がかかる。
そこで、白羽の矢が立ったのが少年と知り合いの同級生であった。
知り合いは日中動き回るのが無理とか家畜の臭さが気になって仕事にならないとイヤイヤをしていた。
少年は働くことが日常だったので、高度な技術を要するような、自分に負えない仕事だけを丁寧に断ってそれ以外を行なっていた。
少年も最初は家畜の臭いに顔をしかめていたが、それも段々と慣れてきた。
それどころか、家畜に可愛さを見出し、家畜だということを理解しながらまるで言葉を交わすように距離を縮めている。
しかし、そんなお気に入りの作業をしながらも、少年の心はやはり上の空だった。
スキルのことばかり考えていた。無意識に撫ですぎてコケッコを怒らせてしまった。
具体的に何に悩んでいるかというと、新たなスキルの発現である。
何故、スキルが発現したか分かったかというと、スキルとスキルに適正のある行動に体の魔力が反応するという現象があるからだ。
少年は他のスキルを持った子供たちから話を聞いていた。
水魔法を覚えた子は朝水が飲みたいと思って台所に行こうとしたら、利き腕の中で内側から何かが出てきそうな感覚があると聞いた。
その子は実際に見せてくれた。
水が飲みたいとその衝動のようなものにしたがっ
て放出するように手を差し出したら、緩やかに何
かの筒を伝ってきたかのような水がひとりでに弧
を描いて流れ出ている。
少年はこういうのが魔法だと学んだ。そしてその大元はまず、スキルの体現である。
自分にもそういった体への魔力の流動が起こりうるのだと、スキル「勇者」に想いを馳せる。
そして、今に至る。少年はやはり上の空。
そして新しいスキルの発現云々であったが、これは丁度今朝の出来事であった。
少年は仕事の為早く起きると水を飲もうとして台所に行こうとした。すると、自分の手に知らずに水が滴っていた。
少年は、雨漏りか自分のおねしょかを考えて天井を確認し、手元を嗅ぐ。結局どちらでもなかったが、少年はまさかと思った。
水を飲みたいという行動に則ってすきるがそれに反応したというのなら、台所に水を飲みに行こうとした自分はその状況にある可能性があると。
もう一度、今度は受け皿を用意して水を飲みたいと思いながら台所に近づいていった。
すると、少年の考えが当たったのか、受け皿には多くの水が、そして、滴る量が近づくにつれて多くなっているじぶんの利き腕が目に入る。
少年はスキル「勇者」に続いて水魔法まで習得したのかとこのとき思っていた。
しかし、周りの子が言うような予兆がなく怪奇現象と言う場合もあったので少年は内心ほっとしていた。
水を飲んだ少年は朝食を食べようとしたが、台所には何も料理と呼べるものがなかった。
これも、知り合いの家では割とよくあることである。
事務作業という身体的に楽な仕事になった知り合いの両親は朝から家畜の様子を見に行く少年と時間のロスが生じることがあるのだ。
ここ最近はそれが顕著になってきてもはやかにすることでもなくなった。
無駄遣いをしなければ少年は食材を使って釜を使っていいことになっていた。
そして、案の定何もなかった台所で手早く何かを作って食べようとフライパンという異世界人が名付けた調理器具を使い、火を使おうとした。
すると、空いていた左手に仄かな温かさを感じた。
少年は左手を確認すると、なんと、小さい火種のような火が指先と距離を空けて発火しているのであった。
これを横から見れば火種の火が指先から少し浮いてるように見えるだろう。
少年の手は特に燃えていなかった。
そう、これが本当に燃えていたなら魔法ではなくただ少年付近すなわち左手の指に火が発火したこれまた怪奇現象であるのだから。
少年は本日二度目の溜息をほっとついた。おそらく、少年の精神は今日一日で格段に強化されたであろう出来事ばかりであったり
そして、家畜の世話をする時にもその現象は起こった。
モウとコケッコの餌やりの時であった。
モウはイネなる草を食べるのだが、おからなるものと野菜を細かく切り、散りばめた飼食と呼んでいるものをあげている。
その際にコケッコはなるべく野菜を避けようとする。
しかし、こちらとしてはきちんと育ってもらわないと怒られてしまうし、家畜も飼食の栄養のバランスが悪くて様子がおかしかったり、元気が無くなってしまうのだ。
だから、コケッコの餌はあげる前によくかき混ぜるのだ。
けれども、これが大変なのだ。コケッコの数が少なければ餌も少ないのでかき混ぜやすい。
しかし、コケッコの数は多く、朝も多い。この掻き混ぜる作業だけは普通に時間がかかるのだ。
そう思いながら、少年は餌を混ぜようとした。
すると、少年の持っているショベルと言われる農具がその取っ手部分が握られたまま、ひとりでに横回転を始めた。
ショベルが横回転していくことにより、飼料が掻き混ぜられていく。しかも均等にだ。
少年は今日三度目の怪奇現象もどきを魔法と確信しながら恐らくは念動力であろうという予測を立てた少年は、この時点で体の力が抜けるような感覚を味わっていた。
そしてコケッコを撫で回して今に至る。今日の前半部分に起きたことを思い出しているうちにコケッコに指を齧られた。皮がむけ少し血が出る。
少年はこのままの手で家畜の世話をするのは血に変な反応、家畜が拒否反応を起こして警戒されてしまったらよくないので包帯を取りに行った。
力が入らない体で走ったのだから少年はヘトヘトだった。だが、そのせいで自分の噛まれた指の状態を理解していなかったのだ。
なんと、少年の指は止血どころか噛まれた跡すらなかったのだ。指の腹は健康な肌色を取り戻していた。
そしてこの現象に少年が今日一に驚いて感じていた。
自然治癒もなのかと。