第六章 サバイバル戦
訓練所の朝は早い。僕は布団から起きると、歯を磨き、身支度を整える。食堂に行く前にジェームズから貰った丸い木の板に木製の手裏剣を投げつける。三枚の木製の手裏剣を投げつけ、全てが的に当たった。なんとなく今日の訓練は上手くできそうだなと思った。
訓練所に来てからは、日課を決めて、それをするようになった。先ず、寝る前に習った忍術を発動する。分身の術、変化の術を三回ずつこなす。日課のおかげで、この二つの術は、ほぼ完璧にできるようになった。それと腕立て伏せもしている。無駄かもしれないけど、何か行動せずにはいられないのでしている。
なぜ、日課をこなすようになったかと言うと、僕と同じ訓練生達は、常に真面目に訓練を受けていて、何かしなければ、他人と差を広げられるからだ。そう思った僕は、寝る前と起きた後に、日課をする。今、やった手裏剣投げも日課の一つだ。ちなみに日課は、僕の隣の部屋のジェームズもしている。
ジェームズは、夜寝る前に手裏剣を投げている。毎晩、決まった時間に手裏剣を投げる音が聞こえるので、毎日努力をしている。皆、考えていることは、一緒という分けだ。僕は、木製の手裏剣を投げ終えたので、自室の扉を開けて、部屋を出る。すると、隣の部屋のジェームズも、ちょうど自分の部屋を出たところだった。
「おはよう、ジェームズ」
「おはよう、アルス。今日は真ん中に手裏剣を当てられた?」
「真ん中には当たらなかったけど、三枚とも的には当たったよ」
「それはよかったね。じゃあ、朝食を食べに行こう」
僕とジェームズは、朝食を食べに食堂に向かう。食堂に向かうと、僕とジェームズ以外のチームメイトが既に席に着いて、朝食を食べていた。僕とジェームズもカウンターで食事を受け取り、チームメイトのいるテーブルに向かい、席に着いた。
チームメイトと食事をするのはチーム専用室での話し合いで決めた。そうした方が、色々と悩みやチーム内での問題を話したりできるからだ。サバイバル戦が始まれば、チームとしての連携力が必要になると京太郎は言っていたので、チームメイトと顔を合わせる機会は多い方がいい。
朝食の最中は、日常的に始めた忍術や手裏剣の練習についての話をした。皆、僕と同様に練習していることを確認できた。朝食の時間が終わり、僕達は訓練に向かう。今日一番の訓練は罠に関する訓練だった。
東エリアに集まった訓練生達は、望月先生の指導の元、一ヶ所に集められていた。望月先生は集まった訓練生一人一人を確認すると、木箱を用意し、話し始めた。
「全員集まっているようなので、訓練を始めたいと思います。この時間で行う訓練は、罠についてです。訓練所内で行われるサバイバル戦でも罠の使用は、一定のルールを守った上で、許可されているので、罠に興味がある訓練生はしっかりと話を聞いてくださいね」
望月先生がそう言うと、訓練生達は黙って頷く。
「それでは、先ず、私の方から簡単な質問をさせてもらいましょうか。皆さんは罠と言う言葉を聞くと、どういった罠を想像しますか?」
「落とし穴」
「地雷」
「ワイヤー」
「ガスが噴射する罠」
「壁から槍が出る罠」
「天井から鉄球が落ちてくる罠」
訓練生は思いつく罠を次々に述べていった。
「そう、皆さんが言うように罠と言うのは、思いつくだけで、様々な種類があり、その用途は、足止め、罠による殺傷、相手の警戒心を無駄に高めさせて混乱させる等、複数の種類が存在します。そして、罠は大まかに種類を分類できて、『目に見える罠』と『目に見えない罠』が存在します。皆さんに先程述べてもらった罠を分類すると、全てが『目に見える罠』に属します。それでは、『目に見えない罠』とはどういった罠なのかと言うのを、説明します」
望月先生はそう言うと、懐から野球ボールを取り出した。
僕を含めた訓練生達は、望月先生がなぜ野球ボールを取り出したのか疑問に思っていると、望月先生は野球ボールを訓練生達の目の前に投げた。望月先生が投げた野球ボールは、地面を転がり、僕の目の前に止まった。僕は地面に落ちた野球ボールを拾う。
「望月先生、この野球ボールと『目に見えない罠』にどういう関係があるんですか?」
僕は右手で野球ボールを持ったまま、望月先生に向かって言った。
「それを今から説明する前に、その野球ボールに耳を当てて下さい。何か聞こえませんか?」
望月先生に言われ、僕は野球ボールに耳を当てる。すると、野球ボールから何か音が聞こえた。その音は時計の針が動いているような音だった。
「時計の針が動いているような音が聞こえますけど、これは何ですか?」
「それは野球ボールではなく、爆弾です」
望月先生の言葉に、僕は驚き、野球ボールをすぐに捨てた。もちろん他の訓練生達も警戒して、野球ボールから離れる。野球ボールを爆弾だと言った望月先生は、捨てられた野球ボールに近づき、野球ボールを拾い上げた。
「爆弾と言ったのは、嘘で、本当はただの時計が入っているだけです」
望月先生はそう言って、野球ボールを懐にしまった。
「皆さんが野球ボールを警戒しなかったのは、野球ボールが野球をするための道具であって、人間を傷つけるための物ではないと言う認識があったからだと考えられます。このように、深層意識に根付いたイメージを利用する罠を『意識の罠』と言います」
「望月先生、その『意識の罠』と言うのは、例えば、普段使っているテレビのリモコンに爆弾を仕掛け、電源を押すと、起爆するような仕組みも『意識の罠』になりますか?」
エミリーが望月先生に向かって言った。
「なりますね。正しい『意識の罠』の使用法と言えます。人間と言うのは、人生経験を積み重ねていく過程で、ナイフや銃は人を傷つける物、野球ボールやテレビのリモコンは人間に対して、無害な物という無意識の選別を行ってしまう生き物なのです。『意識の罠』は『目に見えない罠』に属し、人間の意識を利用した回避困難な罠のことを言います」
望月先生はそう言って、木箱からワイヤーを取り出す。
「二種類の罠の説明を終えたところで、今から始めるのは、『目に見える罠』に属するワイヤーを使った簡単な罠の作成方法を教えようと思います」
望月先生はそう言って、二本の飛びクナイを懐から取り出した。取り出した二本の飛びクナイの輪っかにワイヤーを通し、二本の飛びクナイがワイヤーで繋がれると、それを訓練生達に見せた。
「簡単ですね。これで罠の出来上がりです。後はこれを壁と壁の低い位置に突き刺せば、足元用の罠になり、高い位置に設置すれば、通行の邪魔になります」
「望月先生、でもそんな幼稚な罠に引っかかる人はいないんじゃないでしょうか?それにそんな罠に引っかかっても、対して痛い思いもしなさそうだし」
訓練生の一人が、望月先生に向かって言った。
「そんなことはありませんよ。簡単に作れて、大量に設置できれば、それだけで敵に圧力をかけられますし、このワイヤーを使った罠というのは、本来ワイヤーに爆発物を付けたり、ワイヤー自体をピアノ線等の鋭利な物質にすることで、罠として絶大な効果を発揮するものになります」
訓練生の質問に答えた望月先生は、大きな複数の木箱を訓練生達の目の前に置いた。
「それでは、みなさんで罠を作成しましょう。木箱の中に、罠作成用のクナイとワイヤーがあるので、それらを使って罠を作成して下さい。木箱は一チームにつき、一つ支給します。何か分からないことがあったら、質問をしてくださいね」
僕達訓練生は望月先生が作成したワイヤーの罠を作り始めた。飛びクナイの輪っかの部分に、ワイヤーを通して結ぶだけなので、罠の作成は簡単にできた。訓練生全員が罠の作成に成功した時、エミリーが望月先生に向かって質問した。
「望月先生、この木箱の中のベルを使ってもいいですか?」
エミリーは木箱から複数のベルを取り出していた。
「ええ、いいですよ。非常に良い点に気付きましたね」
望月先生にベルの使用許可を貰ったエミリーは自分で作ったワイヤーの罠にベルを取り付けた。ベルが付いたワイヤーは、ワイヤーが揺れる度に、ベルの音が鳴る仕組みになった。
「そうやってワイヤーに仕掛けを施せば、ワイヤーの罠の種類は、大幅に増えます。工夫次第で、罠の威力や用途を変えられると言う分けです」
罠の作成時間は続き、訓練生全員がワイヤーの罠を作れるようになると、罠の授業時間が終わり、望月先生は去って行った。
罠の時間が終わった後、僕達はFクラスの教室内へと移動していた。どうやらサバイバル戦が近いので、担当の教忍から説明を受けることになるらしい。Fクラスに着いた僕達は、藤村先生の到着を待つ。藤村先生は僕達が予想するよりも早い時間に部屋に来て、部屋に着くと、二枚の紙をFクラスの訓練生全員に渡した。
「皆、もう知っていると思うが、近々、サバイバル戦が始まる。このサバイバル戦は他のチームとのポイントを競い合う試合で、全クラスが出場しなければならない試合だ。この試合の結果は卒業後の進路に関わるので、真面目に試合に臨んでほしい」
藤村先生はそう言うと、黒板に文字を書き始め、書き終えると、再び訓練生の方に視線を向ける。
「それではサバイバル戦の大まかなルールを説明しよう。先ず、参加人数は六人一チームで行う。試合に使用する忍具は、予め支給する試合用の手裏剣と飛びクナイとまきびしになる。これらは君達が普段の訓練で使用する忍具とは違って、形状が変更されている」
藤村先生はそう言って、懐から黒い長方形の箱を取り出した。藤村先生が取り出した黒い長方形の箱の中には、手裏剣と飛びクナイとまきびしが一つずつ入っていた。それらの忍具は、刃の部分が黄色くなっていて、揺らすと震える使用になっていた。
「このようにサバイバル戦で使用する手裏剣と飛びクナイは、刃の部分が柔らかい素材に加工されており、刃の部分が人体に当たっても、怪我をすることはない。それと刃の部分にペイントが施されているのは、手裏剣や飛びクナイが身体に当たった時に、ポイントとして判定するために、色が付いている」
藤村先生は説明を終えると、色付きの手裏剣と飛びクナイを黒い長方形の箱にしまった。
「藤村先生、ペイントでポイント数を確認するのは理解できるんですけど、ポイントを誤魔化すこともできるんじゃないですか?例えば、身体に付いたペイントを拭き取るとか、身体に当たった手裏剣の回数を減らして申告するとか、方法はいくらでもあると思います」
ジェームズが藤村先生に向かって言った。
「そうだな、それはよくある質問だ。不正ができるかどうかの話しだが、不正はできないようになっている。サバイバル戦では、常に教忍が試合会場の周りから試合を監視していて、試合会場には監視カメラも設置している。なので、不正を行ったり、ポイント計算を低く申告しても、教忍側が集計したポイントでしかカウントはされない。それに教忍にはポイント集計の他にも訓練生の動きを見て、特別ポイントのカウントも行っている」
「特別ポイントって何ですか?」
マイクが藤村先生に向かって言った。
「特別ポイントとは、試合中の訓練生の動きを見て、それが評価に値する場合に、特別ポイントが付与される。例えば、手裏剣の命中精度が高いとか敵チームからの攻撃をよく回避しているとか戦略や戦術が上手く敵チームに効果を発揮しているとか評価の項目は多数存在する。ただ、この特別ポイントは試合の勝敗を決めるポイントには、組み込まれない。ならば、なぜ特別ポイントを設定しているのかと言うと、それは六年間のサバイバル戦での評価を計算できてしまえるからだ」
藤村先生の言葉に、少し理解が追い付いていない訓練生達の中、京太郎が発言する。
「つまり、六年間のポイントの計算をできてしまえる以上、下位チームはどうやっても上位チームになれないため、その救済措置のために、特別ポイントを設定したんですね?」
「ああ、その通りだ。特別ポイントがない状態だと、六年間の成績が悪いチームは逆転ができないため、やる気をなくす場合がある。だから、特別ポイントを設定した。これは上位のチームに対しても、効果を発揮するもので、油断をしていると、特別ポイントの集計で、優秀賞を逃す可能性もあるため、手を抜けないようにしている部分もある」
「つまり、藤村先生の言いたいことを簡単に言うと、自分の力を最大限に発揮して、試合に臨めってことですね?」
エミリーが藤村先生に向かって言った。
「ああ、その通りだ。サバイバル戦の基本的な説明を行ったので、残りの細かいルールに関しては、配布した紙を見てくれ」
藤村先生に言われた通り、僕は紙に書いてあるルールに目を通す。
○相手の肉体を傷つけてはいけない。
○試合用の忍具以外の忍具を身体に当ててはいけない。
○試合開始のスタート地点は、コイントスの表裏を当てた方のチームに選択権がある。
○試合中の連絡は、無線を使用してよい。
○規定人数以上の人間が参加してはいけない。
○試合時間は、一試合三十分間。
○ポイント制で規定ポイントに到達した時点で、試合終了。
○試合中の規定ポイントは、四十五点先取した時点で終了。勝利したチームには、加点十五ポイントが入る。
○試合中の時間の経過とポイントの確認は、電光掲示板のカウントで確認できる。
○試合を始める前、安全のために専用のプラスチック製の黒マスクとゴーグルを着用してもらいます。着用せずに試合に出場した場合、反則行為とみなし、強制敗北になります(試合のポイントが0点になる)
○試合用の忍具の持ち込み数について、まきびし二十個、手裏剣・飛びクナイは合計で二十四本までとする(例=手裏剣十二枚。飛びクナイ十二本。合計二十四発分の忍具)
○暴力行為が確認された場合、その時点で試合終了となり、ポイントの決算を行う。
○試合用の忍具を身体のどこかに仕込むのは許可されているが、必ず試合前に教忍に報告すること(報告漏れがあった場合、強制敗北となり、試合のポイントは0点になる)
○試合を始める前と終わる時に、必ずチーム同士で飛びクナイを交えること(相手への敬意を示すため)
○自分の撒いた試合用のまきびしを踏むんだり、自分で仕掛けた罠にかかると減点二ポイント。
○相手が完全に身動きがとれない状態になる行動、もしくは罠を仕掛けてはいけない。
○罠を仕掛けるように、試合用ではない手裏剣と飛びクナイを持ち込んでもよい(ただし、教忍に申告していない、もしくは試合用ではない手裏剣や飛びクナイを人間に投げつけた場合、強制敗北となり、試合のポイントは0点となる)
僕は紙に記載されている細かいルールを見た。これをすぐに覚えるのは、なかなか難しそうに感じた。
「もちろんすぐにこのルールを覚えろとは言わない。サバイバル戦は来週には始まるので、それまでに覚えればいい。それと配布した紙の裏面には、どこのチームと試合をするのかが分かる表があるので、自分達のチームがどこのチームと試合をするのか確認するように。もう一枚の紙は、初戦のサバイバル戦の地図なので、それも目を通しておいてくれ」
藤村先生から裏面を見るように言われた僕を含めたFクラスの訓練生は、裏面を確認する。すると、僕達のチームの初戦は、桃田 一郎がチームリーダーのAクラスだ。初戦からAクラスと試合を行うとは思わなかったので、これには少し驚いた。
「皆、裏面の試合相手のクラスとチームを確認したな?それでは、残りの時間は、サバイバル戦用の作戦を立てる時間に費やしていいぞ。各チームはチーム専用室に移動しても良しとする」
藤村先生はそう言い残し、Fクラスの教室を出て行った。僕達はFクラスの教室を出て、自分達のチーム専用室に向かう。チーム専用室に向かう途中、マイクがトイレに行くと言ったので、僕達五人は先に、チーム専用室に着いた。
「さあ、サバイバル戦の作戦を立てよう。先ず、何について話そうか?」
ジェームズが言った。
「単純に相手チームの対策をしたいけど、情報がないよね。そうなると、話題はそれ以外になるんじゃないかな」
エミリーが言った。
「それ以外って言うと、例えば?」
ダニエルがエミリーに向かって言った。
「そうだね。例えば、使用する忍具や忍術をどうやって使ってくるかとか?」
エミリーがダニエルに向かって言った。
「忍具は普通に使うと思うけど、忍術は間違いなく工夫して使ってくると思うよ」
京太郎が言った。
「僕も京太郎と同じ考えで、変化の術で、僕達の内の誰かに変化して、騙し討ちをしてくるんじゃないかと考えている」
僕がそう言った時、マイクが部屋に入って来た。
「遅れてごめん。作戦会議だよね?」
マイクが言った。
「ああ、今、相手のチームがどんな行動をするのか、予想していたんだ」
僕がマイクに向かって言った。
「あっ、そうだ!作戦会議をするなら、メモを取った方がいいね。いい案が出たら、書いておいた方がいいもんね」
ジェームズはそう言うと、小さいメモ帳を懐から取り出した。メモを取り出したジェームズは、ペンを取り出そうとするが、ペンが見つからない様子で、ペンを探している。
「もしかしてペンが無いの?」
エミリーがジェームズに向かって言った。
「う~ん、どうやらどこかに落としたらしい」
ジェームズは困った様子で言った。すると、マイクがジェームズに向かって、ペンを差し出した。
「ジェームズ、よかったら、このペン使ってよ」
マイクが差し出したペンをジェームズは掴む。
「ありがとう、使わせてもらうよ」
「用意が良いな、マイク。いつもペンを持ち歩いているのか?」
ダニエルがマイクに向かって言った。
「いや、さっき僕がトイレに行った時に、同じクラスの奴に貰ったんだ。作戦会議をするだろうから、使うと良いよってね」
マイクがダニエルに向かって言った。僕はこのマイクの発言に、何かがおかしいと思った。その考えは、京太郎も感じていた模様で、京太郎と目が合った。
「なあ、ジェームズ。そのペンを僕に貸してくれないか?」
僕はジェームズに向かって言った。
「ああ、良いけど。ペンをどうするんだ?」
ジェームズが僕に向かって言った。
「まあ、見ていてくれ」
僕はそう言って、ジェームズから受け取ったペンをテーブルの真ん中に置いた。京太郎は木製の飛びクナイを懐から取り出す。この時点で、エミリーもダニエルもジェームズも僕と京太郎の考えに気付く。
「ねえ、アルス。もしかして、このペン・・・・・・」
エミリーが僕に向かって言った。
「ああ、多分、そうだと思う。京太郎、やってくれ」
「分かった。おい、今から、五秒間、時間をやる。五秒数える内に、忍術を解除しないと、木製の飛びクナイで突き刺す。それじゃあ、行くぞ。五・・・・・・四・・・・・・三・・・・・・二・・・・・・」
と京太郎がカウントを続けた時、突然、ペンから煙が発生し、煙の中から男の子が出てきた。男の子の正体は、Aクラスの高坂 昇だった。
「ちっ!バレたか!」
高坂はそう言って、テーブルから飛び降り、僕達のチーム専用室から逃げるように出て行った。
「やっぱりAチームの奴だったか。マイクを油断させるために、Fクラスの訓練生に高坂と同じチームの奴が変化の術で変身して、マイクに接触したんだ」
僕が言った。
「変化の術で、ペンに変身して、僕達の作戦を盗聴しようとしてたって分けか」
ダニエルが言った。
「既に試合は始まっているってことだね。情報戦は、戦いの基本な分けだし」
京太郎が言った。
「皆、ごめん。僕が不用意にペンなんか貰わなければ、こんなことにはならなかったよね」
マイクは悲しそうな表情で言った。
「そんなに気にすることないよ、マイク。誰だって、引っかかる可能性があった分けだしね」
エミリーがマイクに向かって言った。
「でも、変化の術に対して、何か対策を取らないと、簡単に情報を奪われる可能性があるよね。何か案を出さないと」
ジェームズが言った。
「それについて何だけど、チーム専用室にセキュリティを設けるのはどうかな?」
僕が言った。
「僕もアルスの案に賛成で、部屋に入る際に設問を設ける必要があると思う。もちろん他人から得体の知れない物を受け取らないってことも覚えておくと言う条件の元でね」
京太郎が言った。
「部屋に入る際の設問か。例えば、ノックの回数で仲間かどうか判断するのは、どうかな?四回ノックしたら、仲間で、それ以外の回数では、敵チームになる」
ダニエルが言った。
「それいいね。採用しよう」
僕が言った。
「ノックの次は合言葉を設定するのは、どうかな?」
京太郎が言った。
「合言葉か?例えば、何がある?」
僕は京太郎に向かって言った。
「そうだな。山と質問したら、山とは正反対の場所にある海を答えるみたいな。そう言う合言葉にしたらいいと思うけど」
京太郎が僕に向かって言った。
「だったら、機械と質問したら、ウサギと答えるって言うのは、どう?正反対の答えだったら、生物と答えるところを特定されないように、ウサギと設定しておけば、簡単にはバレないでしょ?」
エミリーが言った。
「悪くないね。採用しよう」
僕が言った。
「設問を設けるなら、後一つぐらいは必要じゃないかな?」
マイクが言った。
「まあ、三つあれば、充分なセキュリティになるだろうけど。う~ん、思いつかないな」
ダニエルが言った。
「最後の設問に関しては、僕から提案するよ。最後の設問は、血の色は何色でしょうって質問はどうかな?」
僕が言った。
「血の色は、赤でしょ?簡単すぎじゃないかな?」
ジェームズが言った。
「いや、その質問の答えを赤以外にするんだろ?直前の質問が機械の問いに対し、ウサギと答えさせてる分だから、答えはあくまで色に限定するんじゃないかな?」
京太郎が僕に向かって言った。
「その通り。京太郎が今、言った通り、僕は血の色はと言う質問に対して、紫と言う答えを設定しようかと考えてる。悪くない発想だと思うんだけど、どうかな?」
僕はチームメイトに向かって言った。
「いいね。僕は賛成だ」
ダニエルが言った。
「僕も賛成かな。初めは、簡単な質問だと思ったけど、仕組みが分かれば、結構騙されそうな質問だし、良いと思う」
ジェームズが言った。
「僕も当然賛成だ」
京太郎が言った。
「私もアルスの提案を支持するよ。後、部屋に入った後に、何かするって言うのは、どうかな?」
エミリーが言った。
「例えば、その場で二回ジャンプするとか?」
マイクが言った。
「いいね。それで決まりだ。セキュリティに関しては、これ以上話すことはないね」
僕が言った。
「後は、サバイバル戦で変化の術を使われたときのことを対策しないとね」
マイクが言った。
「ああ、サバイバル戦の話をしないといけないよね。誰か何か案はないかな?」
僕はチームメイトに向かって言った。
「それについては、僕から二つ提案があって、風魔一族の歴史を交えた話をしたいんだ。少し長くなるけどいいかな?」
京太郎が言った。
「提案があるなら聞かせてほしいな」
ジェームズが言った。
「分かった、話すよ。先ず、有名な忍者と言うのは、親から子供へと名前を受け継ぐ慣習があるんだ。それを踏まえた上で、五代目風魔 小太郎の話をするね。五代目風魔 小太郎が大勢の部下の忍者を引き連れていた時の話しだ。この時、風魔の部下に敵の忍者がスパイとして紛れていたんだ。当然、大勢いる忍者の中で、限られたスパイを見つけ出すのは、困難だ。だが、五代目風魔 小太郎は、一瞬で敵のスパイを見つけ出すことに成功した。その方法は、風魔とその部下達が座りながら休憩している時に、とある言葉を風魔が叫ぶように言った後に、部下全員で立ち上がると言う方法だ」
「全員で立ち上がる?それに何の意味があるんだ?」
ダニエルが京太郎に向かって言った。
「この方法を使うと、敵のスパイは、当然驚く。なにせ、風魔が知らない言葉を叫ぶと、風魔の部下全員が一斉に立ち上がる分けだからね。すると、そこではっきりするんだよ。風魔の部下かそうでないかがね。この一連の流れを『居すぐり』と言うんだ」
京太郎が言った。
「つまりは、すぐに立ち上がった者は、風魔の部下で、驚いてすぐに立ち上がらなかった者は、敵のスパイと言う分けか。面白そうだね、僕はこの話を聞いて、ぜひ、採用したいと思ったよ」
僕は京太郎に向かって言った。
「僕も賛成だよ。ただ、立ち上がるときの言葉を何にするか決めないといけないね」
ジェームズが言った。
「言葉に関しては、京太郎が決めたらいいんじゃない?元々、京太郎の提案なんだし」
エミリーが言った。
「僕もその方が良いと思うよ」
マイクが言った。
「それじゃあ、合言葉は『クジラ』にしよう」
京太郎が言った。
「何で合言葉を『クジラ』にしたの?」
僕は京太郎に向かって言った。
「何となく立ち上がると言う動作が思いつかない生物にしようと思っただけさ」
京太郎が僕に向かって言った。
「じゃあ、これで変化の術の対策はできたって分けだね」
ダニエルが言った。
「ちょっと待って。もう一つの提案が残ってる」
京太郎が言った。
「そう言えば、二つあるって言ってたね」
エミリーが京太郎に向かって言った。
「ああ、そうだよ。後一つは、もしも敵のチームが僕達の誰かに変化の術で化けていた場合、その場ですぐに確認できるハンドサインがあった方がいいと思うんだ。それで、ハンドサインの一例として、一方が中指と薬指と親指をくっつけ、人差し指と小指を立てて、キツネのサインを見せる。キツネのサインを見せられた方は、キツネのサインを返すけど、この時、人差し指と小指を下ろして見せる。ちょうどキツネの耳が垂れているように見える感じに指を動かすんだ」
京太郎が言った。
「わざわざハンドサインを二種類使用するのは、なぜ?キツネのサインだけじゃ駄目なの?」
マイクが京太郎に向かって言った。
「ハンドサインが一種類だと、相手にハンドサインのことが知られてしまった場合、ハンドサインを悪用される可能性があるから、二種類にしたんだ」
「つまりはハンドサインが敵のチームに知られて、変化の術で僕達の誰かに変身して、ハンドサインを見せれば、絶対に疑われない状況ができてしまうってことだね?」
僕は京太郎に向かって言った。
「そう、だから、ハンドサインは二種類必要で、必ずキツネのサインを見せた後は、耳の垂れたキツネのサインを見せる必要がある。ハンドサインが二種類なら、一試合中に、ハンドサインを完璧に把握はされないだろうしね」
「なるほど。ハンドサインの種類については理解できたよ。これで変化の術の対策は完璧だね。後は、え~~っと、何を話し合うべきかな?」
マイクが言った。
「後は、地図だね。サバイバル戦の地図の中で、どういった動きをするかだ。この配布された地図を元に考えると、試合開始位置は、EとFの二ヶ所で、地図はABCDの四つのエリアに分かれている。二ヶ所に試合用の手裏剣と飛びクナイを補給できる場所が存在して、それはAとCのエリアの中間とBとDのエリアの中間にある。試合用の武器を使用して無くなる場合があるから、それに備えて、武器補給に向かうメンバーを決めたいと思うんだけど、どうかな?」
ジェームズがチームメイトに向かって言った。
「武器補給に関しては、ダニエルと京太郎に任せたいなと考えている。チームメンバー内の障害走行では、二人の足が速いって言うのは、知っているし、二人に任せたい。ダニエルは、AとCの中間エリアに、京太郎はBとDの中間エリアに向かってほしいと考えてる。どうかな?」
僕はダニエルと京太郎に向かって言った。
「僕は構わないよ」
ダニエルが言った。
「僕も問題はない」
京太郎が言った。
「武器補給は相手のチームも狙って来るから、無理をしなくても良いからね。武器補給の問題に関しては、これで話は終わりだね。残る問題は、『隠し通路』ぐらいかな?」
ジェームズが言った。
「そうだね。もしかしたら、それが一番の問題かも」
京太郎がジェームズに向かって言った。
「『隠し通路』?何それ?」
僕はジェームズと京太郎に向かって言った。
「サバイバル戦に存在する秘密の通路だよ。サバイバル戦では、壁や地面に秘密の抜け道があって、それを利用すると、エリア内の特定の場所に移動できるって分けさ。ただ、試合中に、これを見つけるのは難しいって、『隠し通路』好きの僕の父さんが言ってた」
ジェームズが僕に向かって言った。
「私も『隠し通路』については母親から聞いてるけど、簡単には見つからないと思うし、『隠し通路』については深く考える必要はないと思うよ」
エミリーが言った。
「まあ、見つかったら、ラッキーぐらいに考えておこう」
京太郎が言った。その時、チャイムが鳴り、次の訓練に向かわなくてはいけない状況になった。
「チャイムがなったね。話はここで終わりにして、次の訓練に向かおう。次は、確か障害走行の時間だよね?」
僕は京太郎に向かって言った。
「ああ、そうだよ。急いで、移動しよう」
僕達は、チーム専用室を出て、障害走行の行われる東エリアに移動した。
サバイバル戦の行われる日までは、時間があっという間に過ぎて行き、サバイバル戦当日になると、僕達は少し緊張していた。この日が来るまでに、チーム内で話し合いを重ねた。
僕達はチーム内で役割を決め、僕がチームの総指揮として活動し、主に皆に指示を出す。京太郎とダニエルが率先して、ポイントを稼ぎに行く。ジェームズとマイクは先行して、偵察を行う。エミリーは単独で罠を仕掛ける役割だ。
無線での情報のやり取りは、隙が大きくなるので、なるべく回数を少なくする約束もした。この日が来るまでに、チーム内で行ったサバイバル戦用の対策としては、僕個人の話しで言えば、自分の部屋での手裏剣の練習量を増やしたぐらいだ。それ以外には、変化の術と分身の術の印を完璧にこなすことを意識していた。
ジェームズは、とにかく作戦を色々と提案してきた。元々、戦略や戦術を考えるのが好きなので、提案の数は多く、その中でも面白そうな作戦があって、それは敵チームの一人をおびき寄せて、後ろから挟み撃ちにする作戦だった。実際に試合でできるかは分からないが、覚えておくとジェームズには言った。
エミリーは、罠の作成に時間をかけていた。とにかく罠をたくさん作るため、罠作りの練習をしていた。ダニエルは、武器補給の役割のために、走り込みを欠かさなかった。マイクはジェームズと共に、偵察を行う役割だが、ジェームズを守る役割をしたいと進言してきた。そのためにマイクは、手裏剣と飛びクナイの練習を重点的に行っていた。
京太郎は常に、皆のサポートに回っていた。京太郎は、手裏剣と飛びクナイの命中精度は高いし、変化の術と分身の術は完璧にできるので、僕達が作戦や役割をこなせるかどうかを確認し、僕に報告してくれた。常に冷静な京太郎がいれば、勝てるかもしれないと思える行動だった。
そして、サバイバル戦の時間がやってきた。僕達の目の前に、Aクラスのチームの訓練生達が並んだ。審判は、望月先生が行う。チームの代表同士が一歩前に出て、向かい合う。相手のチームの代表は、桃田 一郎だ。桃田は、何か言いたげな表情で、僕達を見ていた。
「何か言いたそうだね?」
僕は桃田に向かって言った。
「ああ、記念すべき一戦目は、楽勝だなって思っていてね」
桃田が言った。
「楽勝?どういう意味だ?」
「言葉の通りさ。だって、僕達のチームは、Aクラス。君達のチームは、Fクラスだろ?一番強いクラスと一番弱いクラスだ。負けるって考える方が、難しいだろ?」
桃田は馬鹿にしたような表情で言った。
「じゃあ、今日はFクラスのチームに負けるって言う貴重な体験ができるね」
僕は負けじと言い返す。すると、桃田は気を悪くしたのか、僕のチームメイトを見る。
「貴重な体験なら、もう既にしてるよ。君のチームは、出来損ないが多いじゃないか。目の悪い奴。忍者は視力が弱いと務まらないよ。明らかに太っている奴。あんなデブは格好の的だね。それに女がいる。女は男に比べて、体力がないから、使い物にならない。あの黒人も頭が回らなそうだ。頭が回らない奴は、高度な任務をこなせないから、忍者には向かない。唯一、まともなのは風魔だけかもしれないが、Fクラスにいるってことは、大したことはないんだろうな」
桃田は面白おかしく言い放つ。桃田の後ろのチームメイトもニヤニヤとしている。
「僕のチームメイトは、誰一人出来損ないじゃないし、忍者に向かない人物はいない。ふざけたことを言うな」
僕は桃田に向かって言った。
「事実を言ってやったんだから、ふざけたことなんか言ってないだろ?なあ、風魔。お前はどう思うんだ?」
と発言したのは、桃田の後ろにいる高坂 昇だ。高坂から質問された京太郎は、表情を崩さず、淡々と話す。
「アルスが言ったことが全てだ。僕達は負けない」
「じゃあ、僕がその言葉を覆してやるよ。風魔 小太郎を捕まえた先祖のようにね」
高坂が京太郎に向かって言った。両チームの睨み合いが続く中、望月先生が両チームの間に入る。
「言い合いはそこまでにしなさい。これより、サバイバル戦を開始します。コイントスを始めるので、表か裏かを当ててください」
望月先生に言われ、僕は『表』と答える。桃田は『裏』と答えた。コイントスの結果は、『表』になり、僕がサバイバル戦の開始位置を決める。僕は地図上の『E』の位置を選択した。当然、桃田のチームは『F』の位置から開始する。
「試合の開始位置を決めたので、両チームは、飛びクナイを取り出して、飛びクナイを交えてください」
望月先生の指示の元、僕は飛びクナイを取り出し、桃田の持つ飛びクナイと自分の持つ飛びクナイを交える。
「勝つのは、僕達だ」
桃田が言った。
「負けるつもりはない」
僕が言った。僕と桃田は、飛びクナイを交えるのを止め、懐に飛びクナイをしまった。
「それでは、これより五分間の最終作戦会議を行い。その後、試合開始になります。両チームは、所定の位置に移動して、試合の準備に取り掛かってください」
望月先生はそう言うと、両チームの前から去って行った。望月先生が去って行くのを確認した僕達は、試合を始める場所に移動し、最終作戦会議を行うことにした。
「ムカつく奴らだ。絶対に勝とう」
ダニエルが言った。
「もちろんだよ。あんな奴らには、絶対に負けたくない」
エミリーが言った。
「確かにあれだけ挑発されると、頭にくるね」
ジェームズが言った。
「自分のことを悪く言われたのは、嫌な気持ちになったけど、試合前にあんなに挑発してきたのは、意味があるんじゃないかな?」
マイクが言った。
「マイクの言う通り、意味はあるよ。相手をわざと怒らせて、冷静な判断ができないようにするのは、昔から忍者が使う手口だ。安い挑発に乗るべきじゃない」
京太郎が言った。
「じゃあ、京太郎はムカつかないのか?あれだけ言われたのに」
ダニエルが京太郎に向かって言った。
「頭にこない分けじゃないけど、こうして貴重な五分間の最終作戦会議の時間を無駄にしているのは、あまり良いことじゃないと思うよ」
京太郎はダニエルに向かって言った。
「ねえ、高坂が京太郎に言ってたのはどう言うこと?先祖がどうとか言ってたけど?」
エミリーが京太郎に向かって質問した。
「つまらないことだよ。聞きたいなら、話すけど」
京太郎が言った。
「僕は聞きたいな。あんな挑発されたんだし、聞いても損はないと思う」
ジェームズが言った。
「・・・・・・じゃあ、話すけど、作戦会議で合言葉の『クジラ』について話をしたよね?その時、五代目風魔 小太郎のことを話したけど、その五代目風魔 小太郎を捕えて処刑させたのが、高坂の先祖の高坂 甚内と言う男なんだ」
京太郎が言った。
「つまりは、大昔の先祖の因縁を持ち出して、喧嘩を仕掛けてるってわけね」
エミリーが言った。
「でもなんで、京太郎の先祖は、高坂の先祖に殺されたの?何か、恨みでも買ってたの?」
マイクが言った。
「いや、恨みを買ってたわけじゃないんだ。五代目風魔 小太郎が殺された原因は、懸賞金一千万以上の賞金首になってしまい、その賞金目当てで殺されたんだ」
「なぜ懸賞金をかけられたんだ?」
ダニエルが言った。
「それは、盗賊行為を行ったせいだね。当時の忍者は、仕事がなくなると、その技術を生かして盗賊行為を行う者もいたんだ。それで、仕事がなくなった五代目風魔 小太郎も盗賊行為を行って、懸賞金をかけられたんだ。自業自得だし、恥ずかしい話だけどね」
「京太郎が因縁をつけられている理由は分かった。とりあえず、桃田と高坂に挑発されたことは、一旦、忘れよう。僕達は試合に勝つために、努力してきたんだ。今は、試合に集中しよう」
僕はチームメイトに向かって言った。
「ああ、分かったよ。アルスがそう言うなら、今は試合に集中しよう」
ジェームズが言った。
「そうだね、挑発されて、嫌な思いをした分は試合に勝って、晴らすことにするよ」
ダニエルが言った。
「皆、力を合わせて、頑張ろう」
マイクが言った。
僕達は残りの時間で試合用のプラスチック製の黒マスクとゴーグルを装着し、手裏剣と飛びクナイを収納するホルダーを腰回りに装備した。試合開始の合図が鳴る時を待つ。その時は、すぐにきて、轟音が試合会場に鳴り響くと、僕達は試合会場に乗り込む。
ダニエルと京太郎は、事前の作戦通り、武器補給に向かうため左右に分かれ、走り出す。ジェームズとマイクは偵察に行くため、右方向に向かって、慎重に行動する。エミリーは、罠を仕掛けるため、左方向に移動する、僕は指揮をする立場なので、真ん中の道をゆっくりと進む。
試合が開始されて、周りをよく見ると、所々に、監視カメラが設置してあり、左右前後方に設けられている高台には、教忍がいて、訓練生達の動きを事細かにチェックしている。おそらく、あの教忍達が特別ポイントのカウントを行う教忍なのだろう。僕は試合会場とその周りをチェックする。
僕には、個人的に試合中にやろうとしていることがあった。それは『隠し通路』の存在を見つけることだ。もしも、『隠し通路』を見つけることができれば、『隠し通路』を利用して、大量得点ができる可能性がある。おそらく、相手チームの中にも同じ考えをしている奴がいるかもしれない。
なので、チームとして『隠し通路』を見つけることを優先しないと言う考えを否定し、僕は『隠し通路』を見つけるため、壁や床をくまなくチェックする。僕が慎重に動きながら、前方に移動していると、試合場にある電光掲示板の数字が動く。
Aクラスのチームのポイントが五ポイント。Fクラスのチームのポイントが四ポイント。一ポイントリードされている状態になった。きっと武器補給に向かったダニエルと京太郎が敵チームと遭遇したのだろう。まだポイントの差はそこまでついてないので、僕は焦らず、慎重に行動する。すると、僕の無線にジェームズから声が聞こえてきた。
「こちら、ジェームズ。聞こえるか、アルス?」
無線からジェームズの声が聞こえる。
「ああ、聞こえるよ、ジェームズ。どうした?」
「今、二人組の敵チームの後方にいて、マイクと共に奇襲をかけようと思う。変化の術で、敵チームの桃田に変化して近づこうと思うんだけど、どうかな?」
「変化の術は、駄目だ。僕達と同じで、何かしらの対策をしている可能性が高い。敵チームの背後を取ったのは、よくやったと思う。なので、そのまま奇襲をかけてくれ」
「了解。アルスも頑張ってくれ」
ジェームズはそう言って、無線を切った。無線が切れたので、僕はすぐに後方と前方を見る。どうやらまだ敵チームは近づいていないようだ。警戒しながら前方に進むと、十字路が見えてきたので、僕は右端の壁に背を付けたまま、移動する。そして、十字路に出ると、左方向に京太郎がいるのを確認した。京太郎は僕の姿を見つけると、ハンドサインを送った。僕もすかさずハンドサインを返す。
「本物のアルスのようだね。敵に遭遇したか?」
「いや、まだ誰にも遭遇してないよ。京太郎は、武器の補給は成功した?」
「申し訳ないが、失敗した。敵チームが二人組で来ていたから、武器補給は諦めて逃げてきた」
「そうか。でも、被弾してないのは、よかったよ」
僕は京太郎の忍装束を見ながら言った。京太郎の忍装束には、ペイントの後が無かったのだ。
「まあ、武器補給ができなくて、相手チームにポイントを奪われたら、かっこ悪いしね」
「でも、京太郎が被弾していないってことは、ダニエルが敵チームから五回分の手裏剣と飛びクナイを当てられたってことか」
「そうなるね。ただ、被弾してるってことは、敵チームと交戦して、武器補給に成功した可能性もある」
「だとしたら、ダニエルと連絡を取った方がいいね。今、無線で連絡を取るよ」
僕がそう言って、無線を取り出すと、僕と京太郎の後方から、僕達の名前を呼ぶ人物が現れた。その人物は、僕が今まさに無線で連絡を取ろうとしていたダニエルだった。
「二人共、無事か?状況はどうなってるんだ?」
ダニエルが僕達に近づいて言った。
「ああ、今、京太郎と現在の状況について話し合っていたところさ。とりあえず、もっと小声で話し合いをしたいから、近くに来て、座ってくれ」
僕はそう言って、左ひざを立てた状態で座る。この状態なら、すぐに立ち上がることができる。ダニエルは僕が座った状態になったことを確認すると、僕の目の前に座った。ダニエルが僕の目の前に座ったことを確認すると、京太郎は僕と同じ座り方をする。
「敵チームは武器補給に失敗してる。京太郎が武器を手に入れたからね。しかも、一回も被弾していない」
僕はダニエルに向かって言った。
「本当か?やったな、これで相手よりも武器を持った状態で、有利に試合を進められるな」
ダニエルが僕に向かって言った。
「ただ問題が一つあるんだ。ジェームズが試合中に足を怪我して、少し走るのが難しい状態になってる。今は、その問題について、アルスと話していたんだ」
京太郎がダニエルに向かって言った。
「ジェームズが怪我をしたのか?だったら、誰かが傍にいないとまずいんじゃないのか?」
ダニエルが言った。
「だから、これからダニエルがジェームズのいる場所に向かってくれないか?」
僕はダニエルに向かって言った。
「分かった。ジェームズの居場所を教えてくれ」
ダニエルが僕に向かって言った。
「ああ、今、教えるよ。ジェームスの居場所は・・・・・・クジラ!」
僕と京太郎はすぐに立ち上がった。僕がクジラと言って、立ち上がる姿をダニエルは驚いた表情で見ながら、すぐには立ち上がろうとしなかった。
この反応を見て、僕と京太郎はダニエルに向かって、試合用の手裏剣を投げつける。僕と京太郎の投げた試合用の手裏剣は、合計で四発。その全てがダニエルの身体に命中した。試合用の手裏剣を投げつけられたダニエルは、たまらず後退する。
「クソ!なぜ、分かった?」
ダニエルはそう言うと、身体から煙を発生させた。煙から姿を見せたのは、敵チームの三原 優だった。
僕と京太郎は、ダニエルを見た時に、ダニエルの忍装束にペイントの後がないことと、ハンドサインを送ってこないことを確認していた。だから、僕と京太郎はハンドサインを見せないで、接近を許した。もしもハンドサインのことが相手に知られると、ハンドサインを利用される恐れがあったからだ。
それに京太郎は嘘の情報で、ジェームズが怪我をしたと言い、その情報に騙された偽物のダニエルは、ジェームズの傍に誰かがいなければと言った。ジェームズの護衛はマイクがすると言う情報は、チーム内で共有している情報なので、この時点で確実にダニエルが偽物だと判断した僕は、京太郎から教わった『居すぐり』を使ったのだ。変化の術でダニエルに化けていた三原は、二対一では分が悪いと考え、すぐに僕達に背を向け、逃げて行く。僕はすかさず試合用の手裏剣を構えるが、京太郎が僕の動きを制止させる。
「追い打ちは、外れる可能性もあるし、手裏剣の無駄になる。止めよう」
「ああ、そうだね」
僕はそう言って、右手に持った手裏剣をホルダーにしまった
「さて、これからどうしようか?」
京太郎が言った。
「先ずは、ダニエルとエミリーに連絡を取る。その後、行動を決めるよ」
僕は無線を使って、ダニエルと会話をすることにした。無線をかけて、すぐにダニエルと無線で通話ができる状態になる。
「こちら、ダニエル。どうした、アルス?」
「ダニエルの現在の状況が聞きたい」
「現在の状況は、武器の補給は成功したけど、何発か相手の手裏剣が身体に当たって、ペイントが身体に付いてる。もちろん、反撃もしたけどね」
「そうか。今はどのエリアにいる?」
「今は、Bエリアにいる。合流するか?」
「ああ、合流しよう。僕と京太郎は、Cエリアにいるから、CとDのエリアの中間で落ち合おう」
「了解。今から向かう」
ダニエルはそう言って、無線を切った。僕はすかさずエミリーに無線で連絡をとる。
「エミリー、今はどうしている?どこに罠を仕掛けた?」
「今は、Dエリアに移動している。Cエリアに罠を複数仕掛けたから、移動する時は、気をつけてね」
「分かった、ありがとう。引き続き、罠を仕掛けてくれ」
僕はそう言って、無線を切った。
「二人の現在の状況が分かったから、移動しよう」
僕は京太郎と共に、ダニエルと合流するためにCとDエリアの中間に移動する。その際に、電光掲示板を見ると、Aクラスが十二ポイント。Fクラスが十ポイント。まだまだ勝てる見込みはある。
僕達が待ち合わせの場所に移動すると、ダニエルは既に待機していて、辺りを警戒していた。ダニエルは僕達の姿を見つけると、ハンドサインを見せてきた。もちろん僕達もハンドサインを見せる。ハンドサインの確認ができた僕達は、お互いに歩み寄る。僕達の傍に寄って来たダニエルは、武器補給所で手に入れた武器の一部を僕と京太郎に手渡した。
「武器補給所で手に入れたのは、手裏剣五本と飛びクナイ八本が限界だったよ。武器を補給中に、敵チームが襲ってきたからね」
「いや、充分だよ。それでこれから何だけど、京太郎と一緒に行動してほしいと思ってる。いいかな?」
「ああ、いいよ。京太郎はそれでいいのか?」
ダニエルが京太郎に向かって言った。
「問題ないよ。リーダーに従うさ」
京太郎が言った。その時、ダニエルの右肩に一本の飛びクナイが命中した。敵チームからの攻撃だ。
「まずい!敵だ!解散するぞ!」
僕が叫ぶように言うと、京太郎とダニエルは二人で行動し、僕は一人で行動する。二手に分かれ、敵の攻撃から逃げる。
僕はさっきいたエリアからBエリアに移動する。Bエリアに移動すると、通路にワイヤーの罠が張り巡らされていた。ワイヤーの罠は、足元と頭部付近に交互に設置されていて、ワイヤーを跨いだら、ワイヤーを潜る動作を交互に行わなければならなかった。
罠を破壊しても良かったのだが、目の前にある罠をいちいち壊していくには、時間がかかるので、僕はワイヤーの罠を回避することにした。もちろんワイヤーに触れれば、敵チームのポイントになるので、慎重に移動する。一つずつ丁寧に罠を回避し、仕掛けてあるワイヤーを全て回避すると、ワイヤーのない道に出た。その瞬間、僕の前方から敵チームが姿を現した。
待ち伏せをされていた。敵チームは二人で、桃田と高坂だ。二人には影があり、分身の術を使っている様子はなく、既に武器を構えて、僕に標準を合わせていた。僕はこの時、自分が罠にかかったことを理解する。ワイヤーの罠でできた道は、普通に通過しようとすれば、何の問題もない。
だが、相手チームは、罠を通り抜けた後の状況を狙い、二人組で襲うことで、逃げ道を複雑な物に限定していた。来た道を急いで戻れば、ワイヤーの罠にかかり、敵のポイントになる。しかも僕が逃げている最中も相手は攻撃してくるだろう。考える時間はなかった。
考えている間にも、敵チームは僕に接近し、相手の手裏剣と飛びクナイの命中精度は高くなるだろう。僕は意を決して、来た道を戻る。急いでワイヤーの罠を回避しながら、逃げる。急いでいるため、ワイヤーの罠に身体が当たる。それでも僕は急いで逃げる。逃げる僕の背中に、手裏剣が二発当たる。気にせず、ワイヤーを避けつつ、移動し、最後の足元にあるワイヤーを跨ごうとしたが、僕はワイヤーに足を引っ掛けてしまい、前のめりに躓いてしまった。前方に倒れた僕を敵チームの桃田が笑う。
「無様だな、ウォーレン。ポイントをくれて、笑わせてくれるし、お前は忍者よりもコメディアンの方が向いているんじゃないか?」
桃田は笑いながら言った。僕は怒りでホルダーから手裏剣を取り出し、桃田に向かって手裏剣を投げつけるが、手裏剣はワイヤーに当たり、地面に落ちた。
「無駄だ。ワイヤーの罠は通行の妨害と逃走の妨害と攻撃の妨害の三つの役割をこなしている。これが本当の罠の使い方なんだ。勉強になったろ?」
桃田は勝ち誇った表情で言った。
「ちくしょう!」
僕はそう言って、すぐに立ち上がり、桃田達から逃げる。僕が逃げている最中でも、桃田達の笑い声が聞こえる。反撃ができないまま、ワイヤーの罠と手裏剣で、合計五ポイントを敵チームに与えてしまった。しかも馬鹿にされて何もできなかった。屈辱的な逃走をしながら、僕は敵チームへの反撃を考えるが、何も案が出てこない。
どうすればいいか?案が無いのなら、チームメイトに相談すべきか?僕は無意識に無線を取り出していた。そして、無線で連絡を取ろうとした瞬間、僕は足をもつれさせ、フラフラと移動し、壁に身体をぶつけてしまった。きっとワイヤーの罠で躓いたせいで、平衡感覚がおかしくなっていたのだろう。
焦っている状況で、壁に身体をぶつけてしまい、壁に怒りをぶつけるように右手で押すと、僕は壁に違和感を覚える。僕が押した壁は、他の壁と違って、奥に押し込めるようになっていた。僕はもしやと思い、力を込めて壁を押す。すると、壁は回転し、壁の奥に移動できた。
壁は回転することで、元通りになる。壁の内側は、一方通行になっていて、少しだけ暗い道になっている。僕はこの時点で、『隠し通路』を発見できたのだと確信した。僕は『隠し通路』の先が知りたくなり、『隠し通路』を移動する。『隠し通路』の天井付近には監視カメラが作動していて、『隠し通路』の奥に進んで行くと、壁に行き着く。
僕は壁に手を当て、壁を押し込んだ。壁はゆっくりと回転し、『隠し通路』から出られた。『隠し通路』から出ると、そこにはエミリーがいて、ワイヤーの罠を設置していた。エミリーは、僕が『隠し通路』から出る姿を見つけると、とても驚いた表情を見せる。
「アルス、もしかして『隠し通路』を発見したの?」
エミリーは、ワイヤーの罠の設置を一旦止めて、僕に向かって言った。
「偶然だったけどね。どうやら、『隠し通路』みたいだ」
「凄いよ、アルス。よく見つけられたね」
「だけど、この『隠し通路』を活かした作戦がないと、ポイントを稼げない。何かいい案はないか?」
「いい案か。いきなりは難しいかも」
僕もエミリーも考えるが、すぐに案を出すには、少々無理がある。ただ、幸運なことに僕はこの場所で、エミリーに出会った。ワイヤーの罠を仕掛けているエミリーに。エミリーの後方にはワイヤーの罠が張り巡らされていて、簡単には通れない。『隠し通路』と簡単には通れないワイヤーの罠。この二つを見た時、僕はとある作戦を思いついた。
「エミリー、作戦を思いついた。協力してくれ」
「うん、もちろん協力するよ。その前に、作戦を教えて」
僕は思いついた作戦をエミリーに教える。
「いい作戦だけど、上手くいくかな?」
エミリーが僕に向かって言った。
「上手くやるよ。先ずは、京太郎に連絡を取ろう」
僕は京太郎に無線で連絡を取る。京太郎に無線で連絡を取ると、京太郎は少し焦っている様子だった。
「どうしたんだ、アルス?今、こっちはダニエルと一緒に敵チーム二人と交戦中なんだ」
無線から少し荒い声で京太郎が答えた。
「敵チームと交戦中なのか。なら、そのまま敵チーム二人を引き留めて、なるべく時間を稼いでくれ」
「ああ、分かった。それじゃあ、無線を切るよ」
無線から京太郎の声が途絶え、会話が終了した。幸運なことに京太郎とダニエルの戦況は、僕が望んでいる状態になっていた。後は、ジェームズさえ、連絡が取れれば、作戦は上手くいく。僕は急いで、ジェームズに無線をかける。ジェームズはすぐに無線に応じて、通話が可能になる。
「こちら、ジェームズ。どうしたんだ、アルス?」
「ジェームズ、聞いてほしいことがあるんだ。あっ!その前に、マイクは近くにいるか?」
「ああ、いるよ。それがどうしたんだ?」
「よかった。実は『隠し通路』を発見したんだ」
「『隠し通路』を?凄いじゃないか。それで、『隠し通路』はどこにあるんだ?」
「今、それを教えるよ。ただ、その前に僕が提案する作戦をマイクと一緒に聞いてくれ」
僕はジェームズに作戦を話す。ジェームズは、作戦に対して、嬉しそうな反応を示す。
「最高だね。やるよ。任せてくれ」
「ありがとう、マイクはどうだ?」
「僕も作戦には、賛成だよ。きっと成功させてみせるよ」
マイクはジェームズの無線を使って言った。
「よし、それじゃあ、後は任せるから頼んだよ」
僕はそう言って、無線を切った。
僕の作戦を聞いたジェームズとマイクは、早速行動に出る。ジェームズが単独行動に移り、マイクは、ジェームズから距離をとり、ジェームズを尾行する。ジェームズは『隠し通路』付近まで移動して、『隠し通路』の場所を確認すると、そこから離れ、敵チームが仕掛けたワイヤーの罠まで移動する。
そして、ジェームズはワイヤーの罠を破壊し始めた。ワイヤーの罠に使う飛びクナイを壁から引き抜き、次々と罠を破壊していく。これに対して、敵チームの桃田と高坂は、罠を破壊するジェームズの行動を阻止するために、姿を現す。
「おい、誰が罠を破壊していいと言ったんだ?」
桃田がジェームズに向かって言った。
「アルスの作戦で、このワイヤーの罠が邪魔だから、破壊してるのさ。見れば分かるだろ?」
ジェームズはそう言いつつ、罠を破壊していく。
「ふざけるな!そんなことさせるかよ!」
高坂はそう言って、飛びクナイを投げるが、飛びクナイはワイヤーに当たり、弾かれて地面に落ちた。
「残念だったね。知ってるか?ワイヤーの罠は障害物としても利用できるんだよ」
ジェームズは、アルスが桃田に言われた言葉を使って、挑発する。そして、引き続き、ワイヤーの罠を破壊する。ワイヤーの罠を破壊されつつ、挑発までされた桃田と高坂は、怒りのあまり自分達が仕掛けたワイヤーの罠を通過して来た。これにはジェームズも驚き、ワイヤーの罠から一歩後退する。
「まっ、まさか、ワイヤーの罠を回避して、こっちに来るつもりか?」
ジェームズが桃田と高坂に向かって言った。
「そのまさかだ」
桃田が言った。ジェームズは、二人が接近するのは、危険だと察知し、飛びクナイを投げるが、ジェームズが投げた飛びクナイは桃田が持っている飛びクナイで弾かれた。これに動揺したジェームズは、また一歩後退する。
「もしかして、ワイヤーの罠を避けている途中なら、攻撃が当たると思ったか?どうせ、ウォーレンからワイヤーの罠を避けている途中なら、攻撃が当たるとでも言われたんだろ?馬鹿の考える発想だな」
桃田が言った。
「ああ、そうだよ。でも、通用しないなら逃げるしかなさそうだね」
ジェームズはそう言うと、桃田と高坂に背を向けて、逃げ出した。
「逃がすか!」
桃田と高坂はワイヤーの罠を無事に通過し、逃げるジェームズを追いかける。ジェームズは、すぐに『隠し通路』に逃げ込む。ジェームズが『隠し通路』に逃げ込むのを見た桃田と高坂は驚いた。
「あんなところに『隠し通路』があったなんて。急いで、追いかけるぞ!」
桃田と高坂もジェームズの後を追って、『隠し通路』に入る。ジェームズは全力で逃げるが、桃田と高坂の足は速く、ジェームズと桃田達との距離は縮まっていく。
それでも何とかジェームズは、『隠し通路』の出口を開けて、『隠し通路』の外に出る。その後、数秒遅れて、桃田と高坂も『隠し通路』から出て行った。その時、桃田と高坂は、自分の身に起きた異変に気付いた。二人は『隠し通路』を出た直後、転倒したのだ。
なぜ、転倒したのかと言うと、『隠し通路』の出口には、ワイヤーの罠があり、飛びクナイが二本地面に突き刺さっていて、二本の飛びクナイの間にワイヤーが張り巡らされていたので、ワイヤーに足を引っ掛けて、転倒してしまったのだ。まんまと罠にかかった二人は倒れ込み、体勢を崩す。その瞬間を僕達は狙っていた。僕とエミリーとジェームズは、ありったけの手裏剣と飛びクナイを二人に向かって、投げつける。
数の上では、不利だと理解した桃田達は逃げようとするが、僕達の居る方向の逆には、エミリーが仕掛けたワイヤーの罠だらけで、逃げようとすれば、更に格好の的になるだろう。そう、桃田達が仕掛けたワイヤーの罠に僕が引っかかったように。このことを理解した桃田は、高坂に向かって発言する。
「元来た道を戻るぞ!このままじゃ、完全に相手の思うつぼだ!」
桃田と高坂は、『隠し通路』を利用し、元来た道を戻る。薄暗い通路を走ると、高坂が異変に気付く。
「何でこんなところにまきびしがあるんだ?来た時には、無かったのに!」
高坂は通路に撒かれたまきびしを踏みつけていた。桃田と高坂の目の前には、まきびしが大量に撒かれていて、全てを避けて移動するのは、困難な状態だ。そんな状態で、桃田と高坂の後方からアルス達が追いかけて来た。
「駄目だ!今は、まきびしを気にしている状況じゃない!走るぞ!」
桃田と高坂はまきびしを何個か踏みつけながら、薄暗い通路を移動する。そして、やっとの思いで、『隠し通路』から出ることができた。
桃田と高坂が『隠し通路』を出ると、二人の身体に手裏剣と飛びクナイが当たる。桃田と高坂は、自分に手裏剣と飛びクナイを当てた人物を見る。その人物は、マイクだった。その時、試合終了のブザーが鳴った。電光掲示板には、Aクラスのチームが二十一ポイント、Fクラスのチームが四十五ポイントと表示されていた。僕達は試合に勝った。完全勝利だ。
「やった。僕達の勝ちだ」
僕が言った。
「勝ったんだ。Aクラスのチームに勝ったぞ」
ジェームズが言った。
「きっと最後の作戦が良かったんだよ。あれのおかげで大量にポイントを取れたんだと思う」
エミリーが言った。試合終了のブザーが鳴った後に、望月先生の声が試合場に鳴り響く。
「皆さん、試合終了です。両チームの訓練生は、試合が始まる前の位置に集合してください」
望月先生のアナウンスを聞いた僕達は、試合が始まる前の場所に移動する。僕達が移動すると、既に京太郎とダニエルがその場にいて、嬉しそうな表情を見せる。
「やったな、アルス。僕達の勝利だ」
ダニエルが僕に向かって言った。
「ここまでポイントの差がある状態で勝てるとは思わなかったよ。何か大量にポイントを取る方法があったのか?」
京太郎が僕に向かって言った。
「ああ、実は、色々とあって、話すと少し長くなるけど・・・・・・」
僕が京太郎とダニエルに、作戦のことを話そうとした時、望月先生がそれを制止する。
「色々と話したいことはあるのでしょうけども、その前に試合終了の挨拶を交わしてください」
僕は望月先生にそう言われると、目の前にいるAクラスのチームを見る。Aクラスのチームは、まさか自分達が負けるとは思っていなかったらしく、複雑な表情をしていた。その中でも、チームリーダーの桃田は敗北に対して、とても悔しそうにしている。そんな桃田の目の前に、僕は飛びクナイを差し出す。桃田も飛びクナイを差し出し、お互いの飛びクナイが交わる。
「貴重な体験ができて、よかったな」
僕が桃田に向かって言った。
「クソッ!次は負けないからな!」
桃田はそう言って、飛びクナイをしまった。チーム同士の挨拶が終わり、試合終了後、僕達はチーム専用室に移動していた。
「本当に勝てて良かったね」
エミリーが言った。
「まさか僕と京太郎が敵チームと応戦している間に、試合が終了するとは思わなかったよ」
ダニエルが言った。
「まったくだよな。僕とダニエルが敵チームから狙われていた時は、負けるかもしれないと思ったよ。それで一体、どんな作戦を思いついて、勝ったんだ?」
京太郎が僕に向かって言った。
「作戦は元々、ジェームズが提案した敵を挟み撃ちにする作戦を思い出して、それを利用したんだ。偶然見つけた『隠し通路』が一方通行で、尚且つ、エミリーが罠を仕掛けた道と繋がっていたから、作戦を成功できた。作戦を一から説明すると、ジェームズが敵をおびき寄せて、『隠し通路』を通過させ、『隠し通路』から出てきたところを僕とジェームズとエミリーで、攻撃する。その間に、マイクが『隠し通路』に入り、まきびしを撒いて、『隠し通路』から出る。そして、敵が『隠し通路』を通過して逃げた後、『隠し通路』の出口にいるマイクが攻撃するって作戦だ」
「京太郎とダニエルが敵と応戦していたことも作戦成功に繋がっているよね。二人が敵と応戦してないと、後から他の敵チームの人間が来て、反撃されていたかもしれないしね」
ジェームズが言った。
「ああ、その通りだ。僕は初めに京太郎に無線で連絡をして、敵の足止めをして欲しいとお願いしようとしたんだけど、京太郎は既に敵チームと交戦中だった。その時点で、すぐにジェームズに作戦を話したんだ」
「ここまでの作戦をよく短時間で思いついたね。僕には真似できないよ」
マイクが言った。
「何のヒントも無しには、考えつかなかったし、皆の協力がなかったら、成功しなかったよ。罠を張り巡らせるエミリー。敵をおびき寄せるジェームズ。敵の足止めをする京太郎とダニエル。まきびしを撒いて、焦った敵に攻撃するマイク。チームの協力があって、掴みとった勝利だ」
僕が言った。
「何はともあれ、勝てて良かった。次の試合も予定は組まれているんだから、何か対策をしないとね」
京太郎が言った。
「今日は初めての試合に勝ったんだし、対策は後回しにしないか?」
ダニエルが京太郎に向かって言った。
「私もダニエルに賛成。今日は少し疲れたし、次の試合の話しはやめにしよう」
エミリーが言った。
「僕は次の試合の話し合いがしたいかな。また面白い作戦を提案したいし」
ジェームズが言った。
「僕は今の試合で、疲れたよ。次の試合の話しは、明日にしたいな」
マイクが言った。
「今日は話し合いはやめにしよう。次の試合の話しは、明日でもできるしね」
僕が言った。
多数決により、次の試合の話し合いはしなかったが、先程行われた試合の内容を皆で、少しだけ話した。失敗したことや敵チームから受けた攻撃について、情報を共有し、次の試合に活かすために、色々と個人で情報を出し合った。僕達はチーム専用室で一時間程、話し合いをした後、各自、自分の部屋に戻ることにした。試合で身体にペイントが付いて汚れたから、身体を洗いたいと京太郎が言ったからである。僕も京太郎と同じで、身体がペイントで少し汚れていたし、埃が身体に付いていたので、シャワーでも浴びようかなと思っていた。
僕が男子寮の自分の部屋の前に辿り着くと、そこには見たことのある生き物がいた。僕が口寄せの術で呼び寄せたサクである。サクは僕の姿を見つけると、僕の方に近づいて来た。
「よお、待っていたぜ。早く部屋の中に入れてくれよ」
「今までどこに行っていたんだよ。心配したんだぞ」
「まあ、この島中を色々と探索していたんだよ。そのおかげで、知り合いも増えたしな。そんなことよりも、部屋に入ろうぜ」
「まったく、自由な猫だな、お前は」
「いいじゃねえか、猫って言うのはそういう生き物なんだぜ。それよりも何だか嬉しそうな表情をしているな?何かあったのか?」
「ああ、今日は忍者同士の試合が行われていて、僕達のチームが初勝利したんだよ」
「それは、めでたいな。何かごちそうしてやろうか?」
「いいよ、別に。それよりも部屋に入るんだろ?さあ、早く入れよ」
僕はそう言って、自分の部屋の扉を開ける。サクは自室に入ると、僕の机の上に移動し、毛づくろいを始めた。僕は身に付けていた訓練用の道具等を机の上に置く。その後、シャワーを浴びるために、忍装束を脱ごうとすると、サクが僕に話しかけてきた。
「おい、アルス。これ何だ?」
サクは両前足で手紙を掴んだまま、後ろ足で二足歩行をしながら僕に近づいて来た。僕は、サクが持つ手紙に不安感を覚えつつも、サクから手紙を受け取り、手紙を広げる。
「伝説の忍具をよこせ!」
手紙を読むことで、勝利の余韻は消え失せ。再び、僕の心に不安の波が襲いかかってきた。