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第五章 洞窟の妖怪

 

 訓練所の一室。僕はそこで、チームメイトと共に、教忍を待っていた。一日の始まりの授業は、座学だった。本当はこの場で、昨日の自室にあった手紙の内容『伝説の忍具』についての話をチームメイトとしたかった。だが、それはできない約束だ。昨日の晩、僕はチームメイトの五人を集め、チーム専用室で、手紙の内容を話した。


「伝説の忍具って何なのかな?」

僕はチームメイトに向かって言った。


「さあ、見当もつかないけど」

ダニエルが言った。


「僕は聞いたことがあるよ。確か、忍者の世界には、伝説の忍具って言う強力な忍具が存在しているって、父さんに聞いたことがある」

ジェームズが言った。


「僕も父さんから伝説の忍具のことは聞いている。でも、伝説の忍具の在り処や所有者のことは、聞かされてないな」

京太郎が言った。


「ねえ、アルス。誰かの悪戯とは考えられないかな?」

マイクが言った。


「私も悪戯の可能性があると思う。誰も知らない物を渡せなんて、おかしいよ」

エミリーが言った。


「マイクとエミリーが悪戯の可能性があると言うのは、間違いじゃないと思う。ただ、僕には一つ気になっていることがあるんだ」

僕が言った。


「気になっていること?」

ダニエルが言った。


「ああ、それはこの手紙に書かれている文字だ。この文字は、新聞の切り抜きの文字を利用していて、人が手書きで書いたものじゃないってことだ」

僕が言った。


「手書きじゃないことが気になるの?何で?」

マイクが僕に向かって質問した。


「筆跡を確認されたくないってことだろ?」

僕がマイクに答える前に、京太郎が言った。


「その通り。京太郎が言うように、筆跡を確認されたくない。つまりは、この手紙の差出人は自分のことを特定されたくないって分けだ」

僕が言った。


「差出人を特定されたくないってことは、おそらく、この島に差出人がまだいて、アルスに接触してくる可能性があるってことだよね?」

エミリーが言った。


「その可能性はあるだろうね。そうであれば、問題を大きくするのは、まずいかもね」

ジェームズが言った。


「アルスに危害を加えるかどうかは、まだ分からないんだから、服部所長や藤村先生に相談すべきじゃないか?」

ダニエルが言った。


「それもありだとは思うけど、服部所長や藤村先生経由で情報が漏れるのは、怖くないか?」

京太郎が言った。


「それは、服部所長や藤村先生が手紙の差出人と繋がっていているってこと?あり得ないと思うけど」

エミリーが言った。


「京太郎が言ってるのは、あくまで可能性の話しでしょ?可能性を追うのは悪い話じゃないと思う」

ジェームズが言った。


「よし、分かった。この話は僕が持ちかけた話だけど、一旦、止めにしよう」

僕が言った。


「それでいいの?アルスの身に危険があるんじゃないの?」

マイクが言った。


「いいんだ。とりあえず、この手紙が悪戯なのか本気なのか、それを見極めたい。だから、何も行動しないことにするよ」

僕が言った。


「アルスがそう言うなら、それでいいと思いうけど、万が一、何かあったときは、どうしようか?」

ジェームズが言った。


「これからアルスは一人で行動しないで、なるべく二人以上で行動しよう。そして、自分の身に危険があったら、すぐに逃げる。これを徹底しよう」

京太郎が言った。


「そうするしかないね。でも、本当に危険なときは、すぐに他の教忍に助けを求めよう。後、この話はチーム専用室以外の場所でするのもなしにしよう。他の人に聞かれて、噂が広がるのは、まずいしね」

ジェームズが言った。


「分かった。じゃあ、話し合いはこれでお終いね」

エミリーが言った。


「ああ、皆、集まってくれてありがとう」

僕が言った。僕達はチーム専用室から退室し、その日は眠りについた。


 そして、現在に至る分けだ。授業中でも警戒はしているが、周りには訓練生しかいないし、何かが起きる気配はなかった。気持ちの整理がつかない状態でいると、部屋の扉を開ける音が聞こえた。扉から入ってきたのは、女性の教忍だった。


女性の容姿は、長い黒髪と長い手足、腰に付けた六つのホルダー、顔は忍者らしく下半分を隠している。女性は部屋に入ると、黒板に自分の名前を書き、僕達の方を振り向いた。


「皆さん、今回、一般教養の授業を受け持つ、望月(もちづき) (めぐみ)と言います。Cクラスの担当をしている教忍です。よろしくお願いします」

望月先生は深々と礼をする。望月先生が深々と礼をする中、ジェームズが僕に向かって話しかけてきた。


「あの望月って先生は、女性の忍者として有名な望月(もちづき) 千代女(ちよめ)と言う女性忍者の子孫なんだ。望月 千代女は孤児や捨て子になった少女二百人以上を忍者として養成し、日本全国に諜報活動をさせた人物なんだ。女性の忍者の中では、有名な忍者だよ」


「孤児や捨て子を忍者として育て上げるなんて、凄い人なんだね。簡単にはできることじゃないよね」

僕はジェームズに向かって言った。


「正確には巫女としても養成したと言うのが、正しい情報ですね」

望月先生はジェームズに向かって言った。望月先生とジェームズとの距離は、五メートル以上離れていた。ジェームズは僕にだけ聞こえる声量で言葉を発し、まさか望月先生に会話が聞こえているとは思っていなかったので、僕とジェームズは驚く。望月先生は驚いている僕とジェームズから視線を移し、教壇から訓練生全員を見る。


「この時間では、一般教養の授業を行いますが、皆さんは疑問に思っているはずです。なぜ、忍者としての技術や知識を身に着ける場所で、一般教養を習うのかと。そう思っているのではないでしょうか?」

望月先生はそう言って、訓練生達の表情を見る。訓練生の中には、望月先生が言ったように、この時間に習う一般教養について疑問に思っている訓練生もいるようだった。


「疑問を持っている訓練生は、少なからずいるようですね。それでは、なぜ一般教養を身に着ける必要があるのか、ご説明しましょう。忍者の主な活動は、諜報活動、陰謀工作、潜入、暗殺、奇襲、ときとして盗賊行為等も行いますが、必要な知識と言うのを上げればキリがない程あります。そんな中、教養が必要になる例として、他国の人間がロシアの軍事施設に潜入するとしましょう。皆さんはもう訓練で変化の術を会得したと思いますが、敵のいる場所なので、当然、変化の術を使用します。この時、怪しまれないようにロシア軍人に変化します。例え、元が他国の人間でも、変化の術を使えば、見た目だけはロシア人に変化できます。軍服も他のロシア軍人を予め見ておけば、変化は可能です。ですが、言語はどうでしょうか?ロシア語を知らなければ、会話もできないし、文字を読むこともできません。これでは、潜入したとしても手に入れたい情報を得ることは難しいでしょう。そこで教養が必要とされるという分けです」

望月先生は説明を終えて、訓練生達に背を向けて、黒板の方を見る。すると、一人の訓練生が発言する。


「望月先生、先生が例に挙げたことに当てはめれば、ロシア語等の言語を学ぶべきであって、忍者として活動する以外の分野の学習はあまり意味がないのではないでしょうか?」

手を上げて発言したのは、Aクラスの() (えい)(しん)だ。李の質問に対して、望月先生は振り返り、質問に答える。


「そんなことはありませんよ。人として基礎的な学問を学ぶことで、会話の種になりますし、基礎的な学習はときとして、身を助けるものです」

望月先生はそう言って、再び黒板に向かう。そして、黒板に文字を書き終えると、訓練生達の方に振り返る。


「それでは、授業を始めましょう。この時間の授業は、世界史の授業です。教科書の十ページを開いてください」

望月先生の世界史の授業が始まった。僕達訓練生は、普通に授業を受け、時間はあっという間に過ぎ去った。望月先生は部屋を出る時に、一般教養の試験は存在しないが、やる気のない訓練生は、他の訓練で冷遇されると訓練生達に釘をさし、その場を去って行った。


望月先生が部屋を出て行ったので、僕達も次の訓練を受けるために、部屋を移動する。

「まさか忍者になるための訓練を受ける場所で、一般教養を学ぶとは思わなかったよ」

僕はジェームズに向かって言った。


「僕も思ったけど、望月先生の言うことは、理論的だったし、忍者にとって教養が無いことは、仕事をする上で不利なんだと良く理解できたよ」

ジェームズが僕に向かって言った。


「ねえ、二人共。次の訓練は何をするか覚えてる?」

僕とジェームズの後方から、マイクが話しかけてきた。


「次は・・・・・・何だったっけ?ジェームズは知ってる?」

僕はジェームズに向かって言った。


「え~っと、次に移動する場所が森の中だってことぐらいしか覚えてないな」

ジェームズが言った。


「次の時間の訓練はチームとしての連携を高める訓練らしいよ」

京太郎が言った。


「チームの連携力か。どんなことをするんだろう」


僕達は訓練所の北エリアにある森まで移動した。森の入口に移動すると、藤村先生が立っていて、訓練生の到着を待っていた。そして、訓練生全員が集まるのを確認すると、藤村先生は話し始めた。


「全員そろったようだな。これよりチームとしての連携を高める訓練を行う。訓練内容は至って単純で、皆にはこれから犬を探してもらう」

藤村先生はそう言うと、右手に持っている笛を鳴らした。笛を鳴らすと、複数の犬がやってきて、藤村先生の目の前で整列した。


「この犬達の首には既に、巻物を一つずつ装着してある。君達には、この巻物を首に付けた犬を探しだし、巻物を手に入れてもらう。ルールは、先に犬を森の中に放ち、一定時間が経過した後に、訓練生諸君に森の中に入ってもらい、犬を探してもらう」


「ただ、やみくもに森の中で犬を探すのは難しくないですか?」

エミリーが藤村先生に向かって言った。


「良い質問だ。犬を探す上で、君達には、一人に一つずつ無線を渡す。無線を使い、チーム内で連絡を取りながら、犬を捜索してもらう。ちなみに犬の首についている巻物を手に入れられなかった場合、罰ゲームがあるので、皆には頑張って、巻物を手に入れてもらいたい。ここまでで何か質問のある者はいるかな?」

藤村先生は訓練生達からの質問があるか尋ねる。


「罰ゲームの内容は何ですか?」

ダニエルが藤村先生に向かって言った。


「罰ゲームの内容は秘密だ。秘密にした方が、何があるか楽しみだろ?」


「制限時間はありますか?後、やってはいけないこともありますか?」

Bクラスのヴィクトル・イワノフが藤村先生に向かって言った。


「おっと、大切なことを説明し忘れてたな。制限時間は、四十五分間だ。やってはいけない行動は、訓練生同士の暴力行為と犬への暴力行為だ。これらを破った場合、罰ゲームとは別に、個別に指導をするので、絶対にしないように。他に質問はあるか?」

藤村先生は訓練生を見回す。訓練生からの質問が無いことを確認した藤村先生は、犬達を森の中に放った。


「それでは、これより十分後に犬の捜索を行ってもらう。無線は、各自一つずつ配るので、無線を受け取った後は、巻物を手に入れるための作戦会議をしてくれ」

藤村先生は訓練生達に無線を配り始めた。訓練生達は無線を受け取ると、各自、チームごとに移動して、作戦会議を始める。僕達も無線を手に入れると、他のチームから離れて、作戦会議を始めることにした。


「さて、どうしようか?」

ジェームズが言った。


「犬を捕まえるんだったら、複数人で行動した方がいいよね?」

マイクが言った。


「ああ、そうだね。理想としては、三人ずつに分けるか、二人ずつに分けるかだけど」

京太郎が言った。


「二人ずつが良いんじゃないか?その方が、行動範囲を広げられるし」

僕が言った。


「僕もアルスに賛成だ。二人ずつで別れた方が、効率が良いと思う」

ダニエルが言った。


「私も二人ずつが良いと思う。他に案が無いなら、二人ずつになるけどいいかな?」

エミリーがチームメイトに確認する。僕達はエミリーの発言に同意する。


「じゃあ、ペアを決めよう。僕とジェームズ。エミリーとダニエル。京太郎とマイク。このペアにしようと思うんだけど、いいかな?」

僕はチームメイトに向かって発言すると、皆、僕のペア決めに賛成した。


「ペアが決まったし、森の中をどうやって行動するかだけど、単純に三方向に散策するって行動にしようと考えてる。僕とジェームズが直進。エミリーとダニエルが右方向。京太郎とマイクが左方向に進む。これで、どうかな?」

僕はチームメイトに向かって言った。


「良いと思うよ。一番効率がいいだろうしね」

京太郎が言った。


「僕もそれでいいと思う」

マイクが言った。


「無線での連絡はどうしようか?」

エミリーが僕に向かって言った。


「犬を捕獲後か何かしら問題が発生したときに、連絡するってことにしたらどうかな?」

京太郎が言った。


「うん。そうしよう。じゃあ、時間まで皆で無線の操作確認をしよう」

僕がそう言うと、皆は無線の操作方法を確認し始めた。藤村先生が訓練生達に集合をかけるまで、無線の操作確認は行われ、一通りの無線の使用方法が理解できた時には、訓練生達は、藤村先生の目の前に集まっていた。


「十分経過したので、犬の捜索を行ってもらう。制限時間は四十五分間だ。それでは、始め!」

藤村先生が言葉を発すると同時に、訓練生達は森の中に入って行く。僕達は事前に立てた作戦通り、三方向に解散し、森の中に入る。森の中に入る途中、他のチームを観察すると、僕達のチームと同様の作戦を行うチームが多く、大体が二人一組で行動していた。いち早く犬を見つけるために、僕とジェームズは森の中を走る。僕達が森の中を移動して、五分程経過した時、突然、ジェームズが僕の右腕を掴んだ。


「ちょっと待って、アルス。あれ犬じゃないか?」

ジェームズは僕から見て、右方向に人差し指を向け、僕に向かって話しかけた。ジェームズが指差す方向には、確かに犬が見えて、ゆっくりと動いている。


「確かに犬だな。気づかれないように、ゆっくり尾行しよう」

僕はジェームズに向かって小声で話しかけた。


「ああ、そうしよう。近くに他のチームもいるし、他のチームが犬に気付く前に、犬を捕まえよう」

ジェームズが小声で言った。


ジェームズの言う通り、僕達から少し離れた場所には、他のチームの訓練生がいて、辺りを見回していた。僕達は、他の訓練生に犬の存在を感づかれないように、あくまで犬を探しているような演技をしながら、犬に近づく。犬は僕達の存在に気付くことなく、一定の速度で移動する。僕達も少し早く歩く速度で、犬を追いかける。


やがて、犬は立ち止まる。僕達も犬が立ち止まるのと、同じタイミングで、立ち止まった。犬が立ち止まった場所は小さな洞窟の前で、犬は穴の先に、鼻先を向けて、何かの匂いを嗅いでいるようだった。


「何をしているんだろう?あの穴の先に何かあるのかな?」

ジェームズは小声で、僕に向かって言った。


「さあ?犬の考えていることなんて、分からないよ」

僕は小声で、ジェームズに向かって言った。僕とジェームズが小声で会話をしていると、犬は穴の先に移動してしまった。


「あっ、犬が穴の中に入って行った」

ジェームスが小声で言った。


「僕達も行こう。穴の先が行き止まりなら、確実に犬を捕まえられる」

僕達は犬が入った洞窟に向かった。洞窟の先は暗く、先に何があるのかは確認できない。僕は一応、何かあったときのために、チームメイトに連絡を入れておくことにした。


「こちら、アルス。応答してくれ」

僕は無線でチームメイトに呼びかける。


「こちら、京太郎。どうした、アルス?」

無線から京太郎の声が聞こえる。


「これから、犬を追って、洞窟の中に移動するから、一応、連絡しておいた。京太郎の方はどうなっている?」

僕は無線で京太郎に話しかけた。


「こちらは、犬を発見して、尾行している。洞窟の中に移動するのか?危険じゃないのか?」

京太郎が無線で応答する。


「洞窟の先に何があるのか分からないけど、何とかなると思う。京太郎は引き続き、尾行を頼む」

僕は無線で京太郎に言った。


「ああ、分かった。くれぐれも無茶はしないように」

京太郎はそう言うと、無線を切った。


「よし、洞窟の中に入ろう。ただ、何かあったときのために、ジェームズにはここで待機してもらってもいいかな?危険な目にあったら、無線で報告するからさ」

僕はジェームズに向かって言った。


「ああ、いいよ。僕はここで待機しておく」

ジェームズが僕に向かって言った。


僕はジェームズと別れ、洞窟の中に入る。暗くて何があるのか分からない状態だが、移動するのに十分な空間は確保されているので、両手で壁を触りながら確実に前進する。


「犬の足音も声もしない」

僕は暗闇の中で言った。真っ暗な洞窟の中をゆっくりと壁伝いに進み、犬の後を追いかけて行く。すると、犬の鳴き声が聞こえた。鳴き声の大きさから察するに、そう遠くない位置だと思い、僕は少し歩く歩幅を大きくした。


僕が犬の鳴き声のした方向に歩いて行くと、突然、右足が地面に着かない場所に進んでしまった。一瞬で穴に落ちることを想像できた僕は、体勢を整えようとして、後方に重心をずらした。そのおかげで、前のめりに穴に落ちることはなく、僕はお尻から穴に落ち、滑るようにして落下していった。


「よかった。怪我はしていない」

僕は自分の身体を触り、どこも怪我をしていないことを確認した。僕が滑り落ちた穴は、深い穴ではなかった。


それに滑り落ちた穴の端には、階段状に石が組まれていたので、穴から上に戻ることは可能だった。僕が周りの確認をしていると、僕の前方に犬がいて、行儀よくおすわりをしていた。


「こっちにおいで」

僕は犬に向かって言うが、犬は僕にそっぽを向き、僕の前方を歩いて行った。


「追いかけないと」

僕は犬の進んだ方向に歩き出した。その瞬間、立ちくらみのような感覚に襲われる。目の前がはっきり見えない状態で、やけに頭が痛い。痛みのせいで、僕はその場でしゃがんでしまった。


普段行かない場所に足を運んだせいなのか?頭がくらくらするが、正直、あまりこの洞窟の中にこれ以上いたくない気持ちがあったため、すぐに犬を追いかけて、捕まえようと、僕は立ち上がり、小走りで、犬の逃げる方向に進んだ。


すると、暗闇を進むにつれ、壁に燭台が取り付けてあることに気付く。光源があることに気付いた僕は軽く身構える。この先に誰かがいるのかと考えたからだ。燭台の明かりに照らされた道を進んで行くと、行き止まりが見え、そこで犬はおすわりをして、一点を見つめていた。


「これで、巻物を手に入れられる」

僕はそう言って、犬に近づく。



「何者だ?」



喉の潰れた声が聞こえた。僕はその声に反応し、声のする方を見た。声のする方は、犬が見つめている先で、そこには全身包帯巻きの手足のない人間が壁にもたれかかっていた。


僕は恐怖で全身包帯巻きの人間から離れ、壁に背を預ける。全身包帯巻きの人間と僕との間には、岩でできた天然の牢が存在し、全身包帯巻きの人間から僕のいる場所には、移動できなかった。それでもこの人間の異様な姿に恐怖し、僕は声を発することができなかった。


「何者だと聞いたんだ」

全身包帯巻きの人間は再度、潰れた声で僕に質問を投げかける。僕が全身包帯巻きの人間の質問に答えようとした時、犬が全身包帯巻きの人間に向かって吠え始めた。


「黙れ!」

全身包帯巻きの人間は、潰れた声で犬を怒鳴りつけた。全身包帯巻きの人間に怒鳴られた犬は、吠えるのを止め、静かになる。


僕は、全身包帯巻きの人間の怒鳴り声に恐怖して、壁に張り付いていると、全身包帯巻きの人間は、僕のいる方向に視線を移した。


「それで、お前は何者なんだ?早く答えろ」


「僕の名は、アルス・ウォーレン。伊甲忍者訓練所の訓練生です」

僕は自分の心の中の恐怖心を抑え、全身包帯巻きの人間の質問に答えた。すると、全身包帯巻きの人間は、少し興奮しているかのように見えた。


いや、興奮していると言うよりも、恐怖している?もしくは、何かを警戒しているようにも見えた。全身包帯巻きの人間は、僕の名前と身分を知ると、壁にもたれかかり、僕から視線を外し、黙り始めた。異様な沈黙が始まる。岩でできた天然の牢があるため、こちらには手出しができないとは言え、相手の素性が分からないのは、単純に恐ろしいし、何よりも相手が何を考えているのか分からないのが、もっと恐ろしかった。突然、始まった沈黙は続き、僕は沈黙に耐え切れず、全身包帯巻きの人間に質問することにした。


「あっ、あの、あなたは何者なんですか?」

僕がそう質問をすると、全身包帯巻きの人間は壁から離れ、視線を僕のいる方向に移した。


「私の名前は、無冥(むめい)。妖怪だ」

全身包帯巻きの人間はそう言うと、再び壁にもたれかかった後、視線を僕から外した。


「無冥?聞いたことのない名前だ。それに妖怪なのか?」

僕は無冥と名乗る妖怪を珍しそうに見ながら言った。


「世の中には、自分の知らぬことなど、山ほどあるものだ」

無冥はこちらを見ずに言った。


「それで、無冥はここで何をしているの?」

僕は無冥と名乗る妖怪に質問した。無冥は少し沈黙した後、僕の質問に答える。


「とある妖怪との戦いに敗れ、ここで傷を癒している」


「もしかして手足がないのも、戦いで失ったの?」


「ああ、その通りだ」


「一人だけで生活してるの?手足がないと色々と不便じゃないのかな?」


「私一人でここにいる分けではない。座敷童と言う妖怪に、介護をしてもらっている」

無冥がそう言うと、僕が背を向けている壁から、妖怪が一匹壁をすり抜けてきた。妖怪の見た目は、黒いおかっぱ頭と色白の肌に赤い着物を着ている女の子で、背丈は僕よりも小さかった。


座敷童は僕を一目見ると、すぐに無冥の方に視線を移し、岩でできた天然の牢をすり抜けて、無冥のいる方へと歩いて行った。


「座敷童は、出会った人間を幸福にする妖怪だ。この妖怪は、身体の傷を癒してくれる」

無冥が僕に向かって言った。無冥の言うことは正しく、座敷童は無冥の身体に両手を当てると、両手の当たった傷のある場所が少しだけ治っているように見えた。


「こんな風にこいつに傷を治してもらっている。まあ、強い妖怪じゃないから、一瞬で傷を治してもらうのは不可能だがな」


「傷を治してもらえるのなら、無くなった手足も生えてくるの?」


「そこまで治療をしてもらうのは、不可能だ。だが、手足は自然に生えてくる」


「身体が治ったら、もう一度、敗北したとある妖怪と戦うの?」


「ああ、そのつもりだ。今度は負けんがな」


「だったら、誰か人を呼んで、もっと早く傷を治してもらった方がいいんじゃない?」


「それはしない。こんな姿を誰かに見られたくはないのだ。私の気持ちが理解できないか?」


「いや、一人になりたい気持ちも理解できるよ。それじゃあ、この場所に誰かを呼ぶなんてことはしないほうがいいね」


「ああ、そうしてくれると助かる」


「それより、お前はここに何をしにきたんだ?何か目的があったんじゃないのか?」

無冥にそう言われ、僕はこの場所にきた理由を思い出した。犬に取り付けられた巻物を手に入れようとして、ここまで来たのだ。本来の目的を思い出し、僕は犬に近づく。犬は抵抗することなく、僕の両腕に包まれ、巻物を手に入れることに成功した。


「僕はこの犬に取り付けられた巻物が目当てで、ここに来たんだ。目当ての物が手に入ったし、ここから出て行くよ」

僕は犬を抱きかかえ、この洞窟から出て行くことを無冥に告げる。


「そうか、分かった。だが、くれぐれもこの場所に私がいることを誰かに話さないでくれ。私は静かに傷を癒したいのだ。『くれぐれも油断はするなよ』」


「ああ、分かったよ」

僕はそう言って、犬を抱きかかえたまま、洞窟の中の元来た道を戻り、出口まで到達した。出口に着くと、明るい日の光が顔を照らし、今までいた世界が全くの別世界だと錯覚できてしまう程、洞窟の外は、明るく眩しかった。


「犬を捕まえたみたいだね。怪我はしなかった?」


「ああ、怪我はしてないよ。巻物も手に入ったしね」


「そうか、何の問題もなく、巻物が手に入ってよかったよ。ん?あれは、京太郎じゃないか?」

ジェームズはそう言って、森の中を指差した。ジェームズの指差す方向には、確かに京太郎がいて、京太郎はマイクと共に、こちらに近づいて来た。


「どうやら犬を捕まえたみたいだね」

京太郎は僕が抱きかかえている犬を見ながら言った。


「京太郎達はどうだった?尾行は成功した?」

僕は京太郎に向かって言った。


「いや、失敗したよ。他のチームの奴に、後ろから尾行されていて、そいつが僕達の後ろで大きな音を出したんだ。その音に犬が驚いて、僕達とは別方向に逃げようとした時、他のチームのもう一人の訓練生が犬を捕まえたんだ」


「それは残念だったね。尾行されなければ、捕まえられたかもね」

ジェームズが京太郎に向かって言った。


「全部、僕が悪いんだ。僕がもう少し早く動ければ、他のチームに尾行されなかった分けだし」

マイクが言った。


「そんなことないよ、マイク。尾行はしょうがなかった。後ろから大きな音を立てられるまで気が付かなかったしね。それに、僕達が犬を捕まえられなくても、アルス達が犬を捕まえたから、罰ゲームは受けないんだし、もう気にすることでもないよ」

京太郎はマイクに向かって言った。


「そう言えば、エミリーとダニエルはどうしてるんだろう?」

僕が言った。


「エミリーとダニエルなら、犬を捕まえることはできなくて、もう制限時間も近いから、森の外に向かっているよ。僕達ももう戻らないといけない」

京太郎が言った。


「じゃあ、急いで戻ろう」

僕がそう言った後、四人で森の中を移動し、スタートの位置まで戻る。すると、既に訓練生達が待機していて、僕達が最後の訓練生だったようだ。僕達四人は、エミリーとダニエルのいる場所に移動する。エミリーとダニエルは、僕が犬を抱きかかえているのを見て、嬉しそうな表情を見せた。


「最後の四人が戻って来たな。それでは、巻物を手に入れたチームは、私に犬と巻物を渡しに来てくれ」

藤村先生がそう言うと、訓練生達は、犬と巻物を藤村先生の元に渡しに行く。僕ももちろん犬と巻物を返した。犬と巻物を受け取った藤村先生は、訓練生達を見回す。


「よし!それでは、巻物を手に入れられなかったチームへの罰を発表する。罰は・・・・・・犬のブラッシングだ。厳しくない罰だろ?さあ、ブラッシング用のブラシを配るぞ」

藤村先生の指示の元、巻物を手に入れられなかったチームは、犬のブラッシングを行った。ブラッシングをされる犬達は、気持ちよさそうに、毛並みを整えられている。予想していた罰よりも軽い罰なので、少し拍子抜けだが、何はともあれ、巻物を手に入れることができて良かったと思った。


巻物を手に入れられなかったチームの犬のブラッシングが終わり、訓練の終わりを告げるチャイムが鳴った。


「それでは、チームの連携に関する訓練を終了する。今回、使用した無線は返却せず、個人で携帯してもらう。サバイバル戦では無線の使用が許可されているので、無線を使用し、サバイバル戦で活用してくれ」

藤村先生はそう言った後に、訓練生達に解散を命じた。



 僕達は森から離れ、訓練所内に戻ると、チーム専用室に集まった。

「案外大したことのない罰ゲームだったね」

ダニエルが言った。


「でも、アルス達が犬を連れてこないかどうか、心配してたよね?」

エミリーがダニエルに向かって言った。


「それは、ちょっとだけ心配してたけど、別にいつでも罰ゲームを受ける気にはなってたよ。まさかアルス達が巻物を手に入れてくるとは、思わなかったけど」

ダニエルがエミリーに言った。


「でも凄いよね、あの限られた時間の中で、巻物を手に入れるんだから」

マイクが言った。


「そう言えば、無線で京太郎に聞いたけど、アルス達は洞窟で犬を捕まえたんでしょ?怪我はしなかったの?」

エミリーが僕とジェームスに向かって言った。


「怪我はしてないよ。僕は洞窟の前で、待機しているだけだったしね」

ジェームズが言った。


「じゃあ、アルス一人で犬を捕まえたんだ。洞窟の中は、危険じゃなかった?」

エミリーが僕に向かって言った。洞窟の中についての話題を振られ、僕の脳裏に無冥のことが思い浮かぶ。無冥のことを知られたくはないので、僕は嘘をつくことにした。


「危険なことなんて、何もなかったよ。ただ、洞窟の中が暗すぎて、良く見えなかったから犬を探すのに時間がかかったんだ。本当に大変だったよ」

僕は右手で鼻を触りながら、エミリーに向かって言った。


「ふ~ん、そうなんだ。洞窟内で何か面白いことがあったんじゃないかって、思ったんだけど」

エミリーが少し疑うような眼差しを向けながら言った。


「僕もエミリーと同じ考えで、洞窟内でアルスに何かあったんじゃないかって思ったんだけど、本当に何もなかったの?」

京太郎が僕に向かって言った。


「何もないよ。ただの洞窟だったし」

僕は平静を装いながら言った。


洞窟内での妖怪のことは、僕だけの秘密になった。誰かに話してもよかったのだが、あの四肢のない妖怪の姿があまりにも可哀想だったので、せめてゆっくりと休ませてあげたいと思ったからだ。だから、これ以上の会話の中で、洞窟の話しはしないようにした。きっとそれが洞窟の妖怪無冥と僕にとって、最善の選択だと思えたからだ。




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