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第四章 初めての訓練


 日の暖かさと春風を身体に浴びつつ、訓練所に入る。訓練所に入ると、『大広間』に一学年から六学年の訓練生が集まり、服部所長の話を聞き終えると、僕達訓練生は、初めての訓練を受ける。


初めての訓練は、座学を行うらしい。長い木製の机が用意されている部屋で、A~Fクラスまでの訓練生が部屋に集まっていた。チームごとに長い木製の机の前に座っていると、一人の先生が部屋に入って来た。昨日の適性試験前に見た先生の内の一人だった。


その先生は、黒い革製の手袋を身に付け、頭から黒い革製のマスクを被り、肌が一切見えない状態で、見たことのない異様な仮面を顔につけていた。その仮面は、角が二本生え、口から牙を尖らせ、いかつい目つきをした仮面だ。仮面と同じ模様がある紫色の羽織を羽織った男性は、真っ直ぐに教壇の前に座った。


「みなさん、初めまして。私の名前は、笹村(ささむら) 雪路(ゆきじ)と申します。Bクラスの担任をしている教忍です。これから六年間、色々とみなさんにご迷惑をかけるかもしれませんが、よろしくお願いします」


「なあ、京太郎。笹村先生は何であんなお面を付けているんだ?って言うかあのお面は何?」

僕は隣にいる京太郎に向かって言った。


「あれは般若って言うお面だね。何でお面を付けているのかは、僕も良く分からないけど、忍者の世界では、顔を隠すのはよくあることだから、大した問題じゃないと思うよ」


「それでは、記念すべきみなさんが受ける初めての訓練は、忍術を使用する際に行う『印を結ぶ』と言う手の動きを覚えていただきます」

笹村先生はそう言うと、教室内の訓練生一人一人に紙を渡し始めた。笹村先生から受け取った紙には、九つの手の動きが記されており、その一つ一つには名前があった。


「その紙に書いてある九つの手の動きを行うことで、我々忍者は変化の術や分身の術等の忍術を発動できます。魔法使いが魔法を使う時に、呪文を唱えるのと同じように、忍者は忍術を扱う際には、『印を結ぶ』行動をしなければならないのです。それでは、これから印を一つ一つ順番に、覚えていきましょう。先ずは、『臨』をやります」

笹村先生の言葉を聞いた訓練生は、紙に書いてある『臨』の手の動きを見る。


「『臨』は両手を合わせた後に指を内側に引っ込めて、その後両手の人差し指を突出し、両手の親指を立てて親指と親指を合わせてください。それが『臨』です」


「次に『兵』を行います。『兵』は『臨』の状態から両手の中指を人差し指の上に移動させ、『臨』の状態を保ったまま、中指同士を合わせて下さい」


「『闘』を行います。これは少し難しいですが、右手の人差し指を左手の人差し指の上に重ねます。その後右手中指を左手人差し指に、左手中指を右手人差し指に重ねて、第一関節を曲げます。そして、両手を合わせ、両手の親指を立てながら両手の薬指と小指を伸ばすと『闘』ができます。ちゃんとできていれば、動物の顔に見えると思います」


「次は『者』ですね。これも『闘』と同じで少し難しいです。先ず、両手の平を前方に出し、右手の薬指に上に左手の薬指を乗せます。次に左手中指を右手薬指に引っ掛け、右手中指を左手薬指に引っ掛けます。そして、両手人差し指と両手親指を伸ばし、両手小指を立てると、『者』の完成です。できていれば、動物の顔が逆さまに見えるようになっているはずです」


「その次は、『皆』ですね。これは両手を合わせるだけ。『陣』は指の第二関節を織り込んだ状態で両手を合わせる。『列』は左手の人差し指を右手の小指と薬指と中指で包み、右手人差し指と親指で輪を作る。『在』は両手を広げ、両手の人差し指と親指をくっつけて、輪っかを作る。最後に『前』は左手の上に右手を乗せるだけです。これで九つ全ての印を説明しました。間違っているところは私が指摘しますから、後は、みなさんで練習してください」


笹村先生は一通り、印の結び方を教えると、僕達に練習をするように促してきた。紙に書いてある印を真似して練習するが、指の動きを素早く動かすのは難しく、九つ全てを覚えるのは少し苦労した。


僕のチームメイトは、京太郎は元から印を結ぶのを覚えていたのかどうかは分からないが、九つの指の動きを完璧に覚えている様子だった。ジェームズは『者』の指の動きが少し苦手な模様だ。エミリーは、少しぎこちないが、全ての指の動きを把握できている感じだ。ダニエルは、『闘』と『者』の指の動きに苦戦している。気持ちは良く分かる。マイクは、『在』と『前』は上手くできるが、それ以外に関してはなかなか覚えが悪かった。


教室にいる皆で、印の結び方を一時間程練習し、最後に笹村先生の前で一人ずつ、覚えた印を見せることになった。間違った覚え方をしている訓練生がいると、その都度、笹村先生が修正してくれた。全員が笹村先生の目の前で、印を見せ終えると、その時間の授業は終わり、笹村先生は教室を出て行った。


 次の時間は、初めての忍術を行う時間だ。皆が、忍術を使うことに期待していると教室に藤村先生が入ってきた。藤村先生は教室の訓練生を見回した後、口を開いた。


「さて、それでは皆が待ちに待った忍術の時間だ。君達にこの時間で覚えてもらう忍術は、初級忍術である分身の術、変化の術、転送身の術だ。君達の中には聞いている者もいると思うが、来年には下忍試験が行われる。この下忍試験には当然、基本忍術が課題として出される。だから、下忍試験を通過するためにも真面目に、この時間の授業に取り組んでほしい」

そう言い終えると、藤村先生は教壇の前に移動し、印を結んだ。


「分身の術!」

藤村先生が印を結び、『分身の術』の掛け声を上げると、藤村先生の身体はその場で二人に増えた。目の前で行われた忍術に対し、訓練生は感嘆の声を上げる。


「これが分身の術だ。印は『在』の後に『兵』の印を結び、『分身の術』と言うと、自分の分身が現れる。この時、注意するのは、自分の分身を頭の中で強くイメージして、忍術を発動させることだ。イメージができていないと、上手く分身を作れないし、分身ができても本体とは似ても似つかない分身ができてしまう。後は、イメージさえできれば、分身に命令をさせることも可能だ。例えば、歩いている自分をイメージさせれば、分身の術を発動後、分身がその場所から歩いてくれる。術を解除したいときは、分身の術に攻撃するか、心の中で『解』と念じれば、術が解けて、分身が消えるはずだ。さあ、先ずは、皆で分身の術を練習してくれ」

藤村先生の分身の術の説明が終わり、教室にいる訓練生達は分身の術の練習を行う。


皆、自分のイメージしたもう一人の自分を分身の術でその場に出現させるが、下半身が消えた状態、全身がグミのように軟体になった状態、異様に腕と足が長い状態、身長が本人の二倍以上大きい状態等、初めての分身の術を成功させられてはいない様子だった。僕も分身の術を発動させるが、頭部が自分の頭の二倍以上あり、完璧な分身とは言えない状態だった。僕のチームメイトも京太郎以外は分身の術を上手くはできていなかった。


「まあ、初めての分身の術ならそうなるだろうな。ちなみに分身の術の分身か本物なのかの見分け方を教えよう。それは、本物の人間には影があるが、分身の術でできた偽物には影が無いと言う点だ。なので、分身の術を使われているかどうかは、相手の影を見るようにするといい。それでは分身の術は一旦止めて、次は変化の術を行うから見てくれ」

藤村先生の指示を聞いた訓練生達は分身の術を辞めて、藤村先生に視線を集める。


「それでは変化の術を行う。変化の術の印は『列』の後に『陣』の印を結び、『変化の術』と唱えれば、自分の好きな物に変化できる。今から実際に見せるから、よく見ていてくれ」

藤村先生はそう言うと、先程説明した印を結び、『変化の術!』と言うと、藤村先生の周りに煙が発生し、煙の中から服部所長の姿が現れた。


「このように特定の人物にも変化できる。だが、その人物のことを良く知らないで変化すると、すぐに偽物だとバレるので、人物に変化するときは、よく注意して変化した方が良い」

目の前にいる服部所長に変化した藤村先生は完璧に服部所長の姿と声に変化していて、本物と言われれば、すぐに信じてしまえる程、本人に似ていた。服部所長に変化した藤村先生は変化の術を解き、元の藤村先生に戻る。


「変化の術を解くときも、分身の術を解くときと同様に心の中で『解』と念じれば、元の姿に戻れるはずだ。さあ、皆もやってみなさい」

僕達は藤村先生の説明通り、変化の術を行う。


リンゴに変化しようとするが、紫色のリンゴに変化する者、馬に変化するが、下半身だけ馬に変化して、ケンタウロスのようになっている者、石像に変化するも身体の右半分だけしか変化ができていない者等、皆様々な変化の術を行っている。僕も変化の術を実行する。変身するのは、手裏剣だ。頭の中で手裏剣の形をイメージして、僕は印を結ぶ。そして、変化の術と唱えると、僕の身体は変化し、手裏剣に変化した。刃の部分が丸くなっていて、本物の手裏剣に比べれば、十字型の焦げたクッキーのように見えてしまうかもしれないが、初めてにしては良くできたと思う。


僕は変化の術を解除して、人間の姿に戻ると、チームメイトの様子を見ることにした。ジェームズは、本に上手く変化していて、本の表紙は歴史の本だった。京太郎は藤村先生に変化して、本物の藤村先生と全く同じ姿に変化をしていた。エミリーはと言うと、猫の姿に変化していたが、耳の部分が兎の耳になっていた。おそらく、猫に変化するか兎に変化するか迷っていたのだろう。ダニエルはと言うと、サッカーボールに変化していたが、サッカーボールの黒い部分が円形になっていた。マイクはケーキに変化したのだろうが、大きなケーキから腕と足と頭が出ている間抜けな恰好に変化していた。教室の訓練生の全員が変化の術を発動したことを確認した藤村先生は、皆に変化の術を辞めるように指示した。


「変化の術は止めて、最後の術を教えるぞ。最後の術は、転送身の術だ。この術には、忍者石を使うのだが、忍者石の説明をしておこう。忍者石は日本のとある場所で、採掘できる石で、忍術の反応を確認したり、忍術に作用する働きをもっている」

藤村先生はそう言って、懐から二つに割れた石を教壇に置いた。


「転送身の術は、特定の場所を移動する際に使う術で、特定の場所と言うのは、忍者石の存在する場所のことだ。君達が今いる鬼ヶ島のカエルの石像は忍者石を使用して作られていて、一つの忍者石を二つに割り、その割った石をカエルの石像に加工した時に、片方の忍者石でできたカエルの石像の前で、転送身の術を使用すると、もう片方のカエルの石像の前に移動できる。これが転送真の術だ」

藤村先生はそう言うと、教壇の上に置いてある二つに割った忍者石を手に持った。藤村先生が手に持った石は、青い石で綺麗な色をしている。


「それでは、ここに二つに割った忍者石が有るので、これから一人ずつ転送真の術を行ってもらう。転送身の術の印は、『兵』の後に『闘』だ。それではこれから名前を呼ぶので、名前を呼ばれた者は、私の目の前で、転送身の術を発動してくれ。先ずは、桃田(ももた) 一郎(いちろう)。こっちに来てくれ」

藤村先生に名前を呼ばれた桃田は、ツンツン頭に、少し突き出た八重歯、口元にほくろ、黒い羽織には桃の模様が入っている。


藤村先生の目の前に移動した桃田は、転送身の術を発動させた。すると、目の前で術を発動させた桃田は、光に包まれ、すぐ近くの忍者石の前に瞬間移動した。転送身の術を発動させた桃田は、得意げな顔で自分の席に戻る。


それからは、順番に名前が呼ばれ、順番に転送身の術を成功させていく。どうやら分身の術や変化の術よりも難しい術ではないようで、失敗する訓練生はいなかった。僕も藤村先生に呼ばれ、目の前で転送身の術を発動するが、失敗はしなかった。だが、チームメイトのマイクだけは、印を結ぶのに手間取り、上手く術を発動させられなくて、三回目の挑戦で、やっと成功させられた。マイクが転送真の術を発動させ、自分の席に戻る時、他の訓練生が意地悪そうに笑う。僕は自信が無さそうにしているマイクに声をかける。


「上手くできていたよ。完璧だった」


「ありがとう、アルス。今度は一回で成功させるよ」

マイクはぎこちない笑顔で言った。マイクの順番が終わり、最後の訓練生が転送身の術を発動させる。


「よし、これで全員転送身の術を発動できたな。この時間で教えた分身の術と変化の術と転送身の術はサバイバル戦で使えるので、ちゃんと術が発動できるように、個人的に練習することを推奨する。転送身の術に関しては、鬼ヶ島の外に行くためには必要不可欠な術なので、ちゃんと覚えておくように」

藤村先生はそう言って、忍者石を懐にしまった。


「それと忍術を使用すると、体力を消耗する。これは初級忍術なら二十メートルを全力疾走するのと同じぐらいの体力を消耗する。なので、個人で忍術を練習するのを推奨すると言ったが、やり過ぎないようにすることも覚えておきなさい。それでは、この時間の授業を終了する。次は障害走行の訓練なので、障害走行用の場所には遅れないように移動しなさい」

藤村先生はそう言って、教室を出て行った。藤村先生の言う通り、次の時間は障害走行の訓練なので、僕達は障害走行の行われる訓練所内東エリアに移動することにした。


「なあ、京太郎。次の障害走行の訓練は何をするか知ってる?」

僕は移動しながら京太郎に向かって言った。


「確か、次の障害走行は決められた道を走る訓練だったと思うよ。ただ、走る最中に色々な障害物があるらしいけどね」


「ただ走るだけじゃないなら、面白そうだな」

ダニエルが言った。


「走るのは、苦手だな。また何か失敗しそう」

マイクは少し弱気な表情で言った。


「大丈夫でしょ、そこまで厳しくはないと思うよ」

エミリーはマイクを励ますように言った。


「何かあったら、チームで助け合えばいいしね。僕も走るのは得意じゃない方だから、何かあったら救いの手を差し伸べてくれると助かるよ」

ジェームズが言った。


「そうだね。助け合えるところはチームで助け合おう」

僕はチームメイトに向かって言った。


 僕達が東エリアの障害走行のできる場所に辿り着くと、そこには『会談所』で見た教忍の一人がいた。筋肉質な上腕二頭筋、引き締まった胸筋、適度に筋肉の付いた大腿筋、それら全てが無駄のない肉体と言わざる負えない身体つきをした男性は、訓練生達が集まるのを待っていて、訓練生達が集合すると、口を開いた。


「よし、皆集まったな。先ず、私の名前は、本田(ほんだ) 真座(しんざ)()(ろう)と言う。Aクラスの担任をしている。障害走行の訓練は、大体私が請け負う訓練になるので、これから六年間よろしく頼む」

本田先生は腕組みをしながら言った。


「それでは、早速障害走行の訓練に移ろうと思うのだが、その前に君達に一つ質問をしたいと思う。質問の内容は、忍者の活動において大切なことは何かだ。答えられる者はいるか?」

本田先生はそう言って、訓練生を見回す。すると、ジェームズが手を上げて、こう言った。


「手裏剣を確実に当てることです」


「手裏剣を確実に当てることか。悪くないが、違うな」


「敵と戦闘になった際に、負けないこと」

ダニエルが手を上げて言った。


「それも大事だが、もっとも大切なことではないな」


「与えられた任務を確実に成功させることじゃないですか」

エミリーが手を上げて言った。


「与えられた任務を遂行するのは、忍者にとって大事なことだな。だが、それは普通の仕事をしている人間に対しても言えることだ」

本田先生はエミリーに向かって言った。


「もしかして、逃げることですか?」

僕は手を上げて、本田先生に向かって言った。


「そう、その通りだ。逃げることだ。忍者にとって、大切なのは『生き延びることだ』。生きるためには、困難に立ち向かうことも必要だが、逃げることも大切なのだ。我々忍者は、任務のなかで、敵が集まっている場所に潜入し、敵の情報を手に入れる。手に入れた情報を仲間の元に送るためには、先ず、自身の命を保証しなければならない。そのために逃げると言う選択肢を取るのだ」


「でも、敵から逃げて、後で怒られたりはしないんですか?」

訓練生の中の一人が手を上げて言った。


「怒られたりなんかしないさ。怒られる可能性があるのならば、手に入れた情報を仲間の元に送れず、その上、こちらの情報を相手に奪われてしまったときだろう。軍人ならば、敵前逃亡を(とが)められるかもしれないが、忍者にそれはない。さあ、今の説明を聞いた上で、君達に行ってもらうのは、これから決められたコースにある障害物を回避しながら進んでもらう訓練だ」

本田先生は後方を振り返り、その先を指差しながら言った。本田先生の指差す方向には、少し高い壁、細い道、円形の足場が複数ある場所、狭い穴を潜らないと通れない場所等が見える。


「このコースを三名ずつで走り、それを複数回行う。この時点で何か質問はあるかな?」

本田先生の質問に対し、訓練生の一人が手を上げる。


「なぜ障害のある道を走らなければならないのですか?」


「良い質問だ。なぜ障害のある道を走らなければならないのか。それは、逃亡する際に必ずしも平坦な道を通る可能性が高い分けではないからだ。むしろ、何かしらの障害がある道を走る方がいい。なぜかというと、障害のない場所を走るということは、それだけ敵からの攻撃を受ける可能性があるし、複数人から追われている状況ならば、多人数を相手にしなければならない。これを打破するには、狭い通路に逃げ込み、一対一の構図に持ち込んだり、障害を利用して、敵からの攻撃を防ぐことを考えねばならない。そんな状況で障害のある場所を素早く動けるようになるために、障害走行の訓練が必要なのだ」

本田先生は訓練生の質問に答えると、障害のある道の方向に進み、白線の前で立ち止まる。


「それでは、説明も終わったので、障害走行を始める。クラスごとに名前を呼ぶので、名前を呼ばれた者は、私のいる白線の位置まで来てくれ。Aクラスから三原(みはら) (ゆう)。Cクラスから三上(みかみ) (あや)。Fクラスからジェームズ・ウィルソン。三名は前に来てくれ」

本田先生に名前を呼ばれたジェームズは、本田先生のいる場所に移動する。


「頑張れよ、ジェームズ」

僕は移動するジェームズに向かって言った。


「ああ、頑張るよ」

ジェームズは僕に向かって言った。


本田先生に呼ばれた三名は、白線の前で並ぶ。本田先生は、三名が白線の前に並ぶのを確認すると、ストップウォッチとスターターピストルを取り出した。


「スターターピストルで合図をしたら、障害走行の始まりだ。合図が鳴ったら、走ってくれ。それでは・・・・・・スタート!」

本田先生はそう言って、スターターピストルを鳴らす。


三名の訓練生が走り出した。コースにある障害を一つ一つ乗り越えて行き、三名はコースを走る。三名の順位は、障害をいかに早く乗り越えるかで、その差が決まり、コース終盤になると、一位がAクラスの三原、二位がCクラスの三上、三位がジェームズの順に走り、その順位は変わらないまま、ゴールした。ゴールしたジェームズは、酷く息切れをしていた。


「三人とも、初めてにしては良いタイムだ」

本田先生は手持ちのプラスチック製のボードに三人の走行タイムを書き込みながら言った。

障害走行は三人一組で行われ、順々に訓練生が走って行く。


そして、僕の名前が呼ばれると、僕は白線の前に移動する。僕と一緒に走るのは、Aクラスの桃田 一郎とBクラスの水上(みずかみ) 真理(まり)だ。白線の前に立ち、僕はスターターピストルが鳴るのを待つ。スターターピストルは、僕達三人が走る準備ができたことを確認すると、瞬時に鳴り響き、僕達は走り出した。


初めにある障害は、少し高い壁だ。壁は両手を伸ばせば、よじ登れる高さなので、僕は両手で壁に捕まり、壁をよじ登り、壁から飛び降りた。それから道幅の細い道を走り、円形の足場のある場所を一ヶ所ずつ飛びながら通過し、狭い穴を潜り抜け、短い柵が連続して並んでいる道まで移動する。


僕は短い柵が並ぶ場所を一つずつ飛び越えて移動する。他の二人も僕とほぼ同じ場所を移動していて、もうすぐゴールが見えていた。僕は最後の短い柵を飛び越えて、ゴールに向かい、一直線に走ろうとした。その時、Bクラスの水上 真理が最後の短い柵に足を引っ掻けて、前のめりに倒れてしまった。僕はそれを見逃さず、走るのを辞めて、水上さんの元に近づいて、右手を差し出した。


「大丈夫?」


「うん、ありがとう」

水上さんは僕の右手を掴み、立ち上がった。その後、僕達はゴールまで走り、白線を超えた。順位は、一位がAクラスの桃田 一郎。二位が僕。三位が水上 真理だった。


僕がゴールした後、Aクラスの桃田とすれ違った時、桃田は勝ち誇ったような表情を僕に見せた。それが少し気になったが、僕は歩みを止めず、チームメイトの元に移動した。


「早かったね、一位になれると思っていたよ。女の子に手を差し伸べるなんて、偉いね」

京太郎は僕に向かって言った。


「そうかな?まあ、当然のことをしたまでだよ」

僕は京太郎に向かって言った。


「皆、凄いな。僕も頑張らないと。あっ、名前が呼ばれた」

マイクはそう言って、白線の方向に走って行った。


マイクは重い身体を揺らしながら、懸命に走った。順位は三位だったが、最後まで完走し、息を切らしながら、白線まで戻ってきた。


障害走行は、一周だけでなく、障害走行の時間が終わるまで、何週も走った。皆が疲れて、体力が無くなってきたところで、チャイムが鳴った。


「皆、良く頑張ったな。最後に忍者にとって、必要な能力の一つを教える。それは、長距離を速く走ることを維持する能力だ。それは平坦な道でも、障害の多い道でも、関係はない。訓練所で生活をする上で、六年間よく走ることになると思うので、皆、怪我のないように気を付けながら、生活をしてくれ。それでは、訓練を終了する」

本田先生が障害走行の訓練は終わりだと告げ、僕達は東エリアから移動した。


昼食の時間になり、僕達は昼食を食べることになった。食堂は、男子寮と女子寮を繋ぐ場所以外に、訓練所内にもあった。そこでも六人掛けの椅子とテーブルがあるので、僕達はそこで食事をすることにした。僕は、昨日の食堂で新堂さんの言っていたことが理解できた。忍術を使用し、障害走行を行うことで、身体はカロリーを消費し、空腹状態になっていた。なので、普段なら多めに感じる食事量もすぐに食べ終わってしまった。


食事中は周りの上級訓練生(紫色や赤色や黄色の羽織を羽織っている訓練生)も食堂に集まる分けだが、よく観察すると、皆、無駄な脂肪のない体型で、筋肉質だ。訓練所で生活を過ごしていけば、自分も行く行くは、ああ言った筋肉質な体型になるのかと想像しながら、昼食を食べ終えた。


 昼食の時間を終えた後は、忍具の訓練を受けることになった。もちろんチームで移動する。場所は、訓練所内の西エリアにある広間だ。広間には、三つの丸い的が付いた棒が三本立っていて、棒の下には溝がある。A~Fクラスの訓練生全員が広間に移動すると、広間には、教忍の男性がすでにいて、丸い的めがけて手裏剣を投げていた。


教忍の男性の投げる手裏剣は全て的の真ん中に刺さっていた。教忍の男性は僕達訓練生が集まるのを確認すると、手裏剣を投げるのを止め、僕達の方に近づいてきた。


 教忍の男性の容姿は、身長は高く、痩せ形で、黒髪の癖のある髪質、腰に回転式拳銃を二丁携え、紫色の羽織には、二丁の拳銃が交差している模様があった。


「やあ、皆、集まったね。私の名前は、城戸(きど) 道義(みちよし)。Eクラスの担任をしている。この時間は忍具の訓練を行う予定だ。まあ、見てわかると思うが、手裏剣などの投的物を取り扱う。一応、刃物を扱う分けだから、皆には怪我や事故のないように悪ふざけはしないでもらいたい。いいかな?」

城戸先生が訓練生達に確認するので、僕達訓練生は黙って頷く。


「うん、よさそうだね。早速、君達に手裏剣を投げてもらいたいところだが、その前にこの時間で取り扱う忍具の種類と機能を覚えてもらおうかなと思っている」

城戸先生はそう言って、足元に置いてある黒い布の中から、形の違う様々な手裏剣を取り出し、その中から一つの手裏剣を取り出した。


「それでは、手裏剣を一つずつ紹介していこう。先ずは、君達が適性試験で使用した十字手裏剣。これは見た目と名前通り、十字の形になっている。もう一つの名前を四方手裏剣とも言う」

十字手裏剣を紹介した城戸先生は続いて、複数の手裏剣を手に取る。


「この手裏剣は、星形手裏剣。見てわかると思うが、星の形をしているから星形手裏剣と言う。六方手裏剣と八方手裏剣は、刃が六方向と八方方向についている。折りたたみ手裏剣は、畳んだ状態から発展させると、十字手裏剣になる」

城戸先生は一通り手裏剣の種類を説明すると、訓練生達に紹介した手裏剣を黒い布にしまった。手裏剣をしまった城戸先生は、左手前腕の袖をまくる。城戸先生の左手前腕には、鉄製の棒が数本仕込んであった。


「これは棒手裏剣と言う物で、このように利き腕の反対の腕に装備し、投げることができる。投げる以外にも、刃物や鈍器を受け止める物としても活用できる武器だ」


「城戸先生、なぜ手裏剣と棒手裏剣の二種類があるんですか?投げるだけなら、手裏剣だけでいいんじゃないですか?」

僕が木戸先生に向かって言った。


「いい質問だね。なぜ全く形状の違う手裏剣が二種類あるのかと言うと、手裏剣が作られた時代の忍者の身分が関係しているんだ。忍者がもっとも活躍していた時代、忍者の身分は低く、貧乏だった。当然、貧乏な忍者としては、扱う武器の値段は安い方がいい。当時、普通の手裏剣は、製造する上でコストがかかった。それに対し、棒手裏剣は安い値段で製造できる。なので、安く使える棒手裏剣と高値で使える手裏剣の二種類ができたんだ」


「じゃあ、棒手裏剣の方が、普通の手裏剣よりも優れているってことですか?」

マイクが城戸先生に向かって言った。


「そういう分けではないね。あくまで、安いかどうかの問題で、普通の手裏剣と棒手裏剣は、全く違う。棒手裏剣の方が、投げるのが難しく、目標に当てるのが難しいので、技術が必要になってくる。だが、威力に関しては、普通の手裏剣の上をいく」

城戸先生はそう言って、左腕前腕の袖を元に戻した。


「手裏剣の種類が説明できたので、機能面についての話をしよう。手裏剣は、その見た目から察することができるように、敵に投擲(とうてき)することで真価を発揮する。もちろん手裏剣を手に持ったまま、接近戦の武器としても使用することができる。そんな手裏剣には、一つ難点があるのだが、分かる人はいるかな?」

城戸先生の問いに訓練生達はざわつき、考える。すると、一人の訓練生が手を上げた。


「手裏剣が小さすぎることですか?」

手を上げて発言したのは、Cクラスの三上さんだ。


「いや、手裏剣の大きさは関係ない」


「手裏剣の威力ですか?」

ダニエルが答えた。


「そう、手裏剣の威力だ。手裏剣はその形状から急所に当てなければ、致命傷にならない。なので、正確に手裏剣を狙った方向に投げる技術が必要になる。ちなみに威力の弱い手裏剣だが、あることをすると劇的に威力が増す。そのあることが何か答えられる人はいるかな?」


「手裏剣の刃を鋭くする」

そう答えたのは、Dクラスのエミリー・ウォーカーだ。


「残念ながら違うな。手裏剣の威力を上げる方法としては、間違っていないが、劇的には威力は上がらない」


「手裏剣に毒を塗る」

Aクラスの桃田が答えた。


「その通り。まあ、手裏剣に限らず、忍者が武器に毒を仕込むのは、よくあることで、忍者がもっとも活躍していた時代には、トリカブトやマチン等の毒物が使われていたんだ。っと、毒物の話しはここまでにして、次は、クナイと飛びクナイと鉄びしの説明をしよう」

城戸先生はそう言うと、クナイと飛びクナイと鉄びしを懐から取り出した。普通のクナイは、輪っかが付いた縦に長い三角形の形状で、地面を掘ったり壁に突き刺してよじ登るために使う役割をしている。


飛びクナイは、クナイよりも小型で、これは敵に投げつけることが主な役割になっている。鉄びしは、鉄製の三角形でできた逃亡用の罠で、逃げるときに、後方にばら撒くことで、敵の足止めができる。一通りの忍具の説明を終えた城戸先生は、忍具をしまった。


「説明を終えたので、そろそろ手裏剣と飛びクナイの投的訓練を行おうか。先ずは、あの円形の的を見てくれ」

城戸先生は、三つの丸い的を指差した。


「君達には、これから十字手裏剣を五枚と飛びクナイ五本を渡すから、地面にラインが引いてある場所に列を作って、あの的に十字手裏剣と飛びクナイを当ててくれ。この時間いっぱいまで練習をしてもらう。五枚の十字手裏剣と五本の飛びクナイを投げ終わったら、ラインの横にあるボタンを押して交代だ。後方にある箱に十字手裏剣と飛びクナイが入っているから、箱から十字手裏剣と飛びクナイを補充してくれ。それでは、訓練を始めてくれ」

城戸先生の説明が終わると、訓練生達は三つの列を作り、支給された十字手裏剣と飛びクナイを的に向けて投げ始めた。


皆が順番に十字手裏剣と飛びクナイを投げて行き、僕が十字手裏剣と飛びクナイを投げる番になった。一投目は、的から大きく外れた。二投目は、的の外枠に当たる。三投目は、的の上部に当たった。四投目は、的から少し外れる。五投目は、的の右寄りの場所に当たった。残りの五投は、的には当たらなかった。


十投全て投げ終えた僕は、ラインの横にあるボタンを押す。すると、的の付いた棒が地面にある溝に収納され、新しい的の付いた棒が後方から出てきた。きっと使用された的の付いた棒に刺さった手裏剣と飛びクナイは、地面の下で取り外されるように機械が作動しているのだろう。ボタンを押した僕は列から外れ、後方の十字手裏剣と飛びクナイが入っている箱に移動する。


その際、後方にいる城戸先生は、僕に手裏剣と飛びクナイの投げ方の助言をする。城戸先生が言うには、投げる時に、肘がブレているらしいので、肘を固定しながら、手裏剣を投げるように言われた。


城戸先生からの助言を聞いた僕は、再び列に戻り、十字手裏剣と飛びクナイの投的練習に入った。十字手裏剣と飛びクナイの投的練習の時間の中で、城戸先生は訓練生一人一人に助言をして、訓練生の十字手裏剣と飛びクナイの投的は上達した。


そして、忍具の訓練時間が終わる。城戸先生は最後に、一人でも練習ができるように、吸盤付きの木製の十字手裏剣と飛びクナイを訓練生一人一人に渡し、忍具の訓練は終わった。


 次の時間は、この日、最後の訓練になる。訓練所内の一室にチームで移動し、部屋の中で待機していると、藤村先生が部屋に入って来た。藤村先生は両手で大きな木箱を持っていて、その木箱には、巻物が何本も入っていた。藤村先生は木箱を教壇の上に置くと、訓練生達の方に視線を移す。


「待たせたな。これより、口寄せの術の契約を行う。少々危険な忍術なので、皆、真剣に授業を受けるように」

藤村先生はそう言った後、黒板に文章と簡単な絵を描いた。


「先ず、これから行う口寄せの術が、どういった忍術なのかを説明する。口寄せの術とは、忍者が使役する生物を呼び出す術だ。生物との契約を巻物で行い、契約が終わると、その巻物から生物を召喚できると言うのが、口寄せの術だ」

藤村先生はそう言って、懐から巻物を取り出した。


「これは私が契約した口寄せの術の巻物で、この巻物を使用して、口寄せ生物を召還する。試しに術を使うので、見てもらおう」

藤村先生は取り出した巻物を広げ、中が見える状態にすると、印を結び、『口寄せの術!』と言った。すると、その場に煙が発生し、煙の中からカラスが一羽飛び出した。カラスは部屋の中を旋回すると、藤村先生の右肩に留まった。


「このように口寄せの術を使用すると、口寄せ生物を召喚できる。私の場合は、カラスと契約している。契約できる生物は選択できないので、どんな生物が出るかは分からないが、必ずしも契約しないといけない分けではないので、自分の納得した生物と契約をしてくれ」

藤村先生は口寄せの術の説明を終えると、木箱に入った巻物を訓練生達に配り始めた。巻物は長さ三十センチに満たない長さで、巻物には針が一本付いていた。


「藤村先生、この針は何ですか?」

マイクが藤村先生に向かって言った。


「口寄せの術は契約に術者の血を使う。血液を出すために、針を自分の指に刺して、巻物の空白部分に垂らすんだ。ちょっと痛いかもしれないが、我慢してやってくれ」

藤村先生の説明を聞いたマイクの表情は、少し曇っていた。おそらく、血が苦手なのだろう。


「最後に口寄せの術の印を皆に教える。印は、『陣』の後に、『列』だ。さあ、巻物を広げて、巻物の空白部分に血を垂らし、印を結んで見てくれ」

訓練生達は恐る恐る巻物を広げ、中身を確認する。巻物の中身は空白部分の周りに見たこともない文字が書かれていて、それ以外には何の特徴もない。僕が巻物を見ていると、僕の隣にいる京太郎が巻物に血を垂らし、印を結んだ。


そして、『口寄せの術』と言うと、煙が巻き起こり、煙の中から、柴犬が現れた。訓練生達の中で、初めて口寄せの術を発動させた京太郎は訓練生達から注目を集めた。


「京太郎、その犬と契約するの?」

僕は京太郎に向かって言った。


「ああ、そうしようかな。可愛いくて、賢そうだしね」

京太郎は柴犬の頭を撫でながら言った。京太郎が口寄せの術を発動させたことで、周りの訓練生達も続いて、口寄せの術を発動させていく。ジェームズは、狸を召喚した。尻尾が丸くて、可愛い動物だ。エミリーは、鷹を召喚した。羽模様が美しく、くちばしも鋭い。ダニエルは、馬を召喚した。毛並みが柔らかく、元気だ。マイクは、ゾウガメを召喚した。大きな甲羅がかっこいい。チームメイトや他の訓練生達が口寄せの術を成功させる中、僕も口寄せの術に挑戦する。


僕は左手で針を持ち、右手の親指を針で刺した。右手親指から血が滲み出てきた。僕はその血を巻物の空白の部分に垂らす。血が一滴巻物に落ちたのを確認すると、僕は印を結び、口寄せの術を唱える。巻物から煙が発生し、煙の中から、生物が出てきた。その生物は、猫だった。


猫を見た僕は少しがっかりした。もうちょっと強くてかっこいい動物が出るんじゃないかと思っていたからだ。


猫の毛色は、薄いクリーム色で、身体は少し小さい。それに加え、鼻に黒子があり、短い尻尾の先には、毛玉が付いていて、尻尾を揺らす度に毛玉が揺れていた。猫は驚いている様子で辺りを見回している。僕が口寄せの術で猫を召喚してがっかりしていると、エミリーが声をかけてきた。


「可愛い猫だね」


「可愛いかもしれないけど、猫よりかはライオンとか象とか強い動物がよかったよ」


「猫でも十分だと思うけどね。それにこの猫強そうじゃない?」


「その女の子は見る目があるぜ。俺は地上最強の猫だからな」


「今、何か言った?」

僕はエミリーに向かって言った。


「何も言ってないよ。アルスじゃないの?」


「おい!俺を無視するんじゃねえ!」

僕とエミリーは声のする方を見た。僕達に話しかけていたのは、僕が口寄せの術で召還した猫だった。僕とエミリーは驚いて、猫から少し離れた。


「どうした?俺が地上最強の猫だって知ったから、ビビったのか?」

猫はそう言うと、後ろ足で立ち上がり、僕達の方に近づいて来た。


「どうして、猫が人の言葉を話せるの?それに、二足歩行で歩いているし」

僕は猫に向かって言った。


「別に話せるのも歩けるのも変なことじゃないぜ。人は一人一人個性が違うんだから、猫だって個性が違っていいんだよ。そうだろ?」

猫は僕に向かって言った。


「まあ、そうだね。言っていることは正しいよ。ただ、ちょっと驚いたけどね」


「じゃあ、問題ないな。俺の名前は、サクだ。よろしくな」

サクは右前足を僕に差し出しながら言った。


「僕の名前は、アルス・ウォーレン。よろしく」

僕は左手でサクの右前足を掴み、握手した。


「なあ、アルス。ここは一体、どこで、お前達は何者なんだ?何で、俺はここにいるんだ?」

サクが辺りを見回しながら言った。


「ここは伊甲忍者訓練所だよ。僕達は一人前の忍者になるために、この島で訓練を受けているんだ。サクがこの場所にいるのは、僕が口寄せの術って言う忍術を使ったから、この場所に呼び出されたんだ」


「そうなのか。聞いたことのないことばかりだが、俺がこの場所にいる理由は、理解できたぜ。それで、俺を呼び出して、何がしたいんだ?」


「僕と契約して、僕のために働いて欲しいんだ」


「お前のために働く?俺みたいなしゃべる猫でもいいのか?」


「うん。別に問題はないよ。本当は、強い生物がよかったけど」


「お前って変な奴だな」


「この島に来る前は、よく言われていたよ。それで、契約してくれるの?」


「そうだな。契約してやってもいいぜ」


「本当に!?ありがとう」

サクとの契約が成立した時、僕とサクのやり取りを見ていた他の訓練生達が、サクに近づいて珍しそうにサクを見始めた。


「この猫しゃべるの?凄いね」


「いいなぁ~、僕もこの猫と契約がしたいな」


「かわいいね。名前は何て言うの?」


「しっぽに毛玉がついている。面白い」


「後ろ足で立っているの?器用だね」


「毛玉に触ってもいい?」

訓練生達はサクの身体を触りながら、サクに向かって言葉を投げかける。多くの訓練生達に話しかけられながら触られたサクは、その場から少し逃げ出す。


「気安く俺に触るんじゃねえ。特に俺の尻尾は触るな。俺は尻尾を触られるのが、大嫌いなんだ」

サクは両前足を前方に突きだし、胸を反りながら言った。サクがそう言うと、訓練生達は離れる。サクの周りから訓練生が離れると、藤村先生が僕とサクのいる場所に近づいて来た。

「珍しい口寄せ生物だな。人語を話す猫なんて、見たこともないぞ」

藤村先生はサクを見ながら言った。


「俺は特別な猫だからな」

サクが藤村先生に向かって言った。


「もしかして、お前は妖怪か?」

藤村先生がサクに向かって質問した。


「妖怪?何だそりゃ?」

サクが藤村先生に向かって言った。


「どうやら妖怪ではないらしいな。本当に珍しい猫だ」


「やっぱり珍しいんですね。僕、この猫と契約します」

僕は藤村先生に向かって言った。


「ああ、そうすると良い。人語を話せて、二足歩行ができる猫なら、サバイバル戦や任務にも活かせるだろうしな」

藤村先生が僕に向かって言った。


「契約はするが、俺は自由な猫なんだ。好き勝手に生きるぜ」

サクはそう言って、窓枠に飛び乗り、僕達のいる部屋から出て行こうとする。


「あっ!待て!」

僕がそう言った後には、サクは部屋の窓から逃げ出してしまった。


「そんな、せっかく呼び出したのに」


「大丈夫だ。契約は成立しているんだろう?口寄せの術を使えば、また呼び出せる」

藤村先生が僕に向かって言った。


「本当ですか?」


「ああ、本当だ。ただし、契約に使用した巻物は無くさないようにな」

またサクを呼び出せることを確認できた後、皆が口寄せの術を発動し終える。口寄せ生物との契約ができたことを確認した藤村先生は、口寄せの術の授業を終了させた。


今日の訓練が終わると、僕達はチーム専用部屋に移動して、話し合いを始めた。


「色々と教わったけど、疲れたね」

ジェームズが眼鏡を布で拭きながら言った。


「疲れたけど、やっぱり忍術が使えるのは、感動したよ。まだ完全には覚えてないけど」

ダニエルが言った。


「僕も完璧に忍術を覚えられてないよ。まだ印を結ぶのもぎこちないし」

マイクが言った。


「サバイバル戦も近いし、忍術は完璧に覚えないとね」

京太郎が言った。


「やっぱりサバイバル戦では、忍術を使うんだよね?」

エミリーが京太郎に向かって言った。


「もちろん使うよ。忍術が使えるようになったら、皆で騙し合いが始まるからね。色々と用心しないとね」

京太郎がエミリーに向かって言った。


「なあ、京太郎。考えたんだけどさ、そろそろこのチームのリーダーを決めないか?サバ

イバル戦が始まる前に、リーダーが誰かって決めておかないといけない分けだし」

僕は京太郎に向かって言った。


「そうだね。じゃあ、アルスがリーダーになったら良いんじゃないかな?」

京太郎は僕に向かって言った。僕は京太郎の言葉に驚いた。今日の訓練で、忍術をチームの中で誰よりも完璧にできていたし、何よりも忍者に関しての知識もある。だから、僕は京太郎がリーダーとしてふさわしいのではないかと考えていたからだ。僕は京太郎の発言に疑問を持ち、京太郎に質問することにした。


「なぜ僕なの?京太郎の方が、実力があるのに」


「僕はリーダーに就きたいと思ってないし、僕はこのチームの中なら、アルスが一番リーダーに向いていると思ってる」

京太郎が僕に向かって言った。


「そうなのか。皆はどう思う?皆はリーダーになりたいとは思わないの?」

僕は京太郎以外のメンバーに向かって質問した。


「僕もアルスがリーダーになった方が良いと思うよ。僕はリーダーよりも参謀や軍師に憧れてるから、リーダーにはなりたいと思わない」

ジェームズが僕に向かって言った。


「僕もアルスがリーダーでいいと思うよ。僕はあんまりリーダーをやりたいとは思ってないし。どちらかと言うと、派手に動き回りたいタイプだしね」

ダニエルが僕に向かって言った。


「僕もリーダーはアルスでいいよ。僕にはリーダーの資質はないだろうし」

マイクが僕に向かって言った。


「アルスが認める京太郎が、アルスにリーダーになるべきだと言うなら、アルスがリーダーになるべきじゃないかな?私も皆と同じで、リーダーにはなりたいと思わない。自分で実力不足だと理解してるしね」

エミリーが僕に向かって言った。


「皆がそこまで言うなら、リーダーになるよ。皆、僕がリーダーで異論はないね?」

僕はチームメイト全員に向かって確認を取ると、皆、黙って頷いた。皆の総意で、僕がチームのリーダーになった。


「それで、リーダーを決めたけど、その後はどうするの?」

エミリーが僕に向かって言った。


「う~ん、そうだな。僕としてはリーダーを決めたし、今日は帰って、休むって方向にしたいんだけど」


「良いと思うよ。僕も疲れたし、自分の部屋で休みたいかな。他の皆もそう考えてると思うよ」

ジェームズは僕の考えに賛同した。ジェームズの言う通り、皆、疲れている様子なので、今日はリーダーを決めるだけで解散し、自分の部屋に戻ることにした。自分の部屋に戻る前に僕とジェームズ

は、藤村先生にチームリーダーの申請を行い、それから男子寮に移動した。


僕が自分の部屋に入ろうとした時、ジェームズが僕を呼び止め、僕に自分の部屋の前で待っていてくれと言った。僕はジェームズに言われた通り、自分の部屋の前で待っていると、ジェームズが木製の丸い板を持って来た。


「これは僕の父さんが訓練生時代に使っていた手裏剣と飛びクナイの練習用の道具なんだけど、アルスにあげるよ。これを部屋の中に置いて、手裏剣と飛びクナイの練習をするといいよ」

ジェームズは木製の丸い板を僕に向かって差し出した。


「でも、それじゃあ、ジェームズが手裏剣と飛びクナイの練習ができないんじゃないか?」


「大丈夫、自分の分は持っているし、アルスに上げるのは、予備として持ってきた物だから、問題ないよ」


「そうなんだ。じゃあ、有り難く使わせてもらうよ」

僕はそう言って、ジェームズから木製の丸い板を貰った。ジェームズはそれを僕に渡すと、自分の部屋に入って行く。僕もジェームズが自室に入るのを確認した後、自分の部屋に入る。


ジェームズから貰った木製の丸い板を机の上に置いて、僕は壁にもたれかかるように座った。訓練所の初日が終わり、少し気を許した瞬間、僕は扉に付いているポストに手紙が入っていることに気が付く。それは一枚の手紙で、僕は一枚の手紙をポストから取り出した。ポストから引き抜いた手紙を開けると、手紙にはこう書いてあった。


「伝説の忍具を渡せ」


伝説の忍具?僕は見当も付かないその手紙の内容が気になり、自室を出て、チームメイトと話し合うことにした。





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