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第三章 チーム結成


伊甲忍者訓練所で迎える初めての朝がきた。僕は布団から起き上がると、軽く背伸びをし、歯を磨いた。


窓から見える景色は施設にいた時に見慣れた景色ではなく、見知らぬ土地の見知らぬ風景だ。今日から新しい生活が始まる。その期待と不安の余韻に浸っていると、部屋の扉をノックする音が聞こえた。


「アルス、起きてるか?」

ノックと共に聞こえてきたのは、ジェームズの声だった。


「ああ、起きてる。入っていいよ」

僕が扉に向かって言うと、ジェームズが白い袋を持って、僕の部屋に入って来た。


「さあ、早速、準備をしようか。先ずは、白い袋の中身を確認しよう。白い袋の中身を出してくれ」


「ああ、分かったよ」

僕はそう言って、白い布袋の中身を畳の上に出した。


○身分証明書 ○忍具使用本 ○一般教養学習書セット ○一年次学習忍術本

○妖怪全集(著者 火木 繁六) ○印早見表 ○訓練所予定表

○手裏剣三枚 ○棒手裏剣三本 ○飛びクナイ三本

○竹筒(まきびし入り) ○忍具用ホルダー ○忍装束五着

忍盤(にんばん)と忍盤手引書 ○印鑑


「なあ、ジェームズ。この木製のマス目付きの板と木製の駒は何?チェスには見えないけど」


「それは、忍盤だね。伊甲忍者訓練所のオリジナルのゲームだよ。駒を使って、一対一で行われるゲームなんだ。実を言うと、忍盤が好きで、伊甲忍者訓練所に入ったところもあるんだよね。アルスは、どうかな?忍盤に興味はない?」


「僕はないかな。この手の長く考えるゲームは少し苦手なんだ」


「そうか。残念だな。でも、面白いと感じたら、一緒にやろう」


「ああ、覚えておくよ」

白い袋の中身を確認し、訓練所に向かう時間が迫る。


「それじゃあ、そろそろ忍装束に着替えよう」

ジェームズの発言と同時に、僕は両手で忍装束を手に取った。


「じゃあ、着方を教えてあげるよ」

ジェームズはそう言って、僕に忍装束の着方を教えながら、僕はジェームズの指示に従い、上衣と袴を着て、手甲と脚絆を付けた。


「後は、頭巾だけど、まだ訓練は始まらないから、このままで大丈夫だよ」

ジェームズの指示の元、忍装束に着替えた僕は、自分の姿を見ていた。


「本当に忍者になったんだね。何だか、不思議な気分だよ」


「僕は着慣れているから、あんまり忍装束を着ても感動はないかな。家にいたときに、良く着させてもらっていたしね」

ジェームズはそう言って、自分の分の忍装束を着始めた。


ジェームズは忍装束を着慣れているため、直ぐに着替えを終えた。忍装束に着替えると、白い袋から巻物の模様の入った黒い羽織を取り出し、それを羽織った。


「さあ、これで準備はできたし、先ずは、朝食を食べに食堂に向かおう。朝食を食べたら、訓練所に出発だ」

僕とジェームズは白い布袋を持って、食堂に向かう。


食堂に着くと、既に大勢の忍装束を着た訓練生がいて、六人掛けのテーブルに座り、食事をしていた。僕とジェームズもカウンターで朝食を受け取り、朝食を食べて、食堂を出て行く。


食堂を出て、男子寮から出た後、訓練所までの道を二人で歩いていく。その道の途中、ジェームズが突然立ち止まって、白い布袋の中身を見始めた。


「ああ~、忘れ物しちゃった。悪いんだけど、すぐ戻って来るから、ここで待っていてもらってもいいかな?」


「ああ、いいよ。待ってるよ」

僕がジェームズに返事をすると、ジェームズは男子寮の自室まで走って行った。


ジェームズが戻るまで、暇なので、自分の白い布袋の中身を確認していると、微かな物音が耳に入った。その音は何かを木に打ち付けるような音で、その音は今、自分のいる位置からそう遠くない場所で聞こえる。僕は音の正体が気になり、ジェームズが戻って来るまで暇なので、音の正体を確かめに向かった。


音の鳴る方向は、桜の木が立ち並ぶ場所で、僕は桜の花弁が降り注ぐ中を歩いていく。そして、音の正体に出会った。音の正体は一人の少年で、桜の木の枝からロープで吊るされた木製の円形の的に向かって、吸盤付きの木製の手裏剣を投げつけていたようで、木製の手裏剣は的の真ん中に当たっていた。木製の手裏剣を投げている少年は僕を見つけると、木製の手裏剣を投げるのを辞め、僕に話しかけてきた。


「君も新入生?」

僕にそう声をかけた少年の容姿は、黒髪に茶色い瞳、身長は僕とあまり変わらないアジア人の男の子で、黒い羽織には、白い円の中に三つの白い三角形の模様があった。


「そうだよ。名前は、アルス・ウォーレン。君の名前は?」


「僕の名前は、風魔(ふうま) 京太郎(けいたろう)。京太郎と呼んでくれればいいよ」


「京太郎か。僕の名前は、アルスでいいよ。京太郎はここで何をしていたの?」


「適性試験の練習だよ。木製の丸い的に木製の手裏剣を投げていたんだ」


「適性試験?もしかして、訓練所に行くと、試験を受けないといけないの?」


「そうだよ。その試験で、個人の初期能力を判断するんだ。アルスの両親は、何も教えてくれなかったの?」


「僕は施設育ちで、両親がいないんだ」


「そうなのか。それは悪いことを聞いてしまったね。まあ、適正試験は難しいものじゃないし、これだけで、忍者の資質を見られるわけじゃないから、何も対策しないでもいいと思うよ」

京太郎はそう言って、桜の木に掛けてあるロープと木製の的当てを外し、それらを自分の白い布袋に入れた。


「それじゃあ、僕は訓練所に行くよ。同じクラスに入れたら、そのときはよろしくね」

京太郎は白い布袋を持って、桜の花弁の降り注ぐ中、訓練所に向かって歩いて行った。


京太郎がその場を去った後、僕は元来た道を戻った。僕が戻ると、既にその場にジェームズがいて、辺りを見回していた。ジェームズは僕を見つけると、こちらに駆け寄って来る。


「先に訓練所に行ったのかと思ったよ。どこに行ってたの?何か問題でもあった?」


「ちょっと気になることがあって、桜の木の先に行っていたんだ。何も問題はないよ」


「そうか。それなら、いいや。じゃあ、訓練所に行こうか」

僕とジェームズは、二人で訓練所に向かった。


訓練所に辿り着くと、巨大な木製の門は開いていて、訓練所内に訓練生達が続々と入って行く。僕とジェームズも巨大な門を通過し、訓練所内に入る。


「ここが伊甲忍者訓練所か。凄いな」

ジェームズは感動した様子で言った。


「ここからどこに行けばいいか分かる?」

僕はジェームズに向かって言った。


「とりあえず、訓練所の『会談所』ってところに行くらしい。あっ!あそこに『会談所』はこちらですって看板があるよ」

ジェームズは、看板を指差しながら言った。僕とジェームズは看板の指し示す方向に行き、『会談所』の入口を見つける。入口には、新入生が次々と入っていく。


「ここであっているみたいだね。入ろうか」

僕はそう言って、『会談所』に入る。『会談所』に入るときに、日本製の鎧が飾ってあるショーケースを見た後、靴入れに履物を入れた。靴入れの番号は、三百二十八番。番号を忘れないように記憶し、『会談所』に入る。


既に部屋の中には、多くの新入生が畳の上に座っていて、僕とジェームズも畳の上に座った。部屋の中を見回すと、壁には『忍者は忍耐が大切』『継続は力なり』『青いリンゴと赤いバナナと黄色いブドウ』『二重暗号』と書かれた紙が張られていて、それ以外には、様々な忍具が壁に立てかけてあった。


部屋の中を見回している訓練生は僕以外にも存在し、訓練生の中には、壁に張られた紙の字を覚えようとしている訓練生もいた。ほどなくして、部屋の中を新入生が入りきると、部屋の扉が閉まり、部屋の前方に見たことのある人物が歩いてきた。


その人物は、顔の上半分だけ黒いバンダナで隠し、藍染めの忍装束に、黒い円の中に二つの黒い瞳に斜めの黒線が入った模様のある紫色の羽織を羽織っていた。


「新入生諸君、入所おめでとう。私の名前は、藤村 啓蔵だ。伊甲忍者訓練所で教忍をしている。君達がこれから訓練所で学ぶ、忍者としての知識、忍術、忍具の使い方等は、教忍である我々が教えていくことになる」

藤村先生がそう言うと、『会談所』の部屋の壁が反転し、反転した壁から複数の男性と女性が現れた。おそらくは、この人達が伊甲忍者訓練所の先生なのだろう。


『会談所』にいる新入生が少し呆気にとられていると、『会談所』に一匹の犬が入って来た。犬は一直線に藤村先生の元に移動し、藤村先生の傍で立ち止まり、座った。


「そして、最後に紹介するのが、伊甲忍者訓練所の所長である服部 豪風所長だ」

藤村先生は傍にいる犬を指差して言った。犬は、呑気に欠伸をしている。『会談所』にいる新入生が不思議そうな表情で、犬を見つめている。なぜ、この犬が伊甲忍者訓練所の所長なのかと、疑問に思っていた。


「服部所長。そろそろ姿を見せたらどうですか?」

藤村先生は、犬に向かって言った。藤村先生の言葉を聞いた犬は一声吠えると、突然、犬の周りに煙が発生し、煙の中から人が現れた。その姿は、昨日会った服部所長の姿だった。


「みなさん、初めまして。私が伊甲忍者訓練所の所長の服部 豪風だ。今のは変化の術と言って、好きな生物や物に変身できる術なんだ。どうだ?驚いたかな?」

犬から人間に変身した服部所長は、新入生の反応を窺いながら言った。新入生の反応はと言うと、驚いている人が半分、変化の術を知っているので驚かない人が半分と言った反応だ。



「今年の新入生はあまり驚かないな。まあ、それだけ忍術に対する知識があると言うことなのかな。君達が六年間訓練所で学ぶことは、普通の子供達が学ぶことのできない特別なことだ。それは、人を助けることや傷つけることもできる。だから、君達に第一に覚えてほしいのは、『正義の心』を持つということだ。どんなことがあっても『正義の心』を忘れずにいてほしい。『正義の心』があれば、むやみに人を傷つけたり、忍術を悪用して、不正に利益を得るようなことをしないからだ。これは全ての忍者に対して教えることで、昔から『正義の心』を持つことが忍者にとって、最も大切なことだと教えてきた。皆が、六年間の訓練で切磋琢磨に競い合い、有意義な訓練生活を過ごせることを願っている。私の言いたいことは、以上だ」

服部所長の言葉が終わると、自然と拍手が起きる。僕はこの時、皆が、服部所長の言う『正義の心』を理解できているのだと実感できた。そして、拍手が鳴り止むと、藤村先生が口を開く。



「これから君達には適性試験を受けてもらう。適正試験の結果によって、分けられるクラスが決定する。ちなみに成績が上位の者はAクラスに、成績が下位の者はFクラスに振り分けられるので、皆、頑張って上位のクラスに行けるよう、全力を尽くしてくれ。それでは、名前を呼ばれた者から部屋を出て、教忍の先導の元、移動してくれ」

藤村先生の説明が終わると、部屋の新入生の名前が一人ずつ呼ばれ始め、名前を呼ばれた新入生が違う部屋に移動する。『会談所』にいる新入生が次々と減っていく。


そして、僕の名前が呼ばれた。名前を呼んだのは、藤村先生だ。僕はその場で立ち上がる。僕の横にいたジェームズは小さな声で、『がんばれ』と声をかけてくれた。僕は藤村先生の案内の元、『会談所』から違う部屋に移動した。


部屋の中には、畳があり、それ以外には少し離れた場所に、京太郎が適性試験の練習用に使っていた丸い木の板があった。


「それじゃあ、ウォーレン。これを持ってくれ」

藤村先生はそう言って、手裏剣を僕に手渡した。


「君には、三つの試験を受けてもらう。その試験の一つ目が、あの的に手裏剣を当てることだ。手裏剣は三つ。好きなタイミングで投げていい。さあ、試験の始まりだ」

藤村先生は言い終えると、手元に紙の挟んであるプラスチックの板とペンを持って、僕から離れる。


僕は渡された手裏剣を構え、丸い木の板に狙いを定める。丸い木の板に集中し、僕は一投目を投げる。投げた手裏剣は、丸い木の板を大きく外れ、壁に突き刺さった。少し残念な気持ちになった。初めて投げるにしても、的に当たるだろうと考えていたからである。次に投げるときには、無駄に期待せず、僕は再び集中し、手裏剣を投げた。すると、手裏剣は的の外枠に当たった。的の外枠でも、当てられたのだから、次は真ん中を当てようと、三投目の手裏剣を構える。集中し、投げた三投目の手裏剣は、的から大きく外れ、手持ちの手裏剣は無くなった。


「よし、手裏剣の試験は終わりだ」

藤村先生は手元のプラスチックの板に挟んである紙に何かを書き込みながら言った。


「次は瞬間記憶の試験だ」

藤村先生はそう言うと、十枚のカードを懐から取り出した。


「このカードを今から並べる。それを十秒以内に記憶して、カードに書かれていることを口頭で述べてもらう。それでは、カードを並べるので、後ろを向いてくれ」

僕は藤村先生に言われた通り、後ろを向いた。僕の後方で藤村先生は、畳の上にカードを並べる。


「よし、それでは振り向いて、カードを記憶してくれ」

藤村先生の言葉を聞いた僕は振り返り、畳の上のカードを見る。藤村先生はストップウォッチを持って、秒数をカウントし始めていた。畳の上のカードは、象の絵、手裏剣の絵、塔の絵、髪の長い女性の絵、月と太陽の絵、『忍者は忍耐が大切』と書かれた文字、『正義の心』と書かれた文字、『継続は力なり』と書かれた文字、『青いリンゴと赤いバナナと黄色いブドウ』と書かれた文字、『二重暗号』と書かれた文字の十枚のカードが存在し、僕はそれら全てのカードに目を通す。十秒と言う時間はすぐに過ぎ、ストップウォッチを止めた藤村先生は、十枚のカードを即座に回収する。


「では、十枚のカードに書かれていたことを答えられるだけ、答えてくれ。制限時間は、十五秒だ。スタート」

藤村先生はストップウォッチを押して、十五秒をカウントし始めた。僕は十枚のカードの中から、記憶しているカードを答える。


「象の絵、髪の長い女性の絵、『正義の心』、『忍者は忍耐が大切』、え~~っと、後は、手裏剣の絵と─────────」


「はい、そこまで。五つ、答えたね。全て、正解だ」

藤村先生はそう言って、再びプラスチックの板に挟んだ紙に書き込んだ。


「最後の試験に移ろう。最後の試験は、判断力の試験だ」

藤村先生は、部屋の隅にある木箱を持ってきて、木箱の中から三つの黒いカップと白いボールと黒いボールを一つずつ取り出すと、木箱の上に置いた。


「これから黒いカップに白と黒のボールを入れるから、白いボールがどの黒いカップに入っているか答えるんだ。答える際に理由も加えてな。準備はいいか?」

藤村先生の質問に、僕は黙って頷く。藤村先生は僕の目の前で、三つの黒いカップの内の一つに白いボールを入れた。その後、黒いボールを黒いカップに入れる。そして、三つのカップを目の前でゆっくりと交差するように移動させる。明らかに目で追える速さでカップを移動させているので、白いボールを入れたカップの場所は完璧に把握できる。黒いカップの移動は終わり、藤村先生はカップから手を離す。


「さあ、白いボールの入っているカップを理由も答えて、当ててくれ」

藤村先生は言い終えると、プラスチックの板を持つ。僕は考えた。


白いボールが入ったカップは、僕から見て、右端のカップだ。真ん中のカップには何も入っていない。左のカップには、黒いボールが入っている。普通に答えれば、右端のカップなのだろうが、普通に答えていいのだろうか?もしかしたら、黒いボールが入っているかもしれない。考えれば考える程、どう答えればいいのか分からなくなる。僕が思考していると、視界に藤村先生がストップウォッチで時間を測っているのが目についてしまった。僕はこの時点で、焦りが頂点に達した。この思考している時間も試験に含まれていて、悩めば悩むほど、試験の結果が悪くなるのだと。そう考えた時、僕は我慢できずに、答えを言うことにした。


「白いボールは右のカップ。理由は、目で追って、そのカップに入っているから」

僕が答えると、藤村先生はストップウォッチを止め、三つの黒いカップの中身を見せた。僕から見て、右端のカップには、黒いボール。真ん中のカップには、何も無い。左端のカップには、白いボールが入っていた。


「どうして?どんなマジック?」

僕は藤村先生に向かって言った。


「アルス、ここは忍者訓練所なんだ。マジック等ではない。答えは、忍術で黒いボールを白いボールに変え、黒いボールを白いボールに変えていたんだ。私がカップを交差して場所を入れ替えていた時に、忍術を解除して、元の色に戻した。これが正解だ」

藤村先生はそう言い終えると、黒いカップとボールを木箱に戻した。


「それでは、試験はこれにて終了とする。この部屋を出て、真っ直ぐ進んだ場所で待機してくれ。皆もそこで待機しているはずだ」

僕は藤村先生に言われた通り、試験部屋を出て真っ直ぐに進んだ。進んだ先の部屋では、新入生が座って待機していた。僕も座って待機していると、ジェームズが部屋にやってきた。


「どうだった?」

ジェームズが僕に向かって言った。


「う~~ん、良くなかったかな。あんまり上手くいった気がしない」


「僕もだよ。瞬間記憶は良かったけど、他は駄目だった」


「そうか。他の訓練生は上手くいったのかな」


「どうだろうね。結構難しい試験だと思うけど」

ジェームズと話をしていると、部屋に京太郎と『会談所』にいた他の教忍が入って来た。教忍の先生は部屋に入ると、紙を一枚部屋の中央に張り出す。


「自分の名前を見つけたら、そこに書いてある場所に移動しなさい」

教忍の先生はそう言い残し、部屋を出て行った。部屋にいる訓練生達は張り出された紙を見る。僕とジェームズも自分の名前を確認した。すると、僕とジェームズは同じクラスになった。僕の行くクラスは、Fクラス。場所も確認できた。僕はジェームズと二人で、Fクラスに移動する。


「Fクラスか。一番成績の悪いクラスだ」

僕が言った。


「まあ、同じクラスになれたし、よかったじゃないか。後は、チームを組むだけだ」

ジェームズは木製の廊下を歩きながら言った。


「チームを組む?チームを組んで何をするの?」


「チーム同士で試合をするのさ。その試合の内容が成績として評価され、訓練所を卒業した後の進路にも影響を与えるんだ。あっ、着いたね。ここがFクラスだ」

ジェームズは天井付近にあるFクラスと書かれた板を指差しながら言った。僕とジェームズは扉を開け、Fクラスの部屋に入る。


部屋に入ると、ここでも六人掛けの机に六人分の椅子が用意され、数名の新入生が既に席に着いていた。僕とジェームズも席に着き、他の新入生を待つことにした。席に着いてから、続々と新入生が部屋に入ってくる。新入生が部屋に入り、席に座って行く。その中には、京太郎の姿もあり、僕は京太郎の姿を見つけると、京太郎に声をかける。


「京太郎、こっちにこないか?」

僕の呼びかけに京太郎が反応し、京太郎は僕の左隣に座った。


「君もFクラスだったんだ。同じクラスになれたね」

京太郎が僕に向かって言った。


「ああ、でも、Fクラスって適正試験が良くなかった新入生のクラスなんでしょ?」


「そうだけど、別に何の問題もないよ。適性試験がこれからの訓練所の成績に繋がる分けじゃないしね」


「なあ、アルス。彼は何者なんだ?」

僕の右隣のジェームズが僕に向かって言った。


「ああ、彼は風魔 京太郎。ジェームズが忘れ物をして、男子寮に戻った時に、彼が一人で手裏剣の練習をしているところで出会ったんだ」

僕は京太郎と出会った時のことをジェームズに説明した。


「風魔?もしかして、君は風魔(ふうま) 小太郎(こたろう)の子孫?」

ジェームズは京太郎に向かって言った。


「そうだよ、風魔 小太郎の子孫の風魔 京太郎だ」

京太郎はジェームズに向かって言った。京太郎の言葉に、部屋にいる新入生が少しざわつき始める。


「今年入生するって噂は聞いていたけど、まさか本当だったとはね」


「そんなに有名なの?」

僕はジェームズに向かって言った。


「ああ、有名だよ、忍者の世界にいる人間なら、誰でも知っているぐらいにね。風魔一族は、日本の忍者の歴史に名前も残っているし、何よりも強かったしね」


「へ~、知らなかったな。京太郎は凄い人だったんだね」

僕は京太郎に向かって言った。


「別に、凄い人じゃないよ。僕の先祖の名前が有名なだけで、僕は別に凄い人じゃないしね」


「そうかな。桜の木の前で的当てをしていた時は、的の真ん中に手裏剣を当てていたじゃないか。僕から見たら凄いと思うけどな。でも、あれだけの技術があったら、Fクラスじゃなくて、もっと上のクラスに行けたんじゃないのかな?」


「いや、あの時はたまたま的に当てられただけさ」

京太郎がそう言った時、部屋の扉が開いて、藤村先生が部屋の中に入って来た。藤村先生は部屋に入ると、教壇に向かって真っ直ぐに歩き、黒板に自分の名前を書いて、僕達の方を見る。


「諸君、再度自己紹介をするが、私の名前は藤村 啓蔵。これから六年間君達が所属するFクラスを担当する教忍だ。訓練所内で何か分からないことや相談したいことがあるときは、私に言ってくれれば、話を聞くつもりだ」

藤村先生がそう言うと、クラスにいる男の子が手を上げて質問する。


「藤村先生は目が見えないんですか?目が見えなくても忍者になれるんですか?」

黒いバンダナを顔の半分までかぶっていることに興味がわいて、質問したのだろう。質問をした訓練生に対し、藤村先生は答える。


「私は目が見えない分けではない。生まれつき視力が弱いだけだ。伊甲忍者訓練所に入所した時も視力が弱い状態で、適性試験を受けて、Fクラスに入った。だが、訓練所で努力して、今は教忍の仕事に就くことができた。皆も適正試験の結果は、残念だったかもしれないが、現在の時点で、他のクラスとの差はないものと思ってくれ。君達は、この先の訓練所内での頑張り次第で様々な仕事に就けるのだから」

藤村先生がそう言うと、クラスの皆は黙って頷いた。


藤村先生は黒板に文字を書くために、僕達訓練生に背を向ける。その時、同じクラスの訓練生の一人が、木製の小さな円柱型の棒を藤村先生に投げつけようと、狙いを定めていた。視力が弱くても本当に忍者として通用する人物なのか試すために投げるのか、はたまたただの悪戯でなげるのか。どちらにせよ、やめておけばいいのにと思い、僕が藤村先生に声をかけようとした瞬間、訓練生は小さな円柱型の棒を藤村先生の後頭部に向かって投げつけた。タイミングが悪いことに、藤村先生が黒板に字を書き終えて、僕達訓練生に振り返る瞬間だった。完璧に小さな円柱型の棒が藤村先生の顔に当たると思った時、小さな円柱型の棒は藤村先生の顔に当たる前に消えた。僕は何が起こったのかと驚いていると、藤村先生は、右手でピースサインを見せる。藤村先生が見せた右手の人差し指と中指の間には、小さな円柱型の棒が挟まっていた。


「視力が弱いから、当たると思ったか?残念だったな、忍者の世界は甘くない」


藤村先生はそう言って、不敵な笑顔を見せた後、小さな円柱型の棒を訓練生に投げ返した。小さな円柱型の棒は、訓練生の額に当たり、訓練生は痛そうな表情を見せる。


「さて、それでは、君達には、これからの訓練所での訓練生活などについて、話をしておく。服部所長も言っていたが、六年間の成績で優秀な忍者が決まる。君達の身分は、現段階においては、忍者見習いだ。これを二年に一回ある試験を通過することで、下忍、中忍、上忍の階級に昇格できる。無論、階級によって、選択できる仕事の幅が変わるので、試験に通過できるよう努力してくれ」

藤村先生がそう言うと、一人の女の子が手を上げた。


「藤村先生の言う試験に合格できないと、進級はできないんですか?」


「進級はできるが、皆と同じ忍術を学ぶことはできない。試験に落ちた人間だけ、別の場所で訓練を受けることになる。まあ、下忍試験に関しては、おかしなことさえしなければ、落ちることはないから心配しないでもいい」

藤村先生の発言に、クラスの空気が少し緊張感を増したように感じた。


「さて、訓練生活に関して説明をしたので、次は、クラス内で六人組のチームを組んでもらう。なぜ、チームを組むのかと言うと、訓練所内で行われるサバイバル戦のためだ。サバイバル戦についての細かいルールは、今は説明しないが、このサバイバル戦の結果は訓練所内の成績に関わることになる。六年間の成績が優秀なチームは、伊甲忍者訓練所の石碑に名を残すことになるので、皆には、真剣にサバイバル戦に取り組んでほしいと思っている。これより、六人一組のチーム決めを行ってもらい、チームが組めたら、私に教えてくれ。ここまでで何か質問はあるかな?」

藤村先生はクラスの中を見渡す。そして、質問が無いことを確認すると、両手を軽く鳴らした。


「よし、質問も無いので、チームを組むための時間を設ける。それでは、チームを組むための話し合いを始めてくれ」

藤村先生がそう言うと、クラスの皆が一斉に動き出す。皆は京太郎の元に移動し、京太郎とチームを組もうとする。先程の僕と京太郎とジェームズの話を聞いていたのだろう。有名な忍者の子孫である京太郎は人気の的になり、皆が京太郎に話しかける。京太郎の周りに人が集まり、僕とジェームズは京太郎から離れる。


「僕達も早くチームを組まないとね。ジェームズはどう?僕とチームを組まない?」


「もちろんだよ。そしたら、残りは四人だね。どうしようか?」

僕とジェームズがチームを組むためにクラスの中を見ていると、女の子が一人だけ、その場で動かずに立っていた。女の子の容姿は、少し長い髪、碧の瞳、右目の下に小さな切り傷があり、身長は僕とあまり変わらない程の大きさで、黒い羽織には、まきびしの模様があった。そんな女の子の傍に僕は近寄る。


「君はチームを組まないの?」

僕は女の子に向かって言った。女の子は素っ気ない感じで、僕の方を見ると、表情を崩さないまま、僕の質問に答える。


「チームは組むけど、どうしようか考えているの。皆、風魔のところに行っているしね」


「だったら、僕達とチームを組まない?」


「えっ?」

女の子は驚いた様子を見せると、少し考える。いきなりチームを組まないかと誘われて、動揺しているのかと疑問に思っていると、女の子は口を開いた。


「いいよ。チームを組もう。私の名前は、エミリー・ロックハート。よろしくね」

エミリーは右手を差し出し、お互いに握手した。


「アルス!」

突然、僕の名前を呼んだのは、ジェームズだった。ジェームズの後ろには京太郎がいて、京太郎は二人の男の子を連れていた。


一人は黒人の男の子で、短髪の黒髪、身長は僕よりも大きく、首から銀製の二本の鎌の絵が描かれたロケットペンダントを下げ、黒い羽織にも、二本の鎌の模様があった。


もう一人の白人の男の子は、身長は僕よりも少し小さく、体格が良いが、僕よりも太っている。黒い羽織には、ライオンの模様があり、少し気弱そうな表情が見られた。


「アルス、京太郎が僕達とチームを組みたいって言ってきたんだけど、いいかな?」


「ああ、いいけど、京太郎は本当にいいのか?それに京太郎が連れている二人も」

僕は京太郎と京太郎の後ろにいる二人の男の子に向かって言った。


「ああ、僕は君とチームが組みたい。彼らがどう考えているのかは、分からないけど」

京太郎はチームを組むことに積極的で、残りの二人もチームを組むことに同意しているようだった。


「僕は京太郎達とチームを組むけどいいかな?」

僕はジェームズとエミリーに向かって言った。二人共、チームを組むことに対して、拒否は無かった。正直に言うと、なぜ、京太郎が僕とチームを組みたいと言ったのかは謎だが、僕は京太郎とチームを組むことにした。京太郎とチームを組みたいと考えている子達の視線を浴びつつ、僕達は六人チームを結成した。チームを結成した僕達は、藤村先生に報告する。


「藤村先生、チームを結成できました」

僕がそう言うと、藤村先生は僕の方を見て、教壇の引き出しから鍵を取り出した。


「この鍵は、これから君達が六年間使うチーム専用部屋の鍵だ。無くさないようにな。後はチーム専用部屋の行き方を示した地図と部屋の取り扱いについての説明書と訓練所の注意事項を書いた紙を渡そう。後、これは六人分の個人ロッカーの鍵だ。個人ロッカーには、支給した白い布袋を入れなさい」

僕は藤村先生からチーム専用室の鍵と地図と説明書と六人分の個人ロッカーの鍵を貰う。


「これから君達は六年間チームとして行動する。先ずは、チーム専用室で色々と話し合うと良い。それとチーム内で話し合って、リーダーが決まったら、私に報告してくれ。サバイバル戦でリーダーの名前が必要になるからな。訓練所での活動は明日からだ。さあ、もう行っていいぞ」

藤村先生がそう言うので、僕達はFクラスの教室から出て行く。


チーム専用室に向かう前に、個人ロッカーの鍵をチームメイトに渡し、僕達は荷物を個人ロッカーに入れた。Fクラスからチーム専用室までは歩いて、五分程の距離にあり、二百二十五号室のチーム専用室を見つけると、僕達は部屋の中に入った。


チーム専用室の中は、木製のテーブルと木製の椅子が六人分あるだけで、他には何も無く。特徴のない部屋だった。


「ここがチーム専用部屋か。何も無い場所だね」

僕は部屋の中を見ながら言った。


「先ずは、お互いに自己紹介をしよう。まだ名前も知らないしね」

京太郎はチーム専用部屋の椅子に座る。僕達も空いている席に座る。


「それじゃあ、僕の自己紹介をするよ。僕の名前は、ダニエル・ジェファーソン。六年後の優秀賞を貰えるように頑張ろう」

ダニエルが笑顔で言った。


「ぼっ、僕はマイク・エッシュ。あんまり忍者らしい体型じゃないけど、チームを組んでくれた皆のために頑張るよ」

マイクはぎこちない笑顔で言った。


二人の自己紹介が終わり、僕を含めた残りのチームメイトは自己紹介を行い、お互いの名前を知った。


「これで全員の名前を知ることができたね。この後は、どうすればいいんだろう?藤村先生は、リーダーを決めてくれと言っていたけど、この場でリーダーを決めた方がいいのかな?」

僕はチームメイトに向かって言った。


「まだリーダーを決めるのは、早いと思う。それよりも藤村先生から貰った注意事項を書いた紙を読んで見たらどうかな?」

エミリーが僕に向かって言った。僕はエミリーに言われた通り、注意事項の書かれた紙を見る。


「え~っと、紙には『来年行われる下忍試験で、水泳の試験があるため、チーム内で泳げない者がいる場合は、担当の教忍に報告し、『個別の水泳訓練を受けること』『妖怪の街には、下忍試験を通過した者以外は入れないので、上忍の付き添いのない忍者見習いの者は入ってはいけない』『忍術の使用及び暴力行為による訓練生同士の争いを禁ずる』。この三点のみが書かれているね」


「チーム内で泳げない者は申請しろって言うけど、誰か泳げない人はいる?」

ジェームズが言った。ジェームズが確認すると、僕達のチーム内には泳げない者はいなかった。


「注意事項も確認できたし、後は・・・・・・」

僕が言った。


「後は、サバイバル戦の対策をすることだね。まあ、まだ何も訓練所で教わっていないから、対策はできないんだけどね」

京太郎が言った。


「だったら、今日は話し合いを終わりにして、忍者街に行かない?昨日は閉まっていた店も多かったし、行ってみたいんだよね」

ジェームズが言った。


「いいね。僕も行きたい」

ダニエルが言った。


「見に行くのは良いけど、お金は貴重だし、無駄使いできないよ」

エミリーが言った。


「でも美味しそうなお店も色々あるんだよね?僕も行きたいな」

マイクが言った。


「まあ、無駄使いしないって約束で行こうよ。色々と見るのも悪くないし、今日はもう帰るだけだしね。皆、行こうよ」

僕が言った。


皆は席から立ち上がり、僕達は訓練所を出て、忍者街まで歩き始めた。忍者街まで訓練所の南門を通過する際、訓練所の清掃員をしている亀道(かめみち) (あゆむ)という男性に出会い、軽く挨拶をした後、南門を通過した。


僕達が忍者街に移動すると、そこには多くの訓練生と忍者達が街を行き来していた。昨日までは人通りの少なかった街並みに忍者が往来していて、街には『やきとり屋 正宗(まさむね) 』『ラーメン屋 (おうぎ) 』『たこ焼き屋 花賀(はなが) 』『武道道場 錦川(にしきかわ) 』『寿司屋 寿 』『刃物研ぎ屋 (くろがね) 』『魚屋 甚八(じんはち) 』『団子屋 花雲(はなくも) 』『薬屋 日心(にっしん) 』等が開店していた。


色々な店を見て回り、僕達はそのまま忍具店まで移動する。忍具店に移動すると、店の前に赤子を抱いた女性がいた。赤子は泣いていて、女性は赤子を泣き止ませるために、少し手間取っている様子だった。そんな女性を視界に入れながら、僕達は忍具店『 千刃屋(せんじんや) 』に入って行った。


忍具店『 千刃屋(せんじんや) 』に入ると、『訓練所で使う忍具は忍具店千刃屋で購入して下さい。お金を稼ぐ方法は、訓練所前の掲示板へ』という張り紙と様々な忍者道具が視界に入った。手裏剣は十字の形、六芒星の形、八角形の形等があり、伊甲忍者訓練所オリジナルの手裏剣も販売していた。それ以外にも訓練所で使い方を教わるであろう忍具も視界に入る。中でも一番目立っていたのが、忍具店の中央でショーケースに入ったガトリング銃だ。ショーケースの周りにいる訓練生を押しのけ、ガトリング銃を見ると、ショーケースの下部には『万雷』と名前が書かれていた。忍具店の店長が近くにいたので、ガトリング銃のことを質問すると、どうやらガトリング銃はアメリカのロバート・モーガン流忍者訓練所で開発された物で、飛びクナイを連射できるガトリング銃らしい。


僕達は忍具店で一通り、品物を見た後、駄菓子屋に入った。そこでいくつかお菓子を買って食べたり、忍具店の前の木箱で遊んだりした。僕達が寮に帰る時には、赤子を抱いていた女性は近くにある椅子に座っていた。おそらく、赤子が泣き止み、休憩しているのだろう。


その日は、忍者街と忍具店と駄菓子屋に行って、時間は過ぎた。明日から始まる訓練に期待を寄せたまま、僕は寮の自室に戻って行った。




















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