第二章 鬼ヶ島の伊甲忍者訓練所
第二章 鬼ヶ島の伊甲忍者訓練所
「ここが忍者訓練所?すごい場所ですね」
僕は周りを見渡しながら言った。
「ここは忍者訓練所のために作られた島だ。島の名前は『鬼ヶ島』。場所は、日本の首都東京とアメリカのテネシー州メンフィスとを直線状に結んだ位置にある」
藤村先生の説明を聞いた僕は一つの疑問ができたので、藤村先生に質問をすることにした。
「藤村先生の説明した場所には、『鬼ヶ島』なんて言う島は存在しないと思いますけど?」
「正確に言えば、この島は地図には載っていないし、衛星や肉眼でも認識できない幻の島だ。この島と海域を含めた場所だけ空間が別に存在していて、その別の空間に、この島は存在している。もちろん島が存在する場所を船が通過しても、船が島に衝突することはない。世界から完全に孤立している秘密の場所なんだ」
「すごい島ですね。空間を作ったりするのも、忍者の技術なんですか?」
「ああ、その通りだ。忍者訓練所で訓練を受ければ、その内教えてもらえるはずだ。とりあえず、この部屋から出るから、私について来てくれ」
藤村先生はそう言うと、カエルの石像が並ぶ場所に背を向けて、扉を開けた後、大きな木製の門に向かって歩み始めた。
大きな木製の門の前には、大男が三日月形の刃物がついた長い棒を持ちながら、椅子に座っていた。大男の容姿は太くて長い黒ひげと熊のように体格のいい身体と大きく出たお腹が特徴的で、犬の模様の入った羽織を羽織っていた。大男は藤村先生と僕の顔を見ると、にこやかに挨拶をする。
「よお、啓蔵!やっと戻って来たか。横にいる男の子が最後の子か?」
大男は嬉しそうに僕の顔を見て言った。
「この子が今年から忍者訓練所に入所するアルス・ウォーレンだ」
藤村先生は僕の背中を押して、大男の前に移動させた。
「君がアルス・ウォーレンか!俺の名前は、犬山 大悟。鬼ヶ島の門番をしている忍者だ。君達が安全に忍者になるための訓練ができるように、ここで悪い忍者が来ないか見張っているんだ」
犬山さんは優しい笑顔を見せながら言った。
「ここには忍者しか来られないって聞いたけど、悪い忍者が来るんですか?」
僕は犬山さんに向かって質問した。
「忍者の中にも、身に付けた技術を悪用して、他人を傷つけたりする奴がいて、そう言う奴が訓練所を荒らしにきたりすることもあるんだ。まあ、そう言う奴は俺が許さないがな」
犬山さんは自信満々に言った。どうやら、腕っ節に相当の自信があるようだ。
「大悟の言う通り、この島に来られたとしても、大悟が追い払ってくれる。ただ、頭が悪いのが、唯一の難点だがな」
藤村先生はニヤつきながら言った。
「おいおい、確かに俺は少し頭が悪いかもしれないが、悪人を見過ごすような馬鹿な真似はしないつもりだぞ?アルスも俺みたいな忍者になりたいよな?」
犬山さんは僕に向かって笑顔で言った。
「犬山さんみたいな、強い忍者になりたいけど、門番にはなりたくないかな」
僕がそう言うと、犬山さんは大笑いした。
「はっはっはっ、そうか。門番も立派な仕事なんだがな。まあ、無事に忍者訓練所を卒業できたときには、門番になるかどうか考えといてくれよな。それじゃあ、門を開く前に、身体検査をさせてもらうぞ」
犬山さんはそう言うと、腰に差した棒を右手で持って、棒を僕と藤村さんに目の前に近づけた。
「その棒は何ですか?」
僕は犬山さんに向かって言った。
「この棒は、忍者石でできた棒で、忍術に反応するようにできているんだ。例えば、忍術を使って変身して、この島に侵入しようとする奴がいたら、この棒が赤く光って、教えてくれるって分けだ」
「忍者は変身もできるんですか?」
「ああ、好きな動物や人間や物等に変身できるよ。だから、こうして身体検査をするのさ」
犬山さんはそう言って、棒を僕の身体と藤村先生の身体から遠ざけた。
「身体検査が終わったら、身分証を見せるんだ。君の分の身分証は、君が使用する寮の部屋の中にあるから、その点は心配しなくていい」
藤村先生はそう言って、自分の身分証を犬山さんに見せた。
「よし、これで二人共、入所できるな。門を開けるから、少し離れてくれ」
僕と藤村先生は犬山さんに言われた通り、門から離れる。犬山さんは門に向かって、両手を触れて、門を押して開き、外の様子が見える状態になった。
「さあ、門は開かれた。頑張って、訓練するんだぞ」
犬山さんは僕に向かって言った。
「はい、頑張ります」
僕は犬山さんにそう言うと、門を通過して、藤村先生と一緒に部屋を出た。
部屋を出た先には、日光が降り注ぎ、複数の桜の木が生えた場所が真っ先に見えて、自分のいる位置から、真っ直ぐに道があった。桜の木からは花弁が振り、その道の先には見たことのない大きな建物が見える。
「この道の先にあるのが、伊甲忍者訓練所だ。今、訓練所は閉まっていて、中には入れないんだが、今日は案内も兼ねて、特別に訓練所の中まで見に行くことにする。訓練所を見た後は、君が生活する寮の部屋まで案内するつもりだ。それじゃあ、訓練所まで行こうか」
藤村先生はそう言うと、訓練所までの道を歩き始めたので、僕は藤村先生の後を追うことにした。忍者訓練所まではまだまだ歩いて、時間もかかりそうなので、僕は藤村先生に質問をすることにした。
「あの、藤村先生。いくつか質問したいことがあるんですけど、いいですか?」
「ああ、構わないよ。何でも聞いてくれ」
「伊甲忍者訓練所には、現在何人の忍者がいるんですか?」
「今年入る新訓練生を含めると、五百人以上はいるんじゃないかな。少子化の影響で、年々、忍者の数が減っていて、訓練生の数も減ってきているんだ」
「ふーん、そうなんだ。伊甲忍者訓練所は何年間通うと、卒業できるんですか?」
「六年間通えば、卒業だ。もちろん試験がちゃんとあって、試験に合格しないと不都合な場合がある。まあ、ちゃんと訓練していれば、卒業できるよ」
「なるほど。この島には伊甲忍者訓練所以外に特別な場所はあるんですか?」
「君が体験したことがないと言う意味なら、この島の全てが特別だろう。もちろん行ってはいけない場所もあるが、それについては後に知ることになる」
「忍者訓練所はここだけしかないんですか?他の国にもあるんですか?」
「他の国にも存在するよ。革新を求めるアメリカのロバート・モーガン流忍者訓練所、規律を重視するドイツのダニエル・ギュンター流忍者訓練所、調和を愛するブラジルのリカルド・カルロス・ダ・シルヴァ流忍者訓練所の三ヶ所がある。ちなみに、伊甲忍者訓練所の特色は、伝統を重んじる訓練所で、忍者訓練所の中で、一番歴史のある訓練所だ」
「忍者訓練所を卒業したら、どんな仕事に就けるんですか?」
「忍者訓練所を卒業した後は、門番の仕事、清掃の仕事、訓練所の給仕、忍者教会員、忍者武闘員、忍者法廷員、忍者諜報部員、忍者訓練所の教官(教忍)等、様々な仕事に就ける。訓練所の経験を生かして、ジャーナリストになる奴もいる。当然、訓練所の成績や試験を通過できるかどうかで、就ける仕事は限られる。っと、話している内に訓練所が見えてきたな」
僕と藤村先生が会話をしていると、目の前に再び、大きな木製の門と白い大きな壁が見えてきた。ここまでくるのに、直線ならすぐに来られたのに、移動している最中は、曲がり角が多く、簡単には辿り着けないようになっていた。なぜこんな不便な道なりなのか疑問に思ったが、今はそのことについては聞く必要もないので、質問はしなかった。
白い大きな壁の前には堀が存在していて、堀にかかる橋を渡り、伊甲忍者訓練所の敷地の前に移動した。門の前に移動して、門を見ると、黒い円の中に、複数の黒丸と黒い矢印が三本入ったマークが描かれているのが確認できた。アメリカ国旗に少し似たマークから視線を藤村先生の方に移し、僕は藤村先生に質問する。
「あのマークはなんですか?」
僕は門に描かれたマークを指差しながら言った。
「あのマークについてか。そもそも忍者の世界においては、伊賀と甲賀という二大流派が存在していて、その二つの流派が設立したのが、伊甲忍者訓練所なんだ。そして、甲賀を示すのが五十三個の黒丸、伊賀を示すのが三本のクナイ、その二つを合わせてできたのがあのシンボルだ。シンボルに使われている黒丸とクナイは、共に伊賀と甲賀の有名な忍者の数を示している」
「なるほど。マークについては理解できました。後、この門の先に伊甲忍者訓練所があるんですよね?凄く広い訓練所なんですね」
「ああ、色々な訓練を行うために、広い敷地が必要だからね。よし、門を開けるぞ」
藤村先生はそう言うと、大きな門の横にある壁の一部を押した。すると、藤村先生が押した壁の一部が、壁の奥に引っ込んだ。壁に四角い穴が空くと、藤村先生はそこに右腕を突っ込み、何か操作をする。操作が終わると、壁は元通りになり、大きな門が開き始めた。
「さあ、入ろうか」
僕は藤村さんの案内の元、門を通過し、訓練所の前に移動した。僕の目の前にあるのは、天高くそびえたつ、城のような建物で、白い壁に見たこともない黒い屋根、屋根の近くには外を見渡せる入口がついていて、城のような建物に入るための入口は固く門が閉ざされていた。
「日本の城はどうかな?なかなか立派なものだろう?私は西洋の城も好きだが、やはり日本の城が一番好きでね。この敷地内で六年間修業をすることになる。気に入ってもらえたかな?」
「大きくて、凄くいいと思います。早く中に入ってみたい」
僕がそう答えると、藤村先生は笑顔になった。
「そうか。気に入ってもらえて、良かったよ。後は銅像を見た後に、君の部屋まで行こうか」
藤村先生はそう言うと、城の横にある一体の銅像を指差した。
藤村先生の指差した方向にある銅像は、筋肉質な身体の男性で、後頭部に白い布で巻かれた棒状の部分から長い髪を垂らした髪型をしているのが特徴的だった。藤村先生が銅像の前まで移動したので、僕も藤村先生の後を追う。
「この銅像は、伊甲忍者訓練所の所長が若かった頃の銅像だ。所長の名前は、服部 豪風。忍者の世界では、名前の知らない者はいないぐらいの天才忍者だ」
「そうなのか、凄い人なんですね。早く会ってみたいな、個性的な髪型も気になるし」
「そんなに個性的かな?」
僕と藤村先生は、瞬時に声のする方を振り向いた。そこには銅像よりも小柄な白髪の老人が立っていた。老人の容姿は、銅像と同じ髪型、瞳の色は茶色、白く長い眉毛は目尻まで垂れていて、鼻の下と顎に白い髭を少しだけ生やしている。その他には、全身藍色の見たことのない服装をしていた。僕は今までの人生で、他人から物音も立てずに後ろに移動されたことはなかったので、これにはとても驚いた。
「服部所長、いきなり後ろに立たないで下さいよ」
藤村先生は目の前にいる老人に向かって言った。どうやらこの小柄な老人が服部所長らしい。筋肉もあまりなさそうに見えて、とても強そうには感じられない人物だった。
「すまないね、藤村先生。人を脅かすのは、私の趣味なんだよ」
服部所長は、嬉しそうに笑いながら言った。
「あの・・・・・・あなたがこの忍者訓練所の所長ですか?僕の名前は、アルス・ウォーレンです。僕の両親がこの訓練所で忍者について学んでいたので、僕もこの訓練所で忍者について勉強がしたくて、入所しました」
僕は服部所長に挨拶する。服部所長は僕の髪の色、目の色、胸元の青い石、身体の大きさ等を確認するように見ると、口を開いた。
「君の名前は知っているよ、アルス・ウォーレン君。君の両親には私が忍術を教えていたんだ。君の両親はこの訓練所で、優秀な成績を残して卒業した。だから、君がこの訓練所で活躍することを心から楽しみにしているよ」
「父と母に授業を教えていたんですか?父と母はどういった人物だったんですか?僕には父と母の記憶がないので、知りたいんです」
「君のお父さんは、何事に対しても挑戦を欠かさない男性で、君のお母さんは誰に対しても優しく接する素晴らしい女性だった。二人共、忍者としての素質も高かった。ただ、君の両親が君に何も残せなかったのは、非常に残念なことだとは思っている」
「あの・・・・・・僕には、父か母が残した形見のアクセサリーがあります。これを見ていると、不思議と心が落ち着いて、とても安心できるんです」
僕は首からぶら下げた動物の牙に似ている形状の青い石を触りながら言った。
「それは『勾玉』と言う物だな。『勾玉』は古来より日本の祭事等に使われたり、お守りとしても持たれる物だ。それを君の両親が君に直接残した分けか?」
「いえ、僕が施設に預けられた時に、首から下げていたらしいです。僕には子供の頃の記憶が無くて、気づいた時には、これを持っていたんです」
「そうか。それでは、君にとっては、世界で一番大切な宝物なのかもしれないな。ならば、むやみに人目に晒さないように、衣服の下にしまっていおいた方がいいだろう。それと誰にもそれは見せないようにしたほうがいいな」
「誰にもですか?」
「ああ、誰にもだ」
「分かりました。まあ、大切な物だし、誰かに盗まれたら困るので、隠しますね」
僕はそう言って、『勾玉』を衣服の下に入れると、他人から見えないようにした。
「しかし、君のことを愛していた両親もあんなことにならなければ、今頃は、もっとちゃんとした家庭で君と生活をともにしていたはずなんだがな」
「あんなこと?僕の両親に何があったんですか?」
僕は服部所長の一言が気になり、服部所長に向かって言った。
「あー、いかんな。まあ、いずれは君も知ることになるだろうから、言っても構わんだろう。影丸 遊刃と言う名前を聞いたことはないかね?」
服部所長が影丸 遊刃と言う名前を口にすると、藤村先生の様子が変わり、服部所長に詰め寄る。
「服部所長!まだウォーレンに、影丸の名を教えるのは早いのではないでしょうか?」
藤村先生の問いに、服部所長は首を横に振る。
「影丸に関して、ウォーレンは知っておくべきだ。ウォーレンの両親と影丸は切っても切れない関係だからなぁ」
「その影丸って人と僕の両親の間に、一体何があったんですか?」
「気になるだろうな。話をしてもいいのだが、この話は決して誰にも知られてはならない話だ。誰にも話さないと誓えるか?」
「誓います。教えてください」
僕がそう言うと、服部所長は深くため息をした後、話し始めた。
「そもそも影丸と君のお父さんとお母さんは、この伊甲忍者学校で訓練を受けた訓練生だ。そんな君の両親を殺したのが、影丸と言う男だ。影丸は君の両親が家にいる時に、君の家に入り、君の両親を殺害したのだ」
僕は服部所長の言葉に驚きを隠せなかった。初めて、自分の両親を殺した男の名前を聞いたからだ。
「なっ、なぜ影丸は僕の両親を殺したんですか?僕の両親を殺した理由を知りたいです」
僕が服部所長に質問すると、服部所長は白くて短い髭を触り始め、そびえたつ城を見上げると、少し沈黙した後、話し始めた。
「影丸が君の両親を殺した理由は分からない。私が知っていることは、君の両親を影丸が殺したことと君の両親が君を守るために、施設に君を預けたと言うことだけなんだ」
僕は正直に言えば、深く落ち込んでいた。両親が行方不明ならまだ生きている可能性もあるのだろうが、殺されたのならもう両親には合うことはできない。受け入れがたい事実に深く落ち込んでいると、僕の脳内に一つの疑問が浮かび上がる。
「それで影丸は捕まったんですか?僕の両親を殺した男は、どこにいるんですか?」
僕は服部所長に向かって、詰め寄るように言った。
「影丸は捕まってはいない。それにどこにいるのかも不明なんだ。忍者の中には、身を隠す場所を複数所有する忍者がいて、奴は今もまだどこかで身を隠している。実は私は影丸と一度対峙して、その時、お互いの命を懸けて戦ったが、勝負はつかなかった。あの男は、それほど手ごわい相手なのだ」
「そうですか・・・・・・」
僕は肩を下ろし、俯きながら言った。自分の両親を殺した男は、今もなお生きていて、逃亡している。その事実が僕を苦しめた。
「だが、我々は必ず影丸の居場所を突き止める。そうですよね?服部所長」
藤村先生は僕の肩に手を置いて、服部所長に向かって言った。
「もちろん。奴を必ず捕まえて、忍廷につきだすつもりだ」
服部所長は眉をひそめながら言った。
「忍廷って何ですか?」
僕は服部所長に向かって言った。
「忍廷は忍者専門の裁判所だ。罪を犯した忍者は、忍廷で裁かれる。影丸が忍廷に行けば、おそらく終身刑か死刑になるだろう。それがあの男の最後になるはずだ」
服部所長はそう言うと、僕に背を向けて、少し歩き、首だけ後ろを向いた。
「君はこの訓練所で忍術や体術や武器の扱い方などを学ぶだろう。だが、これだけは覚えていてほしい。忍者の技術を悪用しないこと。常に常識を疑うこと。そして、辛いことがあっても冷静になって耐えること。それらを覚えていれば、君は素晴らしい忍者としてこの訓練所を卒業できるはずだ。君がこの訓練所で一流の忍者になることを祈っているよ」
「はい、頑張って、一流の忍者になって見せます」
「よし、その意気だ。それじゃあ、私から君に特別な言葉と物を送ろう」
『真実は嘘の中にあり、探し物は記憶の中にある』
服部所長はそう言って、懐から一本の飛びクナイを取り出し、飛びクナイを僕に渡した。
「あの、これは・・・・・?」
「これは君のお父さんがこの訓練所を卒業した時に、私にくれた飛びクナイだ。無くさないように、大切に使ってくれ」
「はい、分かりました。父さんが使っていた物なら、無くさないようにします」
僕は服部所長から飛びクナイを受け取った。
「それでは、用事があるので、そろそろ消えようかな」
服部所長は髭を二回触りながらそう言うと、懐から白い玉を取り出して、地面に叩きつけた。すると、白い玉から煙が発生し、辺り一面が煙で覆われる。煙が晴れると、そこに服部所長の姿はなく、僕と藤村先生だけが残っていた。服部所長が一瞬で消えたことに驚いていると、藤村先生が僕の肩に手を置いた。
「正直に言えば、まだ君の両親を殺した男のことを知るべきではないと、私は考えていた。君がこの事実を知ったことで、君の心が深く傷つかないか心配だったしな」
「大丈夫です。確かに両親が殺されたと言う事実は、ショックですけど、自分の両親のことを少しでも知れてよかったし、何よりも両親のような優秀な忍者になりたいと思いました」
僕は暗い表情を見られないように、笑顔で藤村先生に向かって言った。
「そうか。君は私が思っているよりも、ずっと強い子どもなんだな。気分を変える意味も込めて、この場所から移動して、君の部屋に行こうか」
藤村先生は訓練所に入る時に通過した門まで移動し始めた。僕は再び藤村先生について行き、門を通過する。
「さあ、こっちだ。ついて来てくれ」
藤村先生はそう言って、今、通過した門から離れ始める。僕も門から離れ、藤村先生の後について行こうとした時、なぜだか急に視線のようなものを感じ、森の方に視線を向ける。
「どうかしたのか?」
藤村先生は不思議そうな表情で、僕に向かって言った。
「いえ、何でもないです」
僕は森から視線を外しながら言った。誰かに見られたような気もしたが、きっと気のせいだろう。
「そうか、では、行くぞ」
藤村先生は訓練所のある場所から離れると、森の中に入り、歩きはじめる。森の中を少し歩くと、立て看板があり、そこには訓練生寮ありと書かれていた。立て看板のある場所から五分程移動すると、細長く続く大きな訓練生寮が二つ建っていた。訓練生寮の前には、カエルの銅像が建っていて、それぞれがボクシングをしているように拳を突き出している銅像と人間のように寝そべっている銅像だった。
「あの戦う姿勢をしているカエルの銅像のある方が男子訓練生寮だ。もう一方の寮は女子訓練生寮になる。覚えておきなさい」
ボクシングのように拳を突き出しているカエルの銅像のある方が男子訓練生寮、寝そべっているカエルの銅像がある方が女子訓練生寮と覚えた。僕は藤村先生の案内の元、男子訓練生寮に入る。
すると、入口すぐそばにある小窓から一人の老人がこちらを見てきた。老人の容姿は、神経質そうな目つきに、深く刻まれた皺、上半分だけフレームのない眼鏡をかけていて、茶色のベストと緑色の袖カバーを身に付けていた。
「この子は、アルス・ウォーレン。今年から、入所した新入生です」
藤村先生は、小窓からこちらを見る老人に向かって言った。
「初めまして、アルス・ウォーレンです。どうぞ、よろしく」
僕が小窓からこちらを見る老人に向かって言うと、老人は僕に返事をしないまま黙って、小窓を閉めた。小窓が閉まり、完全に老人の顔が見えなくなると、藤村先生が僕に向かって、こう言った。
「あのおじいさんの名前は、月村 修三と言って、この男子寮の寮長をしている人だ。気難しくて、無口な人だが、根はいい人なので、あまり気にしないでくれ」
「大丈夫です、全然気にしていませんから」
「そうか。それなら、いいんだが」
藤村先生はそう言って、入口から奥に進む。男子訓練生寮には既に何名かの訓練生がいて、皆の視線が僕と藤村先生に集まる。男子訓練生寮の訓練生から注目される中、二階へと続く階段を上り、長い床を歩いて行くと、ある部屋の前で藤村先生は立ち止まった。部屋のネームプレートには、アルス・ウォーレンと書かれていた。
「さあ、到着したぞ。ここが君の部屋だ」
藤村先生は部屋のドアを開けて、部屋の中を見せた。部屋の中は、和室になっていて、一面畳ばりの床、小さな冷蔵庫、机と椅子、タンスと押入れがあった。その他には、身長計と体重計と大きな姿見が立てかけられていて、部屋の扉には、手紙を受け取るポストが付いていた。
「ベッドはないんですね?」
僕は部屋の中を見ながら言った。
「ベッドはない。押し入れに布団があるから、寝るときは、布団を出して寝てくれ」
「分かりました」
僕が部屋の中を見ていると、隣の部屋の扉が開いて、部屋から一人の男の子が出てきた。男の子は、僕と藤村先生の顔を見て立ち止まっていた。そんな男の子に対して、藤村先生は声をかける。
「そこの君、君は一年生だね」
「はい、そうですけど」
黒い短髪とグレーの瞳に、細い身体と少し大きい黒縁眼鏡をかけた僕よりも少しだけ身長の高い男の子が藤村先生の質問に答えた。
「そうか。君にお願いがあるんだが、いいかな?」
「はい、僕にできることなら、引き受けますけど」
男の子は笑顔で藤村先生に向かって言った。
「ではこの子に、この島の案内をしてほしいのと、羽織を用意するために、着物屋に行ってほしいんだが、できるかな?」
「ええ、いいですよ。僕も色々と見に行こうと、思っていたので」
「ありがとう。ではウォーレン、荷物を部屋に置いて、あの子にこの島の案内をしてもらいなさい。本当は私が案内をしてあげたいんだが、私もやらなければならないことがあるのでね。それでは、失礼させてもらうよ」
藤村先生はそう言い残すと、僕の部屋から離れて行く。藤村先生が去って行くと、男の子が僕に話しかけてきた。
「部屋に荷物を置くんだよね?そしたら、机の上に、忍装束と教科書が入っている白い袋があると思うんだ。その白い袋の中から茶色い小さな袋を見つけたら、それだけ持って部屋から出てきくれ」
男の子が僕に向かって言った。
「ああ、分かったよ」
僕は藤村先生に言われた通り、靴を脱いで部屋に入ると、荷物を部屋の隅に置き、机の上に置いてある白い袋に、手を突っ込んだ。そして、白い袋の中から茶色い袋を取り出すと、それを持って、部屋を出た。
「やあ、早かったね?茶色い袋は持って来た?」
男の子は僕に向かって言った。
「ああ、持って来たよ」
僕は茶色い袋を男の子に見せながら言った。
「よし、それじゃあ、行こうか」
男の子は僕が茶色い袋を持って来たことを確認すると、その場から歩き出そうとした。
「ちょっと待って、その前にお互い自己紹介をしてないだろ?僕の名前は、アルス・ウォーレン。君の名前は?」
「ああ、そうだったね。自己紹介がまだだった。僕の名前は、ジェームズ・ウィルソン。よろしくね」
ジェームズはそう言って、右手を差し出した。僕は差し出された右手に握手する。
「じゃあ、案内するけど、僕も一年生だから、この島の全てを知っている分けじゃないし、自分の知っている場所だけになるんだけど、それでもいいよね?」
「もちろん、問題ないよ。早速案内してほしいな」
僕がそう言うと、ジェームズは歩きだし、寮の階段を降りて、寮から出て行った。
「先ずは、寮を出て、忍者街に行こうか。多くの忍者が住んでいるらしいからね」
ジェームズはそう言って、男子寮から離れ、東に向かって歩き出す。僕もジェームズの後を追って、東に向かって歩き出す。
「ジェームズは、どうして伊甲忍者訓練所に来たいと思ったの?」
僕は歩きながらジェームズに向かって言った。
「僕の両親がこの訓練所の卒業生で、忍者になるなら、伊甲忍者訓練所が一番いいって勧めてくれたから、ここに来たんだ。忍者になるための訓練所は他にもあるけど、ここが一番優秀な忍者を輩出しているしね。君の両親もここを勧めたから、伊甲忍者訓練所に来たんだろ?」
「いや、僕は今日まで自分に忍者になる素質があったなんて、知らなかったし、施設で育ったから、両親が忍者だったと言う事実も知らなかったんだ。だから、ここには藤村先生に招かれて来たよ」
「そうだったんだ。何だか聞いちゃいけないことを聞いちゃったかな」
「そんなことはないよ。両親がいないのは、もう慣れているし、今は両親のような立派な忍者になりたいと思ってる。だから、訓練所が始まる前に、僕の知らない忍者に関する知識を教えてほしいな」
僕はジェームズに向かって、笑顔で言った。
「もちろんさ。こうして、鬼ヶ島を案内しながら、僕の知っていることに関しては、答えるつもりだよ。頑張って、立派な忍者になろう」
ジェームズも笑顔で僕に向かって言った。
二人の他愛のない会話が続く中、目当ての忍者街の目の前に着いた。僕とジェームズの目の前には、大きな木製の看板に忍者街と書かれ、その看板の後方には、訓練所に入るための門が存在していた。
「ここが忍者街だね。後ろの門は訓練所に入るための門だから、今は入れない。明日になったら、あの門を通過して、訓練所に入れるんだ。明日が凄く楽しみだよ」
ジェームズは嬉しそうに言った。
「あの門の向こう側なら、さっき行ったよ。服部所長にも会ったしね」
僕がそう言うと、ジェームズは驚いた表情をした。
「あの服部所長と会ったの?凄いなあ、忍者の世界で一番強い忍者に出会えるなんて、ラッキーだね。服部所長はどんな人だった?」
「う~ん、普通のおじいさんって感じだったけど、それ以外には髪型が印象的だったかな」
「それだけ?忍者の世界で最も強い人だよ?もっと凄い忍術が使えそうとか、面白い忍者道具を持っていそうとか、そういう印象はないの?」
「いや、ちょっと話しただけで、何かが凄いって言う印象はなかった。本当に普通の老人って感じだったよ」
「そうなのか。でも、服部所長は本当に凄い忍者だからね。会えたのが羨ましいよ。僕の両親も尊敬している忍者だからね。っと、ああ、こんなところで立ち話をしている場合じゃなかった。忍者街に入ろうか。まだ案内する場所はたくさんあるからね」
ジェームズはそう言って、忍者街に入って行く。僕もジェームズの後について行き、忍者街に入ると、屋根には、瓦が一面に敷かれ、木製の壁でできた家が遠くまで建っていた。
「ここが忍者街であっているんだよね?なんだか簡単に強盗とかができそうな家だね」
僕はジェームズに向かって言った。
「いや、忍者の家には、秘密の抜け道や特殊な仕掛けや地下室があったりするから、簡単に強盗とかはできないと思うよ。もちろん全ての家に抜け道や特殊な仕掛けや地下室があるわけじゃないけどね」
「なるほどね。それじゃあ、家に勝手に入っても、金品を確実に盗むことはできないのか」
「そう言うことさ。じゃあ、一通り忍者街を見回ろうか。今は忍者街のお店は開店してないみたいだし、早く見回ろう」
僕とジェームズは忍者街の中に入り、忍者街を見ながら歩いた。もちろん忍者街の中には忍者がいて、藍色の服を着た男性と女性が歩いている。そんな忍者達を見ながら、僕達は忍者街を歩き回る。
忍者街を歩いていると、海が見える位置に移動し、僕とジェームズは太平洋の海を眺める。僕達の眺める先には、広く青い海と小さな孤島が視界に入った。
「本当にこの島は、世界から認識されてないんだよね?今でも信じがたいけど」
僕は海を眺めながら言った。
「僕も鬼ヶ島に来るまでは、信じてなかったけど、こうして来てみると本当に不思議な島だなって、思うよ。でも忍者以外の世界中の人達が知らない場所にいるって、ちょっとだけ凄いことしてるなって思わない?」
「僕も思うよ。この島を隠す結界も忍術でできるらしいし、早く訓練で忍術を習いたいな。・・・・・ん?あれって、カエルの石像かな?」
僕は遠くに見える小さな島の傍にあるカエルの石像を眺めながら言った。
「確かにカエルの石像だね。何であんなところにカエルの石像があるんだろう?」
ジェームズも遠くに見えるカエルの石像を眺めながら言った。僕とジェームズが遠くに見えるカエルの石像に意識を向けていると、僕達の背後に一人の人物が立っていて、その人物は、いきなり声をかけてきた。
「あのカエルの石像は、不認外界の術に使うカエルの石像だよ」
僕とジェームズに声をかけた人物は、細身に長身の男で、栗毛の短髪と丸眼鏡に顎には整えられた髭、青と白と赤の三色模様のある羽織を羽織っていた。そんな男に少し警戒心を持った僕とジェームズは、その男から少し離れる。
「あの・・・・・・あなたも忍者ですか?」
僕は思わず男に質問してしまった。鬼ヶ島には、忍者以外いないはずなのに、男の見た目があまりにも忍者らしくない派手な格好だったので、つい質問してしまったのだ。
「もちろんさ。この島には、忍者以外いないからね。僕の派手な格好を見て、忍者らしくないと思ったんだろ?」
男は僕に向かって言った。
「はい、そんな派手な見た目の忍者に会ったことがないので」
「まあ、僕みたいな派手な格好の忍者は、そうそういないから、忍者かどうか怪しく見えちゃうよね。でも、僕も伊甲忍者訓練所を卒業した立派な忍者だよ。名前は、アンリ・ベルレアン。フランス出身の忍者さ、ベルレアンと呼んでくれ。君達は見たところ、今年入所した忍者だろ?」
「はい、そうです。まさか伊甲忍者訓練所の卒業生だとは、思いませんでした。忍者街にいるってことは、ここに住んでいるんですか?」
ジェームズがベルレアンに向かって言った。
「ああ、そうだね。この忍者街で家を借りて住んでいるよ。住み心地もいいし、何よりもここには忍者しかいないから、気が楽なんだ」
「忍者街に住んでいる理由は分かりましたけど、さっき言った忍術とカエルの石像はどういう関係があるんですか?」
僕がベルレアンに向かって言った。
「そもそも不認外界の術は、忍者石でできたカエルの石像に忍術を発動することで、意味を成す忍術だ。不認外界の術を発動した忍者石で囲んだ場所は、外界から視認及び接触がされないようになる」
「つまりは、あのカエルの石像が他にも二体か三体あるってことですか?」
僕がベルレアンに向かって言った。
「理解が早いね。あのカエルの石像は、他にも三体あって、四ヵ所あるカエルの石像を線で結ぶと、四角形ができる。その四角形の中に鬼ヶ島が存在しているんだ」
ベルレアンはそう言った後、腕時計を見る。
「おっと、もうこんな時間か。時間ができたら、今度、僕の家に来るといいよ。僕の家は忍者街の『飛びクナイの花』を飾っている場所にある。僕はやることがあるから、移動させてもらうよ。それじゃあ、さようなら」
ベルレアンはそう言って、足早に去って行った。
「言いたいことを言って、去って行ったね」
僕はジェームズに向かって言った。
「きっと急ぎの用事があったんだよ。ちょっと変わった人だけど、悪い人じゃなさそうだし。僕達も他に回らないといけない場所があるから移動しよう」
ジェームズはそう言うと、忍者街の出口まで歩き出した。僕は遠くに見える小島に背を向けて、ジェームズの後を追った。
忍者街から出て左に行くと、そこには日本式の墓が大量にあり、墓の近くに建造物があった。建造物の形は、瓦屋根と木製の柱で構築され、近くには大きな青銅でできた鐘が吊り下げられていた。
「次は、あの建造物に行くの?」
「いや、あの建造物には入れないから、外から見るだけだね。だから、ここは通過して先に進もう」
僕とジェームズは、再び歩き出す。すると、大きな木製の看板を掲げる店が連なる場所に辿り着いた。
「ここはどういう場所?」
「ここは忍者が経営する売店が連なる場所『忍芸道』って場所だね。ここは、色々な忍具等が買える場所で、訓練生はここで買い物をするよ。今は、閉まっている店が多いけど、訓練所が始まれば、全店営業するはずだよ。試しに、今営業している店に行ってみようか」
ジェームズはそう言って、営業している店舗に入る。僕も一緒に入ると、その店には沢山のお菓子が並んでいて、店の奥には、おばあさんが膝の上に猫を乗せた状態で、椅子に座っていた。
「ここは駄菓子屋さんだね。せっかく入ったんだし、何か買って行かない?」
ジェームズは、駄菓子屋の中にあるお菓子を見ながら言った。
「確かに買いたいけど、僕、お金を持ってないよ」
「何を言っているんだ?お金ならさっき持って来ただろ?茶色い袋の中にお金が入っているはずだ。確認してみなよ」
僕はジェームズに言われた通り、茶色い袋の中を見た。すると、茶色い袋の中に、見たことのない通貨が入っていた。通貨の色は、青銅でできていて、片面に『忍』と刻まれ、裏面には『判』と言う文字が刻まれていた。
「その通貨は、鬼ヶ島内でのみ使える通貨で、単位は一枚で一判、一判が百枚で一豪、一豪が百枚で一蓮になる。新入生は、一人二豪と五十判支給されているはずだから、確認してみなよ」
僕は茶色の袋の中の通貨の枚数を数えると、確かに、ジェームズの言う通り、二枚の豪と五十枚の判があった。
「五十二枚ちゃんとあるね。でも、使いすぎたらすぐになくなっちゃうんじゃない?」
「いや、お金はちゃんと稼ぐ方法があるし、考えてお金を使えば、お金が無くなって困ることはないから、問題ないよ」
「そうなんだ。じゃあ、色々なお菓子があるから、見てみようか」
僕とジェームズは、駄菓子店内のお菓子を一つ一つ見て回る。その中で気になった物があれば、物色し確認する。
「どれも基本的に小さいお菓子が多いね」
僕はジェームズに向かって言った。
「まあ、その分安いしね。これなんか、美味しいと思うけど、買わない?」
ジェームズは、『綿花火』と書いてあるお菓子を見せてきた。
「これはどんなお菓子なの?」
「これは口の中に入れると、パチパチって音が聞こえるお菓子だね。値段は、一個一判だ」
「いいね、買ってみようか。この黒い三角形のお菓子は何?」
僕はピラミッドの形に似たお菓子を手に取って、ジェームズに向かって言った。
「それはまきびし型のキャンディーだね。凄く甘いお菓子で、水に溶けやすく、水に溶けると、物凄い粘着質になる飴だよ。一度食べたことがあるけど、飴の粘着力が強くて、口がしばらく開けられなかったよ」
「へぇ~、面白そうだから買ってみようかな」
「えっ?まきびし型キャンディーを買うの?止めた方がいいんじゃないかな?」
「いや、買うよ。ところで、まきびしって何?」
僕がジェームズに向かって質問すると、椅子に座っているおばあさんが僕の質問に答えた。
「まきびしって言うのは、忍者が敵から逃げる時に、地面に撒く物だよ。棘が付いているから相手はまきびしを踏めば、足に傷を負ってしまうため、忍者を追跡できない。つまりは、忍者の逃亡用の罠だね」
「ふ~ん、面白いなあ。でも、棘のあるお菓子は、危ないんじゃないの?」
僕はおばあさんに向かって言った。
「そうだね。そのお菓子は、一度、棘があることで、危険なお菓子だと訓練生の親から苦情があって製造中止に追い込まれたのだけれども、まきびし型キャンディーを愛好する訓練生達が製造中止の反対に署名活動をして、結果的に製造中止を阻止したって言う歴史があるお菓子なんだよ。だから、危ないって見方もあるけど、ちゃんとお菓子自体が好きな人もいて、愛されているお菓子なんだ。それに、服部所長もそのお菓子の愛好家なんだよ」
「知らなかった、服部所長も好きなんだね。それじゃあ、僕も買おうかな」
ジェームズは、まきびし型キャンディーを二つ手に取って言った。僕はまきびし型キャンディーを四つ手に取った。
「後はこれなんかおすすめだよ。増える手裏剣型チョコレート、これは口の中でチョコが溶けると、中から小さなチョコレートがたくさん出てくるお菓子で値段は、一個二判。破裂音のする風船ガムは、膨らませて割ると大きな破裂音を出す風船ガムで一個一判。ハズレつき兵糧丸型チョコボールは、三つのチョコボールの中に一つだけ辛い味のするチョコボールがあって、値段は一つ三判だよ」
駄菓子屋のおばあさんは、今説明したお菓子を見せながら言った。
「それじゃあ、綿花火を一つ、まきびし型キャンディーを四つ、増える手裏剣型チョコレートを二つ、破裂音のする風船ガムを三つ、ハズレつき兵糧丸型チョコボールを一つ下さい」
僕は駄菓子屋のおばあさんに向かって言った。
「はいはい、え~っと、それじゃあ、合計で十九判になるね」
僕は茶色の袋から十九枚の判を取り出して、それをおばあさんに渡し、商品を受け取った。
ジェームズも同様に会計を済ませ、僕達は商品を持って、駄菓子屋を出る。駄菓子屋を出ると、先程視界に入らなかった長方形の木製の箱があり、僕は木箱が気になったので、ジェームズに尋ねることにした。
「なあ、ジェームズ。あれは何?」
「ああ、あれはお金を入れて弾くゲームだよ。遊ぶには一判が必要で、一判を投入口に入れた後、レバーで弾いて、一番下にある『当り』の穴に一判を落とせば、五判分の商品券が貰えるよ」
「つまりは一回でゲームをクリアすれば、四判分得をするってこと?」
「まあ、そうだね。でも、一判を『当り』まで運ぶ途中に穴があるだろ?途中の穴に一判を落としたら、その時点でゲーム終了になるんだ。一回で『当り』の穴まで一判を運ぶのは、難しいと思うよ」
「とりあえず、やってみるよ」
僕はそう言って、一判を投入口に入れる。すると、一判がレールに落ちる。僕がレバーを弾くと、一判が勢いよくレール上を移動し、次のレールに落ちる。再びレバーを弾き、次のレールに一判を落とす。これを繰り返し、最終レールまで一判を移動することができた。
「凄い。後は、『当り』に一判を落とすだけだ」
ジェームズが少し興奮した様子で言った。僕は集中して、レバーの強弱を考え、レバーから指を離した。弾かれた一判は、『当り』の穴を通過し、そのまま他の穴に落ちてしまった。
「ああ~、惜しかったね。もう少しで『当り』に落ちたのに」
ジェームズは残念そうな表情で言った。
「もう一回やってみるよ。今度は上手くいくと思うんだ」
僕はもう一度、一判を投入口に入れて、レバーを弾く。今度は最終レールに行く前に、穴に一判が落ちてしまう。三回目は、最終レールの前のレールの穴に一判が落ちた。連続して、穴に一判を落としてしまい。十回目でやっと最終レーンまで一判を持って行くことができた。後は、『当り』の穴に一判を落とすだけだ。今度こそ慎重に狙いをつける。レバーの強弱を考えて、レバーを離すと、一判は『当り』の穴に落ちた。一判が『当り』の穴に落ちた瞬間、木箱の下の穴から、五判と書かれた小さな木の板が出てきた。
「やったじゃん。これで駄菓子と引き換えができるよ」
ジェームズが言った。
「でも、五判分損をしたよ。一回目で『当り』に落ちてれば、得したのに」
「十回目でも凄いよ。十回以上やっても、上手くいかない人もいるって、父さんが言ってたしね」
「そうなんだ。まあ、上手くいってよかったよ。これ、五判分引き換えができるんだよね?すぐに引き換えしてくるから、待っていてよ」
僕はそう言って、駄菓子屋に戻り、まきびし型キャンディー一つと増える手裏剣型チョコレート一つと綿花火を一つと交換してきた。
「さて、後はあの着物屋に入ろうか。ここに行くように、頼まれたからね」
ジェームズが僕に向かって言った。
「分かった。じゃあ、入ろうか」
僕達は、ショーケースに入った色鮮やかな着物を飾ってある店に入った。店に入ると、様々な色の着物が展示しており、奥の座敷の上におじいさんとおばあさんが座っていた。
「んん、君達、新入生かな?」
口周りから白く長い髭を垂らし、頭の真ん中部分だけ禿げたおじいさんが僕達に向かって言った。
「はい、そうです。ここは着物屋なんですよね?」
僕は二人の老人に向かって言った。
「ここは、着物屋だよ。君達訓練生が羽織る羽織は、ここで作っているんだ。羽織以外には刺繍もやっているから、入れたい刺繍や模様があったら、入れられるよ」
おばあさんが僕に向かって言った。
「訓練生は、羽織を羽織るんですか?」
僕は再び二人の老人に向かって言った。
「ああ、そうだよ。階級ごとに、色の違う羽織があって、初年度の訓練生は、黒の羽織と決まっている」
おじいさんが僕に向かって言った。
「どうして一年生が黒の羽織を羽織ると決まっているんですか?」
僕はおじいさんに向かって言った。
「それは、階級別に羽織の色が違うんだよ。大昔の日本では、聖徳太子と言う人物が冠位十二階と言う色で階級を区別する制度を作った。その制度で使用した色を元に、この伊甲忍者訓練所の訓練生の階級を示すため、六色の色を選別した。その色が、階級上位から紫、青、赤、黄、白、黒と言う順番になっているのさ」
おじいさんが僕に向かって言った。
「なるほど。それでこのお店で買った羽織に刺繍や模様を入れてくれるんですね?」
僕は二人の老人に向かって言った。
「ああ、そうだよ。だけど、刺繍や模様を入れるには時間がかかるね。新入生は入所前に予約をしていて、ほとんどの訓練生が羽織に刺繍や模様を入れ終えているよ」
おばあさんが僕に向かって言った。
「そうなんだ、じゃあ、今から刺繍や模様を入れようとしても、遅いんですね」
僕は二人の老人に向かって言った。
「そうだね。だけど、模様を入れてある羽織もあるから、それを羽織るのはどうかな?例えば、この忍刀の模様の入った羽織なんか似合うと思うんだがね」
おじいさんはそう言って、白い円の中に刀の模様の入った黒い羽織を取り出した。おじいさんは、それを僕に渡し、羽織らせてくれた。
「うん、そうですね、いいんじゃないかな。気に入ったので、この羽織を貰います。値段はいくらですか?」
僕はおじいさんから貰った羽織を羽織りながら言った。
「初年度の訓練生だし、羽織の代金はいらないよ」
「本当ですか?ありがとうございます」
「羽織も手に入ったし、他の場所を周りに行こうか」
ジェームズは僕に店から出て行くように促した。僕はジェームズに促されるまま、着物屋を出て行く。
「それじゃあ、後は妖怪の街を見に行くだけだけど、訓練所内の門を通れないから、来た道を戻って、見に行くしかないね。ただ、その妖怪の街も橋が架かってないから、遠くから眺めることしかできないけど、それでも見に行くかい?」
ジェームズは僕に向かって言った。
「ああ、もちろんだよ。案内してもらえる場所があるのなら、できるだけ案内してほしいな」
僕とジェームズは会話を続けながら、妖怪の街の前まで移動する。移動中に、駄菓子屋で買ったお菓子を食べる。増える手裏剣型チョコレートは、口の中で小さな手裏剣型チョコレートが広がる。
ハズレつき兵糧丸型チョコレートをジェームズと一緒に食べる。三つあるうちの一つだけ辛いチョコレートをジェームズが食べると、ジェームズはとても辛そうな表情をしていた。
まきびし型キャンディーを口の中に入れると、口の中に粘着質が広がり、しばらく口を開けることができなかった。
僕達がお菓子を食べながら移動していると、目的地の妖怪の街の前に移動した。妖怪の街の前には、大きな川があり、両方の川岸には大きな木製の赤い跳ね橋があるが、跳ね橋は上がっていて、渡れる状態ではなかった。
「あれが妖怪の街なんだ。昼間なのに、何だか薄暗くて気味が悪い。霧もかかっているし、見えにくいね」
僕は橋の向こう側にある街並みを見ながら言った。こちらから見える妖怪の街は街全体の様子が窺えず、人気が無いことしか確認できなかった。
「行ったことはないけど、夜になると跳ね橋が下りて、あの街が妖怪で埋め尽くされるらしいよ。後、僕達初年度の訓練生は上忍一人と一緒じゃないと入れないらしい」
「上忍?何それ?」
「上忍って言うのは、忍者の階級を示すもので、下忍、中忍、上忍の三階級になっているんだ。試験を受けて、合格すると階級を上げることができる。僕達、新入生は下忍試験を受けてないので、忍者見習いになるね」
「そうなんだ。じゃあ、しばらくは入れそうにないね」
「そう言うことになるね。妖怪の街も見られたし、寮に戻ろうか?日も暮れてきたしね」
僕とジェームズは、そのまま男子寮まで移動した。男子寮に入ると、美味しそうな匂いがして、僕はジェームズに質問する。
「美味しそうな匂いがする。食事ができる場所があるのかな?」
「ああ、あるよ。一階の男子寮と女子寮を繋ぐ大広間に食堂がある。これから一緒に食堂で食事をしようよ」
「うん、いいよ」
僕とジェームズは食堂に移動する。食堂に着くと、六人掛けのテーブルと六人掛けの座席が複数あり、壁には『秘密の会話はしない』『他人から飲食物を貰わない』『ここでは忍具・忍術を使用しない』『ここは食事をする所』と書いてある張り紙が複数貼ってあった。その他には、身長計と体重計があり、掲示板が存在していた。
「なあ、ジェームズ。この掲示板に張ってある紙は何?」
「それは忍報が発行している情報紙だね」
「忍報?」
「忍者報道部の略称だね。忍報は忍者の世界の情報をまとめて、それらを発信する役目を持つ部署だよ。取り扱う情報は、色々あって、誰かの探し物とか、誰が結婚したとか、後は重大な事件に関する情報も扱っている」
「そうなんだ。例えば、この殺人鬼に関する情報は、重大な情報になる分けだね」
僕は掲示板に張り出されている一枚の紙を見ながら言った。その紙には、『殺人鬼!再び現る!ロバート・モーガン流忍者訓練所の抜け忍ブライアン・ギルバートが忍武所属の忍者二名を殺害』と題した紙で、殺人鬼の顔写真と名前と事件に関する情報が記載されていた。
「そうなるね。まあ、発行される頻度も高いから、よく目を通しておいた方がいいよ。忍報に関しては、この辺にしておいて、食事にしようよ。僕、結構、お腹が減ってるんだよね」
食堂の奥には、食事を提供する場所があり、複数の訓練生達が食事を注文している。
「あそこで食事を注文できるから、移動しよう」
ジェームズはそう言って、食堂の奥まで移動する。食堂の奥には、メニュー表が存在し、メニュー表には様々な料理名が記載されていた。それ以外には、メニュー表の下に、『今日夕食』と書いてある料理名が書いてある。『今日の夕食』はA、B、Cの三つから選べるようになっていて、Aの食事は、チーズハンバーグとポテトサラダとカットしたリンゴ。Bの食事は、ごはんと味噌汁と鯖味噌ときゅうりとカブの漬物。Cの食事は、豚肉炒飯とワンタンスープとほうれん草の醤油炒めとココナッツアイス。メニュー表と『今日の夕食』を確認した僕は、『今日の夕食』のAを選ぶことにした。
「何にするか決まった?」
僕はジェームズに向かって言った。
「『今日の夕食』のAにするよ」
「そうなんだ。僕もそれにするつもり。じゃあ、注文しようか」
僕とジェームズは夕食を注文するために、カウンターに移動した。
すると、一人の女性が調理場からカウンターに近づいて来た。女性の容姿は、身長一七五センチ程の大きさに、全体的に肉厚な身体、長い黒髪を白い頭巾で隠し、衣服も白一色の調理着だった。女性はカウンターの前にいる僕達に気付くと、僕達に向かって話しかけてきた。
「夕食の注文なら受け付けるよ。何にする?」
女性は僕達に向かって、笑顔で質問する。
「『今日の夕食』のAを二つお願いします」
僕はジェームズの分と自分の分の夕食を注文した。
「『今日の夕食』のAを二人分ね。二人分の『今日の夕食』のAをお願い!」
女性はカウンターの後ろの調理場に向かって大声で言った。注文を調理場に告げた女性は、再び笑顔で僕達に向かって質問する。
「君達、新入生?」
「はい、そうです。今年から訓練を受ける新入生です」
ジェームズが女性に向かって言った。
「そう、入所おめでとう。私の名前は、新堂 加奈子。伊甲忍者訓練所の食堂で調理をしているの。六年間、みんなが健康で美味しい食事ができるように頑張っているから、君達も六年間訓練を頑張るんだよ」
新堂さんは僕達に向かって言った。
「はい、頑張ります。色々と分からないことだらけだけど」
僕は新堂さんに向かって言った。
「大丈夫、私も初めは色々と分からないことだらけだったけど、すぐに慣れるよ」
新堂さんが言った。
「もしかして、新堂さんも忍者なの?」
僕は新堂さんに向かって言った。
「もちろんそうだよ。この島に忍者じゃない人間なんていないからね。あっ、夕食ができたね。はい、『今日の夕食』のA二人分」
新堂さんはそう言って、『今日の夕食』のA二人分をカウンターに置いた。カウンターに置かれた夕食は、大分量が多く、食べきれるか少し心配する量だった。
「随分、多い量だね。食べきれるかな」
僕は『今日の夕食』のAを見ながら言った。
「大丈夫、食べきれなかったら、残してもいいから。ただ、訓練が始まれば、これぐらいの量は簡単に食べられるようになるよ」
新堂さんは笑顔で言った。
僕達は『今日の夕食』のAをカウンターから持って行き、六人掛けのテーブルの椅子に座り、夕食を頂いた。『今日の夕食』のAの量は多かったが、何とか食べきり、食器をカウンターに返却した後、男子寮に戻った。
「それじゃあ、ちょっと早いけど、明日は入所式もあるし、僕は自分の部屋に戻るよ。アルスは、どうする?」
ジェームズが僕に向かって質問した。
「僕も自分の部屋に戻る。よかったらなんだけど、明日、訓練所に行く時、一緒に行かない?」
僕はジェームズに向かって言った。
「ああ、いいよ。忍装束の着方も分からないと思うから、明日の朝、君の部屋で着方を教えてあげるよ」
「ありがとう、助かるよ。じゃあ、まだ早いけどおやすみ」
「ああ、おやすみ」
僕はジェームズと別れ、自分の部屋に戻ると、押し入れから布団を出して、その日は眠りについた。明日になったら、自分が忍者になる。その事実がとても不思議で、不安と期待が心の中で睨み合っていた。