おっさんの帰還と魔術師にとってのエルフ
「あんたは全く……。」
トゥールさんと、トゥーレさんを無事師匠の元へと連れ帰り、最初の一言目がこれです。
馬車の中で帰りを待っていた師匠が、キュリと共に馬車から降りてくる。
そして師匠の目が無事の帰還を告げる私から、トゥールさん達に移った師匠の顔が引き攣り言った一言。
師匠が何故か頭を抱えていますがどうしたんでしょう?
御者に座りこちらのをちらりと見たモルさんも目が、行ったり来たりしてます。綺麗ですもんね。モルさんも男ですね。気持ち分かります。ファンタジーですよね!
違いますね……。ここの人たちにしてみれば現実でした。でも綺麗という基準は一緒で良かったです。
「お初にお目にかかります。 ハルフーレ魔術学園学園長 兼 魔術師協会会長 兼 調薬師協会名誉顧問 《魔子族》のジーマ・フレシカリア・エンバード・グレッド・オーバルハイネ・マギネ・ヨークと申します」
目の前では、2人に対し師匠が着ていたローブのシワを伸ばし整えると、のじゃ語もなく、最敬礼の姿勢で挨拶している。
え?名前長っ!師匠の名前ってジーマ・フレシカリア・エンバードでは?そう言えばもっと長いって……違う違う。あの師匠が最敬礼する相手何ですか?
いろんな意味で驚いている私の胸元を引っ張り、頭を師匠が無理やり下げさせる。
(エルフ族というのは、魔術師にとって、そう言う存在なんじゃよ)そして耳元で小声で囁いた。
生まれ持っての膨大な魔力に、精霊と言葉をかわし魔法を自在に操るエルフ族。
魔視でも感じない魔力は淀みがなく、あまりにも自然に流れている為、その膨大な魔力を感じられないだけだという。
その長命さもあり、魔術師達にとってエルフ族というのは最大の礼儀を持って迎えるべき相手であった。
「ふふふ。タクトは面白いな。人族であって、それだけの魔力を纏っているのにもかかわらず、魔導師として染まっていない。タクトの師匠。ヨークの娘ジーマ殿。あなたの弟子に助けられた。礼を言う」
キリっとした目を閉じ、胸に手を当てるトゥールさん。
麗人。
そう表現すべきなのだろうか。その凛とした仕草に一度、大きな鼓動が胸に響く。
「いえ。魔導師など勿体ない。魔術師としても半人前。この不肖の弟子はまだ弟子として日も浅いため、知らないことが多く……失礼な事を言わなかったでしょうか」
「失礼なこ…とはされてません。はい。大丈夫ですよ」
ん?今一瞬耳が真っ赤に……。
あれ?師匠?その顔はなんです?ほらほらトゥールさんも何もないって言ってますよ。すこーし綺麗にして差し上げただけです。はい。
ルファと同じような師匠のジト目をなんとか耐えると、話は攫われた経緯に移った。良かったです。
「なるほど。結界の外に出たところを」
話を聞けば、狩りの為結界の外へ出た所を待ち伏せされており、魔力封じの魔導具を使われ、強制的に魔力が使用できない状態にされ、なす術なく囚われの身となったと言うことだった。
エルフの魔力を封じる魔道具。かなり高価な魔道具であり、大手の奴隷商人が関わっているのではないかと師匠は予想していた。
実際ガルバを問いただすと、王国でもかなり悪どいやり口で勢力を広げている組織らしく、今回ガルバはその組織からトゥールさん達を横取りし、ライバル組織に売るつもりだったらしい。そして、今日を最後に明日にでも売りに……。
うんうん。欲張りすぎ時は良くないって事ですね。
しかし、それにしてもそんな大きな組織をこんな人数で襲ったんでしょうか?そう考えればガルバ達は相当な盗賊団という事になりますね。
「そう言えば、先程連絡する術があると話していましたが?」
「おぉそうだ。ジーマ殿。通信玉をお持ちではないだろうか。」
思い出したように、師匠に話を振るトゥールさん。
通信玉。と言うのがその方法のようですね。話を振られた師匠が馬車へと戻り自分の荷物を漁り、ソフトボール程の透明の水晶玉のような物の持ってきた。
「ではこれをお使いください」
「おぉ。やはり持っていましたか。有り難く使わせてもらいます」
トゥールさんが嬉々としてその通信玉を受け取る。トゥーレさんも何処と無く嬉しそうです。
(一度だけ、短時間『コンタクト』の魔法が使える魔道具さね。血の繋がりや、その者との関係が強いほど遠距離の通信が可能じゃ)
なるほど。ならば親であれば、ここから離れていても、届きそうですね。便利な道具ですね。魔法に長けた者ならば一つは常に持っている物らしいです。
そうしているうちにトゥールさんの周りの魔力が高まる。
先程までとは違い目に見えるそれは非常に滑らかで、美しく無駄のない魔力の動き。優しく揺らぐその魔力はうっすら緑色した魔力が煌めいている。
「タクト。よく見ておくのじゃ。エルフの魔法発動が見れるなど非常に貴重な事じゃぞ。しかもトゥール殿にその魔力を隠す気などない。敢えて見せてくれておる。」
普通ならば見えることなどない。そう言って師匠もその魔力に見惚れていた。
それは数秒の出来事だった。煌めいていた魔力が、通信玉に込められていく。
そして……。
おっ笑顔になりましたね。よかった連絡がついたみたいです。
通信玉が稼働しすぐに笑顔を見せるトゥールさんの瞳には薄っすらと涙が溜まり、まばたきとともに流れ落ちた。
話せるのは1人らしく、涙を浮かべ喜ぶトゥールさんと、通信玉に向かい聞こえない声を必死にかけるトゥーレさん。
それでも2人とも嬉しそうに笑顔を浮かべていた。
通信が終わり粉々になる玉。
一度きりの使い捨ての魔道具とはこういう事なんですね。
通信玉が粉となり、上空に舞い上がるのを見届けると、トゥールさん達がこちらへと顔を向けた。
「ジーマ殿。貴重な通信玉を使わせて頂き礼を言う。無事連絡が着きました。それで、今後の事だが、一緒にハルフーレの学園都市へと連れて行ってもらえないだろうか?」
無事連絡が取れた事で、集落から迎えが来ることになったらしく、それまではこの旅の目的地であるハルフーレに滞在し、迎えを待つ事になったらしい。
ディート王国でもこのハルフーレ魔術学園都市は、諸国の貴族などを預かる関係で、都市全体が非常に治安が良く、この辺では最も安全に滞在出来る場所らしい。
そして話し合いの結果、師匠の目も届く事からも安心であろうという事になった。
「うむ。分かりました。それでは私と不肖の弟子タクトとその従者にて、旅の安全はお護り致します。道中安心してお過ごし下さい。よいなタクト」
「もちろんです師匠。トゥールさん、トゥーレさんよろしくお願いしますね」
今後の旅は師匠とともにトゥールさん達を護衛する事になる。今まで以上に気合を入れないとですね。
「よろしく頼む」
「おう。よろしくなジーマさん。タクト」
姉のトゥールさんとは違いどこか少し軽いトゥーレさんが先に馬車に乗り込むと、続いてトゥールさんが馬車の足掛けに足を置き、すっと顔を近づけた。
ドキっと高鳴る鼓動とともに唾を大きく飲み込むと、トゥールさんが囁いた。
(旅の途中で、またクリーンをしてもらえると嬉しい……その……自分でやるよりも……)
馬車に乗り込むタイミングで耳元で囁かれた一言……。
あれ?トゥールさん?えっ?
あれ?ルファさんその目は?
虚を突かれた一言に動揺する私と、その囁き声すら拾う聴覚の持ち主のルファのあきれたような視線。
なんだか波乱の旅になりそうな予感です。
ちなみに……
ジーマ(名前)・フレシカリア(ミドルネーム)・エンバード(苗字)・グレッド(村)・オーバルハイネ(族名)・マギネ(母)・ヨーク(父)というのが本名です。長い!
グレッド村のオーバルハイネ族のヨークとマギネの娘 ジーマという意味ですね。




