おっさんの別れの挨拶と心淋しさ
「さぁ。お座りになってください。タクトくんもそこに掛けてくれ」
ギルドマスターのクレンに促され、最後に腰をおろす。もちろん立場上、ルファは私の後ろに控えている。
3人が座ると、ガルフィアさんが口を開いた。
「娘は、私の2日後に出発したんだ。私はどうしても先に行く必要があったからね。今回ここにきた理由は、国王からの命令で勇者殿に挨拶にな。まぁ忠誠を示すためのものだ」
今回近隣の領主達に国王の名で、ある命令が出された。
最低限の護衛とともに、子息の一人を連れてくる事。そして、召喚された勇者に子息を紹介する事。
それが近隣の領主に一斉に通達された。
忠誠を示す為、いち早く城へと向かう必要があり、ガルフィアさんとガルフィアさんの護衛だけで先行したらしい。
そして一緒に出ていればという後悔で、顔を歪ませていた。
「生憎、うちは娘しかいないものでな。好色家と噂の勇者殿の情報の真偽を事前に直接掴む必要があったのだ。まぁ今回の一件で、うちの娘は登城する必要はないと命令が降ったがな。無傷と言っても風評は避けられん。それ以上に無事でよかった」
セイドウくんへの客でしたか。
まぁ間違いなく、彼への挨拶とともに手を出されていたでしょうね。美しい方でしたし。
「そうですか……。すみません。礼はいらないので、私の事は他言無用でお願いできますでしょうか。もし説明するなら偶然居合わせた冒険者にと……」
「なぜだ?そなたは命の恩人。しかも貴族を救ったとなれば恩賞も……」
「私の存在がバレれば、娘さんも不幸になります。多分、いや間違いなくですかね」
そこまで言うとギルド長が耳元でガルフィアさんに何かを伝える。おそらく異世界云々ではなくうまく説得してくれているのだろう。
「わかった」
ガルフィアさんは、不承不承といった感じで了承してくれた。
「それなら他言無用にしよう。娘を含め家臣一同にはよく言っておく。何があったかは聞かないが、我が家にとって君は恩人。我々は君の味方でいよう。困ったことがあれば助けになる」
そう言って、1枚の紋章がデザインされたコインを差し出した。
これがあれば、領内を自由に行き来できるらしい。これだけは受け取ってくれと頼まれてしまった。
「ありがとうございます」
そして、結局礼は要らないとは言ったが、少なくない謝礼金を受け取りギルドを後にした。
そして、ギルドの外に出れば既に太陽は昇り、すっかり朝になっていた。
コバルトブルーのタグを首にかけると、ギルドから受け取った書類ととともに貴族側の門へと向かった。
「止まれ!何用だ」
門へと着くと、すぐに門兵によって止められる。これが普通の対応だ。
門兵にタグとギルドからの書類を見せると、無事通行を許可される。
少し、あの時のクーゲルさんという門兵がいなかった事は残念だった。
門を抜け、貴族街を通り城の門へと着くと、流石に城内を冒険者が無断で出歩くのは許可されず、今度は兵士に案内され師匠宅へと連れて行かれ、兵士も外で待機すると言う。
実に面倒ですね。
扉を叩き師匠が出てくると、師匠はちらりと兵士を確認する。
その態度は師匠と弟子ではなく、依頼人と冒険者。
まあ私達2人の関係は、皆知りませんからね。
「入りな」
兵士を外に残し、中へと入る。
すると師匠が指を鳴らした。
「これでよしじゃ。外に音は漏れん。それで……なんじゃ。いきなり兵士付きで来おって!何事じゃ。驚きすぎてボロを出すところじゃったぞ!」
「すみません師匠……。まさかこんな大事になるとは思わず……」
「それで?さっきぶりじゃが、無事報告は終わったのかい?」
「はい!Dランクになりましたよ!」
首元からタグを取り出し。師匠に見せる。
「なに?もうかい!」
驚く師匠に事情を全て説明する。
「そうか。ジエルの領主の娘だったのかい。それは功績としては大きいの。それにしてもこの国もきな臭くなってきたね。大きな戦の前に諸侯達の人質をとるんだよ。裏切らないようにね。今回は勇者への挨拶と言っておるが、実際どうだかねえ」
この国は戦争が近くなると、同じような事を始め、場合によっては子息だけで軍をつくらせるらしい。勇者への顔合わせとは聞いているが、今回の件もおそらくそう言う事だろうと師匠は予想していた。
「1人息子しかいない家は大変だよ。もちろん一人娘もじゃがな。きな臭くなってきたね。せっかくだ。ヌシもDランクに早々になれたしの。出発を少し早めるかね。ヌシは大丈夫かい?」
「はい。いつでも。そもそも根を下ろしてませんから」
「そうじゃな。3日後ここを発つよ。用意と挨拶をしておきな。特に宿の者達にはね。世話になったんだろ?」
出発の日程が決まると、送還していたリィス達に、救出の礼を言い頭を撫で、外へと出る。
本当は長居しようとしていたが、外で兵士が待機している以上、無用な長居は出来ず、早々に宿へと戻った。
「3日後ハルフーレ魔術学園のあるディート王国に護衛として行くことになりました」
宿へと戻り、朝食を食べ終えると、その場にいたネルさんに伝える。
もう少し何かあるかと思ったが、ネルさんからの返答は随分あっさりとしたものだった。
「えー 出ていっちゃうんですか!しょうがないですね。また来た際には、是非当宿をご利用下さいね」
なんだかちょっと寂しいですね。ネルさんとのやりとりはなんだかんだ言って楽しかったですから。
少しばかりの寂しさを感じながら、宿の娘と客の関係なら仕方ないと気持ちを整理する。
さて、ニイナさんにもきちんと挨拶しないとですね。