おっさんの輝度と実力の差
下水に通い3日目、今日の午後には師匠の家に転移する為の指輪の魔力が溜まる。
前迄の分と併せて、キリよく100個のアシッドスライムの魔石を集めようと、3尾となったルファ。リィス。ペルがスライムを見つけては一斉攻撃し、魔石を回収していた。
(マスター。あと10個だよー)
当初よりも湧きの遅くなったアシッドスライムの討伐効率は、かなり落ちてしまった。
見つければ速攻でリィスに吸収されているのだから、魔素も溜まりづらいのは当然なのだろう。
「ヂュー!」
(んー。キミじゃなーーーい!)
リィスが出会い頭に現れた大ネズミに対し自らをアメーバ状に広げ、そのまま体内へ入れ捕らえる。
大ネズミの力では一度リィスに捕らえられれば出ることは出来ず、魔石を残し、そのまま消化されてしまった。
そしてしばらくすると、元の世界でいう調圧水槽のような巨大な円形状のホールに出た。
(遊び場ー。ペルちゃんと追いかけっこー)
「キィ!」
恐らくこれも転生者が関係しているのだろう。地下神殿のようなここは、元の世界でも見られるような、大量の雨が降った時に処理水を調整するプールのようなものらしい。
グランド並みに広いその場所は、天井まで100m以上もあり、下水では希少なペルが思いっきり飛ぶことの出来る空間となっていて、2人でいる時のリィスとペルの遊び場と言う名の模擬戦場になっていた。
「ご主人様。少しよろしいでしょうか?」
神妙な顔付きのルファが、ホールを見回したところで振り返った。
「ん?どうした?ルファ」
「私とお手合わせ願えませんでしょうか。剛棒を使っての攻撃、昨日の勇者ヒジリの一撃を耐えた耐久力。ワイバーンの討伐。ご主人様は前にもお聞きした通り、輝度では語れない強さです。私も3尾となりました。身体的能力はかなり上がっているはずです。お願いします! 」
ルファからの視線はちょくちょく感じていた。
剛棒を振る時、魔法を使う時。どうやらその一つ一つでやはり輝度は参考にならず、一度手合わせしたいとなったらしい。
天狐族は意外に戦闘狂なのかもしれない。
「いいよ。それでルファが納得するならね。私は剛棒。ルファは何使う?」
持っていたのは予備としてのショートソード。だがルファがショートソードを使うことは想像できない。
すると、ルファがその場で腰を落とし構えをとった。
「大丈夫です。天狐族は格闘を得意とする種族。武器は必要ございません」
「わかった。それじゃあリィス 」
(わかったよー。でははじめー)
リィスの少し気の抜けた始めの合図と共に、触手が上から下へと下される。
ペチンという床を叩く音が響いたその瞬間。魔力を一気に循環させ身体能力を底上げする。
勿論これは、セイドウくんの時のように一点集中ではなく体全体の強化だ。
「行きます!」
音もなく一瞬にして間合いを詰めるルファ。
その体は同じように3本の尾から出る魔力で覆われ、ルファの白い毛並を薄っすらと輝かせていた。
「はっ!」
体重の乗った右脚での蹴りを、なんとか剛棒で防ぐが肘での追撃が剛棒の隙間を抜けてくる。
強引に剛棒を回転させ距離を取るがルファの連撃が止むことはなく、一方的に守らされる状態が続く。
留め具の付いた状態の軽い剛棒で、なんとかついていけるルファの攻撃。時折くる尻尾の攻撃はいつものようにモフモフなそれではなく、魔力を纏ったハンマーのような重たさで防ぐ手を痺れさせる。
しかし、全体的にはスピード重視なのか、それ以外の攻撃に重さは無いがジワリジワリと後ろへと下がらされる。
「ふんっ!」
蹴りを防ぐと同時に剛棒を振り抜くと、ルファが5m程後方に飛ばされた。
いや自ら剛棒を足場に跳んだ。
「やっぱりご主人様はお強いです。実際見えてましたよね。ヒジリ様の攻撃がお腹を狙っているのを。遠目で見ていたルファですら線が走ったようにしか見えませんでした。見えていなければあそこまで場所を絞って魔力を集中させる事など出来ません。」
そう言ってルファの爪が3cm程鋭く伸びる。
いえ。見えていませんでした……勘です。とも言えず剛棒を構え直す。
「これが最後です。天狐族に伝わる爪術です。3尾なのでこの程度しか伸ばせませんが、魔法を使わない状態でのルファの最大の攻撃です」
地面に付きそうなほど低い構えを見せるルファ。
魔視によりその姿を見れば魔力の殆どが爪と脚に集中していた。
それだけを見れば低い体勢のまま突っ込んでくる技でしょう。
狐爪術
『浮爪』
タンっという音と共に低い体勢のまま案の定、猛スピードでこちらへ……
「消えた⁈」
地面を蹴ってこちらへ向かってくるはずのルファの姿が一瞬にして消える。
しかし、僅かに捕らえた風鳴りに反応し顔をあげると、ルファがミサイルのように飛び込んで来ていた。
一瞬にして上空から獲物へと飛び掛るそれは、狐独特の狩猟方法。
なんとか上空へ突き出した剛棒にギャリっという火花でも散りそうな音を鳴らし、ぶつかるルファの爪。
その爪は首を狙ったものらしく、爪の先が首の動脈数cmのところで止まっていた。
結構本気の一撃……。
若干鼓動が高まるのを感じながら、体重の乗ったその爪を防ぎきると、ルファがバク転する形で着地した。
「お見事です。ご主人様。やはりこのスピードでもしっかり見えているんですね。申し訳ありません。ご主人様。今の私の力量でこれ以上の技はありません。やっぱりお強いですねご主人様」
爪を戻し、魔力の供給をやめたルファが、惚れ惚れするような笑顔のまま頭を下げた。
(それまでー。マスターもルファもすごーい)
その姿をみてリィスが手合わせを止めた。
「ふー。何とか防ぎきれたよ。ルファはすごいね」
「いえ!ご主人様が凄かったんです。ルファは必死でした」
全身に循環させていた魔力を散らすと、疲労感が襲ってくる。
どうやら相当量の魔力を使っていたみたいです。
輝度の高いルファの攻撃を防ぎきったところでのルファの降参。
なるほど。
ルファは私に自信を持たせようとしてくれていたんですね。
でもルファさん。すこーし間違えてたら。私。死んでもおかしくなかったですよね?
ね?




