おっさんの不幸な出会いとルファにとっての勇者様
「悪いけど今日は、みんなここで待っててね。」
寂しがるリィス達を部屋に残し、教会へと向かう。
教会は貴族街側の城門の近くにあり、迷うことはないでしょう。最初に貰ったニイナさんの地図にも載ってますしね。
宿を出て、大通りへと向かう。
そして裏通りから大通りへと出た時だった。
目の前に現れたのは、豪華な鎧を身に付けた男。勇者ヒジリであった。
「おわ!誰かと思ったらタクトじゃねぇか!墓地以来だな。ってかまだ生きてんのかよ。」
目の前に現れた事で、驚きの表情を浮かべながらその視線は首に下がる冒険者タグへと向けられる。
「ん?知ってるぜその首のタグの色でランクが決まんだろ?その薄汚え茶色は最低ランクのF。前と全く変わってねえ。ウケる!マジ使えねぇな。」
嫌なタイミングで会いました。なんでここにいるんでしょうか。彼は周辺の魔物討伐かダンジョン攻略で忙しいはずですが。
「お久しぶりです。ヒジリさん。私と違ってご活躍のようですね。その活躍をよく耳にしますよ」
「ふん。俺が活躍するのは当然の事だろ。呼ばれたんだよ。王にな。まっ知っての通り姫と婚約してっからな。経過報告も重要な仕事なんだよ。ん?なんだその女?おいお前こいつと同じパーティか?」
セイドウくんが持っていた剣の鞘を向け、ルファに返答を迫る。
「私はタクト様の奴隷。ルファです」
ルファは一歩後退りながら、答えた。
「奴隷?ぶはっ。まじか!まじかタクト。ここまで来て奴隷で性欲を満たすなんてありえねえだろ!何オタク拗らせてんだよ。知ってんだよ。あんたが変な小説やら漫画をあの本屋に買いに行ってんのくらいな。まじありえねえ。ほんとウケるわ」
大笑いするセイドウくんの目が、ルファへと向き、その表情が変わる。
「へー。よく見ればすっげー可愛いじゃん。よしっ俺が貰ってやるよ。どいつもこいつも飽きてきたとこだしな。こっちこい!奴隷!」
セイドウくんが、ルファの手首へと手を伸ばす。
「やめましょうよ。ヒジリさん。ここは大通り。天下の勇者様が、一般市民の奴隷を強引に奪ったと知れればあまり良い印象を受けないのでは?」
しかし、ルファへと伸びるその手を反射的に掴んだ。
「なんだタクト俺に逆らう…ぐっ……腕が。動かない? ちっ! 離せ。この落ちこぼれが! 」
セイドウくんが、そう言って腕を振り解く。
よかったルファが傷付かなくて。
「行くぞ!」
そう言って、少し離れた先にいた仲間の女性3人と城へと去っていく。
遠ざかるあの3人のうち2人の背中は、どこか見覚えのある気がするのは気のせいでしょうか?
「ふー」
大きく息を吐き出し、緊張状態を解くと、全身から汗が吹きだしたような感覚に襲われる。
ホントに良かったです。素直に引いてくれて。
“勇者様”である彼ならば、押し通そうと思えば出来たでしょう。
「ルファ?大丈夫?」
後ろを見ると、少し困惑した表情のルファが立ち尽くしていた。
「はいっ大丈夫です。ご主人様が守ってくれましたから。お知り合いですか?今の方と…それに勇者様と…」
「そうか。言ってなかったね。あれは……」
カンカンカンカンカンカン
ルファに説明をしようとしていたタイミングで、けたたましい鐘の音が鳴り響く。
この鐘の鳴らし方は魔物の襲来ですね。
「ルファ!説明は後でするよ。まずはギルドへ状況を確認しよう」
「はい!」
急いでギルドへと駆け込むと、既に冒険者達が慌ただしく情報取集に駆け回っていた。
「アンナさん!」
「タクトさん。すみません。慌ただしくて。」
「いえ。何があったんですか?手伝える事はありますか?」
「ごめんなさい。急に現れたワイバーンがこの街を目指して飛来してきています。あと30分もすれば大城門に到達するでしょう。Dクラス以上の冒険者に対し緊急依頼が出されています。E級、F級は戦闘の邪魔にならないように待機せよ……というのがギルドからの要請です。なので……」
「そうですか。わかりました。宿で待機します。何か手伝えることがあれば。」
「分かりました。その時は使いを出します。それと……」
念のため、資料室でワイバーンの情報を調べ宿へと向かう。
「ご主人様。ギルドの方は最後何故あんな事を?」
聴力強化のあるルファには、あの喧騒の中でも少し離れたアンナさんとの会話がはっきりと聞こえていたようだった。
「そうか。その説明の途中だったね」
アンナさんから言われた最後の言葉。
それは勇者ヒジリ。セイドウくんの事だった。
「それと。勇者ヒジリにワイバーン討伐の為ダンジョンから城へと帰還命令が出されています。このワイバーン襲来も、国はかなり前からわかっていた可能性があります。勇者ヒジリはダンジョン攻略に苦戦し、かなり苛立ってると聞いています。お気をつけて」
これが同じ異世界人である私への、アンナさんからの忠告だった。
「まぁもう遅かったんですけどね。鉢合わせしてしまいましたし……。あぁごめんルファ。なんとなく分かったと思うけど、勇者ヒジリと私は知り合いでね。どちらもこの世界に召喚された異世界人なんだよ。」
「えっえーーーーーんぐんうぐぐ」
驚きすぎて叫びだすルファの口を必死に抑える。
「騒がない。わかった?」
コクコク
「プハーです。では。ではご主人様は勇者様…なんですか?」
ルファのキラキラとした瞳が心を抉る。天狐族にとって勇者は特別な存在。憧れも強いのでしょう。
「残念ながらそうじゃない。勇者ヒジリに巻き込まれし“追放者”それが私です。幻滅しましたか?」
「あっ……あ……」
自分が何を言ってしまったか理解し、ルファの顔が真っ青になっていく。血の気が引くまさにその通りの状態だった。体は小さく震え、尻尾は細くなり内に巻かれ、今にも倒れそうな表情をしている。
少し意地悪な言い方でしたね。
「違う。違うんです。」
ガクガクと震えるルファをそっと抱きしめる。
「意地悪な言い方だったね。ルファは私が勇者だから忠誠を誓ってくれたわけではないのでしょ?」
「はいっ!勿論です。幻滅なんてしていません。それよりも。ご主人様を傷付けてしまった自分の事が許せません。ごめんなさい。ごめんなさい。」
「だからもう大丈夫だよ。」
そう言ってルファのモフモフの耳の付け根を優しく撫でる。
「はふぅ。あんな下品な方よりルファにとってはご主人様が勇……」
カンカンカンカンカンカンカンカン
何かを言いかけたルファの言葉を鐘が遮るように、けたたましく鳴る警鐘の音。
その音の激しさは目の前までワイバーンが迫っていることを告げていた。
「ワイバーンだ!ワイバーンが来たぞ!魔道士隊構え! 撃て!」
そして防衛部隊の隊長の掛け声と共に放たれる魔法がワイバーンに命中し爆音をあげた。
おっと。
こうしている場合ではないようですね。
「行こうかルファ」
「…はい。ご主人様」
さてFランクは、さっさと宿へと退散するとしましょうか。
いつもありがとうございます。
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すみません。