おっさんの運と懐かしき味
テーブル一杯に湯気を立てた美味しそうな料理が並ぶ。
ここにきてから殆どの食事が、堅パンと薬草ですからね。この光景だけで、泣いてしまいそうです。
「どうだい。武術の方の修行は。あの隠居の爺さんから習っているんだろう?まあ爺さんなんて言っておるが、私から見ればヒヨッコなのじゃがな!ハッハッハ」
あ〜。もう。
危ないですよ。料理を持ちながら胸を反らさないでください。
椅子に乗らないだけましですが、それでも危ないです。
師匠が凄いのは十分に存じ上げていますからね。
「しっかし。ヌシは人運だけは良いみたいだね。ホントに」
ん?どういう…
食器を2人で並べていると、師匠の手が止まる。
「少し安心した。そう言っているんだよ。」
確かにそうかもしれませんね。最初の人々との出逢いは最悪でしたが、それもこれも今に繋がっているわけですからね。
でもホントに出会って間もない私をここまで気に掛けてくれるなんて……。
嬉しいですね。
「たしかに3代前とはいえ、元国王の武術指南役に直接教えて頂いていますからね。運がいいです」
勇者である誠道くんと、実質変わらない待遇じゃないでしょうか。いやそれ以上かもしれません。
魔法に特化した師匠に
武術に特化した師範。
本当に私は恵まれています。
「んー。そういう事じゃないんだがね。まっそんな事どうでもいいさね。さっさとお食べ!」
テーブルに並んだメイン料理。それは元の世界でも馴染みのある料理だった。
「これって」
「薬草と豚肉の重ね鍋じゃ。〆はおじやじゃからな。たんとお食べ。」
そう豚肉のミルフィーユ鍋です。
元の世界では白菜を交互にして作っていましたが、こちらでは定番の薬草です。
豚肉の甘みと、薬草のシャキシャキとした歯ごたえ。そしてキノコでしょうか。旨味の効いた出汁が何とも言えない深みを与えています。
それに、これは大根と里芋のような根菜の煮っころがしでしょうか。
醤油に出汁。
この世界の食文化を知る前に追い出されてしまいましたが、きちんと日本に通じる料理があるんですね。
さすが数多くの日本人が召喚されている異世界ですね。
「あー美味しいです。なんだか凄い懐かしい味です。師匠」
思えば30を超えてから実家に帰ることも少なくなった。
ここ何年かは正月に帰るくらいで、家庭料理なんて久しく食べてなかった。それだけに日本を、実家を思い出す。
自然と涙が頬を伝う。
「そうかい。そうかい。たっぷりと食べな。」
堅パンを水と共に胃に押し込んでいた時とは、違い自ら食を求めて手が動く。
もちろん最後は、卵と共におじやにして〆るらしいです。最高ですね。
「ふー。ご馳走さまでした」
薬草が魔力に、豚肉が筋肉にいい食材らしく、修行での疲労の回復を狙って作ってくれた事が伝わってくる優しい料理でした。
美味しくお腹も満たされて。
今日はゆっくり眠れそうです。
まあその前に魔力操作の訓練の時間ですがね。
「さぁ昨日帰って来なかったんだ。今日はしっかり時間をとるよ!あの爺よりも少ないのは癪だがね。」
あぁ。師範に対抗心を燃やしているんですね。
確かに師範とは昨日今日と10時間は訓練に付き合ってもらってますから。
お腹も一杯になったんですから頑張りましょう。
「お願いします」
「そうは言ってもその体。まずは休めるのが先決じゃろうて。だからこそ今回は自己治癒能力が増すように魔力を循環させるよ」
そう言って師匠は、横になった私のお腹のあたりに手を当てます。
「いいかい。いつも通りこの部分に魔力を集めるんだ。その魔力はポカポカと暖かく。気持ちいい。それを心臓に向かわせ、心臓を暖める。そして今回は腕や脚の通路を移動するのではなく、腕や脚の筋肉の間を通るように移動させるんだ。いいね。」
驚きましたね。
昨日の訓練終了後ボロボロだった私が、訓練場でやっていた事に近い方法です。
昨日は只々、その温もりが気持ちよくてやっていましたが、どうやら体が命の危機を感じているレベルで、状態はかなりマズかったみたいですね。
本能的に魔力を回復方向へと扱っていたみたいです。
アドバイス通り、ポカポカと暖かい魔力を腹部にため、魔力が体を修復させるイメージを持ちながら、痛みのある筋肉や神経の隙間を通るように進んでいく。
特に痛みを感じる部位に、念入りにほぐすようにゆっくりと魔力を浸透させていく。
「そうだ。どの部位が傷んでいるか、よく分かってるじゃないか。そのまま続けてごらん。」
師匠の声に従い、そのままゆっくりと全身の筋肉をほぐすように魔力を浸透させる。
通常の、サーキットをぐるぐると走るような魔力の動きと違い、ジンワリと広がるような魔力の動き。例えるならばそういう違いでしょうか。
「師匠……なんだか…。」
なんだか眠たくなってきてしまいました。
満腹の状態で、まるで温泉にでも浸かっているような。そんな温もりに包まれ横になっている。
眠たくならないはずがありません。
「そうかい。ならばそのまま微睡みに身を任せるんだね。ゆっくり朝までおやすみよ」
意識が深く潜っていく中、感じていたのは優しく額を撫でる師匠の手の感触だった。




