おっさんの放課後と従魔達との訓練
ギャリッ
ルファの爪が目の前で交差するように襲い掛かる。
それを剛棒でいなし、強引にルファの体勢を崩す。
毎日中庭で行われる模擬戦は、寸止めなど考えない本気の模擬戦だ。怪我をすれば治癒ポーションで治せば良い。いくらでも融合で作れますからね。
狐爪術
『地爪』
浮爪と違い、低い体勢のまま上空に飛び上がる事なく地を這うような移動法から、突き上げるように爪が襲いかかる。
浮爪との最大の違いはジャンプをしていない分、爪が長く強力になっていた。
ジャンプし、死角からの体重を乗せた一撃ではなく、純粋な爪の威力での力技だ。
「はっ!」
そのまま体勢を崩したルファに追撃するため、剛棒を振り下ろそうとした瞬間。
死角となった左後方に、急に気配を感じ強引に体を捻り転がりながら回避する。
「キー!!」
ペルだ。
この家を買ってから、この中庭でリィスと、アルグレント王国の下水で行われていたような訓練を毎日のように続け、何故かアサシンのようなスキル構成となったペルが、『潜伏』スキルによって気配を消し毒の牙で首筋を狙う。
勿論毒になっても毒消しで回復可能ですよ。
だから遠慮はありません!
「っつ。凄いね。ペル全く気配が分からなかったよ。でも攻撃する瞬間の気配も消さなきゃね!」
「キィー」
土属性魔法
『ストーンバレット』
ペルに指導しつつ、ストーンバレットを撃ち込む。
勿論イメージで先は丸くしてあるが、その分回転力を増している。当たれば大きなダメージを受ける。
魔力操作を含め、スキルのレベルアップを目標にしている模擬戦の為、手は抜かない。
「『溶解液』グルグルからの〜。『アシッドショット〜』」
「……」
炎属性魔法
『ファイアボール』
「狐火!」
4方向から打ち込まれた魔法が中央でぶつかり
ボシュッ
という音とともに白煙を上げる。
ペルに向け撃ちこんだストーンバレットをリィスのアシッドショットが溶かし、ほぼ同時に放たれたキュリのファイアボールがルファの狐火で相殺された。
魔法には魔法を
いつの間にか決められた筋書きをなぞるように、同じ力で打ち込まれた魔法は白煙とともに消失する。
ルファの『狐火』も以前より青みが増し、火力が上がっているようですね。
「そこまで!ふー。今日はこれくらいにしておきましょうか」
「どうぞ。タクトさん。」
皆に終わりを告げると、急に目の前にタオルと水が差し出される。
その急な出現に、いつもながら体がビクリと反応してしまう。
こういうの苦手なんですよね。
「っ!は〜。ソワレさん毎度毎度、隠密で気配を消してこないで、普通に来てください。普通に」
「あら?あら。あら。そうですか?これが普通ですよ」
ご近所の気の抜けた奥さんのように、とぼけたように振る舞うソワレさん。
これもいつもの反応です。
おそらくはネルさんも持っているであろう。『隠密』のスキル。ペルの『潜伏』よりも別スキルの『気配消失』よりも隠れ潜む事に特化したスキル。Lv2と言っても気配察知Lv1では気を抜けば気配が全く感じられずに接近を許してしまう。
しかもソワレさんには、ネルさんのような邪念がない……。つまり毎回ビクッとさせられ、にこりと嬉しそうに微笑むソワレさんの顔を見ることになるのです。
「凄いですね。ソワレさん。私もいつも分からなくなってしまいます」
獣人特有の自前の気配察知にも掛からないんですね……。
「そうですね。これは私の趣味です。脅かすのが大好きなんです。ふふ。さあルファさんも、タオルをどうぞ」
「ありがとう。ソワレさん」
変装に隠密、聴覚強化。今まで何をやってきたのかは、実は奴隷としてソワレさんが家にきた日に聞いている。
決して口外はしないと約束した手前、誰にも言うつもりはないですが、彼女の能力を前向きに捉えて彼女には家事以外にも手伝ってもらっている事があるのは事実です。
勿論危険な事ではないですよ。うちはホワイト企業ですから。
「タクトさん。訓練お疲れ様です。ソワレさんはまたタクトさんを困らせたんですか?すみませんタクトさん」
畑仕事が一段落したソワレさんの夫であるグエンさんが、頭を下げる。
「そんな事ありませんよ。ねぇタクトさん?」
「大丈夫ですよ。グエンさん。タオルを用意して貰っただけですから」
私と同じ普通代表のグエンさんには、どこか心癒される。
ちなみにグエンさんは、ソワレさんのスキル構成は知らない。ソワレさんは変装と隠密のスキルは秘密にしているらしい。
それでもこの2人は、こちらが恥ずかしくなるほど仲睦まじい。
しかし、隠密のスキルは強力なだけに、習得もLvの上昇も困難と言われ持っている人はほとんどいないらしいですが、私の身近に既に2人。
自衛の為にも、早く気配察知のLvをあげないとですね。
模擬戦中に剛棒によってえぐれた箇所の土を直すと、ムーちゃんが何かを呟き、土がむき出しになった地面に芝を生やす。
これもすっかりいつもの光景となってしまいました。
毎日のように森に狩に行っているリィスやペル、キュリとは違い、模擬戦以外で対魔物、対人間を相手にすることがなくったが、剛棒による「演武」、キュリと行う「魔力操作」の訓練は欠かさず行ってきた。
ちなみに今の目標は気配察知のLvの上げることです。
なんとしても、ソワレさんの気配を感じたいと思います。
汗を拭きながら中庭を眺めると、リィスの『触手』とキュリの影帯が中央で引っ張り合い、それを音無く飛ぶペルが中央で見守る。
3人共、うまいことスキルを使いこなしているみたいですね。
毎日のようにジャレ合うようにスキルを使うのは、強くなりたいと言う本能なのか。リィス達は常に自分を磨いている。
「私も見習わないとですね」
この世界に来て、自分の最底辺の価値に打ちのめされ師匠と師範に拾われた命。
まだまだこの世界を安全に楽しめるようになるには、力が足りないのでしょう。
なんと言ってもドラゴンもいる世界ですからね。ワイバーンに苦戦するくらいではまだまだですから。