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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

蘭切り峠

作者: 広尾

 私は地獄を知ってしまった。それはどうしようもなく、覆ることはないので天使なんてのは信じられなくなってしまった。花を見ると私はどうしようもない気持ちになる。

 今、蘭の花は咲いているだろうか。あの峠は、針葉樹の木陰が絶えず覆っているが、可笑しなことに七月の中頃、蘭が群れを成して咲いているだろう。

 蘭の花は黄色く、花弁には淡い斑な黒点がある。酸化した血の黒色だった。

 それをよく見ようとはしなかったが群生して生えていた、あの蘭の中には肢体が埋まっていたかもしれない。

 蘭は地面に根を張るが、死体は空へと手を伸ばす。九相図の通り、指は丸く膨れ上がり、死斑があの淡い斑点の様に浮かんでいるのだ。何体の肢体と、蘭であるかはわからないが、空は灰がかって見え、飛蝗の様に羽虫が群れて飛んでいた。

 空気にさらされた肢体には蛆が湧き、蠅がたかるだろう。

 蜜にたかる虫共が何をすすって生きているかわかるだろうか。暑さにやられ、馬鹿になった虫共が私の頬に当たって爆ぜた。頬に残ったあの汁は、死体から漏れて出る液のように黄色い。手で拭うと羽虫の残骸が潰れて混ざり、手のひらで鈍色の線を描くが、それが何であるか、分からない。何度もぶつかり潰れていくので私は「ああ、死体が埋まっているのか」と思った。

 風は吹かず、辺りの羽音がよく聞こえた。羽虫というのは狭い所へ飛ぶもので、瞼までは来なかったけど、鼻口、耳の穴へと飛んでは爆ぜて、死にかけた虫が穴の中でもがいた。鼻に入ってむせると口へ、塞がなければ耳の穴へと入るのだ。

 苦虫を噛み潰すなんてモノじゃない。腐ったセロリからにじみ出る汁に、溶けたバターを混ぜた様な噛み潰す度に青臭い苦味と腐った動物の油が、酸味が脳内を犯すのだ。舌先に手や足だけが残り、ついには虫でなくなったが、複眼の、薄い灰がかった羽が、肥大した頭の奇形が私には映って見えた。

 天使は目のすぼまった胎児の様に、釣り合いの取れない目を見開いてこちらを見るのだ。シロアリの様な羽をしている。体は自律性がなく醜い、三頭身のまるで蠅のようだ。空は灰がかった、一面、蠅だ。細いあの杉の葉の一本、一本にびっしりとくっ付いているのだ。蠅は死体にたかるんだ。蘭が咲いている、ここは蘭切り峠というそうで、夏には蘭が咲いている。

 蘭に埋もれて、死体がその中に埋まっているのだ。

 耳から羽音が聞こえてくる。視界は飛蚊症の、灰がかった景色をしている。頭から離れないのではここが地獄ではないか。


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