「両親との再会」
8年前に行方不明となっていた志門の両親。カインの都市、セイルで志門は両親が行方不明になった時の航空機を発見する。黒く焼けただれた機体‥‥…それは8年前にミカの乗った次元探査船ループストライカーが亜空間へ突入する際に巻き込んだものだった。志門の両親はカインに救助され無事だった。
安心し、自室へ戻った志門だったが地上へ帰れない事をミカとマーナから告げられる。またミカとの話の中でミカが高次の世界からこの世界へ召喚され、定まった寿命があることを知る。ミカ自身、ここに呼ばれている理由と定められている短い寿命を肯定したが、志門はミカが自分の意に反してそう決めていることを責める。
一方、マーナは補佐官のルーファと律法義委員(預言者≒予告者)のロタELLE・ファトと共に評議会へ出向き、急ぎ次元探査計画を進めるよう議長のエルメラから伝えられる。
本部へ戻った3人だが、会話の途中でミカと志門がカインの重要棟で格闘をしているとの連絡を受ける。
第七章 「両親との再会」
ミカが志門に色々な説明を行っている最中、マーナが部屋に帰って来た。座っている志門の近くに来て腰を下げるとマーナは志門の肩に手を回し顔を近づけて言った。
「どう、進んでる? 志門君」
「説明の事ですか?」と志門は言った。
ミカがそれに答えた。
「未だ説明が半分も終わっていません」
「少し休憩しましょうか、ここの事、いきなり全部は無理よね………志門君、実はあなたに会ってもらいたい人がいるの」
志門は「えっ? 」という顔をしてミカの方を見た。
ミカも知っているらしく頷いた。そして安堵の表情を浮かべながらこう言った。
「私は安心したし嬉しかったんだ、チーフからその人のことを知らされた時は心の重圧が退いた感じがした。志門、私が8年前に船から脱出の際に巻き込んだアベルのエーテルドライブの機体に―――」
「ミカッ‼ それ以上はサプライズよ」
マーナは人差し指を唇に当ててミカを制止した。ミカにはサプライズという言葉とマーナの仕草の意味が分からなかったが、それが口を閉じているように、ということはニュアンスとして分かった。
「じゃあ、会いに行きましょうか。志門君。」
マーナは志門の後ろに立ち両肩に手を添えて体をピタッと着けると転送の指示を出した。
「クライシスト居住区0011BF38へ」
三人は別の建物の中へ転送された。転送後もマーナと志門は同じ姿勢でくっ付いていた。それを見たミカは自分でも理解できていなかったが言葉が先に出た。
「あの…チーフ、志門から離れてくれませんか」
「あら~ぁ、どうしてかしら? 何か気になるの、ミカ」
そう言うとマーナは志門の両肩に添えていた手を胸元にグルッと回し込んだ。
志門はゾクッとして体が痙攣を打ったように震えた。マーナもクロスライザーを付けているのか志門に彼女の感情が伝わってきた。それは恋愛にも似た感情だったが儚く切なく、そして多分に危険を孕んでいる様にも思えた。
「チーフッ‼ 」とミカは声のトーンを上げて言った。
マーナは両手を元に戻し志門とミカに言った。
「ごめんなさいね、志門君。正直な気持ち、少し甘えてみたかったの。ミカも志門君に気があるのね、本人は理解できていない様だけど―――」
志門は後ろに居るマーナの方を向いて尋ねた。
「あの…マグダレネさん、他の皆もそんな喋り方なんですか? ミカと違うし」
「私だけよ、ある男性から色々と影響を受けたの。今から会いに行く人よ」
三人は通路を進んで行くと広大なドームへ入った。そこにはメッキを掛けた様に光り輝く楕円形の物体が犇めくように並んでいた。
その物体は直径が約30メートル位で下側に尖った四本の足が出ていた。
「このタンクみたいな物は一体何だ?」
志門の問い掛けに対してマグダレネが答えた。
「これは霊子次元探査計画―――霊子界と物理宇宙、平たく言うと私たちの住んでいる世界を調べるために造られた歴代のループストライカー達よ」
志門は驚いた。一見すると街角にある公共アートの様な形で、とても機械的な物には見えなかったからだ。志門はミカの方を向いて言った。
「ミカもこんなのに乗っていたのか?」
ミカは志門の手を引っ張って、一隻のループストライカーの前に連れてきた。その機体は他の物と違い表面は光沢のない白色で糖衣が掛かっていない大きな錠剤の様だった。
「エルシャナ………志門、私の船だ」ミカは悲しくも懐かしそうにポツリと呟いた。
志門が船に触ろうとするとマーナが制止した。
「触ってはダメ、この機体は修復中なの。それとミカ、辛いかもしれないけど……」
「分っています、その先は言わないでください」
ミカはエルシャナが居ない事に気が付いていた。近づいても何の呼びかけも無く伝わって来るのは只の機械だったからだ。
「計画の今後については近く評議会から通達があります。それまでは志門君に付いていてあげなさい。それから…」
志門はこの会話の含みに何があるのか理解のしようがなかった。ミカとマグダレネの会話の中、志門の目は不意にミカのループストライカーの奥に在る物を映し出した。
それは表面が黒色だったが流線型のボディに前縁カナードと後退主翼を持ち双発のターボプロップエンジンが着いた小型機だった。
志門は走って近づくとミカの方を向いて叫んだ。ミカは志門の声が聞き取りにくかったので自分も志門の方へ走った。
「志門、何て言った? 」
「地上の小型機じゃないか‼ 何故ここに在る?」
志門は更に近づいて機体に触れてみた。最初、黒色と思われた機体表面はよく見ると高温に晒されて酸化した様だった。
「機体が…瞬間的に高温に晒されたんだ。表面が焦げてる―――一体、何が?」
「……志門、そのエーテルドライブの機体………私が船を脱出する際、亜空間帯を発生させた時に巻き込んだんだ。その機体には…」
ミカは俯いて床に視線を落としていたが顔を上げてマグダレネの方を見た。
マーナは仕方ないな、といった感じでミカにこう言った。
「もういいわ、ミカ。全部、吐いてしまいなさい」
マグダレネからそう言われたミカは志門に縋り付くように抱きつくと顔を志門の胸に埋めて泣きながら謝罪した。
「私には志門が過ごした――8年間の辛さを背負うことも償うことも出来ない……志門、ゴメン………私のせいなんだ…」
「ミカ、何言ってるんだか僕には訳が―――まさか⁈ 8年間、8年前に確か、ミカは船を…僕の両親も―――この小型機なのか‼ 父さんと母さんが乗っていた機体は。父さんと母さんは…」
マーナは志門に走り寄ると志門の心が大きく乱れる前に次に継ないだ。
「安心しなさい、志門君。今から会いに行こうとしている、その人よ」
マーナは二人を連れてドームを抜け通路に入ったところの部屋の入口を示す黄色の枠の前で立ち止まった。
「ここで私が呼ぶまで待ちなさい」
そう言うとマーナは壁の中に消えた。
マーナが部屋の中に出ると年輩の男性と女性が居た。
「こんにちは、来門さん、志津香さん。今日はご機嫌は如何ですか?」
マーナがそう言うと志津香が近づいてきて言った。
「あなた、また来たのね。いい加減に内の主人にベタベタするのは止めてくれないかしら」
「ベタベタだなんて……私は自分の気持ちを正直にご主人に伝えているだけですよ。ネェ、来門さん」
「まあ、志津香いいじゃないか。こうして彼女が話をしに来てくれるだけでも私は嬉しいんだよ。彼女が来てくれなければ此処に何がある」
「私では不足とでも――」
「そうは言っていないよ」
二人が揉め事を起こす前にマーナは本題を切り出した。
「今日、私が来たのはお二人に会ってもらいたい人がいるからです―――二人とも入っていらっしゃい」
マーナが呼ぶと壁から志門とミカが出てきた。
来門と志津香はミカのことは当然知らなかったが志門に対しては間違いなくどこかで見た、という顔をした。
8年の年月は志門を少年から大人へと大きく変えていた。
お互い顔を見合わせる来門と志津香に志門は声を掛けた。
「お、お父さん、お母さん……」
志門はそれ以上言葉が続かなかったが代わりに大粒の涙がポタポタと床に落ちた。そして涙が落ちたことさえ志門は気が付かなかった。志門の見た両親は予想以上に歳をとっておらず、それが返って行方不明になった時の記憶を強く思い出させた。
「まさか…………志門、志門なのか⁉」と来門は驚き自分の耳と目を疑った。
志津香は志門の所へ駆け寄ると手で志門の顔と肩に触れ、それが間違いなく志門であることを確認すると抱き着いて号泣した。
暫くして三人が落ち着くとマーナは来門と志津香に事の次第を説明していった。そして説明の終り方に次の言葉で結んだ。
「私たちの計画のため貴方がたご家族には8年間という長い年月、言葉では形容できない程の辛い思いをさせてしまいました。
私はこの計画の主任として全霊をもって貴方にお詫びをするつもりです」
マーナとミカは揃って頭を深く下げた。二人の誠意ある態度に来門と志門は何も言わなかったが志津香は納得のいかない様子でこう返した。
「どうお詫びをするのかしら。マグダレネさん、説明して頂ける」
それを聞いた来門は厳しく志津香を制止した。
「やめないか‼ 志津香。私たちは確かに8年の間、辛い思いをしたかも知れない…………しかし、今こうして志門とも元気で再会することが出来たんだ。その上、彼女は全霊でお詫びすると言っている。君は彼女にそれ以上、何を課そうというんだ」
来門はマグダレネに近づき自分の妻の非礼を謝罪した。
その時のマーナは言葉にこそしなかったが表情は来門を慕っていた。
マーナは暫くしてミカに志門を迎えによこす事を伝えるとミカを連れて部屋を出た。
部屋は志門の家族だけになった。
来門は志門に腰を下ろすよう勧め、志津香も志門の隣に座った。
志門は何気なく母の志津香に飲み物を頼んだ。が、それを聞いた両親は顔を見合わせた。そして来門が言った。
「志門は此処に来てそんなに時間が経たないから地上の生活習慣が残ってるんだな。志門、実際喉が渇いたりお腹が空いているのかい?」
「いや……そういえば此処に来て何時間―――かなり経ってるけど何も口にしていない割には渇きや空腹は無いよ」
「私たちが身につけているブレスレットと金属の被服の様なものが体に必要な事を全部行ってるらしい。これを身に着けてから体の調子が凄く良くなったんだ」
志門はそれを聞いて両親が思った以上に老けていない理由を納得した。
話は両親と志門が離れ離れになった後の部分に移った。
志門はその後の8年間の苦労や自分を支えてくれた叔父さんたち家族の事、又、仲間や亡くなった彼女の律子の事、家に突然現れたミカの事を話した。
「そうか……乃門叔父さんや理子叔母さん、従姉の理乃ちゃんが志門をしっかり見ていてくれたんだな、有難い事だ。それと志門にも彼女が出来たんだな………亡くなったのは残念だった…お前にとって辛い出来事だったんだな。だが、お前は未だ若い、可能性は幾らでもある、亡くなった彼女の為にも前を向こう、志門」
父、来門の言葉は深く暖かかった。暫し忘れかけていた家族の暖かさや、その存在の有難さを志門は今、改めて感じた。
「それと家に落ちて来たドバルカインの娘…さっきマグダレネさんと一緒に居た子か? 名前はミカさんだったかな? それにしてもここの娘は綺麗な子が多いな」
「あなたっ‼ いい加減にしてね」と志津香は来門に凄んだ。
「いや、綺麗な子が多いって言っただけだよ―――ミカさんは良い子だよ、真っ直ぐな感じがする」
来門がそう言うと志門も相槌を打った。
三人の間に暫く歓談が続いた。やがて時間が経ちミカが志門を迎えに来た。
志門は部屋を出る前に両親に言った。
「地球に帰ったら叔父さんたちに伝えておくよ、二人とも元気だって」
それを聞いた来門は「ウ~ンッ…」と唸って腕組みをすると志門に向き直ってこう言った。
「そいつは……難しいかなぁ」
来門はそう言うとミカへ一つ、お願いをした。
「一緒に自分たちの部屋へ帰ったら志門に説明してやって欲しい」
ミカは頷くと志門を連れて、そのまま部屋の中から転送した。
戻った部屋にはマグダレネが待っていた。
「お帰りなさい、志門君。どうだった、ご両親との再会は」
「今まで二度と会えないと思っていたので凄く嬉しいです、ずっと心の中にあった不安が消えたみたいで気持ちが軽くなりました。
そろそろ僕、帰らないといけないので―――」
「ダメなんだ」とミカが割って入った。
「えっ⁉ どうしてなんだ、ミカ」
マグダレネは先ず二人に椅子に腰を下ろすよう言うと、自分も座って説明を始めた。
「此処に来た人は戻れない事になっているの。来た人と私たちの安全を確保するために設けられた最重要規則なのよ。
あなたが無理に帰ろうとすれば私たちはあなたを処断しなければならなくなる………仮に戻ったとしてもハァシュタン―――地上では反対者、サタンと呼ばれる者がどんな手を使ってでも、あなたから必要な情報を引き出そうとするでしょう。
8年前にミカのループストライカーが地上に墜落しそうになった時から反対者の追跡が始まっているの」
志門は大きく動揺していた。それを知ったミカはマグダレネに暫く時間を置いてもらう事と自分が説明する事を申し出た。
「分かったわ、ミカ。だけど余り時間が無い事はあなた自身がよく知っている、少し急ぎなさい」
そう言うとマグダレネは部屋を出た。
志門はミカに迫って聞いた。
「ミカ、僕は………帰れないのか⁈ 家はどうなる、理乃や叔父さんたちは…」
ミカは視線を逸らして眉を顰めながら答えた。
「済まない、志門。私がドバルカインの事を志門の家の部屋で伝えたかったのはその為なんだ。向こうで伝えていれば………或いは、こうは成らなかったかも知れない。
だが、此処へ来なければ志門は家族に会う事も無かった―――志門、全ては “その時 ”が許されているか否かなんだ。もっと解り易く言うと全く何の関係も無ければ私自身が志門を知る事は無かった」
志門の気持ちは次第に落ち着きを取り戻していった。確かにミカとの出会いや此処で両親に会えた事は偶然とは思えなかった。
(僕が両親に会えるように成るためにミカは自分の部屋に現れた、いや遣わされたと考えるべきなのか………ミカ自身も僕と両親が会えた事に安心してくれているし、本人も心の重圧が退いたと言っている、これが僕以外ならどうだろう…………全て関連性が無くてバラバラな出来事だ)
志門は横に座っているミカを見、ミカも志門を見た。志門は自分の手をミカの手の上に置いた。更にその上にミカが手を重ねた。暖かな心地よい気持ちが手の温もりと一緒に伝わってきた。
ミカは志門の気持ちが落ち着いたのが分かるとハァシュタン、反対者の説明へ話の方向を振った。
「実のところ、私がループストライカーから脱出した時に8年間の時差が出来たのは反対者の追跡から逃れやすくなる事と志門に出逢う事だったんだ。
アベルの科学は時空や次元を支配している霊子の存在を十分に理解できていない。8年の時差が出来れば直ぐに追っては来れない」
「サタンが何故、ミカを追うんだ?」
「志門も聖典を読んで知っていると思うけどハァシュタンの最も嫌うものは何だ」
「神の特性である愛や公正、義と言ったものかな?」
「私たちの次元探査は霊の領域にまで及ぶ。全て『ヤーワァ』に近づくために行われる、これを反対者が喜ぶ訳がないんだ。それともう一つの理由は私が霊子界からこの物質世界に召喚された者だからだ」
志門は首を傾げた。
「ミカは普通の人間じゃなかったのか?」
「勿論、体は普通の人間だ。だけど、自分で言うのも何だが霊性は少しだけ高いそうだ。自分で意識したことはないが―――」
「よく分からないな? だけどミカは容姿がとても綺麗だし………それはミカの霊性を表わしているってことなのか」
「私が人間として形造られている部分に関してはそう言えるかも知れないが全てに当てはまる訳じゃない。あの反対者ハァシュタンでも造る物全ての造形が醜いわけじゃないんだ」
ミカは腰をずらして志門に近づき目を合わせると真実な言葉でこう問いかけた。
「人間の誤ちは何だと思う。私たちの祖先、一対の人間は完全だった………それを間違わせたのが反対者ハァシュタンだ、完全だった彼らが何故、過ちを犯したんだろうか」
志門は腕を組んで考えたが質問の真意が分からなかった。
「悪いが質問の意図が見えない……」
「済まない、ここからの話は形や数値で想うようなことじゃなくて、ニュアンスや想いそのもので判断する部分になる。
先の質問を逆に言うと完全な人間なら間違いを犯さないか―――ということだ」
それに対し志門は次の様に答えた。
「頭や肉体の完全性と間違いを起こすか起こさないかは別の次元だと思う」
「良い答えだ。そう、次元が違う………最初の人間は物質的な表層面以上にもっと深い根本的な部分で傷を負わされてしまったんだ。その内、物質的な表層面にまで傷の影響が現れてきた―――」
「ミカは霊性が高いって言ってたけど―――元々深い傷はなくて完全なのか?」
ミカはフンッと短い溜息をすると立ち上がって志門に言った。
「完全だなんて…………志門、そんな人間はいないよ。私がどのように此処へ召喚されてどのようになって魂の寿命を全うするか―――今から教えるよ」
ミカは志門を連れてある場所へ転送した。そこには幾つものカプセル状の物が並んでおり、その端には大きな正方形状の箱が設置されていた。ミカはカプセル状の物を横切って正方形状の物の前に来て指さした。
「私は此処で霊子の状態から原子の状態へ移されたんだ」
志門は周りのカプセル状の物を見てミカに尋ねた。
「周りにあるカプセル状の物は?」
「私たちの仲間、ドバルカインの構成員を作るためのものだ。志門、私たちは長い歴史の中で組織を維持するために敢えて女性という性を選んできたんだ。男性の優れている部分、力や空間認知能力や統率力といった部分はディバイス(機械)に任せて女性の優れている点、様々な事に同時に広く対応できるという部分や協調性といった部分を生きた人間として選んだんだ」
「それで男性という “性 ”が無かったのか。だけど不自然だ。こんな方法で…」
「分っている、自然の有を用いないやり方、意図的に捨てたその責はいつか負わなければならない………」そう言うとミカは再び正方形状の物を仰いだ。
「この正方形状の物はディスプライザーといって霊子形態のものを物質形態に創造展開する装置だ。ループストライカーのメサイヤ、パイロットの私や霊子空間接続技官や律法義委員のレビ達は私と同じ様にこの装置で具現化される―――私の名前に “ELLE ”が付くように彼等にも同じ文字が名前の中に入るんだ。
それと魂――――そちらの言葉では身体や体全体でいいと思う。その寿命はその者が行うミッションによって異なっているんだ。私のようにメサイヤーーパイロットとしてミッションを行なう者はその期間だけの寿命なんだ………元々霊子形態のものを物質として展開するのは『ヤーワァ』、神の意に反することだ。志門は聖典を読んでいるからネフェリㇺの事は知っているだろう………それを差し引いて目的外の寿命は―――無い」
ミカは志門に背を向けたまま肩を落として言った。何か言いようのない悲しい感情が志門に伝わってきた。
続けてミカは言う。
「でも…それでいい、ドバルカインが『ヤーワァ』に近づくためなら私は自分の出来る事をする、その為に此処に呼ばれているんだ」
暫くミカの話を聞いていた志門は感情を抑えきれなくなりミカに駆け寄ると両肩を持ってグルリと自分と向き合うように回し叫んだ。
「嘘だ…嘘だぁっ‼ ミカッ、本当の自分は―――本心は違うって言ってるじゃないかっ‼ 何で自分に正直じゃないんだっ、本当のところはどうなんだよ……僕は、僕の気持ちはミカが居なくなるなんて望んでいないんだ‼」
その頃、マグダレネはレビのチーフテン、ルーファELLE・シアーナと律法義委員のロタELLE・ファトと共にドバルカイン最高評議会議長のエルメラから正式に次元探査計画の継続の通達を受けていた。
エルメラは今後のミッションの進展についてどのような事が起こるかその可能性をロタに尋ねた。
ロタは空間に資料を展開させると重要な事柄について幾つか口述した。
「84回目になる本計画の従来とは大きく異なる点について幾つか説明をいたします。先ず―――
①ループストライカーの航路異常。②[無のパラレルサイト]の出現。
この二項目は空間接続技官の資料から連動していると考えられます――――次に……③アベルとの接触です。
三番目は最も従来と異なっている点です。今まで計画はカインの中だけで行われ成功を収めてきた訳ですが………… 」
ロタは言葉を止め暫くして議長のエルメラの方を向いた。
「…………続けよ」とエルメラはロタに指示した。
「アベルの関与がなければ本計画は成功しません。この点についてはクライシストのチーフテン、マーナ・マグダレネが説明します。」
マーナは前に進み出ると右手の拳を左の肩に載せて一礼すると説明を始めた。
「ループストライカーの運用に関して、です。メサイヤのミカ、計画の継続発動時にはメインシステムに置き換えられる者ですが寿命が足りません。エネルギー自体はループストライカーに保持され続けますがシステムの意識―――航法システムは完全にダウンします。この場合、サブとしてパイロット、メサイヤの存在がある訳ですが、これにアベルの青年、ミカELLE・カナンが地上で遭遇した風早志門が選ばれているのです。」
マーナの説明を補足するため空間接続技官のルーファが前に出てマーナの横に並び説明を加えた。
「アベル風早志門以外の者でメサイヤの候補を立てシミュレーションを行ったのですが何れも霊子波形が大きくマイナス側へ傾きました。
風早志門以外では霊子界側が受け入れを拒んでいる、と考えられます。」
「ロタの意見はどうか? 」とエルメラは尋ねた。
ロタは最後の口述としてこう答えた。
「無のパラレルサイトでアベルとカインが協力して新たな世界が創造される………この計画の趣旨である私たちの時間軸の存在理由はそのために在った、というのが結論です。
アベルとカインは長い間敵対関係にありましたが『ヤーワァ』はこれに終止符を打たれる………と考える事も出来ます。
何れにしても本計画に於いて次元探査計画が行われてきた意味そのものを知ることになります。」
議長エルメラは立ち上がって会議を閉会させ『ヤーワァ』に祈りを捧げた後、三人に対して急ぎ計画を続行するよう指示を出した。
本部に戻った三人の内ルーファがマーナに尋ねた。
「アベルの青年、風早志門だったかな? メサイヤに選ばれた事は言ったのか」
「まだよ、彼は家族に会ったばかりだし此処に留まるよう勧めただけ。今、ミカが彼に対応しているわ」
それを聞いていたロタは急ぐようマーナに言った。
「時間が切迫している、全ては『ヤーワァ』が用意して下さっている道筋だが、今それを意識の上で計らなければならないところまで来ているんだ。
マーナ、急いでくれ。全ては時とタイミングなんだ」
「分かった、ループストライカーの修復も明日完了する、直ぐにリマスターの準備に入るわ。志門君の…彼の説得は私が行なう」
「もし彼が拒否したら…」とルーファが言った。
「拒否などしない‼ 彼は『ヤーワァ』に選ばれた器なのよ。必ずループストライカーに乗るわ」
その時呼び出しがありロタが受けた。
「今、チーフクラスで話し合いなんだ…………何だとっ⁉ メサイヤのミカとアベルの青年が………了解した、直ぐそちらへ行くっ!」
「何かあったの?」とマーナはロタに聞いた。
「ミカとアベルの志門が喧嘩をしている‼ 場所はディスプライザーの……個体生産の重要棟だぞっ! 一体何をしているんだ⁉」
三人は直ちに現場へ空間転移した。
そこで三人が見たものは一方的にやられている志門の姿だった。
倒れてはミカに立ち向かう志門と、それを軽くかわしながら攻撃の手を緩めないミカだったが二人とも泣きそうな顔で格闘していた。
マーナが二人を見て伝わってきた感情は決してお互いが憎いのではなく相手のために自分の我を通そうとしているのが分かった。
ルーファとロタが二人を引き剥がすとマーナはミカの方に走り思い切り顔を引っ叩いた。マーナの細い腕が鞭のようにしなった。
「このバカがっ―――一体何をしている‼」
いつものアベル訛りは消えカインの話し方になっていた。
マーナは二人を床に正座させると喧嘩の原因を言うよう指示した。
最初に志門が答えた。
「ミカはこの計画で自分の寿命を終えることを肯定している………でも本当の気持ちはそうじゃないんだ。それで―――――何で自分の気持ちに正直じゃないのかってミカを責め立てたんだ」
マーナはフ~ンといった感じで聞いた後、ミカにも理由を聞いた、
「志門の気持ちは嬉しかった、だけど―――余り責め立てるんで私は志門の考えは人間の感情から出たもので『ヤーワァ』の意思じゃない…そう言ったんです。それでも志門は聞かなかったので、それなら此処で私と格闘して勝てたら言うことを聞こうと――ゥグァッ‼」
ミカが言い終わる前にマーナの蹴りが入った。志門はその行為に驚くと同時にミカを庇うために盾になった。
「何もそこまで――」
マーナはしゃがみ込むと志門の顎を掴みこう言った。
「志門、お前がミカに勝ってたら大変なことになっていた。蹴りを入れたぐらいじゃ足りないんだよ‼ それと此処は私たちの個体を生産する神聖な場所だ………そうだ、志門!」
「ふぁっ⁉」
志門はマグダレネに危険なものを感じた。そして次の言葉でカインの血というものを思わずにはいられなかった。
「私がお前の神聖な場所になってやってもいいんだぞぉ、お前の個体を私が作っ――」言い終わる前に志門の前からマグダレネが消えた。
志門は大きく息をするとその場にヘタリ込んだ。
ルーファが志門にマグダレネをメンタルチェッカーに転送したことを告げた。
「鎮静剤を入れるよう言っておいた。心配しなくていい………あれはカインの発作みたいなものだ。程度の差はあっても此処では皆持ってる “カインの血 ”なのだろうな」
隣にいたロタが言った。
「マーナは発作が起きるとひどいからな、ここ数年は見なかったんだが――志門君? だったかな、気にしないでくれ。マグダレネは根はいい奴だから―――
しかしチーフテンの職責では際どい発言だったな、そこに居るサンヘドリンの憲兵に引っ張られるところだ」
「えっ⁉ 居たのか、サンヘドリン?」
ルーファは今気が付いたように少しだけ離れて立っている憲兵を見つけて言った。
憲兵は二人で近づくとタブレットの様なものにサインを求めた。ルーファは志門とミカにマグダレネの名前で署名するように言うと帰り際にこう言い残した。
「私は君たち二人が心の底から羨ましいよ………私も異性と今あったような諍いをしてみたいものだ。ミカ、志門…良い世界を創ってくれ」
志門とミカにはその言葉の意味が分からなかったが何故かそれは心の奥底へと沈んでいった。




