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カインの使者  作者: 天野 了
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「ドバルカイン」

志門は自分の部屋でミカの秘密を聞く直前、転送されてきたドバルカインの兵士に拘束され、カインの都市セイルへ連行される。そこでは地上では見たこともない景色が広がっていた。巨大なドームの中に立つ窓のない建物、整然と敷かれた道路? 個室に監禁された後、志門を迎えにきたのはミカと彼女の上司、次元探査計画を統括する上級組織クライシストのチーフテン(責任者)、マーナ・マグダレネだった。


志門はミカに、ここセイルとカインに長く伝えられている武器「カインの剣」の説明を受ける。その武器は現在のカインの技術をもってしても作り出せない高度なものだという‥…


しばらくミカの説明が続いているなか、マーナは補佐官(霊子空間接続技官)のルーファELLE・シアーナと共にカインの最高評議会“ケルブ”と“セラフィム”の両委員会に対し次元探査計画の継続について話し合っていた。

第六章 「ドバルカイン」



 ミカにはそれが空間転送であることが直ぐに分かった。次に目を開けると数人の女性が二人を取り囲んでいた。


 最初、ミカは救助隊かと思ったがボディーコーティングの形状が異なる事と階級章があることに気がついた。ミカは志門を守るように後ろに下がると、その女性たちに向かって叫んだ。

 「サンヘドリンの武装憲兵が何故ここに居る‼」


 ミカがそう言うと一人の女性が答えた。

 「ドバルカインの最高評議会、ケルブとセラフィムの命によりメサイヤ、ミカELLE・カナンと、そこにいるアベルを本国に拘束連行する」

 志門は何かを言おうとしてミカの前に出た。数人の女性の内の一人が「寝ていろ」と言うと志門はその場に崩れた。

 「何をする、ここに居るアベルは何もしていないぞ‼」

 「ここでオマエには発言は許可されていない、言い開きは帰ってからにしろ」


 そう言うとその女性は転送を指示した。

再び目の前が眩しく光り目を開けると別の所に居た。ミカと志門は一つの部屋に入れられたがミカと志門の間にはシールドの様なものが存在しミカは志門に近づくことが出来なかった。


 気が付いて起き上がった志門はミカに言った。

 「何で近づけないんだ、それに此処は何処だ?」

 「志門、これは霊子バリヤだ。物理的な障壁じゃない、根本的に近づけないんだ。そして、ここは多分――私を回収に来た護送船の中だ」


 志門は部屋を見回した。壁全体が発光しており照明の光源というものが無かった。更に閉鎖された空間でどこにも出入り口が存在しなかったが壁面の一部に黄色の枠が示されていた。

 「この空間にどうやって入れられたんだ?」


 ミカはギリギリ志門に近づくと手短に説明をした。

 「船は気基本的に閉鎖構造だ、出入り口は緊急の際に一ヶ所だけブロックを外したり通り抜けれるようになっている、そこの黄色い枠、原子間隙通路だ―――ここへは空間転送、空間接続ともいうが、その方法で移されたんだ」

 

志門もギリギリ、ミカに近づける所まで近づくとこう言った。

 「これから――――どうなるんだっ⁈」

 ミカは出来るだけ志門を落ち着かせるため次の様に言った。

 「志門、心配しなくてもいい、これから行く所は私の国なんだ。私が自分の素性を説明する手間が省けた……が、志門、一つだけ約束してくれ」

 「何だ?」


 「向こうに着いたら私と志門は別々にされるかもしれないが絶対に暴れたりしないでくれ。私が側にいなければ、どうしようもない………心配するな、私の国の人間は無闇に人を殺めたりはしない。が、アベルに対しては厳しい見方をしている、言われた通りにしてくれ」

 「分かった、そうするから、後で必ず会いに来てくれ」


 ミカは頷くと次に天井を仰いだ。言葉や音声ではないが再び転送する、というイメージの様なものが頭へ入って来た。

 「志門、船はもう私の国に着いている、都市へ転送される……慌てないでくれ」

 「馬鹿な‼ 未だ数分も経っていないし船が揺れてもいない」


 ミカは床をパンパン叩いて志門の注意を自分の方に向かせた。

 「もう一度言う、絶対に慌てたり騒いだり暴れたりしないでくれ。これから志門が観るものは地上の風景とは全く違うんだ」


 再び目の前が眩しく光り、気が付くと都市の大通りの様な所に居た。そこで二人は別々にされた。


数人の護衛か兵士のような者に志門は両側から腕を組まれて引き摺られるように歩かされ、その間、志門は周りの状況を確かめた。


建物は地上で見るビルの様だが窓は一切なく壁は志門を連れて歩く者が着ている物と同じ金属質の輝きを放っていた。更に志門は上を見上げると巨大な天蓋が都市を覆っておりクリスタルの様な透明な部分には真っ黒な夜空に星が輝いているのが見えた。

次に志門は自分の両脇を組んで歩いている護衛のような者を見た。


女性で顔立ちはミカに共通するものがあった。全身を覆っている金属質の物はミカが着ていた物と同じだったが全体のデザインが少し違うことと頭部のヘルメット形状の物と繋がっている点で、行う仕事の職種を表しているように思えた。


 志門は少しだけ、この女性たちに話しかけてみた。普通に会話が出来ればミカが額に埋め込んだクロスライザーで相手が何を考えているか分かると思った。

 「お姉さん達、僕を何処へ連れて行くつもりだ?」

 次の瞬間、頭に強い衝撃が走り志門は首をガクッと項垂れた。


鼻から血が垂れるくらいのショックだった。両脇を組んだ手は動いていない、素手で何かされた訳ではなかった。


 脇を組んでいる女性が志門に警告した。

 「アベルよ、今は口を開くことは許されていない。もし、おかしな事を口にしたり暴れたりすれば私たちはお前に対して石打を許可されている」

 志門は歩いている通りを見回したが石ころなど何処にもなかった。

 (石打? 昔、ユダヤの古代国家が罪人に対して行ったアレか………どこにも石なんか無いから―――恐らくイメージだけでそうする事が出来るのか)


 女性からは何の感情も伝わって来ない、クロスライザーの精神や感情交換を遮断するシステムがあるのだろうと志門は推測し、もう一度だけ会話を試みた。

 「お姉さんの名前は――」

 言い終わらない内に志門の意識は完全に飛んだ。




 志門が目を覚ましたのは気を失ってから暫く経ってからの様だった。志門は手で鼻の辺りを触ると垂れた鼻血がガビガビに固まっている。

周りは狭く小さな空間の様だが壁全体が発光するシステムに目が慣れていないせいか中々距離感が掴めずに居た。次に気がついたのは衣類を全て脱がされていたことだった。


 そこで数時間が過ぎたかのように思われた、その時、壁の中から二人の女性が現れた。

一人はミカでもう一人は少し年配で背の高い女性だった。年齢にして二十七から三十才辺りだろうか……


 ミカは志門に駆け寄ると肩に手を添えて軽く揺すると、こう言った。

 「志門、大丈夫か⁉ 酷い事はされなかったか」

 「これが酷くなくて何なんだっ‼ 随分なもてなしだな……世界のどんな国でも戦争でもしてなければこんな事はないよ」

 ミカは戦争という言葉を聞いて眉を顰めると少し俯き、志門に方を向くと短い言葉で言った。

 「理由があるんだ…」

 側に居たもう一人の女性がミカに志門を連れて出るよう促した。ミカは持ってきたブレスレットを志門の手首に装着すると例の金属膜の様な物が志門の身体を包み込んだ。


 「志門、この部屋を出よう」

 ミカは志門の手を引いて壁の中に入った。志門は引っ張られて例の黄色の枠のある壁面に当たる瞬間、目を閉じたがまるで何も無いかの様に向こう側へ通り抜けた。

そこには志門を連れてきた二人の護衛の様な女性が立っておりミカと共に来たもう一人の女性に対し、敬礼の様な仕草をした。彼女等は直立した姿勢で「ドバールカイン‼」と叫ぶと右手の拳を左肩の上にもってきた。


 ミカと共に来た女性は転送を指示した。

 「クライシスト本部、2039へ転送」


 志門、ミカとその女性の三人は別の部屋へ出た。周りの風景を見ながらの移動と違うため志門の方向感覚はおかしくなっていた。

 「方位が判らなくなってるのか、志門。此処では地上の方位は適用できない」

 そう言いながらミカは床に向かって指を何回か指すと床の一部が盛り上がってテーブルと椅子が形成された。

 三人は椅子に腰を下ろすとミカと共にいる女性は志門に挨拶をした。

 「初めまして、私はクライシストのチーフテン、マーナ・マグダレネ。この度はメサイヤのミカを助けて下さり有難うございました」


ここへ連れてこられた時の応対の違いに志門は呆気にとられながらも、この礼儀正しい女性、マグダレネの姿に視点が固定していた。


それは女性を見る者を魅了する要素の全てが彼女に納まっているような気がしたからだった。

 「私はレビと会議がありますので―――後はミカが必要な事を説明します。では、ミカ、後を頼みます。志門さん、私はこれで失礼します」

 マグダネレは部屋から出るまで志門を見続けていた。お互い視線が合う、志門はその理由を考えようとした。その時、ミカが言った。

 「チーフは志門を慕っているのかな? 昔はあんなアベルの女性が使うような言葉は聞かなかったんだが………」

 

志門はミカの手に自分の手を重ねた。

 「ありがとう、ミカ。色々と手を回してくれたんだ」


ミカは志門の方を向くと真面目な顔になった。

 「状況が複雑なんだ、志門。順を追って必要な事を説明するから聞いてくれ」


 志門は少し緊張した面持ちで頷いた。

 「私は8年前に船、ループストライカーから脱出した時に時震に巻き込まれて現在の志門と出逢っている、私の本当の年齢は志門より少し上なんだ。現状では差支えはないが――気に留めておいて欲しい」

 「年齢にこだわりがあるのか?」

 「そうじゃない、年輩の私を志門は許容できるのか、という事なんだ」

 「ミカはミカだよ、僕は年齢じゃなくて人を見ているんだ」

 「良かった―――いや、了解した。次…そっちで言うところの入国手続きだ。ここからが志門の家で私が言おうとしていた事で出来れば家で話したかった。


 志門に私の正式な紹介をする。私の国は此処、ドバルカイン。言語の意味は鉄を鍛える、また銅を精錬する者という意味だ。そして都市の名はセイル、私はこの都市で生まれたんだ。私たちは自分の持つ科学力を全て『ヤーワァ』に近づく為に用いている。


 私は創造の遠源『ヤーワァ』を探求する為に起てられた霊子次元探査計画の第84回目のメサイヤ、そちらの言葉では単にパイロットでいいと思う。さっき会ったチーフテン、マグダレネはメサイヤを統括する上級組織のクライシストと呼ばれる部門の人間なんだ―――志門、解りにくいか?」

ミカは志門の感情を察して説明を一時止めた。


 「初めてだから、僕には難しいな……それよりも僕が知りたいのは何でドバルカインはアベルに、僕たち地上の人間に対して厳しい見方をしているんだ」


 ミカは壁の所に行って手を突っ込むと分厚い本を取り出した。

 「これは志門たちの国では聖書とかバイブル、又はホーリースクリプチャーと呼ばれている物と同じだ。

 私たちもこの宇宙を―――いや人間を創造された方を崇拝している」

 「宇宙人も神様を信じているのか?」

 それを聞くとミカは腕を組んで手を額に当てた。

 「志門は根本的な勘違いをしている。いいかい、志門、アベルとカインは地球外の人間だったか」

 「いや……地上の人間でアダムとエバの子供だった」

 「そうなんだ、私たちカインも元々、地上の人間だった」

 「元々? 今はどうなんだ、ミカ」

 「その部分は、もう暫く後で話すから………志門はアベルとカインの行を聖典で読んで知っているだろう、アベルを殺したカインは地を追われたんだ。私たちの先祖は血の復讐者を恐れて逃亡の旅を続けた。」

 「ちょっと待って、ミカ。創世記にはカインに復讐する者は神から七倍の復讐を受けると記されていたけど………」


 ミカは聖典を胸に抱くと少し俯いて志門に答えた。

 「その後がある………実際には自分の命さえ顧みない血の復讐者が大勢で私たちの部族を取り囲んだ。武器が急速に発達したのはその時からだ、だが志門、誤解しないで欲しい。カインだけが特に優れた武器を持っていた訳じゃない。アダムから三世代くらい迄は、まだ人間の不完全さが顕著に表れていなかった。今では比べ物にならないくらい脳の使う領域が大きかった。私たちの推測では恐らく脳の95パーセント以上を使っていたと想う。当時の人間の技は今の私たちですら真似が出来ないんだ」


 志門は驚いた様子で目を大きく開きテーブルに手を置いたまま腰を浮かせた。

 「馬鹿な‼ 今ここで見る物でさえ夢の様なのにこれ以上の物があるのか⁉」

 「志門は人間の本当の力を解っていないんだ………」

 そう言うとミカは志門の腕を掴んで引っ張った。

 「アーカイブ00001、『カインの剣』へ転送」


 二人は大きな空間へ転送された。巨大なドーム状の部屋の中央に頑丈なカプセルの様な物の中に何かが保管されていた。

それは一見、錆びれた剣の様であり、その刀身は錆を噴いていたが刃先は緑色に発光していた。


 志門が覗き込もうとするとミカが制止した。

 「そこまで‼ これ以上近づくと危ない」

 志門はキョトンとした目をしてミカに言った。

 「触りもしていないしカプセルで保護されてるから触り用もない。安全じゃないのか?」


 ミカは志門の手を引いて三歩程カプセルから離れるとこの剣について説明した。

  「これは見た通りの剣だ。材質はドバルティックタイト、そっちの言葉では普通の鉄だ。これが造られたのは六千年以上前だ」

 「そんな訳はない‼ この程度のサビの噴き方だと多く見積もって七百年以下だ。それも手入れをしながら、でだ。普通の鉄が六千年も保つ訳がない!」

志門は既に怒鳴っていた。


 ミカは志門の気持ちが大きく乱れているのを感じると部屋の床を椅子に形成させ、志門を座らせて傍らに自分も腰を下ろした。

「志門……詰まらない話ばかりで悪いと思っている―――だけど私は志門になら話したいと思った、志門ならきっと分かってくれると思ったんだ………」


 それを聞いて志門はハッとした。そして今の自分の気持ちの状態が酷く不安定になっていることに気が付いた。

 「ゴメン、ミカ。色んな事があって、僕は…きっと疲れてるんだ、自分でも気が付かなかった」


 暫くの間、無言がその場を支配した。志門もミカも、どう切り出せばいいのか迷っていた。


 間を置いて二人は同時に言った

 「あのさぁ――――」と志門。

 「説明を――――」とミカが発した。


 「どうぞ」

そう言ってミカは志門に譲った。志門の家の時の事を真似て言ってみたかった。

 そしてミカが譲ると志門は少し嬉しそうに言った。

 「僕の家の時と逆だね、今度はミカに譲られたよ。フフッ…」

 

 続けて志門は言った。

 「どこか景色の良い所はないかなぁ、気持ちを落ち着かせたいんだ。公園でもいいんだけど―――」

 「それなら都市の公会堂へ行こうか、あそこなら宇宙や星も見えて綺麗だ」


そういうとミカは転送せず今度は歩いてその場所まで志門を案内した。


 暫く歩いただろうか、距離にして約5キロ程―――しかし、志門の身体は全く疲れず喉も乾かなかった。


 都市の公会堂はミカと同じ様なボディーコートを纏った女性が沢山いて各々が自由にしていた。

その中には詩を読む者、詩を歌う者や音楽を奏でる者、また、聖典を開いて朗読する者や研鑽する者で広場は埋まっていた。中には志門を連行したタイプの女性も二人ひと組で何箇所かに警官のように立って周りの状況を伺っていた。


 ミカは志門がその女性たちを見ているのに気が付いて言った。

 「彼女たちはサンヘドリンに属している、地上で言う警官と同じで都市内の安全を維持するのが仕事なんだ。が、何も問題が起こらないので閑職だそうだ。(! これって確かラントに言ったな……)」

 「いつもあんな厳しい顔をしてるのか、彼女たちに個人の楽しみとか有るのかな?」

 「勿論、シゴトは仕事、タノシミは楽しみ。志門たちの国と変わらないよ」

  「あの人たちの正直な本当の気持ちを聞いてみたいな……僕を連行したお姉さん達」


 ミカは公会堂の端に来ると路面に対して椅子を造るように言うと部屋で見たと同じ様に椅子が出来た。


二人は腰を下ろした。

外に面していると思われる窓からは真っ黒な宇宙と星が見えたが地上で見る夜空と異なり全くの漆黒であり星の輝きも揺らぎが無かった。

 「少し違う―――そう思っているんだね、志門」

 「星の光が……『瞬く』って表現があるけど、ここで見る星の光は豆電球みたいだ。せめて月でも出ていれば落ち着くんだが…」


 「志門、月は出ないよ。私たちはそこに居るんだから」

 「えぇぇえーっ⁉」

 志門は叫ぶと窓の方に身を乗り出した。ミカは座ったまま説明を続けた。


 「地球を見守ってきた衛星―――「地の証人」また「地を見守るもの」と聖典に記されている月に私たちは住んでいるんだ。そして都市は月の裏側、地球側に対峙する位置じゃないので残念だけど地球も見えない」

 「さっき僕がミカに質問した『今はどうなんだ?』の答えがこれなのか…」

 「私たちの住所の事は志門の家の部屋の中で話したかった」

ミカは最初と同じ言葉を繰り返している。それに志門は気が付いた。


 「何で家の部屋の中なんだ?」


 ミカは暫く外を眺めていた。そしてこう言った。

 「後で説明する。その事は一番………最後だ。先の剣の説明を続けても良いか?」


志門にとって、それはかなり強引に感じた。ミカから伝わって来る感情も自分を曲げているような無理が感じられた。

 「最後、か……………分かった、剣の説明を続けて」


 ミカは軽く頷くと先の説明を続けた。

 「あの剣は普通の鉄を鍛えた程度の物で剣の刃先も人の手によって研ぎ出した物だ。只、普通の剣と大きく異なっているのは刃先の厚みだ。私たちが造っても刃先にはどうしても厚みが残ってしまう。だが、あの剣の刃先の厚さは刃の先端に行くほど無限小なんだ。志門にはこの意味が解かるだろうか」

 「何となく………昔、数学の教授が本当の “線 ”には厚みや面積がないと言ってたけど―――もし刃先の線に厚みや面積が存在しないのなら物理的に有り得ないんじゃないか?」

 「あの剣には有り得るんだ。あの剣で切れない物は無い、物を切るんじゃなくて次元や空間を切る。刃先が発光していたのは次元や空間に干渉している為だ」

 「ああいう物をアベルとカインの双方が造っていた、と言うのか?」

 「完全に近い人間の手の技は私たちの想像も及ばない。ヤーワァが人間に与えて下さった能力を私たちの先祖は………最大限、悪用したんだ」


ミカは突き上げるような視線で志門を見た。それは志門たちアベル側も争いの責を免れない、と言っている様だった。

 「だが―――― 」とミカは言う、続けてこう言った。


 「志門や私は元々は仲間、志門の国では兄妹というのかな? アベルとカインも最初の一対の人間から出ている。私は仲間同士で争ったりするのは嫌だ………私は地上に落ちて、そこで志門や理乃、他の皆にも親切にされた。そんな皆と私が争うことなんて出来るだろうか」


 志門は視線を落としていたがミカを見てこう言った。

 「私は争いたくない…だけど周りは違う。私はどうすればいいんだ―――そう思ってるだろう、ミカ」

 ミカは黙って頷いた。


 「住んでいる場所で何人かが決まるんじゃなくて、その人の行いと言動で何人かが決められるって聖書には記されているよ……皆、分かっている筈なんだ……世界のシステムをもう一度作り直すしかないのかな…」

 「システムを作るのも人間だ。カインもアベルも最初の二親アダムとエバが罪を犯す前のような完全さは持ち合わせていない………どうすればいい、志門…」」

 「それは分からない………」



 その頃、クライシストとのチーフテン、マーナ・マグダレネはレビのチーフテン、ルーファELLE・シアーナと共に会議の席に着いていた。会議の内容はミカのミッションの継続か否かを決めるものだった。

 ルーファは霊子界と三次元界の往来を技術的な見地から支援調整を行う責任を負っていた。

ルーファは評議会ケルブとセラフィムの委員を前にして席を立ち今までのミッションの経過と新しく発生した『無』のパラレルサイトとの相関関係について説明を行っていた。


 「―――私は霊子空間接続技官としてデータを元に申し上げております。ループストライカー84の実体化と『無』のパラレルサイトの発生は時間的に見ても同期しています。霊子空間の波形を見てもプラス側に70パーセント……少なくとも船の往来は拒まれていません」


 そこで評議員の一人が言った。

 「残り30パーセントのマイナス要因は何か?」

 「メサイヤのミカELLE・カナンが地上で出会った青年がこのミッションに大きく関わっている分について完全ではない、というのが大筋です。評議員、過去のミッションに於いては常に100の数字を波形が示していました。しかし、これは完了形、霊子界に於ける許容範囲の中でした。

今回の『無』のパラレルサイトの出現は新しい世界の創造の予兆と私は考えています。そして霊子界もそれを否定していません。霊子波形のプラス側70パーセントはそれを証明しています」


それを聞いた評議員たちの間で色々な声がお互いに交わされた。次にループストライカーの状況について評議員は尋ねた。

これに対してはクライシストのチーフテン、マーナ・マグダレネが答えた。

「ループストライカー84号機のマスター、エルシャナは既に居ませんが残るミカELLE・カナンによってリマスターが可能です。船体の機械的修復も粗、完了しています」


リマスターと聞いて評議員たちは騒ぎ出した。多くの評議員たちが席を立ち口々に呟いた。

「ループストライカーのリマスターだと‼ 一体どのくらいの霊子エネルギーが必要か分っているのか」

「長い時間をかけて造られる船だぞ、普通の宇宙船じゃないんだ‼」

「この計画は失敗だった―――中止しろ‼」


マーナは両手を大きく振りかざすと思いっきりテーブルを叩いた。  “バンッ”という大きな音と同時に会議室内は沈黙した。


「ミカには時間が無いのです。それとも貴方がたは霊子界から迎え入れたあの子の―――ミカの魂を成果も出させず無駄に死なすつもりですか‼

この計画は失敗などしていない、ヤーワァの計画は………その口から出たものが成果を収めずに戻ってくることがない、ということを評議員、貴方がたは知っている筈です」


暫く沈黙が漂ったあと評議会議長のエルメアが声を発した。

「どの位の霊子エネルギーが必要か」

「私たちの都市、セイル全体の霊子エネルギーと釣り合います」とマーナは答えた。

その後直ぐに議長エルメラは会議を閉会させ祈りを捧げた後、全員を解散させた。


マーナとルーファはクライシストの本部室に戻った。


「マーナ、なかなか良い脅し文句だったな、感心したぞ。私がデーターを山ほど積んでも評議員たちは動かなかっただろう」とルーファはマーナを褒めた。

「脅し文句だなんて、当たり前のことを言わして貰っただけよ。霊子界から借りているミカを計画中止で死なせたりしたら計画参加者全員にヤーワァの怒りが臨むわよ」

「要するにドバルカイン全体に対して、だな………ところでループストライカーのリマスターを行った場合、都市全体の霊子エネルギーが必要になるのだろう? 都市の防備はどうなるんだ」


マーナは立ち上がって部屋の空間に都市のエネルギー配置と回復時間を表示展開させた。

「防備は後回しにして生命維持に必要な部分にエネルギーを回した場合、防備に必要なエネルギーの回復時間――――これは最低限の、だけど、957ホーラ掛かる事になる」


ルーファはテーブルに両肘を着いて首を擡げて言った。

「丸腰……って事だな。これをハァシュタンに支配されているアベルが見逃すだろうか?」


マーナはルーファに背を向けたまま呟くように答えた。

「それはない…」

「そうか………なら後はサンヘドリンとレギオンの出番という訳だ。が、霊子エネルギーが使えない此処の機械は只のゴミだからな」


マーナは空間に展開している表示を畳むと向き直って部屋を出ようとした。

「ルーファ、私はミカと志門君を連れて来門さんに会いに行くから」

「マーナはアベル訛りがひどいな、いつ頃からだ」

「8年前からよ」


そう言うとマーナはフフッと笑って部屋を出た。


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