『カインの使者』第三部 第8章「ミカ 霊子の魂」
行き詰った大深度地下に存在する物体の探査の打開策として、霊子世界の魂を持つミカを連れて来る事を望美とエディに約束する志門。一端自宅へ帰りミカに探査の要請をする志門だが、ミカの答えは冷たかった。それでも尚、お願いし続ける志門に激しい苛立ちを覚えたミカは家の外に志門を連れ出し、格闘に勝つことが出来れば願いを聞くと言い放ち、二人は家の前で格闘を始める。
近隣住人の知らせを聞いた実家の父親の来人は直ぐに駆けつけるが、そこで見たものは瀕死の志門と無表情に佇むミカだった。回復した志門に喧嘩の理由を問い詰めるが、事の大きさを感じた来人は理由を聞くことを断念せざるを得なかった。
数日後、志門とミカは登山宿に入り、エディと望美に再会する。
『カインの使者』第三部 第8章「ミカ 霊子の魂」
翌日、僕たちは再びTR-3Dの元へ向かった。
エディは昨日と同じように機体とリンクして走査波を自分の意識と同期させ探査を開始した。地下の大深度に在る物体は同時に熱を発し始めた、それはこちらの意識に反応しているようにも思えた。
エディは出来るだけ走査波を物体に近づけ、それと意識交感を行おうとしたが駄目だった。
「駄目だっ、高次意識でも中へ入れない。この物体からは確かにヒヒイロカネと同位の波動を感じる……志門どうしよう?」とエディは悔しそうに言った。望美もガッカリした様子で肩を落とした。
残念だったが僕は二人に引き揚げるように言った。此処でどんなに踏ん張っても地下の物体には何も出来ないからだ。この日は午前中でTR-3Dを後にして宿へ帰ると、僕は宿に宿泊延長のため追加の予約を入れざるを得なかった。
僕は急いで自分の荷物を纏めるとエディと望美に次のように言った。
「ミカを連れて来るっ! 僕は帰って娘の事を見ないといけないから僕の代わりにミカを送るよ。………エディ。」と僕は彼女の方へ向いた。
「ミカは地上の生活にどっぷり漬かっているから、今回の件について余り乗り気じゃないかも知れないけどよろしく頼む、君の方からも足りない部分が有れば注意してやってくれ。」そう言うと僕はアメリカ式で彼女をハグした。その後、望美を向いて次のように‥‥
「望美さん、留守を頼む。ミカがこちらに来るまで少し時間が掛かる。それと携帯で連絡は緊急時以外には使わないで、情報がリークする可能性も考えて。」そこで僕は更に考えて言った。
「何か有ったら……秋山夫妻の助けを借りよう。あの人たちは信用できる。」と僕。
僕は自分の荷物を車に詰め込むと急いで宿を発った。
◆
自宅に帰ったのは既に日が没した後だったが夏の空は西側がまだ薄明るい‥‥
駐車場のポーチに車を突っ込むと僕は家の中へ入った。ミカと娘の果南は夕食を終え、リビングで寛いでいた。僕はミカに抱き着いた。
「ミカァ~ッ、寂しかったよぉっ!」と僕は彼女に走り寄り甘えた。ミカは、面倒くさいなぁっという顔をした。
「貴方の回りには綺麗なお姉さんが二人も居たじゃないっ!」とミカはつっけんどんに返した。僕は意を正して事の次第をミカに説明した。
「エディのTR-3Dのお陰で地下に何かあるのは分かったんだけど、それ以上の事は出来なかった、エディの意識を物体とリンクさせようと試みたけど出来なかった。高次元の意識でも干渉できないとなると、後はもうミカしか居ないんだっ。ミカの魂は霊子世界の物だから自分は感応できると思っているんだ!」僕がそう言うとミカは冷めた目で僕を見て返した。
「私の仕事に穴を空けろと………果南はどうするのよっ」とミカ。ここで僕はウッとなってしまった、しかし僕は諦めずに彼女に懇願した。
「僕はこの世界を救いたいっ、この世界を創ったのは僕とミカじゃないかっ!これは僕たちだけの問題じゃない……エディと会って分かったんだ、彼女は周りの人達を裏切ってまで僕にカインの剣の同位体を譲ってくれた、僕に全ての希望を託してくれたんだ………人間同士で争っている場合じゃないっ!」僕はもう叫んでいた。
‥‥ミカは苛立った顔をして立ち上がった。
「ちょっと来いっ!」ミカはそう言うと僕を家の外に連れ出した。そしてこう言った‥‥
「お前が私に格闘で勝てたら、願いを聞いてやるっ!」そう言うと彼女は構えた。
それを見た僕は、(あっ、コイツ本気でやるつもりだっ!)と分かった。初めて月へ行った時、彼女とカインの成員を作る重要棟の前で格闘した記憶が蘇る‥‥続けてミカはこう言った。
「今度は急所は外さない………お互い、望んでいるものを得たいなら本気で掛かって来いっ!私は平穏な普通の生活、お前は世界の未来だっ!」ミカはカイン訛りで僕に放った。カインの持病とも言える闘争的な “ カインの発作 ” が顔を見せていた‥‥
この時、僕は一瞬悲しい顔をしたと思う‥‥しかし次に眉間にシワを寄せ眉毛を吊り上げ、叫びながらミカに突っ込んで行った。
「ウォオオオオーッ ‼ 」
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
志門の家からそう離れていない実家には両親の来門と静香がいた。そこへ志門たちの喧嘩を見た近隣の住人が飛び込んで来た。
「風早さん、お宅の息子さんが奥さんと大喧嘩している。早く止めてやってくれっ!」と住人は叫んだ。来門は静香に留守を頼むと部屋着のまま外へ飛び出した。
来門が志門の家に着いた時、そこで見たものは白目をむいて倒れている志門の姿と、それを無表情に見ているミカ、そして横で泣いている孫の果南の姿だった。
「これは一体っ……君たちは何をしたというのだっ⁉」来門は叫ぶと志門の近くに走り寄り、状態を確認すると心臓が止まっていた。来門は直ぐに救命措置を行うと救急車を呼ぶようにミカに向かって叫んだ。
◆
病院では直ちに蘇生処置がとられ、志門は一命は取り留めた‥‥
病室で来門はミカに次のように言った。
「一体何が有ったのか正直に話しなさい。ここまで君が志門をやるには相当な理由が有ったはずだ‥‥」と来門。(この子に、こんな事が出来るなんて…通報が来て数分も経っていない。CQC〈Close Quarters Combat:近接戦闘〉を知っていたとでも言うのか……)
日本宇宙開発機構に協力している宇宙域戦術自衛隊のパイロットである来門は志門の打ち傷と医師から説明の有ったその部位を知ると必然的にそう考える他なかった。
ミカが口を開こうとした時、目を覚ましていた志門は制止した。
「言わなくていい。父さんは知る必要が無い……」と志門が言うと来門は彼に近づき、コツンッと彼の頭を軽く叩いた。
「必要で人を分けるのがお前の悪いところだ……私たちは親子だぞっ。お前、何か隠しているだろう、薄々気が付いてはいた。」と来門は志門を詰めた。志門は大きく溜息を吐いた‥‥
「今から言う事は世界を改変するくらい大きな事だよ、父さんは口外しない事を守れる? 聞いたら、もう後戻りは出来ないよ……」と志門は問うた。
「世界を改変⁉ そんな大事が在るのか?」と来門。
「やっぱり信じないんだね…」と志門は視線を逸らした。それに気が付いた来門は腕を組んで考えた。
(これは………これ以上は聞いてはいかんのかも知れんな。これは志門の人生なのだ…)
「分かった、無理には聞くまい! ただ、命は大切にしろっ! 夫婦喧嘩は犬も食わん、今まで通り、困った事が有ったら言って来い。」そう言うと来門は病室を出て行った。
志門とミカ、そして娘の果南が部屋に残った。果南は疲れたのか並べた椅子の上で寝ていた。
僕はミカを近づけさせると手を握った。女性らしく優しく細い手‥‥それを握り締め、僕は呟くようにミカに言った。
「こんな優しい手が僕を打ち負かした……僕の負けだ………それでも僕は君を愛しているよ…」途切れ途切れに言う僕の言葉にミカの無表情は悲しみに崩れていく。涙が彼女の頬を伝った‥‥
「後悔、先に立たず………っか。」と僕は呟いた。
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
この事は病院からの通報で後に警察の聴き取りが有ったが、家庭内の事情で僕からの告訴も無いという事でこの件は幕を閉じた。
◆
数日間、手持無沙汰な望美とエディは近くのお洒落な地ビール工房に趣き、久しぶりに息を抜いた。彼女の隣には秋山夫妻も一緒に来ていた。初めて夫妻に会う望美はすぐに打ち解けて、色々な事を話した。その話の内容はロシアで発見されたドルメン(新石器時代から鉄器時代にかけて世界各地で作られた、巨石を用いた墳墓の一種で、日本にも多くの存在が確認されている)や古代遺跡の事が多かったが、現在探査の途中である地下の遺物については志門の言われた通り一切触れなかった。
気を良くした望美とエディはほろ酔い気分で宿に帰ったが駐車場には志門の車が有った。二人は急いで部屋に戻ると、そこにはミカの他、志門も一緒に居た。
「やあ、お帰り二人とも。 来たよっ!」と屈託のない笑顔で志門とミカは二人を迎えた。




