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カインの使者  作者: 天野 了
『カインの使者』第一部 [ 異文化遭遇、世界創造編 ]
4/44

「異文化」

志門に同行したミカだったが宿泊先のホテルで問題を起こし、志門はミカを助けようとして彼女を背負いミカの部屋のバスルームに駆け込む。お互いが浴衣を脱いでいる所を蘭人の妹、麻里衣に目撃され、この事を志門のガールフレンドの律子にばらすと脅される。

翌日の早朝、志門はミカと理乃を部屋から呼び出し昨日の経緯を理乃に話す。その内容の特異さに驚く理乃―――ことの事情を全て話せばミカの重大な秘密が明らかになり全員に危機が及ぶかもしれない‥‥…ミカの秘密と志門と律子、そして理乃。その行方は―――――

第四章 「異文化」



 理乃はミカを連れて出来るだけ人の少ない車両へ移動した。

 「よし、この車両なら余り人がいない、ミカ、昨日志門の家であったことを私に分かるように話して」


 ミカは怪訝な面持ちで理乃を見た。

 「人が少ない所で言わなければいけない事なのか?」

 「ミカ、今から私のいう事をよく聞いて。貴方がさっき言ったシャワー室の事、皆に凄い誤解を与えている、ううん、私は貴方が嘘や話を誇張してるなんて思わない。だから―――」

 「だから?」

 「昨日の夜、志門の家で何があったか詳しく教えて、それと貴方の気持ち」


 ミカは少し面倒な感じがしたが自分を真っ直ぐ見てくれている理乃に好感を抱いた。

 「分かった、分かったよ、理乃。シャワー室の時だな……私は水で体を清める為にシャワー室に入ったんだが、そこで志門と鉢合わせになったんだ。志門は床に座り込んでいた」


 「お互いに裸よね、恥ずかしいとか感じなかった? 」

 「恥ずかしい? 私は男性を見たのが初めてだったので志門の体の私と違う器官を少し触らせてもらった、珍しかったんだ」


 理乃はこの部分だと理解した。


理乃が見る限りではミカは嘘や偽りを言う人間ではないと直感していた。少し変わってはいるが正直と廉直以外ミカの中に入る余地が無いように思えたからだ。

 「ミカの国には男性は居ないの。自分が女性だって意識した事は?」

 「余り詳しくは言えない、だが男性という性は私の国では無いんだ。特に女性を意識したことなんてないよ」

 「そうなんだ…でも女性だけで人間が増えるの、家族は?」

 「これも言えないな、ただ私の国では家族ではなく仲間という概念だ。私は家族の意味がよく分からない」

 

 理乃はミカの手をギュッと握るとこう言った。

 「ありがとう、ミカ。貴方の国のことが良く分かった。貴方の気持ちもね、だけど此処は違う国だからシャワー室の事は言わない方がいいわ。それは無かった事にしましょう」

 「無かった事――か。志門も昨夜同じことを言ってたな。良くない事が無かった事にできるなら私達も苦労しないのだけど。過去の事例でも聞いた事がない、いや有ったな、確か聖典の記述に………まあ、いい。その件は伏せておくよ」



理乃とミカの会話が進む一方で志門たちのいる車両では気まずい雰囲気が漂っていた。皆、黙ったまま口を開こうとしない。志門は未だに律子の膝枕で寝たままだった。


蘭人は沈黙に耐え切れず律子にこう言った。

「リッツ、もう泣くなよ。さっきのミカさんの話は何かの間違い………こっちの受け止め方か感じ方の違いかも知れん。志門だってリッツが悲しむような事はしてない(本当はしてたり)と思う」


蘭人が言った事は当人が意識こそしてなかったがまぐれな当たりだった。


律子は蘭人の言う事を聞いて少し冷静になれた。確かにミカは昨日志門の家を訪れたがその晩如何わしい事をしたとは一言も言っていなかった。確かに忙しい何かがあったのは本当だとしても、それが如何わしいと決め付けているのは自分のような気がした。


「私、勝手な想像を―――――してたのかな?」

「思い込みや先入観ってのもあるな(いや、絶対やったに違いない‼ )、そう思わせている要因は何だと思う」

「ミカさんが美人だから?」


蘭人は指を立ててこう言った。

「そこなんだ、志門も男だから、あんなに美人な子が来たら何もない訳がない、これがリッツの潜在意識に在る(潜在意識じゃネェよ、オレは自覚してる)、仮にあんなに綺麗で頭が良さそうな子じゃなくて、全く普通の女子高生くらいならどうだ」


 蘭人は窓の方にしがみついている麻里衣を掴むと引剥がして言った。

 「例えばこんな子だったら?」

 「兄ちゃん、痛い‼」肩を掴まれた麻里衣はビックリして叫んだ。


 律子はクスッと笑って答えた。

 「それは無いね……そうね、きっと私の勝手な思い過ごしかも」

 「そうだよ、きっと。(ンナ訳ないだろう、やってたんだ)」


 「本心から本当にそう言ってるのかなぁ~、ラ~ン~ト~ッ」

 蘭人は後ろからいきなり首を掴まれ驚いた。後ろを向くと理乃とミカが立っていた。

 「い、いつの間に‼ 」

 「私は気が付いてたよ」と律子。

 「ラントが普通にカッコいい事を言う時は本心が逆だったりするからなぁ~、目つきが正直じゃなくなるから。何年友達やってると思ってんの」

 「理乃には敵わないな。確かにリッツに話した事とオレの考えは逆だったよ」


 理乃はミカの両肩に手を添えて皆に言った。

 「この子は嘘がつけない、例え便宜上の嘘でもね。だからリッツ、ミカと志門との間にはラントが思っているような事はないわ、安心して」



 志門が目を覚ますと律子は彼の半身を起こしてやった。丁度、リニアが目的地の駅に入ろうとしていた。志門は外の景色を見たが高層のビルはなく中低層のビルや住宅群が広がり街の中央部には調理に使うボールを伏せたような山の頂に古城が建っていた。


 リニアが駅に着くと皆はホテルの送迎バスに乗り換え泊所に向かった。車中、ミカは町並みを見ながら思うことがあった。

 男性と女性が大勢いる、女性の中には “小さな人間 ”を抱えている者もいた。

 (女性と男性と小さな人間? これが家族なのか)


 ミカの視点は周りの建物や乗り物に移った。何とも古めかしい建物ばかりで不衛生に感じた。しかし、とミカは思った。暫くはこの環境に慣れないと生きていけない、ブレスレットが消滅した今となっては食物さえ自分で口に入れないといけないのだから――――――と。         

  リニアの中で買った弁当と飲み物はミカには非常に不味く感じた。

元より食物の経口摂取などした事もなかった。


 それともっと不安な事がある、排泄に関してだった。今までは体内

の不純物や栄養物の渣等は自動的に空間転送で排出され常に健康な

状態に保たれていたがこれからは自分でしなければならなかった。こ

れも食べ物を口に入れると同様に全く経験の無い事だった。



 志門がミカに近づいて小さな声で話した。

 「何か心配な事があるの? 伝わって来るんだけど」

 「いや………後でいいから、その時手伝ってくれ」

 「………(何を手伝えっていうんだろう?)」


 志門は律子の隣に戻った。


律子は志門がミカの方に頻繁に行き来しているのを見て嫌な感じがした。心の中では何もなかったと自分に言い聞かせているが体の反応はそれとは逆だった。


 律子はミカの事を詳しく知りたくなり志門に聞いてみた。

 「ミカはどこの国から来たの、志門君が小さい頃からの知り合い? 今回どんな用事で来たのかしら」


 志門は窓の外を見ながら答えた。それは表情を見られたくなかったからだった。

元々、嘘をつけない性格で表情を見られると直ぐに見破られてしまった。その為、志門はこの類のごまかしや嘘は相手に不要な不安を与えない為としても苦痛だった。


 「ミカはオレの父さんの友人の娘さんなんだ。小さい頃一回だけ家に来た事があってね、それから暫く会っていない。

 彼女の国は北欧の方で仕事は大学の研究室のスタッフなんだ。今回、日本の研究チームとの交流が目的で来日したんだ。オレの家に来たのはその接いでさ」


 律子はそれを聞いて黙っていたが次に意外な行動をとった。ミカの方へ歩み寄るとミカの耳に手を当てて小声で何か言った。


 それを見た志門は背筋に冷たいものを感じた。男性なら先ずしないだろう、という事を女性は思い切って行動する時がある。真偽を確かめるために律子は最も近づきにくいミカに直接話を聞きに行った、と志門は思った。


 だが、律子の本当の目的は志門が自分の行動を見てどんな表情や態度を示すかだった。もとよりミカから何かを聞き出そうとは思わなかった。小声で話していた内容はどうでもいい事だった。

 「ミカさん、どんなファンデーション使ってるの」

 「ファ、ファンデシャン? 何だ、それ」


 志門は律子とミカの会話の内容が気になって仕方なかったがそれでも二回は振り返らなかった。もし律子と目が合えば自分が狼狽えている事を曝け出す結果になる。


 会話の中に蘭人も加わった。

 「ミカさんの国では女の子はどんな遊びをするの?」

 「遊び? こっちの言葉では “趣き ”って言う事か。そうだなぁ、音楽を聴いたり詩を読んだり、聖典を開いて黙想したり祈ったりしてる」

 「最初の二つは趣味だけど最後のやつは宗教だよね。それって趣味? 」蘭人は軽く聞いたつもりだったがミカには何か自分の大事なものを傷つけられたような気がした。


 「ラント、君の生きている目的は何だ。君に人間の生き方を教え諭してくれる物があるんだろうか⁈ 私たちにとって聖典の探求と祈りは最大の趣きなんだ」


 「気を悪くしたならゴメン、軽く言うつもりは無かったんだ。済まなかった、ミカさん」

 蘭人はミカの両手を握った。ミカはその手を軽く払ってから蘭人に次の様に言った。

 「君は謝る振りをしているだろう―――何が言いたいんだ、何をしたいんだ」


 それを聞いた蘭人はミカに近づく絶好のチャンスと捉えた。自分からは言いにくい事を伝えたい相手が、どうぞ、仰って下さい、と言っているのだから。何時も馬鹿なことを言っている様にも見える蘭人だがこの手の強かさは皆を凌駕していた。

 「ミカさん、本当に言ってもいいんだね、言うよ、本当に言うよ。オレは―――」


 バスがホテルの前に着いた。皆一斉にゾロゾロと降り出し志門たち一行もかたまって下車した。蘭人は少しガッカリしたが夕食の時までその機会を待つことにした。


 一行はホテルのフロントに行くと支配人が深々と頭を下げ謝辞を言った。

 ミカは理乃にこの場所の事を聞いた。

 「ここは日本で一番古い温泉なの。道後って………ミカは知らないよね」

 「私の国には泉や水脈が無い、全て外から運んでるんだ」


 フロントでそれぞれが部屋の鍵を受け取るとミカにはしなければならない事があった。自分の分を一人分追加してもらうことだった。


ミカは支配人に掛け合った。支配人は少し困ったような表情で応えた。

 「お客様のご要望は分かりました、只………お部屋には定員が決まっていまして、他のお部屋も予約で埋まっております。そこで御提案がございます、通常お貸出しはしていないのですが皆様がお使いになるお部屋の階に使用人の部屋が一室空いております」

 「そこを貸して欲しい」とミカ。


 「この度は遠方から来ていただいておりますので宿泊費はお料理代だけで構いません、お部屋はご自由に使って下さい」


 支配人はミカに鍵を渡すと深々と頭を下げた。ミカは志門からお金を出してもらうと当然掛かるであろう宿泊費より少し高い額を支配人に渡してこう言った。

 「ありがとう、あなたは無理を聞き入れてくれた。これはあなたに支払うべき当然の額だ」


 支配人は暫くポカンとしていたがフロントの奥へ入り再び出て来た。そしてカウンターの女性店員全員を連れてミカと一緒に記念の写真を撮りたいと懇願してきた。ミカはそれに快く応じた。


 それを見ていた志門たちは唖然としながら各々こう言った。

 「こんな漫画みたいな事があるんだ」と、志門。

 「でも、悪くないよね。こういうの」と、傍らにいる律子が言った。

 「そこまでやるか、普通」と、蘭人。

 「多分、ミカの人徳―――だね」と、理乃。


 「皆、早く部屋に行こうよぉ、お風呂にもはいりたいよーっ!」と、少し離れた所で麻里衣が叫んでいた。



 志門たち一行は男子と女子、ミカは別に一室と三つに分かれた。皆、夕食が始まる前に温泉へと向かった。

ホテルには大浴場もあったが折角なので道後温泉の古い建物の方へ行くと沢山の観光客が浴衣姿でそこかしこを歩いていた。


 「古い建物だな、ここに温泉というものがあるのか?」とミカは志門に聞いた。

 「そうだよ、ここで皆湯に浸かりながら色んな事を語らうのがこの国のスタイルなんだ」


そう言うと皆は建物へ入って行った。木の香りがノスタルジックを誘う良い演出をしていた。


 志門と蘭人は脱衣所で服を脱ぎ浴室へ入り湯船に浸かって色々な事を話した。

それは殆どがミカについてだった。特に蘭人はミカに気があるのか色々な質問を志門に投げかけてきた。

 蘭人は理乃を通しての友人だが頭の回転が早く色んな事に気が付いて先回りが出来る部分は理乃と似た感じがある。しかし、根は悪くないが言動の軽さでいい加減と見られる向きがあった。


 蘭人の家は両親が大きな会社を経営していて、その為か親密に近づいてくる異性には両親や妹の麻里衣が必ず間に入った。理乃とはお互いフランクな関係で特例として見られているようだ。

 今回、蘭人が何としてもミカをモノにしようとしているのが志門にも分かった。

だが、その必死な部分に自分が答えるものがないことを志門は自覚していた。全ては昨日の今日であり彼女については何も知らないのだから―――と。

 「ラント、もう少し控えめな態度を取れよ、バスの中で手を払われただろう、あれは良くない。気持ちは分かるが表に出さない方がいいぞ」

 「駅でミカさんを見た時、気持ちが揺り動かされたんだ」

 志門は蘭人の方を向いて言った。


  「人との出会いは自分の意識の外で動いているような気がするんだ。そう感じた事はないか、ラント。どこかで繋がっている………そんな気がする」                        

 「赤い糸ってやつか?」

蘭人はフ~ンッといった様子で聞いていた。


 「そろそろ出ようか」

 「おうっ!」


 温まった身体に外の涼しい風が心地よかった。日は傾いていたが未だ明るかった。

女子四人は以外に早く外に出ていた。どうやらミカが上せてしまったらしい。

理乃の話ではこういった熱いお湯に浸かる習慣はミカの国では無いとの事だった。

 「大丈夫なのか? ミカ」

志門はミカに近寄ったときミカは軽い目眩で足を縺れさせて志門にもたれ掛かる形になった。その時、ミカから風呂上がりの良い匂いが志門の鼻を擽った。

未だ完全に乾ききっていない銀髪は海岸に打ち寄せる波のように志門の首元に何度も触れた。ミカはその場に身を崩し、その際志門の浴衣を引っ張ったので志門の上半身がはだけてしまった。


 皆はミカを側にあったベンチに横にならせ、もう暫く涼んで行くことにした。志門は理乃と蘭人にミカを任せて律子と一緒に土産物店へ行くことにした。

 「三十分くらいしたら戻るよ、理乃、ミカを頼む」


商店街へ行くと土産物店が軒を連ねていた。


二人はその中のある一店舗に入り好いものがないか探した。志門は律子に好みを聞いてそれに合うようなアクセサリーを勧めてみたが律子はやんわりと断った。

「私はいいよ、それより叔父さんやミカさんの分を買ってあげて」


どんな時でも自分を前に出さず何時も周りの人に気を配る彼女を志門は愛していた。同時に志門は律子の本当の気持ちも覗いてみたかった。

 志門は叔父さんたちのお土産とミカの為にシルバーのブレスレットを購入した。

 「ミカさんにはブレスレットなんだ」

 「ブレスレットを失くしたみたいで―――これで替りになるかなって思ってね」

 「志門君のそんな優しいところが私は好き」

 「そうか、ありがとう。そういった部分って自己評価はできないからね」


 二人は商店街を出ると広場に出た。そこには大きなカラクリ時計があり時刻は五時半になろうとしていた。志門は最初、夕食の後で自分の気持ちを伝えようと思っていたが、それでは当然夕食の席でアルコールも入る事になる。自分の気持ちを何の障害もなく正確に伝えられるのは今この時しかないと思った。

 「リッちゃん…………その……… 」

 「何? 志門君」

 「………………… 」

 言葉に窮している志門を察して律子は言った。

 「私、いつも自分に言い聞かせてる。自分の気持ちに正直じゃないと何時か後悔するって、私たちのいる社会ってそれが出来ないような事が多いと思う……………私は後悔したくない」


志門は律子の思いと強さを感じながら同時に自分の弱さも自覚していた。しかしそれは比較することではない。


 (僕は、僕なんだ)


 志門は律子の方を向いて両肩に手を添えて言った。

 「幸せになりたい、君と一緒に。リッちゃん―――」そう言うのが志門にはやっとだった。 “結婚 ”という言葉が喉元まで来ているのに出てこなかった。

 「私でいいの……私には家族が…」

 「体面は関係ないって今、君が言った」


 律子は志門の言葉が嬉しかった。今までどんなに頑張っていても一人だった。もし自分が倒れたら起き上がらせてくれる人がいなかった。今、自分を支え躓いたら手を引っ張ってくれる人が目の前に居る。


 律子は無言で志門に体を傾けるとこう言った。

 「その時が来たら、ちゃんとプロポーズしてね―――待ってるから」


 からくり時計が六時を指し鐘の音と共に仕掛けが動き出した。二人は温泉のある建物まで戻った。


皆は待ち草臥れたように二人を迎えた。

 志門は買ってきたブレスレットをミカの手首に巻いてやった。

 「少し落ち着くだろう、ミカの持っていたブレスレットの代わりにはならないけどね」

 「ありがとう、志門。何て言ったらいいんだろう…凄く嬉しいよ」


 それを見ていた蘭人は志門に呟いた。

「志門、贈り物は反則だぞ」

志門は笑いながら蘭人に答えた。

 「心配するな。他意は無い、只、そうしたかったんだ」

詳しい事情を蘭人に話すことが出来なかったが蘭人は何となく納得した様子だった。


 一行はホテルに戻り夕食の席に着くため大広間へ入った。既に大勢の客で賑わっていた。志門たちは用意されたテーブルに着くと各々グラスにビールを注いだ。蘭人の妹の麻里衣は未成年なので別に飲み物が用意された。


理乃は夕食の前に今日一日の労をねぎらう為、立って挨拶をした。

 「今日はお疲れ様、そしてゲストとして参加してくれたミカ、ありがとう。貴女のおかげで今回の旅行が特別なものになった事を感謝するわ。では更に親睦を深めるために皆で乾杯しましょう」

 皆、グラスを掲げて互いに軽くぶつけるとビールを飲み干した。しかしミカは口に含んだ途端、吹き出してゲホゲホッと咳き込んだ。

 「何だ、これは? こんな物を飲むのか」

 「飲んだ事ないの、ミカ」と理乃。

 「これは発酵物か? それにしても口から入れるとこんな味がするのか。私の国では鎮静作用があるのでこれに似た類のものを身体に入れることはあるが直接口から入れたのは初めてだ」

 「まあその内慣れるから飲んでみて、少し気が楽になるから」と理乃はミカに勧めた。


 用意された食べ物は志門たちには結構なものだった。蘭人と麻里衣は余程美味しいのか箸がすすんでいた。

 「いや~っ、結構美味しいね。理乃、いいホテルを選んだね。よくやったぞ」         

理乃は当たり前といった感じで答えた。

 「たまに行く旅行だから当たり前よ。旅行は観光とホテルと食べ物が大事だから」

 ミカは余り箸がすすまない、列車で食べた弁当もそうだったが味が強すぎるのだ。元々、味覚という概念が無かった。


暫くすると広間の正面のステージで誰かが歌を歌いだした。ミカは志門に聞いてみた。


 「あれは何だ、何か箱の様なものを見ながら歌っているが」

 「カラオケっていうんだ。モニターに歌詞が表示されてそれを見ながら歌うんだ。ミカの国では歌は無いのかい? 」

 「勿論あるさ、歌は人には必要なものなんだ。だけど、私の国の歌、いや音楽はこの国と大分違う……………何か軽薄だな」


横にいた律子がミカに歌うことを勧めた。

 「歌ってみて、ミカさん。あなたの国の歌を聞いてみたい」

 「ちょっと待って、リッちゃん。多分歌のリストに入ってないよ、アカペラでもさせる気なの?」


 志門が躊躇している間にミカは腰を上げて言った。


 「ご希望なら歌おうか、私の国では余り伴奏というものがないから声だけで十分なんだ。志門、心配しなくていいから聞いていてくれ」


ミカはステージに進み出るとマイクを渡してもらった。容姿の良いミカに全ての客の目が集中し、一瞬広間に静寂が走った。


 「これが拡声器で、これが動力源…か――――よし、これでいけるはずだ」


ミカはマイクを胸に持ってくると暫く目を閉じ、次に開けると同時に歌いだした。ミカの声は何重にも聞こえながら非常に透明感のある澄んだ声だった。そしてその歌は今まで聞いたことのないイントネーションを持ちながら決して心地悪いものではなく聞いている者の心を和ませ、或いは強めた。


 暫く歌が続いた後、広間全体から拍手が湧き上がった。


客だけでなく接客をしていたホテルの関係者や仲居たち迄が賞賛の拍手を送った。その内、ホテルのフロントであったような撮影会がまた始まったのだった。これだけ人が多いと時間が無くなってしまう、そこで理乃はホテル側に掛合い、代表して撮影してもらう代わりに写真の焼き増しの収益はホテル側が受け取ることで合意した。大勢が三回に分けてステージに立ちミカと一緒に写真を撮った。


 撮影会が終わった後もミカに話しかけてくる客が大勢いたためホテル側は志門たちを別の部屋に移して食事をしてもらわなければならなかった。


 全員、別の部屋に移ると蘭人は歌の事でミカに尋ねた。

「ミカさんはどこかで声楽を勉強してたの? 」

 「声楽? 私の国では皆、私と同じように歌う、只、歌うだけじゃなくて霊をもって歌わなければならないんだ。中にはダヴィッドの様に楽器を奏でながら歌う人もいる」

 「ダヴィッド? 」蘭人は首を傾けて腕を組んだ


それを見ていた律子は蘭人に補足情報を与えた。

「ミカさんが言ってるのは聖書中に出てくる人物でダビデ王の事よ、発音でデイビッドやダヴィッドになるの」

蘭人は元々そっちの方には興味が無かったため尚理解できなかった。

 替わって理乃がミカと話した。               

 「ミカ、凄かったね。一気に温泉街のスターダムにのし上がったみたいで。声も素晴らしかった。何て言うか声の裏側に “真実 ”が見えたような気がした」

 「ありがとう、理乃。言葉は大切なんだ、真実な言葉は直接、霊に訴えて物事を動かす事が出来るんだよ。だから嘘や偽りが言葉の中にあってはいけないんだ」


 ミカの言う事を聞いて理乃は列車内の席の事やホテルの部屋の事など一連の経緯が理解できた。また、志門の方は最初、ミカは変わっていると思っていたがそれが決して悪いものではなく良い意味で変わっている事に気が付くようになった。


 (変わっている……でも悪くない。いや、待てよ……………僕たちは多数決の理論でミカを見ていたんじゃないのか?

だとしたら僕たちの方がスタンダードじゃないのかもしれない)


暫くの間、皆は杯が進んで酔いが回ってきた。


考えている志門にミカが近づいてきた。かなり酔っている様子で足元が頼りない。

 「志門、何か思い付いたのかぁ? なぁ、話してくれよ」ミカは顔を真っ赤にしてベロンベロンになっていた。

「オォーッと。大丈夫なのか、ミカ」志門はよろけるミカを支えると「誰が彼女にこんなになるまで飲ませたんだ」と理乃に言った。


理乃は凛として答えた。

「ワタヒは幹事らから―――――そんにゃ暇はニャい‼」


理乃は既に呂律が回っていなかった。志門は更に律子と蘭人を見た。律子は部屋の隅で頭痛を訴えていた。

「頭が痛ぁい………あたまが…………イタイよぉ~ 」

元々あまり飲めない体質だが今日は完全にキャパシティを超えている。

蘭人は麻里衣にお酌をしてもらいながらボロボロと涙を流しながら何かを呟いていた。明らかに麻里衣を除いて全員飲みすぎだった。


 「ややこしい奴らだな、本当に‼」

そう言いながら志門も普通より多く飲んでいた。ミカが顔を上げて志門に言った。

「そんなに飲んではいない、アルコールを口から入れたのは初めてなんだ……これ以上は良くないな、必要以上の酒は嘲りを持って来る、とも言う」


 酔っていても真面目な話しかできないミカを志門は内心可愛いと感じた。と、次の瞬間、頭に何か我慢しづらい感情が入ってきた。


 ミカはしゃがみ込んでお腹を押さえると涙目になり額に汗がにじみ出した。

 「志門…助けてくれ……」

 「どうした? 」

 「早くぅ…うぅ…」

 「早くって? アッ‼ まさかトイレかっ、この感情は」


 志門がホテルの送迎バスの中で感じたミカの心配事はこの事だった。ミカを見ると急に来たようで立ち上がることが出来そうになかった。

志門はミカを背負うと廊下の共用トイレに向かった。

 「何処へ……………連れて行く」

 「出す所だよ。ミカ、もう少し辛抱できるか⁈」

背負っているミカの息が荒くなってきた。その内ミカは「アアァッ

」という声を漏らすと志門の肩をギュッと掴んだ。

「エッ⁉」


志門は背中と腰辺りに暖かいものが広がるのを感じて立ち止まった。それは浴衣に染み込んで広がり床にポタポタと落ちた。


志門は前屈みになり浴衣の袖でそれをゴシゴシ拭くと立ち上がって方向転換しミカの部屋に駆け込み、内側からドアをロックするとミカを背負ったままバスルームへ入った。


 志門はミカをトイレの便座に座らせると浴衣と下着を脱がせ横のバスタブへ放り込んでカランからお湯を出し自分の浴衣も脱いで同様にした。


 志門は出来るだけミカを見ないようにバスルームから出ようとしたがミカが志門の手を掴んで引っ張った。

 「一緒に居てくれ、お腹が―――まだ何か出てきそうだ」

 「ダメだ‼ ミカ、これ以上そんな所見れないよ」

志門はミカの方を振り向かずにそう言った。

 「頼む、初めてなんだ、助けてくれ‼」  

「ウゥッ…分かったよ」

志門はこの場から逃れられないと観念しミカの申し出を了解した。



志門はミカの背中にバスタオルを掛けてやり背中を摩ってやった。

「どうだ、もういいか?」

「まだ、中に残っている感じがする」

「まあ、そのくらいが普通だ。そこのボタンを押して」


ミカは横にある噴水のようなマークが描かれたボタンを押すと驚いて腰を上げた。

志門はミカを押さえて言った。

「それでお尻を洗うんだよ、立ち上がったらダメだよ」

ミカはくすぐったいのを我慢しているのか顔が真っ赤になっていた。志門は停止ボタンを押すとロールからトイレットペーパーを取りミカに渡した。


「それで洗ったとこを拭いて――終わったら便器に捨てて水を流す」

ミカは言われた通りに行った。 “ザーッ ”という水の流れる音がバスルームを包んだ。


志門とミカは殆ど裸で向き合っていた。


水が流れ終わると志門はミカに言った。


 「どうだった、人の背中でした気持ちは」

 「………………酷く情けない感じだ」

 「僕が君の裸を見たときの気持ち、少し分かってくれたかな?」


 ミカは無言で頷いた。


 「ミカは初めてって言ったよね………でも僕や他の皆も同じなんだ。皆同じようにする、でも、その部分は個人にとって最大にプライベートな部分なんだ。だから布切れを纏っているんだ。

最初の二人の人間もイチジクの葉や動物の革で――ミカが言った酷く情けない感じになるところを隠したんだ」

それを聞いたミカはこう答えた。

「二人は罪を……不完全さを負ったが故に自分の体を恥かしく感じたんだと思う。それ以前は恥ずかしいと言う考え自体が無かったんだ」

志門はミカの頬に手を伸ばして触れた。


ミカは頬に触れた志門の手を両手で包むとこう言った。

「志門の気持ち………私を慕っているのか? でも私は普通の人間なんだ……ダメだ、志門………何だろう? こんな感情は初めてだ………」

 「ごめん、ミカ。少し変な事を考えていたのかもしれない………でも正直な気持ちだ」


二人が裸で向き合って話していたその時、部屋の外で蘭人の声が聞こえ入口のドアが叩かれた。


「ラントの奴、こんな時に―――クソッ、着る服がない、ミカ、自分の服を着てラントを上手く他所へ誘い出してくれ、その間に僕は自分の部屋に――――‼」

志門は言いかけてハッと気が付いた。自分の部屋、蘭人と一緒の部屋の鍵は自分ではなく蘭人が持っていた。


「とにかくラントを他所へやってくれ、そうしないと此処から動けない」

 ミカは志門に言われた通り服を着てドアを開けた。

入口には酔って泣いている蘭人が立っていた。ミカは理由も聞かず手を引っ張ってとにかく部屋を離れた。


 バスルームに居た志門は蘭人の声が聞こえなくなるのを確かめるとバスルームから出てインターフォンでフロントを呼び出した。


     ◆


ミカは蘭人を引っ張ってホテルの外へ出た。

「ミカさん、こんな所まで引っ張って来て何かあったの?」

 「いや、別に無い………ところで何で私の部屋の前で泣いていたんだ? 理乃たちに何かあったのか」


 蘭人は顔を腫らしたまま自分の想いを語った。

「ミカさん、バスの中で『君は何が言いたい、何がしたいんだ』ってオレに聞いたよね、それを今、言ってもいいかな」


ミカは頷いた。


蘭人は顔を火のようになった。酒で赤くなっているのか、泣いたので赤くなっているのか既に分からない上に額に血管が浮き上がっていた。

ミカは半歩だけ蘭人から距離を置いた。蘭人は普通に打ち明けるように必死で自分に言い聞かせたが既に酒の酔いが加速していた為、次のような事を喋った。

 「ミカさん、オレを貴女の奴隷にして欲しいんだ‼ 」


それを聞いたミカはフーッとため息を着くと蘭人に言った。

「ラント、明日食べることに困っているのか? なら、何で旅行に来たんだ、遊びで財を使い果たしたのか」

蘭人はキョトンとした。

「いや、その…………別に食うに困ってはいないんだけど」


 「じゃ、なんで奴隷になるなんて言う。自分を売ることを許された者は本当に食べていけない者だけで奴隷として扱う方も手厚く扱わなければならないんだ。それにこの制度は私の国では、もう存在しないんだ」

蘭人はミカが何を言ってるのか理解できなかったが、それが返って彼に冷静さを取り戻させた。

 「オレが奴隷になることを申し出たのは食うに困ったからじゃない、君を幸せにしたいからだ!(やった! いいぞオレ)」


 「気持ちはありがたいが私は特に落ち込んだりは………さっきあったかな? そういうのが……そこまで言うのならこの場限り、私が此処を去るまでの間だけ君の奴隷を認めるよ。その代わり主人が『行け』と言えば行かなければならないし、『するな』と言われれば絶対やってはいけない。これを守れるか」

「固く守るよ、ただ、今ミカさんが言った事を少し変えて欲しい、ミカさんが此処を去るまでじゃなくて、去って尚永遠に、だ。(スゲーッ、割とまともなこと言えてるぞ)」


 ミカは腕組みをして暫く考えると蘭人の方を向いて言った。

 「分かった、本国に帰ったらクライシストを通して評議会に一応報告はしておくから」

 「やったぁっ‼ ありがとう、オレは君のドレイ、ドレイっ、ドッレイ~ッ フフンフ~ン♫」

蘭人は嬉しくなって歌いだした。

 「そんなに嬉しい事か? こういった部分に喜びを見いだせるのは私たちの犠牲になった “ヤソ ”だけかと思ったが……まあ、いいか」


蘭人とミカは再びホテル入り宴会の部屋へ戻った。



そこには酔い潰れて転がっている二人の女子が居た。

理乃と律子で何方も顔を真っ赤にして寝ていた。特に理乃の乱れ様は酷く浴衣の裾がはだけて白い内股を晒していた。

 それを見るとミカは蘭人より先に行って理乃の浴衣の裾を直してやった。ミカ自身、何故そのような行動をしたのか直ぐには分からなかった。ただ、体が自然にそう動いた、そんな感じだった。




一方、志門の方はミカの部屋で大変な事になっていた。


インターフォンでフロントに浴衣を持って来て貰う様に云うと受話器を置いた。

志門はフーッと溜息を漏らしベッドに腰を落として頭を垂れた。(疲れた…………)そう思っている時いきなり目の前に麻里衣が現れた。志門は腰にバスタオルしか巻いていなかったが、それがはだける程驚き、そして狼狽した。

 「なっ、何でぇ~、何で麻里衣ちゃんが此処にぃぃいっ⁉」

 「志門不潔、リッちゃんに言ってやるんだ」


 志門はしまった、と思った。蘭人が来ている時一人で来る訳がなく、麻里衣というオマケが必ず付いて来ているのを忘れていた。

麻里衣は蘭人から少し離れた所でミカが蘭人を引っ張って行くのを見たが部屋のドアが開いていたので中に入ったのだった。


 「お願いだよ、何も無かった。人助けなんだ、言わないで………」

 「ベッドで人助けネェ……何を助けてたのかなぁ~」


 志門はハッとした。腰にタオルを巻いてベッドに腰を下ろしていれば誰がどう見ても交わりました――としか見えない。


(一体、どうすればいい…………この体裁でこの子を説得するのは無理だ…………少し時間を置かないと)


志門は出来るだけ誠意を込めて麻里衣に言った。

 「麻里衣ちゃん、頼むから、その事は伏せておいて―――説明に時間が必要なんだ。その時はオレとミカと理乃の三人で説明するから」


 「分かった、考えとく。でもいい加減な理由だったらリッちゃんに言うから。リッちゃんが可哀想…………」


志門は面倒な事になったと思った。

(麻里衣の“可哀想 ”はどこまで本気なのかな? 列車では殆ど無関係を装っていたくせに―――もしかしたら楽しんでんじゃないのか? この子は…)


志門は麻里衣を部屋から出すために少し挑発してみた。

「麻里衣ちゃん、ラントを追わなくていいの。お兄ちゃん食べられちゃうよ」

「アーッ、忘れてた‼ 早く追わないと兄ちゃんが危ない」


そう言うと麻里衣はダッシュで部屋を飛び出していった。




翌日、志門はかなり早い時間から理乃とミカを部屋から誘い出すとホテルの展望室のロビーへ向かい、三人はそこにあったソファーに腰を下ろした。

理乃は昨日の酔いがまだ残っているらしくアルコールの匂いをほんのりと漂わせながら言った。

「ウゥッ……昨日は飲みすぎたなぁ、自分で部屋に戻った記憶が飛んでる」

そう言うとミカが理乃の膝にポンと手を置いて答えた。

「私とラントが理乃と律子を部屋まで運んだんだ、結構重たかったんだぞ」

「私を運んだのは?」

「理乃を運んだのは私だ。律子はラントが運んだ」

「あいつ、変な事しなかったかな? 割と変態だから」

「特には………ところで志門」

ミカは志門の方を向いて尋ねた。

「朝早くから誘い出して何かあったのか? 」


志門は途中、自販機で買った缶コーヒーを二人に渡した。

「理乃、缶コーヒーで悪い。ミカは無糖の奴だから―――こんなに早くから呼び出してゴメン。実は理乃だから正直に言う、昨日ミカが腹痛を―――いや只のトイレなんだがミカは仕方が分からなかったんだ」

「それで? 」と理乃。


志門は頭を抱えながら何処をどう具体的に説明したら良いのか迷った。そこへミカが志門に言った。

「志門は理乃に昨日の事をどう伝えるか迷っているんだな、そうだろう。心配ない、理乃は私を真っ直ぐ見てくれている」

「そうか……だが僕の口からは本当に言いにくい、昨日の状況を理乃に説明してやってくれないか、ミカ」


ミカは昨日の事の次第をそのまま理乃に説明した。さすがに理乃は驚いた様子でこう言った。

「トイレでした事がない⁉ ミカは今までどうやって排泄してたの?」

ミカはハァーッと溜息を着くとそれには答えられないと言った。


「私は食べ物の経口摂取と排泄は生まれて初めてなんだ。詳しくは言えないけど全て機械がやってくれていた……志門や理乃には想像も出来ないだろうけど」

「ちょっとね………でもこれでミカが志門に裸を晒しても恥ずかしくなかった理由が少し分かったわ。志門の家のシャワー室の件も」

「今は少し情けない…………こっちの言葉では “恥ずかしい ”かな」ミカは顔を少し俯かせて言った。


それを聞いた志門は少し慌てた。

「何で僕の家であった事を知ってる⁈」

理乃は列車内で志門が律子の膝で寝ている間に起こったことを話した。

その話を聞いて理乃にもその後の出来事を話しても大丈夫、と志門は思った。


「実はトイレの件の後、ミカの部屋で裸で居るところを麻里衣ちゃんに見られた。ちゃんとした説明をしないとリッちゃんにバラすって………」

それを聞いて理乃はカンカンになって怒った。

「あのクソガキッ、なんてこと言い出すの‼ そんなことしたらだだじゃおかないから」

「何か良い案はないだろうか…」と志門。


それを聞いていたミカがこう答えた。

「消すしかないか」

志門と理乃は目を大きく見開いてミカをみた。ミカはフンッと短い溜息を着くと二人に言った。


「勘違いするな、記憶を一時的に消す、正確には封印するんだ。昨日理乃には言ったけど私の言葉は少しだけなら相手の霊に働きかける事ができるんだ。だが―――」ミカは言葉が途切れた。

志門はミカに近づいて問いかけた。

「だが、何なんだ? 何か問題があるのか、ミカ」

「事象がはっきりしている場合は難しい…昨日の私のフロントでのやり取りを見ただろう。結果として使用人の部屋を貸してくれたが普通の客室は無理だった、道理を曲げてまでは霊が許さないんだ」


理乃はミカの言う“霊 ”について尋ねた。

「ミカ、さっきから言ってる『霊』って何なの?」

「事象の存在を可能に成さしめている根本的な部分だ、人について言えば性格や気性、傾向性に現れる部分かな」


「腰にタオル一枚でベッドに腰を下ろしていた。誰が見ても交わったとしか見ないだろう…」と志門。


「どうするの、志門。このままじゃ、麻里衣は本当に言うかもしれないよ」理乃は志門の腕を掴んで迫った。

「本当のことを言えばあの子も分かってくれると思う……だけど理乃、その本当の部分にはミカが何処から来て何者なのか、という所まで入るんだ。オレはミカにそんなこと絶対に言わせたくないんだ」


「済まない、志門。もしそれを話してしまえば志門たちに迷惑が掛かることになる」

ミカは志門に対して心が酷く痛んだ。

「気にしなくていいよ、ミカ。もしリッちゃんに昨日の事聞かれたら………もし嘘をつく事で自分の良心が痛むなら昨日あった事を正直に話して。その上でどうするかはリッちゃん自身が決める事だ。

僕はミカがどこから来て何者なのか聞いてないし無理に聞こうとは思わない…だけどミカを信じてる、僕たちは何も悪いことはしていないんだから」


ミカは志門の言葉にハッとした。志門の部屋でエルシャナと話した最後の言葉―――――


 

『私たちは何も悪い影響は与えていない、善を持って私たちは――――迎えられた』



ミカは俯いたまま合わせた掌をギュッと握った。

(そうだ、何も悪い事なんかしていない、私も志門も…………霊の誘導と保護があるように……… )


ミカは志門と理乃の方を向いて決然として言った。


 「昨日の事を他の者に説明をしたり麻里衣に口止めをさせる、というのもおかしい。何故なら私たちは悪い事はしていない、志門も善意でそうして―――私を助けてくれたんだ。

 だが、今回のことは志門と律子に大きな試練をもたらすかも知れない。私は今、霊の誘導と保護を祈り求める。二人も一緒に祈ってくれないだろうか?」

志門と理乃はお互い視線を交わすと無言で頷いた。


 ミカは周りを見て自分たち以外に誰もいないのを確認すると小声でこう祈り始めた。


 「宇宙創造の遠源であられる『ヤーウァ』、あなたのお名前が神聖と栄光を伴って顕われますように、天(霊子界)と同様に地(地上)に於いても成されますように。

 私、ミカELLE・カナンは善を持ってあなたの霊の領域へ入り、そして今こうして地上に導かれております。地上に於いて自身の行動もままならない中、アベル風早志門は私にたいして愛と親切を示してくれました。

 私たちの永遠の命の贖いである『ヤソ』の御名により、どうか霊による誘導と保護が風早志門の上にありますように―――エイマァ」


 志門と理乃はミカの祈りを聞いたとき少なからず驚いた。それは聖書の様式に従った祈りの型と寸分も違っていなかった。



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