『カインの使者』 第三部 第1章「逃亡者エディ・スイング」
統合機動宇宙軍SCV-01(リベレーター)からTR-3Dで逃走したエディ・スイングは、この世界を創った風早志門の意識を追うため地上へ降りる事を決意する。機動宇宙軍の防空網を掻い潜るため、地上降着のポイントは限られ、日本の長野県北部のとある山頂へ密かに降着する。無事に降り立ったエディだが彼女を待受けていたものは以前艦内に居た時とは違う、地上の異国の日常だった。
お金の持ち合わせがなく困り果てた彼女の前に手を差し伸べる一人の女性の姿があった‥‥
『カインの使者』 第三部 第1章「逃亡者エディ・スイング」
SCV-01(リベレーター)から逃亡したエディ・スイング搭乗のTR-3Dは高次元を飛翔していた。エディはその中で現在の世界を創りし者、風早志門の意識を探し続けていた。
(反応は有った…だけど、地上に彼は居るのか…あの月面都市と一緒に超次元空間に移行したのかと思ったけど……どちらにしても、この機体(TR-3D)では、あの超次元には行けない。先ず彼を訪ねなければ…)
エディは地上に張り巡らされた統合機動宇宙軍の防空網を細かく観て行った。高次感応で観るそれらは粗断続的に稼働し続けていた、全く隙は無かった‥‥
(さすがに防衛体制は強固に仕上がっているわね……だけど、扱っているのが人間なら…)
そう思うと彼女はそれ等を取り扱う人間とシステムの稼働の状態を観た。そこである事に気が付いた‥‥防空システムの何ヶ所かに於いて、ごく短時間だが稼働の途切れる箇所が感じられた。
(これは? 恐らくだけど機器のメンテナンス…定期的に行われているみたい。後、システムは稼働しているけど意識的に監視が弱くなっている部分も…当直の交代時間か?)
エディはシステムの定期点検と思われる個所を絞り込んだ。そして気が付かれずに地上へ降着出来るコースと志門の意識を感じる場所の距離を測った。
(見つからずに降着できる場所は長野県北部…この辺りでは幸い磁気異常が発生している、上手く潜り込める…ポイントはNAGANO/JR32+9R ……この辺りの山にしよう! 志門の意識を感じる所からかなり離れているけど……大丈夫、行けるはず!)
エディはTR-3DのIFFとその他の電子システムを切ると現次元に機体を移行させ、QS(量子ステルス)を展開すると地上へ向けて降下を開始した。
「目標ポイントロック、高度420ft……ギヤダウン! 降着まであと少し…」
TR-3Dはとある山の山頂へ降下して行った。着陸ギヤが生い茂った樹木に触れ、機体は傾きながら降下しバキバキッという音を立て、ギヤが地面を捉えるとその衝撃が僅かにコックピットへ響いた。
シートベルトを外すと彼女はシートをずらし後方にある狭いキャビンに進んだ。そこで重たいパイロットスーツを脱ぐとキャビネットを開き衣類を取り出した。TR-3Dは機密性の高い機体の為、事故等の墜落時を想定してパイロットを安全に逃がす(擬装)ため目立たないカジュアルな衣類も用意されていた。
彼女はその中から白い短パンとスニーカー、同色のTシャツとベスト、そして帽子とサングラスを取り出し着替えた。
TR-3D底部に在る昇降口に来るとエディは再度、電源系統とQS(量子ステルス)が機能しているか確かめた。直ぐに外へ出ることはなく、周囲の意識に注意して機体の存在に意識を向けている者が居ないか調べた。
(大丈夫、こちらに向いている意識は無い…)
TR-3Dの底部昇降口が開くとエディは注意しながら地面を踏み身を屈めると昇降口を閉じ、振り向いて機体が消えているか確認した。
(ちゃんと消えてるわね…では行こうっ!)
エディは機体から離れブッシュをかき分けながら山を下ったが、その間湿った土や泥で着ている服は簡単に汚れてしまった。一応道路に出たが志門の意識を感じる方向と距離は遥か彼方に感じた。
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
数キロ歩いたところで民家が多くなり人とすれ違う事も多くなった。目立っているのか地元の住人と思われる人の視線が痛い‥‥特に中高年の男性の視線は彼女の体を舐めまわすようでエディは嫌悪感を抱いた。
(困ったな…こんな感じで歩き続けなければならないの?)
喉の渇きを覚えた彼女は大きな通りに在るコンビニに入り飲物を取ってレジへ行きカードで払おうとしたがカードリーダーが受け付けなかった。困っていると店員が近づきエディの差し込んだカードを抜いて確かめた。
「お客さん、これ何処のカードですか? シップカード?聞いた事のないカードですね。」と店員は怪訝な感じで答えた。
(ああっ、いけない! これって公共で使えない奴だった ‼ )とエディは気が付いた。
結局、現金の、特に日本円など当然持ち合わせもなく何も買わずに店を出た。店の駐車場の輪止めに腰を落とし路頭に迷う事になった。
(どうしよう…これじゃ、志門の居るところまで行けない)
困り果てた彼女の前に一人の女性が近づく‥‥
「貴女、どうしたの、こんな所に座って?」
エディが顔を上げると、そこには東欧系の顔をした女性が腰を屈めて見ていた。エディは取り敢えず同じ外国人と言う事でホッと胸を撫で下ろした。女性は明らかに家庭の匂いがした、容姿は髪の色が淡いブロンドで瞳は水色、身長は165㎝くらいだろうか‥‥
「実はお金の持ち合わせが無くて…」とエディは答えた。
女性はエディの身なりを観察すると次のように勧めた。
「私の家に来ない。とても小さな家だけど、休んで行ったら⁉」
「ええっ!いいんですかっ?」とエディは思わず言ってしまった。それ程、今が辛い状況だった。
女性は頷くとエディを立ち上がらせ手を引っ張って暫く歩いた。コンビニからそう離れていない住宅地の路地に女性の家?は在った。それはタイヤが付いている所謂、移動式のトレーラーの様なものだった。
「さあ、中に入って!」と女性はエディを誘った。エディは階段を上がると入口の表札を見た。アルファベットロゴで “Akiyama” と書いてあった。配偶者は日本人のようだった‥‥
中へ案内されて二人を迎えたのは三十五過ぎの男性と八歳くらいの女の子だった。
「お帰り、ラーヤ…って‼ これは珍しいお客さんだ! 何処の人?」と男性は驚くように言った。
「そこのコンビニで困っていたみたいだったから…」
中へ入り落ち着くと二人は自己紹介した。
「私は秋山・ラーヤ・ポロスカヤ、こっちは主人の航大よ。娘は来沙、よろしくね!」
「私はエディ・スイング……アメリカ(アメリカって事でいいのかなぁ…?)から来ました。」
「まあ、狭いところだけどゆっくりして行って…」と主人の航大はエディに言った。
◆
その日、エディは久しぶりにシャワーを浴び、美味しい食事を口にした。着ていた服は洗濯してもらい、代わりのパジャマをラーヤが用意してくれた。
特別に用意してくれたロフトの就寝スペースでエディは身体を横にして今までの事を追憶した。
(今まで強制的に働かされて来たけど…もう私はあの艦には戻らない、っていうか戻れないんだ……中尉さん、大丈夫かなぁ……博士も会社から責められそう……)Zzz‥‥
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
翌朝、朝食を摂るとエディは秋山夫妻の元を離れることを決めた。長居は出来ないしこれ以上留まれば間違いなく迷惑を掛けてしまうと思った。地上でも行方不明になったTR-3Dの行方を追っているはずだからだ。
私の申し出を聞くと夫妻は少し残念そうな顔で答えた。
「残念だな、私はもう少し君と一緒に話がしたかったのだが、其々の方向性も有る。」と主人の航大は彼女に言った。ラーヤが昨日、洗濯してくれた衣類をエディに渡した。
「洗って置いたから…また困った事があったら来なさいね、逃亡者さんw」とラーヤは笑いながら彼女に服を渡した。エディは目を丸くして驚いた。
「えっ、なんでそれをっ⁉」
「洗濯する時に胸ポケットにこのカードが入っていたのw ごめんなさいねw」そう言ってラーヤはカードもエディに渡した。
「統合機動宇宙軍のシップカードね、まあ日本では報道規制で統合機動宇宙軍の存在自体余り知られていないけどSVR(ロシア対外情報庁)では普通に知られているわ。」
「お願いですから、その事は黙って置いて…」エディが言い終わらない内にラーヤは約束した。
「心配しないで、貴女の事を言ったって私たちに得はないわ。貴女はただの通りすがりの旅行者!」
秋山夫妻は互いに顔を見合わせて微笑んだ。隣にいた娘の来沙はエディに近づき別れの言葉を言った。
「お姉ちゃん、また来てね!」そう言って来沙は幾らかのお金を彼女へ渡した。エディはえっという顔をして夫妻の方を見た。
「少しは持っていないと逃げられないわよw 貴方の旅はまだ長いでしょ。」とラーヤは笑みを浮かべた。
「ありがとうございますっ!」とエディは答えた。
地上へ降り、秋山夫妻の助けを得たエディの志門探しの旅はこうして始まった‥‥