カインの使者 第二部 第23章「決 別」
志門とミカ――二人にカインの都市セイルとの別れの時が迫る。
第二部 第23章「決 別」
私たちはサンヘドリンへ飛び、政務執行長官のエステルに今回の事を報告した。
「ご苦労だった。これで我々には選択肢が一つ増えた。しかし、気になる点もある……この同位体は何者かが、こちらに譲った、という部分だ。その者が最後に送った言葉が “これで終わりになります” だったな、志門」
エステルの前に並んでいた志門は頷いた。
エステルはそう言うと隣にいた特使に聞いた。
「特使はこの事象をどう考えられますか…高次の意見をお聞きしたい」
「この同位体を譲った者は高次の思考と繋がった者です、彼女?の思考が私たちが見る未来線と繋がっているのを見つけました」と特使は言った。
「どのような未来ですか?」とエステルは特使の方を注視した。
「未来線に影響が有るかもしれないので現在点で詳しくは述べることは出来ませんが、良い未来です。彼女?も平和を望んでいたのかも知れません…」と特使は答えた。
「一体、何者なんです?」とエステルは尚も特使に尋ねた。
「彼女も初期人間です。但し…それは遺伝子を見直し、再生された人工人…でした。私たちは過去未来を見ることは出来ますが意識を向けない部分までは分からないのです」
「ありがとうございます、特使。少しだけ理解できました、安心しました」
エステルはそう言うと向き直ってマーナたちへ告げた。
「間もなく都市の霊子世界への移行が始まる。ミカと志門の他は中央広場のドームへ飛び、準備をしているロタを補助するように!」
エステルがそう言うとElle・シャナが消え、続いてマーナも消えようとしたが彼女は志門と目を合わせた。
目を合わせた志門は、その一瞬の中に前の世界を事を閃光のように思い出した。
そう、あれは今の世界を創るためにループストライカーでセイルから発進する直前…
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“モニター越しにマグダレネと目が合った。ほんのわずかな時間、いや一瞬だったがそれは永遠のように感じられた。
映し出されていた画面にノイズが走り通信が途絶えた。
「お姉さん、ありがとう…」”
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(それは最後の別れの瞬間!)
志門は「お姉さ…」と言い掛けて一歩を踏み出そうとした時、マーナは消えた。
「君たちは地上へ返す…最後の別れになる」
エステルは寂しそうな表情を浮かべて二人に言った。そして志門には次のように言った。
「アクエラがお前に会いたいと…隣の部屋だ」そう言って部屋に通じる壁の黄色い枠(原子間隙通路)を指した。
志門は言われた通り壁を抜けて隣の部屋へ入った。そこにはアクエラが佇んでいた…
「志門、こっちへ来い」とアクエラは言った。
志門は何を話して良いのか分からず、ただ言われた通り歩み寄った。
アクエラもぎこちなく志門へ一歩踏み出す。
お互い顔を合わせる距離に近づくとアクエラは志門に両腕を回し彼の頭を撫でた。
「‼……」
「志門、お前が私にして欲しかったのは……薬を使わなくとも…お前がそう言えば、こうしてやったのに…」とアクエラは志門の耳元で囁いた。
「…………」
(自分は謝らなければならなかったのに……お姉さん…)
私が待っていると志門は隣の部屋から戻って来た。そして、目を真っ赤に腫らしている彼の顔を見た。
「貴方……泣いているの?」
志門は手で涙を拭ったが何も言わなかった。
◆
都市の中央広場に作られたドームの中では都市民全員が集まりケルブとセラフィムの最高評議会議長エルメラの言葉を聞いていた。
「カインの成員たちよ、今まさに聞いて欲しい。我々は次元探査計画に於いて新しいこの世界へ魂の記憶を引き継いだ。だが、ハシュタン(ハーサッタン:悪魔)に支配されたアベルは尚も我々を追い詰めようとしている。一体、何十世紀…世界を変えてでも追われなければならないのか!
我々に非は無い。しかし、それでも我々が戦ってはならない事は聖典の記述でも明らかである。
“『剣によって立つ者は剣によって倒れる』” のであると!
私は一つの案を出した。それは創造の淵源である『ヤァーワ』の元へ、霊子世界へ帰る事である。彼等はもう二度と我々を追うことは無い、追うことが出来ないのだっ!
だが、我々も霊子世界へ行くため代償を払わなければならない……我々は人の形から霊子の形へ昇華しなければならない―――人類としてのカインはここに終わりを告げる!
私はここに誓う。『ヤァーワ』の聖名によって都市セイルを霊子世界へ移行する事を‼
『ヤァーワ』に栄光を! ドバールカイン! 」
都市民たちに賛美の声が沸き上がり、その声はドーム内を埋め尽くした。
中央の部屋で始とネフェリーム・バリアント、そしてロタ、Elle・シャナ、マーナはモニター越しにそれを見ていた。
始とネフェリーム・バリアントはもう何も言わなかった。自分のしなければならない事はハッキリしている……
ロタは二人の手を優しく包み感謝した。Elle・シャナは波動監視モニターの前に座り、その時を待つ。そして、その横に立つマーナ…彼女は時折流れる涙を手の甲で拭った。
*********
サンヘドリンの長官室でエステルとアクエラ、志門、ミカもドームで行われている様子を見ていた。
暫くして、特使は船の準備は整った事を二人に告げた。
遂に志門とミカにセイルとの別れの時が来た。
志門はエステルにすがりつく様に最後の願いを申し出た。
「どうか…最後に他の皆と別れの…挨拶をしたい…お願いします」
エステルはモニターのチャンネルをドーム内中央の部屋に繋いだ。そこにはマーナと他の者の姿が映った。そして、皆が一斉に志門の方を向いた。
しかし、誰も言葉を発することは無く、優しくも寂しく悲しい表情を浮かべていた。それは各人の暗黙の決意を表していた。そして志門も声が喉の奥に詰まった…しかし。
遂にその思いが喉を超えて声を発した。
志門は大声で一人ひとりの名前を叫んだ。そして最後にマーナの名前を何度も叫んだ。
「マーナッ、マーナッ、マァーナーっ、お姉さん…お姉さぁーん!」
都市の移行作業が始ったのか、モニターの画像は途切れた。
床の上に膝を落し手を着く志門…床は涙で濡れた。
特使はエステルの方を向くと黙って頷き、エステルも “んっ” という感じで頷いた。
アクエラが志門を立ち上がらせると彼にハグし、私の手を優しく包むとこう言った。
「二人とも元気で……さあ、往くんだ!」
アクエラはミカの手を放すと特使の方を向いて頷いた。
特使は志門とミカの後ろへ回り二人の肩に手を置くと船へ飛んだ。




