カインの使者 第二部 第21章「過ちと潜入」
アクエア等たちアベルの軌道プラットフォームへ潜入するためブリーフィングを行っていた。
そこでアクエラから必要な器材の説明を受ける志門だったが調子に乗った志門は誤ってアクエラでそれを試し、彼女は動けなくなってしまう。その行為を見たミカは激高し、志門を何度も殴る。
メディカルへ送られた事を聞き、マーナはアクエラの元に駆けつける。マーナは自分の監督不足を詫びるが、アクエラは自分の説明不足と、前にネフェリーム・バリアントにそれを使おうとした罰だと言う…
アクエラの代わりにミカたちに加わるマーナ。
ループストライカーは再び月を飛び立ち、計画通り志門をアベルの軌道プラットフォームへ転送に成功するが、志門がそこで見たものは……
第二部 第21章「過ちと潜入」
鼻血を撒きながら床に転がった志門の上に馬乗りになると私は尚も彼を殴った。
「バカッ、バカッ…志門のバカッ!」私は泣きながら彼をボコボコにしていた。
私が信じていた志門の人間性が許せなかった。それは裏切られた、というイメージだ。彼の行った事はまるで小動物を虐待している様に映った。今まで信じて来た彼のイメージを覆すような……そう、裏切られたという気持ちだ。
「もういい、止めろっ、それ以上殴ったら本当に志門が動けなくなるぞっ!」アクエラの側にいたElle・シャナは大きな声で私を制止した。
Elle・シャナはアクエラの方に向き直ると彼女の様子を見た。
「これはダメだな…直ぐにメディカルへ送らないと!」Elle・シャナはそう言うと志門の所へ行き、足で蹴った。
「志門、お前は邪悪だ!どうしたらこんな事を考え付くんだ、あの装薬は単なる薬じゃない、中にはナノマシンが入っているんだ!」Elle・シャナは志門に向かって叫んだ。
私に殴られてボロボロになった志門は顔が腫れ上がり、口と鼻から血を垂らしながら謝った。
「ひらなかっら…たらのくふりらと思っていたんら……ごえんひょお…」
*〈知らなかった、ただの薬だと思っていたんだ……ゴメンよぉ…〉
「薬自体は時間が経てば効果は消えるがナノマシンは特殊な方法で回収しないといけない。時間が無いこんな時に、よくもやってくれたもんだ!」とElle・シャナは怒鳴る。
Elle・シャナはアクエラを連れて部屋から消えた。私と志門が部屋に残されたが私は彼を見ることが出来なかった。
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Elle・シャナから報告を受けたマーナは直ぐにメディカルへ飛んだ。
部屋の中に入るとアクエラはボディースーツを脱がされ、ベッドに横たわり、首と四肢には特殊なリングが取り付けられていた。
「志門がやったのか⁉」とマーナはElle・シャナに聞くと彼女は黙って頷いた。
「志門はこれが地上の薬と似たような物だと思ったらしい…試し打ちのような感覚でアクエラに打った」
「知らなかった…とは言え、こんな事が思いつくのは……」マーナはその先の言葉が出なかった。
「Elle・シャナ、同位体の回収の方は進んでいるのか、時間が逼迫している。戻れ!」マーナがそう言うと彼女は部屋から消え、部屋にはアクエラとマーナだけになった。
マーナは両手で頭を抱えた。
「ウゥッ…マーナ…」と絞り出すような声でアクエラは言った。
それに気が付いたマーナはアクエラに近づいた。
「すまないアクエラ、私の監督が足りなかった…」
アクエラは目だけを動かしマーナを見ると次のように語った。
「私の落ち度だ…彼には薬の危険性を…十分に伝えていなかった……これは私が受ける罰だ」
「罰、何の罰だ?」とマーナ。
「私自身、カインをアベルから守るために……この薬剤でネフェリーム・バリアントを…利用しようと…」そう言うとアクエラは目を閉じた。
「大丈夫か、アクエラ⁉」マーナはベッドの縁にしがみつくようにして彼女に言った。
「心配ない……志門に伝えてくれ。これは事故だった…」アクエラはそう言うと意識を失った。
部屋を出るとマーナはメディカルから志門たちの居る所へ飛んだ。
部屋の中へ入ると顔がズタボロの雑巾ようになった志門とElle・シャナ、ミカが居りブリーフィングを行なっていた。
マーナもその中へ入ったが、先にあった事には触れなかった。
「ミカ、準備はどうか?」とマーナ。
「…2ホーラ(時間)後にループストライカーで出ます。霊子航法では物理転送が出来ないので光子航法で転送距離まで接近して、志門を…」私はズタボロになった志門の顔をチラッと見て次に繋いだ。
「アベルの軌道プラットフォーム内へ転送します。転移座標はプラットフォーム内のセントラルデッキ、その下部にあるメイン推力発生室――カインの剣の同位体の部屋へ侵入、カプセル内の操作員がカプセルから出た時を狙って、この倍力装置…人工生体脳に装薬を投入する手筈です」と私は説明した。
「生体脳か…分厚い特殊なガラスに入っているが、どうやって装薬を打ち込むんだ?」
マーナは空間に映し出された透視図を見て言った。それに対しElle・シャナが答えた。
「こいつの格納容器は完全に密閉されている…内部溶液の循環系…ここを開けて装薬を全部落とし込む。ここは内部溶液を交換するためのにチャンバーになっている。直接打ち込むわけじゃないので志門がコントロールするには少し時間が掛かると思う。その後カインの剣の同位体を――ここのカプセルから取り出させる」
Elle・シャナは透視図を指しながら説明したがマーナは問題を指摘した。
「これでは時間が掛かり過ぎる、カプセルから操作員が出た時は同位体との接続が切れているはずだ。同位体単体なら霊子波動は強くないのではないか?」
Elle・シャナは短い溜息を吐いた。
「同位体と人工生体脳は別のバイパスで繋がっている。これは操作員が一時的にカプセルから出た後も同位体を思考操作している証拠だ。先ず元を絶たなければダメだ」
結局、最初の案で行く事となった。
2ホーラ(時間)後、私たちは再びループストライカー84号機に搭乗した。
光子航法のため、今回は私が船を務める。
{転送装置に霊子スキャンデーターを入力した…よし、これで転送座標マーカーを発信しないから探知されない、Elle・シャナ船を出して!}
「了解、光子準励起状態へ移行。質量0.0002、発進!」
ループストライカーは亜光速で月を離れた。
「軌道プラットフォームとの距離……10万ファーロング(ファロン)。敵性波動無し、転送可能位置へ到達した、志門、準備は良いか⁉」Elle・シャナは志門に呼び掛けた。
志門は既に向うの乗組員の宇宙服に擬態しており、OKサインを出した。
「よし、志門行ってこい‼」
そう言うとElle・シャナは志門を転送した。
◆
転送は一瞬で完了した。志門の回りにはプラットフォームの乗組員が何人かいたが転送には気が付いていないようだった。
志門のボディースーツは自動的に擬態の上から対視覚コーティングを展開した。
志門はクロスライザーにインプットされた船内図を見た。
「セントラルデッキ…格納庫だ」
周りを見渡すとカインとは比べようもないくらいな物質感が漂っている。ループストライカーやプレアデス船を見慣れた志門には余りにも遅れた技術に感じた。格納庫内には黒い三角形の機体が確かに二機存在した。
志門はその機体に描かれたアルファベットを見た。
(USSF…アメリカ宇宙軍‼ って事はこれが巷で噂のTR-3Bなのかっ⁉)
志門は周りに注意しながら下の階層、カインの剣の同位体の在る所へ進んだ。何人かの乗組員とすれ違ったが気が付かれていない…
志門はそれでも尚慎重に通路を進んだ。インプットされたスキャンデータを確かめながら動力室の入口手前まで来た。
入口には二名の歩哨らしき者が見張っていた。
(マズいな…どうやって中へ入る。見えないとは言え勝手にエアロックを動かすわけにも……)
そう思っていた時、入口のエアロックが “プシュッ” という音と共に開き、一人の者が出て来た。
年齢は若いのかどうか分からない不思議な感じで、見た目も男性のようでもあり女性のようでもあった。
(これが同位体の操作をしている奴か……)




