カインの使者 第二部 第19章「可能性を求めて」
始の地上帰還が不可能とマーナとミカによって伝えられた志門は自責の念に駆られる。また、始も複雑な思いを抱く。そんな中、志門は思いもかけない事をマーナたちに提案する。
プレアデス船の協力を得て、ミカとElle・シャナ、志門とアクエラを乗せたループストライカー84号機は再び霊子界に向けて飛び立つ。
第二部 第19章「可能性を求めて」
サンヘドリンで聞いた事はマーナ、アクエラによって他の者たちへ速やかに伝えられた。
マーナと私は志門の部屋を訪れ事の次第を語った。
志門は驚いた。
「ちょっと待ってよ、お姉さん。始くんは帰れないって…彼には地上で仕事もあるし仲間もいる!」
マーナは悲しい顔をして次のように言った。
「私が彼を連れて来なければ…こんな事にはならなかった。だが、彼が居なければ多くのカインの血が流れる………」
志門は拳を握り締めた。
「嫌な予感がしていたんだ……始くんとネフェリーさんの調査が終わった時……僕とミカの時みたいに…」
私は頭をうな垂れ苦しむ彼に寄り添った。
「私たちは確かに、あの時のミッションで一度死んだ…だけど、今の世界で前の魂の記憶を引き継いでいる。だけど今回は本当に隔絶された世界に始は行ってしまう…その事を考えると…私も辛い…」
志門は気が付いたようにマーナを見た。
「地上帰還者にお姉さんが入っていない…何故⁉」
「私は……」マーナは言い掛けたが志門は駆け寄ると彼女を抱きしめた。
「皆で一緒に帰るんだっ!ミカとお姉さんが、また家で馬鹿なことを言い合って欲しいんだ…」
志門は爪が食い込むようにマーナを抱いたまま、その目には涙が浮かんでいた。
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一方、アクエラは始とネフェリーの部屋で二人がやらなければならない事を語った。
それを聞いた始は複雑な顔をした。それを見たネフェリーはアクエラに質問した。
「私一人では出来ない事か?私は4年前、始と居たときにバリアント(霊鉄の戦車)を扱った。それを使って18000ファーロング(ファロン)の霊鉄の壁を作った事がある…そのせいで自分の命も削ったが…」
「それはダメだ」とアクエラは彼女に言った。
「断定できるか⁉」とネフェリー。
「始は貴方の霊子波動を安定させるブースターのような役割だ。今回、分かった事だが性愛の霊子波動は他のどのケースと比べても安定している、そして何より強力だ。今回、セイルの霊子世界への移行は不安定な波動では移行することが出来ない。移行の途中でも、恐らく再試行(トライ&エラー)が発生する……そのためには長い時間の波動の安定性は不可欠になる」とアクエラは彼女に説いた。
「自分はネフェリィと一緒に……地上へ帰りたかった…」始は呟いた。
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特使はケルブとセラフィムの最高評議会で議決が行なわれた後、本星から二隻のスターシップを呼び寄せた。二隻のプレアデス船はセイルの上空で滞空した。
一隻はアベルの時空機に対して牽制の役割と、残る一隻はミカと志門の地上帰還のために用意された。
特使とエステルはサンヘドリンの長官室でセイル上空に滞空するプレアデス船を眺めていた。
「とても心強い…どうか私たちが霊子空間へ移るまで、アベルの時空機の攻撃からセイルを護って下さい」とエステルは特使に言った。
「はい、私たちの観測では彼等が攻撃をして来ることは幾つかの主要な未来線の中に在りました」と特使。
「懸念材料はアベルが持っているカインの剣の同位体です。本来ならアレを残しておきたくは無かったのですが…」
エステルは空を仰いだまま特使へ言うと、特使はその同位体の今後の行方の未来線について話した。
「今、志門くんがロタさんとアクエラさん、マーナさんとミカさんにその事を話し合っています。上手く行けば向うが持っている同位体を何とか出来るかも知れません…」
エステルは特使の方を振り向いた。
(一体、あいつら…何をしようとしているんだ?)
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私と志門、そしてアクエラとマーナはロタの部屋を行き、アベルが所持するカインの剣の同位体について検討していた。計画の中には、その事は含まれていなかったが志門がどうしても話し合いたい、という事だった。
「カインの剣の同位体は利用できないのですか? 」と志門はロタに尋ねた。
ロタは驚いた。
「利用… いったい何をするつもりなんだ、志門?」
「奪うんです!」と志門はストレートに言い、続けて話した。
「もし、それが使えるなら帰りの燃料として使えるかも知れないじゃないですか!」
アクエラが割って入った。
「簡単に言うな、志門! プレアデス船が破壊されたのを覚えているだろう、我々に対して攻撃的な波動だ。それも強力な――」
「そこですよ!」志門は間を開けずにアクエラに言った。
「始くんの持ってきたカインの剣でもネフェリーさんに会わなければ、大きな力を出す事は出来なかった。向うの持っている同位体がどうやって神様の船(プレアデス船)を壊せたか僕は疑問に思っています、調べる方法は無いのですか⁉」
「ループストライカーの霊子スキャナーなら先に観測したときの、より細かい内部構造を説明する事が出来ると思う。この前の観測はパッシブな波動スキャ二ングだったからな」と私は志門に言った。
「カインの剣は持ち主の思いに呼応する…恐らく何かの補機で同位体の力を倍加させているのかも……」とアクエラは言った。
ロタは志門の前に立つと両手を肩に置いた。
「君はどうやっても始を地上に連れて帰りたいのだな……健気だ」
「僕も始くんを連れて来ました。僕が彼を地上へ返さないといけない!」と志門は力む。そしてマーナの方を向いた。
「お姉さんも絶対に連れて帰る!」
(志門、良い男になったな…)マーナは志門を見てそう思った。
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この事は直ちにエステルに報告され了承された。
「分かった。だが、絶対にループストライカーを損傷させるような無茶はするな」とエステルは釘を刺した。
「分かりました、直ぐに準備に掛かります」
「Elle・シャナが既に歴代ループストライカーの都市内での配置は終っている。84号機はこの作戦が終わり次第、定位置に降りてくれ。霊子界移行に備えて全都市民と始、ネフェリーム・バリアントは準備させて置く」
エステルはアクエラに命じた。
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都市のドーム内縁に沿って配置されていたループストライカー84号機にElle・シャナと私、志門とアクエラが搭乗した。
アクエラは作戦を説明した。
「通常の光子航法ではアベルに察知される、かなり浅い深度で霊子界からアベルの軌道プラットフォームをスキャンする。Elle・シャナ、84号機の霊子界深度はどのくらい取れるか?」
「潜航準備深度にも及ばない…霊子界表層面ギリギリです」とElle・シャナは答えた。
「前の時のようにアベルの霊子ジャマ―の影響を受けるかも知れないな…」と私は言った。
「霊子エネルギーが充分に無い状態だ、霊子スキャナーで船体をスキャニングするには物理距離が必要になる。有効距離は概ね80ファーロング(ファロン)…向うが霊子波動を探知できるならヤバい距離だ!」とエルシャナがぼやいた。
「やってみましょう、やるしかない!スキャンしたら直ぐに戻って下さい」と志門。
(簡単に言うよなぁ…志門は)
Elle・シャナは陰でそう思いながらパーソナルディバイスの格納室ヘ入り船と同期した。
「久しぶりだな、霊子接続は…」Elle・シャナは空間に何層にも映し出されたオプティトロニックモニターを慎重に確認して行った。
コックピットに居る私はElle・シャナを呼び出した。
「どう、上手く接続できた?」
{久しぶりにイイ感じだ、ドームを出たらループストライク(霊子界潜航)に入る}
ループストライカーはドーム外へ離脱すると上空で滞空するプレアデス船を確認した。
この時、特使の声を受信した。
{私たちの船で地上の船を引きつけます。その間に近づいてください}
そう言うと、プレアデス船二隻の内一隻がドーム上空を離脱し月の表側へ飛び去った。
「ありがたい、ではこちらも行くぞ! Elle・シャナ、始めろ‼」とアクエラは指示を出した。
{了解、霊子界潜航開始! エネルギー展開、物理条件、霊子波動に転換…}
「 ループストライクッ、潜れぇっ‼」と志門は大きな声で叫んだ。




