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カインの使者  作者: 天野 了
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「地上の旅」

ミカは志門に連れられて、初めて地上の旅を経験する。志門の仲間とリニアで移動中、昨夜の事で志門のガールフレンド、真部律子に大きな誤解を与えてしまう。


車中で生まれて初めて口から食べ物を体内に取り込む“食事”という行為に戸惑いながらも地上の生活に慣れようとするミカ……体に必要な栄養やその残渣を転送という形で体内外に出し入れする装置は壊れていた。

リニアは旅行の目的地、四国の愛媛松山へと向かう。

第三章 「地上の旅」



志門は近くのコンビニに走ると女性用の下着を購入した。サイズは大体でいい。とにかく着けることさえ出来れば良かった。

 後は上着やスカートだがこの時間で開いている店がない。志門はすぐ近くの理乃の家に向かった。


 「おはよぉ―――お早うございます」

急いでいたので息が切れる。


 叔母さんが出てきた。

 「あらぁ、志門君早いのね。ちょっと待って、理乃を呼ぶから」


 そう言って叔母さんが中に入ると替りに直ぐ理乃が出てきた。

 志門は理乃を引き寄せると耳打ちした。

 「すまない、理乃。その―――服を貸してくれないか、上下で、それと靴も――」


理乃は志門の方を向いて無表情に首を傾げた。

 「理乃、今変態だと思った?」

 理乃はニッコリ頷いた。

 「朝っぱらから冗談言ってる場合じゃないんだ。実はその………」


 志門はいったん後ろを向き少し考えて再び向き直った。

    

 「実は父さんの知り合いだった人の娘さんが家に来たんだけど外国の人でその…………シャワーを浴びている間に服の入ったトランクを盗まれて……………… 」

 「家の中で? それおかしくない」

志門は問詰められて目を逸した。


「目が泳いでるよ、志門。まあ――――いいか、服を貸してあげる。その代わり、その子を紹介してね」


 志門は策もなく了承せざるを得なかった。



 一方、家でミカは志門の部屋に置いてある物を調べていた。原始的でミカには見たことのない物ばかりだった。


 「データーの媒介は紙と樹脂の円盤の様な物で行うのか?」


 ミカは机の棚に置いてある本を取り、読み進めた。その中で興味深い一冊の本を見つけた。

黒塗りの背表紙の付いた分厚い本で志門たちの言葉では“聖書 ”と呼ばれるものだった。


 ミカは開いて内容を確認すると頷いて本を閉じ暫く瞼を伏せた。


 (私たちの聖典と同じだ。地上の人間も宇宙創造の遠源に信仰を置くのだろうか………)


 少し間を置いて玄関が開く音がして誰かが駆け上がってきた。足音でかなり焦っているのが分かるとそれが志門だと確信できた。


 入って来るなり志門はドアを閉めた。

 「ミカ、これを着て、早く―――だからぁ、何で体を隠さないっ‼」


 ミカは羽織っていた毛布を落としていた。

 「暑いから―――――何で隠す必要が?」

 「従姉が来ている―――コレ着方分かるだろ、暫くしたら呼ぶから、おとなしくしてて」

 志門はドタドタとまた一階に降りていった。


それはただの布の様だった。一応、穴の位置と縫製の形状からどの部分に着けるか理解できた。

「しかし“アベル“達は何でこんな布を羽織るんだろう。この布に意味があるのか? 」




 一階のリビングに降りた志門は理乃の入れてくれたコーヒーを啜っていた。


 「志門、さっきから顔が真っ赤だよ、変な汗、出てるし―――」

 「ごめん、何でもない。でも心臓が…」

 「大丈夫なの? それより志門の知り合いの女の子どうするの」

 志門はコーヒーカップをテーブルに置くと理乃の方を向いた。


 「それだ、一緒に連れて行きたい。理乃、ホテルと乗り物の予約何とかならないかな、もう一人分……無理を言うけど」

 「個人でならともかく一応トラベラーを通じての予約だから…………ウ~ン、難しいかなぁ」

 二人は腕組みをして考えたが良い案が見つからない。


 ドアが開く音がしたので振り向くとミカが立っていた。


 「志門、これで―――いいのかなぁ?」


 理乃は志門の知り合いと聞いていたので出来るだけ良いものを貸していたが見事に着こなしている、と言うよりむしろ着ている彼女に服が精一杯付いて来ている感じだった。スタイルも良く全体のバランスの良さは完璧だった。

 理乃の視線はミカの顔に移った。これもまた同性でありながら敬意さえ抱きたくなるような整った顔立ちだった。

 一方、志門は驚くと同時にホッとした。

 内心、ミカがあべこべに着ていたりパンツを頭に被ったりして現れたのではないかと思ったからだった。


 「ミカ、呼ぶっていったのに………正直、今日は何回驚いているんだ、僕は――」

 「悪い、しばらく経っても呼ばれなかったので降りてきた」

 ミカは理乃の方を向いて近づこうとしたが志門が制止した。


 「僕が紹介するよ。ミカ…何だっけ?」

 「ミカELLE・カナンだ」とミカ。


 「そうそう、ミカE・カナン。父さんの知人の娘さんで昨日来たんだ」


 それを聞いた理乃は志門の嘘を見抜いた上でこう言った。

 「志門、それはもういいよ。それよりね、この子は―――」

 理乃は志門の耳を引っ張って小声で言った。


 「この娘はいい子なの?」


 理乃にとっては出処よりもミカの素行が気になった。旅行に行く際、仲間に加える条件としては外見ではなく信頼に足る人物かどうかだった。


 問われた志門は悩んだ。実際のところ昨晩の出来事であり良いか悪いかなど判断しようがなく加えて一般的に受け入れられない奇行があった事などを考えるとミカは余りにも解らない事だらけの人物と言えた。


 理乃は、はっきりしない志門に少し苛立ちを覚え始めていた。

「志門の言った事は嘘、直ぐに分かる。ミカ、あなたはどこから来たの? 私達は今日旅行に行くの、それであなたをゲストとして迎えたいの。本当のことを話してくれないかな」


 志門は自分の不甲斐なさを感じると共に理乃の女性としての強さを改めて感じた。


 ミカはフッと笑みを浮かべて答えた。

 「リノだったかな…この服は君が貸してくれたんだろう。サイズが君に合っている、先ず礼を言いたい、ありがとう。

 私の出処だけどこれは彼にも本当のことは話していない。今ここで言えるのは “空 ”から来た、というのが私にとっては精一杯なんだ。


 だけど世界創造の遠源―――地上の言葉では『神』か。 それに誓っても志門や理乃たちを侮ったり危害を加えたりしないから私を信じて欲しい」



 理乃は違和感を覚えて一歩退いた。

 一般的な女性が使う言葉じゃない事に驚いたがそれよりも人間的な匂いがしなかった。だがそれは決して嫌悪感を抱くようなものではなく、むしろ正直と廉直さを示していた。


 「わかった、では貴方をゲストとして迎えるわ。後で皆に紹介するね、一応、志門の作り話で合わせるからよろしく」


 理乃はもう一度ミカに近寄ってみた。

 整った顔立ち、プラチナブロンド、と表現するのさえ俗に思うほどの輝く銀髪。そして碧玉の様に透き通った瞳は他に類がないように思えた。


 「それじゃ、私はもう一度ミカの分をトラベラーと掛け合ってくるから」

 ミカが理乃を止めてこう言った。

 「私の分は行く先で頼んだら何とかなる。ただ地上で使う金銭は持ち合わせが無いので貸して欲しい、後で必ず返す」


 聞いた志門はまた驚いた。


 「お金はオレが用意できるけど他は………頼めば何とかなるのか⁈」

 「成る! 頼まれた人は好意的に私の申し出を聞いてくれるだろう。ただし “意図的 ”にそうしてもらうので普通より少し多めにお金を渡してあげたいんだ」


 「ミカの気持ちは分かったよ、だけど…百円のところが千円になるのは困るな」


 ミカはフフッと笑って志門に言った。

 「志門は私にそういった常識が欠落していると思ったのか?」

 「チョッとだけ…」

そう言って志門は右手の親指と人差し指に隙間をつくった。


本当は全く判断がつきかねるので両手、両腕を思いっきり広げたかったのだが。

 理乃は大丈夫そうに見えたので集合の場所と時間の確認を取って家へ帰っていった。




 その日の午前中、志門とミカは集合場所である街の中央駅で理乃と他のメンバーを待った。

 志門は恋人である律子に昨日から何の連絡も取っていない事に気がつき慌てて携帯を開いた。


案の定、律子からメールが2件続けて入っていた。

「マズ…なんて言えばいいんだ」


 横に立っていたミカが覗き込んできた。

 「文字? このディバイスは何だ、これで何か出来るのか。これを見て何を困っている?」  

 志門はエッと思った。

 「何で僕が困っていると――⁉」


 ミカは志門の額を指して答えた。

 「クロスライザーを通して “困っている ”という感情が伝わって来た。何に困っているんだ?」


 言っても特に害がある訳ではないので志門はその理由をミカに伝えた。

 「そうか……………私のせいで連絡する事を忘れてしまったんだな。それは済まなかった」


 志門は携帯をポケットにしまうと遠くを見ながらこう言った。


 「連絡が無いと寂しいだろ。恋仲なら余計にね」

 「連絡が無いと寂しいのか?  古い記憶だけど地上のアベル、いや人間たちは親密になった男女は結婚という儀式を執り行って一生を一所に住むのか?」

 「そう、パートナーとしてね」


 ミカは志門の話とその感情を理解できなかったが「パートナー」という言葉でエルシャナの事を思っていた。


 志門が腰を上げて手を振った。その振った方へミカは振り向いた。


 理乃と女性が二人、その内一人は一人の男性に腕組みをしている、と言うよりしがみ着いていた。その男性はこっちを見て驚いているようだ。

 ミカはもう一人の女性に目を向けた。余り表情が感じられないがこの女性が志門の言っていた “恋仲 ”の人物らしかった。


 「志門、待った?」と理乃。

 「ああ、待った待った」と言って志門は笑った。


 

理乃はミカの肩と手を取って皆の前に連れて行くと、こう紹介した。

 「今日は素敵なゲストさんをお迎えしました。志門のお父さんの知り合いの娘さん。昨日、日本に来たの。旅行に同行するので皆仲良くしてあげてね」

 「私はミカELLE・カナン。この国の事は詳しくは知らない、よろしく頼む」

 ミカはそう言って皆の前で頭を下げた。


 「スゲェ、可愛エェーッ! 志門、お前すごいな。こんな綺麗な子と、それも外国の子と知り合いだなんて」

 島崎はしがみついている妹の麻里衣を引き摺りながらミカの方へ近づいた。

 「オレ、志門の友人の島崎蘭人。分からない事があったら何でも聞いてな」


 ミカは蘭人の小脇にしがみついている女性に目をやった。

 妹の麻里衣は喋らなかったがその目はあからさまに攻撃色を示していた。


 「そこのアベルの女…私に危害を加えるつもりなのか⁈ 七倍の復讐にも懲りずに―――それでも私に対して立ち上がろうというのかっ‼」


 皆はミカの言っている事が分からなかったがその真剣な怒りに度肝を抜かれた感じがした。


 慌てて志門がその場を取り繕った。

 「彼女は長旅で少し疲れているんだ。麻里衣ちゃん、彼女はお兄ちゃん取ったりしないから安心して」

 「アベルって何だ?」と蘭人。それに答えたのは志門の彼女の真部律子だった。


 「聞いた事がある、確か聖書に載っていた人物で人類史上初めての人殺しの犠牲者だったかなぁ……」


ミカの表情が更に険しくなった。空気を察した理乃はミカを宥め到着した予定のリニアに皆とは別の入口から乗せた。

ミカと理乃以外は皆グリーン席に着いた。志門は気になって席を立ち普通席の車両へミカを探しに行った。


 ミカは理乃と一緒に立っていた。志門はミカに尋ねた。


 「一体どうしたんだ、何かいけなかったのか?」

 「すまない、あの女の態度を見ていると私の中のものを抑えられなかった。それに……志門の恋仲が説明まで付けてくれたので尚更我慢できなくなった」

 「後でゆっくり理由を聞くよ。皆の所へ行こう、ミカ」


 志門は彼女である律子を後にしてミカに関わっている自分に後ろめたさを感じつつも何故かミカを放っておけない自分を知るようになっていた。


 理乃がふたりを引き止めた。

 「志門、グリーン指定の切符…」

 「そうだった! 理乃、オレはミカとしばらく此処で一緒にいる。彼女が落ち着いたら戻るから―――皆にそう伝えておいて」


 理乃は何も言わずその場を立ち去る時、背中越しにVサインを見せた。

(後は任せた――てか…)


 志門はミカの手を引っ張って空いている席を探した。グリーン車から更に二両離れた所で席を見つけた。


 「ここに座ろうか、ミカ。朝から何も口にしてないだろ、お腹空いてない?」

 ミカは何も言わず只、首を横に振った。そして少し間を置いてミカは語りだした。


 「志門の恋仲が話した事を知っているか? あの話は君の机に置いてあった聖典に―――ここでは『聖書』と呼ばれている本に記されている」

 「僕の家族は昔事故に遭って…そのあと聖書を読むことを叔父さんから勧められてね―――一応読むには読んだけど難しかった。その話の行は知っているけど……」


 志門はミカから強い悲しみの感情が流れてくるのを覚えた。

 「ミカ、全部吐き出せよ、僕でよければ話してくれないか」


 ミカは対面に座っている志門の首に手を回してグイッと引き寄せ耳元で囁いた。

 「いいよ、私も志門になら話したい。だけど志門がそれを聞いたら身の安全は保証できない」


 志門はハッとしてミカの顔を見た。嘘は吐いていない、正直な感情がストレートに伝わってきた。それと同時に自分の言っていることが軽い間に合わせの社交辞令のように感じられた。


 しばらく志門はミカの目を見ていた。そして小さく頷くとミカにこう言った。


 「少し時間が欲しい。でも次に聞きたいって言った時は話してくれ」


 ミカは志門の言葉を聞いて少し嬉しかったのか表情が和らいだ。

 「志門の”次 “は何時になるのかな……すまなかった、もうアベルの事は忘れよう。ああ…今気がついたけど喉が渇いているし体も何か要求してるな」





二人はみんながいる指定席の車両に戻った。


ミカは席を見渡して席を譲って貰うのに相応しい人を探した。理乃たちが座っている席の隣で中年の男性が一人座っていた。ビジネスマンなのかパソコンを開いて忙しそうにしている。


 ミカはその男性に声をかけた。


皆が状況を見守る中、ミカはその男性に席を譲って欲しいと申し出た。その会話には何の細工も感じなかったが、どういう訳か非常に強い説得力を含んでいた。


 男性はミカの申し出を快諾し僅かなお金を受け取ると車両を出て行った。


 「譲って頂いたよ―――どうした? みんな何か不思議そうな顔をしているな」

  「あんなに忙しそうな人がよく譲ってくれたね。何であの人を選んだの?」と理乃が言った。

 

 ミカは周りの席をもう一度確かめながら言った。


 「皆、グループだ。一人だけ出てもらうのは良くない、私が選んだ男性は確かに忙しかったのかも知れないが一人だった…」


 ミカの話に蘭人が横やりを入れた。

 「男性は若くて綺麗な女子には弱いのさ、オレでも席を譲るよ」

 「ラントだったかな? 君の名前。綺麗な女の子ってどういう……」


 言い終わる前に志門はミカに小声でアドバイスをした。

 「ミカ、ここでは名前の後に「君」や「さん」を付けて呼ぶんだよ」

 「そうなのか⁈ じゃ、最初に志門で試してみよう」


 ミカは体ごと志門の方に向き直り顔が向き合ってひと呼吸おいて言った。

 「志門さん」


 聞いた志門は背筋にゾクッとするものを感じ全身に鳥肌が立った。 「さん」という、たった一言を添えただけでミカの女性を強く意識させるのに十分、いや過剰だった。


 「志門さん、顔が赤いぞ、気分でも悪いのか?」

 聞いていた蘭人も顔を赤らめて言った。

「ミッ、ミカさん、そこは『顔が赤いわよ、気分でも悪いの?』って言った方がもっと女の子らしいよ」


 志門は首を振って言った。「止め、止めぇ‼ やっぱりミカは今までのままでいい。僕もミカさん、なんて今更言えないよ」


 ミカは少し疲れているような感じで志門に言った。「水、喉が渇いてる、悪いが用意してくれないだろうか、それとこっちではお腹が空く、と言うのかな―――何か入れないといけないようだ」


 幸いにも丁度その時、車内販売が入ってきた。理乃は皆のために飲み物と昼食の弁当を買い入れ、ミカにも飲み物と弁当を渡した。


 ミカはそれを手に取ると膝の上に置き少しの間目を閉じた。それを見ていた律子はミカに尋ねた。

 「何かお祈りしてるの? ミカさんはクリスチャンなの?」

 「クリスチャン? クライシストの事かな―――私はメサイヤだが」


皆、「?」という顔をしたが蘭人と麻里衣は構わず弁当を開いていた。


 「皆、早く食べようよ、旅行の醍醐味はやっぱり車中の飲み食いだな」


 皆それぞれに食べたり飲んだりし始めた。志門は理乃と席を変わってもらい律子の横で弁当を開いた。

志門はようやく落ち着いて律子と話ができるタイミングを得た。


 「メール返信できなかった。ゴメン、リッちゃん怒ってる?」

 律子は小さな声で言った。

 「メールはいいよ、それよりも志門君があの子とずっと一緒だったのが私には…」

 「何でもない、何も無かった。急な事だったんだ」


 志門は律子の肩に手を回して自分の方へ引き寄せた。


人一倍、控えめな性格で自分の意見を殆ど言わない彼女が珍しく自分の気持ちを口に出した事を考えるとミカの存在は少なからずショックだったに違いない。


 志門は申し訳なく思い律子に一つの約束をした。

 「向うに着いて、落ち着いたら二人で散歩に出ようか」


 律子は小さく頷いた。




志門は肩に回した腕に律子の体温を感じながら彼女との出会いを思い出していた。そう思うには一つの決意があった。


律子には家族が無かった。自分のように死別した訳ではないが小さい頃に施設へ預けられ、その後両親の行方は分からなくなった。後の彼女の生き方は自分とは対照的に全てを自力で開いていかなければならなかった。理乃や叔父さんたちの協力の基でここまで来ている自分とは違う。

理乃の話によれば律子は中学、高校とも主席で通しており大学進学も推薦で入っている程の才媛だがそれでも自分の才を表に出すことは一切しなかった。

理乃が進学した時に律子と出会い、お互い性格は好対照な二人だったが馬が合った。そして理乃を通じて彼女と知り合うことが出来たのだった。

しかし―――と志門は思う。自分で全てを切り開いてきた彼女にもどんなに手を伸ばしても掴めないものがある。


“家族の愛情 ”


自分は仮にも理乃や叔父さんたちによってそれを享受できていた。


 付き合いだして二年の間、自分と彼女は一つの家族になること、結婚することを思うようになった。


 志門は今日の夜、自分の気持ちを律子に伝えようと決意した。


 リニアは高速で走り続ける。志門は外を眺めていた、窓越しに流れる風景を横に仲間の声がボンヤリと耳に入っていたが、やがて聞こえなくなった。


 志門は律子にもたれ掛かるように寝てしまった。


「志門――昨日寝てないのか、コイツ?」と蘭人が言うと理乃が申し訳なさそうに頭に手を当てて答えた。


 「実は今日の予定を伝えたのは昨日なの。研究課題が残ってるって言ってたから……少し無理させたかなぁ」

 「昨日⁉ 理乃、それは無茶だ!」

「何いってるのよ‼ ラントが今日じゃないと家の手伝いがあるからダメだって急に言い出したから―――私も慌ててトラベラーに連絡して今日に変更してもらったんだからね! 予約が取れただけでも感謝して欲しいわね」

「結局オレなのか?」と蘭人。

「そう!」皆一斉に蘭人を指さした。一人を除いて―――ミカだった。


 「それは違う、私が余り寝る時間を与えなかったからだ」とミカが言った。


 皆、一斉に「エーッ⁉」と言った表情で固まった。


蘭人はミカの言った事の意味をこう受け取った。

 (要するに志門と一緒に寝て……ミカさんは志門を寝かさないほどアレをしていたと―――)

 


理乃はミカの言った事をただ図りかねていたが当然、蘭人のように男性視点では考えなかった。

(ミカが家に来てから一体何が起こったのかしら?)


 麻里衣は唯一、何も考えなかった。同級でもなく自分には関係ないように思った。ただ旅行を楽しむ事とお兄ちゃんを他の女から護る事が大事だった。


 律子は志門を自分の膝に寝かしたまま表情が固まっていた。彼女にとってミカの言動は誤解を招くのに十分だったからだ


(男性一人の家に来るだけでも非常識なのに志門と夜を一緒だなんて‼ )



ミカは続けて言った。

 「私が部屋に落ちた後、色々あって結局寝たのが―――そうだな、明け方だ。志門はろくに睡眠を取っていないと思う。相当疲れさせてしまったんだ…水を浴びる所、シャワー室というのか? そこで床に座り込んでいたからな」


 理乃は律子の方を横目で見るとミカの手を引っ張って車両を出ていった。


 冗談の好きな蘭人も律子を見かねて何も言えなかった。腕を組んで頭を垂れ小声で呟いた。

 「志門、お前………どうするんだよ」


 律子は俯いたまま動かなかった。肩が小刻みに震え彼女の膝で寝ていた志門の顔に涙の粒がポタポタと落ちた。

 麻里衣は窓から流れる景色を見ている。景色は山地から海岸線へと移っていった。




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