カインの使者 第二部 第18章「犠 牲」
ネフェリーム・バリアントの調査は終り、サンヘドリンの政務執行長官のエステルは次の計画へ移行するが、それには始の地上帰還が不可能になる、という犠牲を伴う事が判明する。ミカと志門はプレアデスの船で地上に送り返すというエステルの言葉に複雑な思いを抱くマーナだった。
第二部 第18章「犠 牲」
Elle・シャナが遮蔽シールドを張ってから暫く―――
カプセルに収められていたカインの剣とその横に置いた彼女のリングに異変が起きた。
カインの剣とリングはまるで生き物のように動き出し融けた鉛のように流動し始め、リングとカインの剣は混じり合った。
余りに異様な光景を見たElle・シャナは髪の毛が逆立ち、顔には汗が噴き出していた。
「こ、こんな事が……訳が分からない……パラメーターの増大…霊子波動、大幅に-(マイナス)を検出している‼」
部屋の外に居たマーナたちはリモートで計測の様子を見ていた為、この現象に言葉を失った。
Elle・シャナは始とネフェリーム・バリアントの状態を視た。
始とネフェリーム・バリアントと融けた霊鉄の霊子波動は非常に強力なものだった。
Elle・シャナはエネルギーの流れ(パラメーター)を細かく視た。融けた霊鉄のエネルギーが二人を循環、還流する際に極小だが僅かにタイムラグがある事を見つけた。これにより霊子エネルギーが二人によって整流されている事が分かった。
これは霊鉄の指向性が二人の意志によって方向付けられた事を示す決定的な証拠となった。
計測の様子をリモートで見ていたロタは思った。
(まさに驚異的だ…カインでも補機を用いなければ霊子金属のコントロールは出来ない……人間の力だけでこんな事が……これが初期人間の力なのか⁉)
「必要なデータ―は採れた。アクエラ、どうする。他に追加の調査は無いか?」とElle・シャナは部屋の外のアクエラに聞いたが間を置かず別の事を追加で聞いた。
「二人の遮蔽シールドを消していいか?」
{二人に終了を伝えてからにしろ。いきなり周囲に晒されたら霊鉄がどんな反応を示すか分らない。お前が二人の性交を観たいのは分かるが最後まで慎重にやってくれ!}とアクエラの返事があった。
(見透かされていたか…チェッ!)とElle・シャナはガッカリした。
調査終了を二人に伝えて暫く時間を置き、遮蔽シールドは消えた。
二人の身体には熱っているようで湯気のようなものが上がっていた。
外に居たものは調査の終了を確認すると部屋の中へ入った。
特使は進み出て二人に感謝の言葉を贈った。
「ありがとうございます、お疲れ様でした。どうぞゆっくり休んで下さい」
始は果てた、という感じでそのままグッタリしていた。始の側から身体を起こしたネフェリーム・バリアントはベッドから降り、立ち上がった。その時、彼女の内股から白い体液が足を伝ってポタポタと床に落ちた。
私とElle・シャナはそれを見て抑え難い興奮と衝動が沸き上がるのを覚えた。しかし、マーナと志門はチラッと視線を合わせるとお互いに気まずい気持ちになった。
彼女は労わる様に始に視線を向けた後、着る物を要求した。
アクエラは事前に用意しておいた貫頭衣に似た服を彼女に渡した。
「行為に感謝する、必要な情報は採れた」とアクエラ。
「その情報…私をどうするつもりだ」とネフェリ―はアクエラに尋ねた。
「カインを守るために力を貸して欲しい…」とアクエラは彼女に言った。
「守るため……か。私はもう、人の血が流れるような事はしないぞ!」と彼女はハッキリ答えた。
「………」
アクエラはそれには答えず、ただ黙った。
この調査で得られた情報は直ちにエステルの元へ届けられた。
◆
ネフェリーム・バリアントの調査が終わってから暫くした時、アクエラとマーナ、私とElle・シャナはサンヘドリンの長官室へ呼び出される事になった。
長官室に通された私たちはエステルと対面した。
「今日は重大な相談がある。クライシストに関係する事だ」とエステルは私たちに告げた。
「どのような事だ」とマーナは尋ねた。
「ケルブとセラフィムの最高評議会で後日、評議委員会が行なわれる。今後のカインの方向性を決める重要な会議だ。そこで幾つかの選択肢が定義されるのだが……」とエステル。
「回りくどい言い方はしないで下さい」と私は言った。それは自分自身が負わなければならない事かも知れないと思ったからだった。
エステルは私に近づくと上から見るようにフフンッと言った感じで私の頭を撫でた。
「チョッと、何するんですかっ⁉(勝手に髪の毛触るなっ!)」私はエステルの手を払った。
「貴女の事はマーナからよく聞いている。次元探査計画を成功に導いた優秀なメサイヤ(パイロット)だと…」
私はマーナを見た。マーナは少し照れ臭そうにしたがエステルに話しを進めるよう促した。
「余談は良いから……要するに私たちの仕事だろう…話しを進めてくれ」
「分かった。既に結論は出ている。この都市、セイルを月から移動する。歴代のループストライカーの残存霊子エネルギー、都市内で保持されている同エネルギーを使ってセイルを霊子空間へ移動させる。その準備を行ってくれ」
それを聞いたアクエラは驚いた。技術的な事ではなくアベルとの戦闘が不可避だと考えていたからだ。
「長官……私は闘う事しか考えていませんでした…」
「これはエルメラ議長の発案だ……私も最初は驚いたよ、お前のように」とエステルは笑った。
「これは大仕事だな…」とマーナは手を頭に着けボヤいた。
「ループストライカーは現行機を合わせて八十四機……だけど…」私はそう言うとElle・シャナの方を向いた。
Elle・シャナも私の方を見て次のように言った。
「簡単に言ってくれるなぁ…ループストライカーはメサイヤ(パイロット)の霊子特性に合わせて建造されている。現行機は私とミカが居るが、他のループストライカーはメサイヤが寿命を終えて既に居ないんだ。エネルギーは多少残っているだろうが私たちでは扱えない」
「霊子エネルギーによる船の機動的運用にはメサイヤに霊子回路を身体に彫り込まないと同期できない。Elle・シャナはメインのメサイヤだったから既にそれはあるけど、私も霊子回路の施術を受けないといけないのか…」私は少し不安になった。
エステルは私たちの不安を払拭するよう次のように述べた。
「大丈夫だ。先に行なったネフェリーム・バリアントの調査資料で霊子回路を施術しなくとも霊子エネルギーを直接扱える事が分かっている。君たちの仕事はループストライカーを都市内の設定された位置に運び、エネルギーラインを設置構築する事だ」
マーナはエステルに尋ねた。
「それは彼女と始を霊子エネルギーの整流ターミナルとして使う、という事か⁉」
「そうだ、先の調査資料では始には霊子回路が施術されていない…そのままの身体で霊鉄の状態変化を可能にしている、但し、ネフェリーム・バリアントと繋がった状態で、だ」とエステルは答えた。
「彼には帰るところが在る、それは保証できるのか」とマーナは返し、続けてこう言った。
「霊子空間へ入れば容易にこの次元との往来は出来なくなる、片道だと彼は帰れなくなるぞ!せめて、距離を置く、くらいに出来ないのか?」
エステルは神妙な面持ちでマーナに言った。
「同位空間内ではアベルは何れ我々の居場所を見つけるだろう。向うは既に時空機を持っている可能性が大だ」
Elle・シャナが別の質問を投げかけた。
「ルーファ(ルーファ・Elle・シアーナ)が居なくなって霊子空間接続技官が不在だ。それ無しで霊子次元へ移行できるのか⁉」
「彼女の技術的な空間接続のアプローチ、そして律法義委員のロタの祈りとアプローチのタイミング…これはセットで行わなければならない…しかし前者は寿命で既に居ない。これは残された者で成功の可能性を探れ、と言っている様に感じる」とエステル。
「感じる…賭けですか? 少しでも成功の確率を上げる事は出来ないのですか⁉」とElle・シャナが叫んだ。
「ミカと志門は都市が移動する前に特使の船で地上に送る予定だ。特使とも話は出来ている」とエステルはミカに告げた。
側で聞いていたマーナは複雑な思いを顔に表していた。
文字数は各章ごと、2500~3000字程度に抑えています。




