「空からの異邦人」
次元探査船ループストライカーを脱出したミカは8年後の志門の部屋に落ちる。二人の出会いは全く異なる文化の出会いでもありコミュニケーションが上手く取れずに二人の関係はぎくしゃくする。
志門は明日、友人や従姉の理乃たちと旅行へ行く予定だった為、ミカを放って置けず連れて行くことになる…
第二章 「空からの異邦人」
私はミカELLE・カナン―――もうすぐ私のミッションが終わる。
84回目の次元探査計画。それは宇宙、私たちの住んでいる世界と、その創造の遠源に近づくために進められた。
私に割り当てられた任務は今在る私たちの時間軸とその存在の理由を探すことだったがこれといった成果を得られないままミッション終了を迎えようとしていた。
「エルシャナ、ループオンまでの時間を示して」
{あと0.43ホーラです}
船のメインシステムのエルシャナはループオンまでの作業プログラムと時間のデーターを私に入力してきた。
「船内外のシステムをもう一度チェックして、少し余裕があるな…………エルシャナ、私は少し黙想していいか? 」
{そのまま寝ないでね、ミカ}
「分かってる―――全接続カット」
エルシャナとの接続が切られると静寂が訪れた。
私は暫くの間、自分がこの計画にどのように関わってきたのか憶い返していた。
私の誕生と同時にパートナーとして建造されていたこの船ループストライカーと共に律法義委員会のレビ達の前で自分の使命について誓約を行った事――――――
それはこの計画の目的だけに自分の命を捧げることだった。その誓約によって私達は霊子界に迎え入れられ時間と空間、そして次元さえも超えることが許された。
そして今―――(⁉)
{起きて―――あと0.11ホーラです}
どうやら意識が飛ぶまえにエルシャナが介入してきたようだ。私はエルシャナが入力してくるデーターを確かめた。
「大丈夫、異常な部分はない―――でも……」
{何か?}
私は確かに何かを感じた。この霊子の世界では“でも ”は存在しない。
「エルシャナ、何か信号のようなものが入ってきていない? 私がそう感じてる、お前なら分かるだろう」
{ミカ、船外から入ってきている霊子波シグナルは確認できない。
貴方をそうさせているものを確かめるには船内システムの霊子ノイズを全て確認する必要がある}
「ループオンまでの時間は? 」
{0.07ホーラ、時間がない…}
「どのくらい掛かる」
{0.06999999ホーラ}
「調査を実行して」
{了解、その代わりメインシステム、私のエネルギーを2%そちらに回すことになる}
「大丈夫だ……穴のあいた部分は私がサポートする」
今までになく霊が騒ぐ。
{ループオンまで15セク}
「⁉ 実体化が遅れている、ループオンから完全実体化まで更に3セク掛かる」
{3次元空間に異常がなければ大丈夫だけど―――シグナルの原因確認‼ }
「5セク――――3、2、1、ディメンションスタビライザー起動、ループオン‼ 」
{原因は本船の救助用全方位霊子シグナルと判明}
私はエルシャナの声に耳を傾ける余裕が無かった。
惑星の「青」がスクリーン全体に映し出される、次いでアラートが鳴動する。
「おかしいぞっ、近すぎる‼」
{成層圏に突入、大気密度急速に上昇‼}
次の瞬間、船は岩にでも衝突したかのように激しく動揺した。
私はシートから投げ出されインターフェース用のヘッドバイザーの壊れた破片で負傷した。
「エルシャナ、ダメージはっ⁈ 」
{船体表面の出力層がやられた、シールドを展開できない、損傷拡大‼ }
「このまま地上には落とせない、船の周りだけでいい、最小限の亜空間帯を作れ」
{了解、現在地表まで1576、5キュピト―――――675辺りで間に合わせる!}
「頼む、頭を打った――――私は何も…出来な………」
私の意識は急速に遠のいていった。
{ミカ、ミカ! メサイヤ行動不能、メインシステムのコピーをパーソナルディバイスへ移行}
エルシャナは人型のディバイスにシステムを移すと格納壁から出ようとしたが壁を通り抜けるための原子間隙通路が機能を失っていた。
「ロックピン解除」
ガシャガシャと太いシャフトが解除されてゆく。
エルシャナは分厚い金属の壁を押し退けるとミカに駆け寄った。
気を失ったミカを抱きかかえると直ぐに脱出の準備に掛かった。
「主機に異常、船内火災が発生した‼ 亜空間帯を展開する前に船外へ脱出する」
エルシャナは高速の音声で転送システムに指示を与えた。
「メサイヤの座標、時間軸固定、私は――時間がない、そのまま出して! 」
エルシャナが振り返って前方のスクリーンを見る。船が落下進路に何か異物を捉えていた。
(まずいっ‼、もうすぐ亜空間帯が展開する、巻き込んだら時震が………質量調整が――)
「間に合わないっ、 転送‼ 」
エルシャナは全力で脱出したがそれは船が亜空間帯を展開したのと粗同時になった。
空間転移は一瞬で完了し地上のある家の一室の空間に投げ出された。
ドサッという鈍い音と同時に床へ落ちた。
「ウッ ウゥッ………… 」
「船を脱出した。ミカ、大丈夫?」
エルシャナが心配そうな表情で私の顔を覗き込んだ。
「船内で頭を強く打った…………傷口は? 」
「ルーアハを強くするために一時的に私と繋いだ。0.2ホーラで傷口は塞がる」
「こんなことが………あって良いわけがない、有り得ない」
エルシャナは諭すように答えた。
「ミカ、時と予見し得ない事は私たちでさえ例外ではないんだ」
エルシャナは小さくため息を着くと毅然とした態度で話しだした。
「脱出した時、私は自分の座標と時間軸を固定する事ができなかった……直に私は消滅する、その前に報告をしておこう。
ループオンする前にミカが感じた違和感の原因は私が脱出と同時に発信した救助シグナルだった。霊子波の特性上時空の位相を超えて貴方に伝わったと考えられる。
救助シグナルが万一に備えてスタンバイ状態だったので私には解らなかった…それとループオンの位置が惑星側に引っ張られていた原因は別の因子が働いたように思える。ループオンした時に極短時間だがパラレルサイトの振動を検知していた。
私たちが元の世界に戻る事を予測して何かが動き出していたのかもしれない……」
私は上半身を起こしてエルシャナの肩を掴んだ。
「パラレルサイトの振動⁈ 私たちは何も悪い影響は与えていない、善を持って私たちは霊子界に迎えられた。
レビの前で行った誓約は絶対のはずだ‼ 」
エルシャナは肩を掴んだミカの手を自分の手で優しく覆った。
「勿論だ、ミカ。でも私たちでも全ての未来が見える訳ではない……………何が原因でこうなったのかは貴方自身で見つけてくれ、まだミッションが完了した訳では―――」
突然 “ボンッ ”という音と共にエルシャナの体に穴が空いた。そこいら中に鮮血が飛び散った。
「心配しないで……私は、コピー…………だからっ、グハァッ!」
何回も同じ鈍い音がしてエルシャナの体は遂に原型を留めなくなった。
「エルシャナァーッ! 」
そのうち残っていた肉塊さえ無くなり飛び散った血痕も消滅した。
私はそのままの姿勢で凍りついていた。
時空が絡んだ人身事故の恐ろしさは話に聞いてはいたがそれはかなり過去の話で未だ時空の構造に関して理解が進んでいなかった頃の時代だった。
80回を超える探査計画では前例の無い大事故となった。
どのくらい時間が過ぎただろうか? 私はやっと正気を取り戻した。
僅かな慰めはパーソナルディバイスのエルシャナがコピーであり本体はまだループストライカーの中に存在することだった。
ここに至って私はやっと自分が今居る場所を確認した。
グルッと回りをみると何とも原始的な部屋にいることが分かった。更に部屋の隅で人間がいることに気が付き声を掛けた。
「お前は誰だ―――――喋れないのか? この地上で―――今の時間で何年何月何日だ!」
オドオドして打ち震えているその人間をみて私は左手のブレスレットから小さなチップを取り出してその人間の額に付けた。
するとチップは自然に皮膚の中に溶け込んでいった。
「これで私の言葉が解るはずだ、お前の名前は」
「何をするんだ、人の部屋に勝手に現れて――――――君は一体何だっ‼」
「名前は」ミカは再度質問した。
言葉が通じたのか少し緊張が解れた様子でその人間は答えた。
「か、風早志門。君たちは何だ、爆発した奴どうなったんだ」
「……事故だ。それよりここは何処なんだ、今この惑星歴で何年になる?」
志門はカレンダーを指して日にちを示した。
私はカレンダーを破りとって顔に近づけた。その手が小刻みに震えているのが志門にもわかった。
「…どうしたんだ?」志門は問いかけた。
「8年後に飛ばされてる、そんな…… 」
私は再度ブレスレットを開きレコーダーを立ち上げた。
そこには意識を失った後も自動的に船のデーターが入力され続けていた。
「船内でリアクターにまで影響が………小規模な爆発が発生している。これじゃ亜空間に船を移動したって………ダメだ、船が―――クソッ‼」
私は時振の原因を調べるつもりだったがレコーダーが提示してくる船のあまりにも酷い状況を見てその場に崩れた。
志門はどうしていいのか分からなかったが彼女の傍に留まってやった。彼女が落ち込んだりする姿を見て志門は次第に普段の冷静さを取り戻して行った。
まず彼女の出で立ちを観た。金属質に輝くボディースーツの様にも見えるが普通に着るような物でない事は直ぐに判った。それと左手に装着している少し大きめのブレスレットも同じ金属質の物で出来ているようだった。
それと性別は明らかに女性であり顔立ちは今まで見たこともないような聡明さと知的さで満ちていた。
それはある種の期待通り人間離れしているように見えた。
志門は暫く様子を見て声を掛けてみた。
「君の名前は? 」
「ミカELLE・カナン…………… 」
「どうしてここへ来たの」
私はブレスレットのレコーダーのデーターを読みながら答えた。
「8年前、船が墜落する前に亜空間帯を展開して船をその空間に移動させたのだけど―――その時何か巻き込んだみたいで船から脱出する際に時振を引きずったのが原因………その影響でタイムラグが発生したらしい」
「よく理解できないけどミカは宇宙人か?」
「………想像に任せる」
「何処かの国の特殊部隊なのか?」
「私たちは戦いをしない、地上の人間と一緒にするな」
「じゃ、何の目的でここに来たんだ?」
「ここに用事はない―――落ちたのは事故だ」
事故と聞いて志門の態度は頑なになった。
「そう……………意味の無い偶然の事故…………何で僕だけが何回もこんな目に遭うんだ」
志門は立ち上がるとベッドの方へ行き毛布を取ってバサッとミカへ放った。
「今日起きた事は無かった事にする、僕は何も見なかった。そう、君は何処かから偶然迷い込んできた外国人だ―――もう夜中だ、朝起きたら身の振り方を考えてくれ」
ミカは投げられた毛布を胸元に手繰り寄せると志門を見て思った。
(何を怒ってるんだ、この ”アベル “は………)
部屋の電気が消されると二人は浅い眠りに入っていった。
二人は其々の夢を見た。
“パワーセパレーターの焼損で
メインリアクターが再起動できない
船が動かない、ブラックアウトする………助けてミカ‼ “
“2時方向、高度600ftに
円形の物体が―――接近して来る、光が………回避できない… “
志門はベッドの上で上半身を起こし、全身汗まみれになって肩で荒い息をしていた。
(今日はまた、やけにリアルだったな)
もう明け方なのか薄明かりが窓からカーテン越しに入っていた。
視線を畳に向けると女性が毛布に包まって寝ている。
「こっちの方は現実らしいな……」
志門はベッドから降りると部屋を出て一階のシャワー室へ向かった。
志門が部屋を出た音でミカは目を覚ました。
(…救助用シグナル? 強すぎる、別の因子と共振を起こしている………考え過ぎか?)
暫くしてミカは蒸し暑さを覚えた。完全に制御された空間に居た彼女には初めての暑さだった。
「ボディーコーティングの温度調整が出来ない、清浄機能もダメ? ―――どうしよう…」
ループストライカーの中ではこのブレスレットが生命環境の維持や体を清浄に保つ事、必要な栄養の摂取や排泄を空間転送で自動的に行っていた。
下の方で水の流れる音が耳に入ってきた。
「水があるのか⁉」
志門はシャワー室で体を洗いながら今日の事を考えていた。
(昨夜あんな事があったから旅行へ行けないなんて言えないし、かといって訳の分からない奴を家に置いておく訳にもいかないし………何て言おうか)
志門がシャワーの栓を閉めてドアに手を掛けようとしたその時、外側からドアが押され弾みで足を滑らせ床へ転んだ。
「痛ってェ――――― 誰⁉ 」
志門は顔を上げると有り得ないものが眼に飛び込んできた。
一糸纏わない姿でミカが見おろしている。
「それは水だな、使わせてもらうぞ」
ミカは志門の前を行き過ぎようとしたが何かに気がついたのか振り返って言った。
「志門は男性だったのか‼ その体は使いやすいのか? 私は見るのが初めてなんだ」
ミカはしゃがむと更に志門の体を触りだした。
「フ~ン、記録にあった通り私とは器官が異なっているな―――もっと触らせてくれ」
志門は脱力して動くことが出来なかった。
次いで涙がボロボロと落ちた。志門は人間が大きな驚きやショックを受けると勝手に涙が出るのを初めて体験した。
シャワー室から這い出た志門は必死に自分を落ち着かせようとした。
(落ち着け、落ち着くんだ―――何が起っているのか考えろ)
一方、ミカはシャワー室で水を流し始めた。
(こんな原始的な方法で体を綺麗にするのは初めてだな)
シャワーを浴びながらミカはこの後の事を考えた。
救助が来るまでどの位時間が掛かるか全く分からないし亜空間にいるループストライカーが無事かどうかも分からない。
(エルシャナが私の転送座標をレコードしている。救助隊がうまく船を発見してくれれば良いのだけど…………暫くはここから動かない方がいい。 “アベル ”と一緒に居るのは嫌だが志門は特に攻撃的な人間ではないから必要な事が起きれば協力させることも出来るだろう―――――先ずは私が此処に居られるように志門に言おう)
ミカはシャワー室を出ると出口に掛けられていたタオルを手に取った。
(これで身体に付いた水を拭き取るのか? )
体を拭いていったが濡れた髪が中々乾かず不快感を覚えた。
ミカは二階の元の部屋に戻った。彼女を見た志門は顔を赤らめて言った。
「何で服を着ないんだ‼」
ミカは自分の体を見るとこう言った。
「もう少し乾かさないと………… 」
「頼むから着てくれ‼ 目の遣り場に困る」と志門は嘆願した。
ミカはブレスレットのボディーコーティングを起動させた。するとリングから出た金属の膜の様な物が体を覆い始めた。
志門は昨夜の状態に戻るのかと思って見ていたが金属膜が首から上を覆っていくのを見て異常に感じた。
ミカ自身も慌てて起動をオフにしたがそれでも金属膜は全身を覆い尽くした。
「アッ、アレ⁉ ウッ、息が、息ができないっ――――苦しい‼ 」
志門はミカの体を覆っている膜を引きちぎろうとしたが、それはゴムの様な柔軟性を持ちながら金属と同じ強靭さを示した。
「ダメだ、破れないぞ⁈」
そうこうしている内にミカがグッタリとした。
「オ、オイッ、クソッ、このっ‼ 」
志門はミカの腕を掴むとベッドのスティールの部分へブレスレットを何回も叩きつけた。すると一瞬ブレスレットに放電が走り体を覆っていた膜がリングに収納され腕から外れた。
ミカはゆっくり半身を起こし、ぶつけられた方の腕を押さえながら言った。
「イタタッ、何て無茶な事を―――こんな所で怪我でもしたらどうしてくれるんだ‼」
志門は後ろへ回り背中から毛布を掛けてやった。
「死にかけただろ、そこに転がっているブレスレットは使えないのか?」
「多分………さっきから調子が―――水だ‼ 相当不純物を含んでいたんだろう。
人間に水は必要だが私の国では基本的にこういう使い方はしないし水も高純度の物を使う」
暫く経つとブレスレットは煙を発して溶解し始めた。
「これはっ⁉ 」
「本当にダメな場合は体から分離されて消滅するようになっている」
ミカは軽い嘆息を着いた。
(最低でもアレが無ければ苦しい事になる………)
少しの間、沈黙が漂った。
志門とミカは目が合うとお互い同時に話を切り出した。
「私を暫くここに―――――」
「君は今日、僕と―――――」
志門が譲った。
「私を暫くここに置いてくれないだろうか。金銭が必要ならそれに見合った事はする」
「?…………(金銭的な感覚は有るのか)じゃ、君は今日、僕と行動を共にしてくれ。仲間と旅行する約束になっている。それが終わったら君が提示する条件を聞くよ」
会話をしている内に志門はある事に気が付いた。
「今、日本語で話してる?」
「昨日の夜、額にクロスライザーチップを埋め込んだのを覚えているだろう。あの段階で言語やその人間の心情や性格、傾向性の相互理解が開始されている」
「僕には君のことが余り分からないな………」
「警戒しているからだろう、私にもこのチップが埋め込まれているから志門の気持ちは分かる。今の志門は少し友好的だ、只――――」
ミカは少し右に頭を傾けると続けてこう言った。
「私に対して普通以上に感情の高揚を感じる部分があるが、これは何だ?」
「…さあね?」
志門は軽くかわすと時間を確認した。
「急がないと旅行の準備が間に合わない。ミカの服を―――ここで待っていてくれ」
そう言い残すと志門は家を出た。