カインの使者 第二部 第7章「プレアデスの意志」
長い時間を掛けた交渉は遂に終わりを迎えた。プレアデスは自身の意志を表明する。
第二部 第7章「プレアデスの意志」
3ホーラ (時間)後、私と志門、始はコックピットへ集合した。
全員を前にマーナは次のように伝えた。
「これよりプレアデスと第二回目の交渉を本船、ループストライカー内にて行う、各人、意識を高く持って臨んでくれ……始は途中で退席しない事。大切な交渉の場で礼を失するのは何処でも同じだ」
始は黙って頷いた。
マーナは続けて言った。
「交渉はプレアデスの意図を明確にさせる事――今回の事はプレアデス側からの申し出によるものだ。この機会を通じ、我々も彼等の協力を仰ぎたいと思っている」
私はマーナに尋ねた。
「こちらからの要請ではなかったんですか?」
「今回のカインの剣の事は彼等にも関係する事だ。それを重く見たのだろう…」とマーナ。
アクエラは志門と始に説明した。
「カインは既に彼等の存在は確認していた。太古では彼等は地上へ降り、人類とも交流している。その中でも大きな事象の一つが聖典に記されているネフェラン(ネフェリム)の件だ。彼等は元々、霊子世界の者だが現次元へ現れ、物質の生命として過ごした後、高次元へ移行した……霊子界への帰還は拒否されたんだ。
始や志門が思っている地上で言うところの宇宙人、異星人は人の形を模して現次元で活動している高次元の者だ、何か質問はあるか?」
それを聞いた志門は黙っていたがボソッと呟くように言った。
「衆生所遊楽……天人常充満――か…」
私は志門を覗き込んだ。
「?」
「何でもない、只のお経だ。気にしないで」
志門はアクエラに質問した。
「彼等は地上では『神』と呼ばれていますが……本当の神は誰なんですか?」
ロタがアクエラに代わり説明を補足した。
「この世界の創造の淵源『ヤーワァ』(ヤハウェ)だ。それは存在そのものと言って良い……この世界は、その存在が自身を観るために創られた。聖典には人間は神に似たものとして地上に置いた、という記述がある。
結論を言うと人間はこの世界を体現した存在、という事ができる――この世界で人間が第一義、という事だ」
「我々は神(宇宙)の ""映し" という理解で…良いのですね?」と志門。
マーナが志門に言った。
「その神の映しの我々が仲たがいや戦争をしている……神が見たらどう思うだろう。プレアデスが人類の精神的進化を促したいと思う気持ちは理解できるものだ」
マーナはElle・シャナの方を振り向くとプレアデスとコンタクトを取るよう命じた。
「定刻だ、信号を送れ!」
「霊子信号送信!……返信の5次元波動ビーコンを確認。プレアデス大使一名が移乗します」
全員が緊張した。
拡張したコックピット内には大きな変化は無かったが中央で小さな薄い光が現れると、次第に輝きを増し人の輪郭を現し始めた。
それを見た志門の心臓は今にも爆発しそうだった。
(自分の神経はこの事象に耐えられるのか…〈汗〉)
横に居た私は志門の方を向き彼の手を握った。彼が怖がっている事はクロスライザーを通して私に伝わっていた。
志門の隣に居た始は部屋の中央を見たまま彼に言った。
「目を瞑っていてください、教授。そうすれば大丈夫です」
「君の忠告に従うよ」
志門は瞼を閉じた。
少ししてプレアデスの者の光の輝きは落ち着き、向こうの船で見たような感じに落ち着いた。
始はその者の顔を見ていた。
(向うの船で会った人だな‥‥名前は? 聞いてないな)
マーナはプレアデスの大使を歓迎し部屋の中央に作った椅子に掛けてもらった。
「本船へようこそ、プレアデス大使。私の船のメサイヤ(パイロット)を紹介します」
マーナは私に前に出るよう促した。
私は進み出て一礼した。
「ループストライカーのメサイヤのミカ・エルカナンです」
大使は私の方を向き微笑むと、自分たちの船で話し合った様ではなく直接言葉で語り掛けてきた。
「貴方の船に招待して頂きありがとう」
アクエラが立ち、大使に近づくと一礼した。
「ご気分はどうです、大使。こうして私たちの言葉で対話をするのは…私たちは自分たちの世界をもっと知って頂きたいと思い、二回目の会談の場をこの船に設けさせて頂きました」
「私も知らない訳ではないけど、こうして自分の船から出てみると少し不便な気もしますね」と大使は言った。
「昔はあなた方も良く訪れていたんですよ、私たちの世界に。きっと楽しいこともあると思います」とロタはそう言って大使を歓待した。
始は進み出て自己紹介をした。
「独 始といいます。自分はオブザーバー…、あ、いやこの船のコパイロット(副操縦士)で奥に居る者もそうです。彼女はElle・シャナです」そう言って始は操作卓に居るElle・シャナに手を向けて紹介した。
奥に居たElle・シャナは腰を上げ大使に一礼した。
大使は志門の方を向いた。
「彼は…目を瞑っている?」
大使は志門に近づくと手を伸ばし彼の頬に触れた。
「ヒッ‼」
志門は身体を震わせ一瞬仰け反った。大使は志門に顔を近づけると優しい声で言った。
「マインドを解放して…魂の目で私を見てください。ゆっくり目を開いて…」
志門は打ち震えながら言われた通りゆっくり目を開いた。
目の前に光輝く美しい女性の顔があった。
「貴方は私が嫌いですか…」
「そ、そ、そ、そんな事はぁ……ないです。すぅ、す、す、好き好き…神様ァ!」
そう言うのが志門には精一杯だった。
傍目に見ていた始は志門に対して少し不安を感じた。
(教授、あんた……本当にこの世界を創った人なのか〈汗〉)
マーナは大使を志門から離すと中央の椅子へ座ってもらった。
「彼は志門、現在の世界線をミカと一緒に創った本人です。見苦しい所をお見せしてしまった…」
始は大使に聞いた。
「大使のお名前は?」
大使は始に答えた。
「此処で言うところの個人の名前はありません。私たちプレアデスは集合意識体です」
(それで誰も名前を聞かなかったし、本人からの紹介も無かったのか…)と、始は納得した。
◆
その後、かなり長い時間を掛けて交渉は続けられた。
プレアデスの主張は一貫していた。
「あなた方、人類は意識を高めなければならない。それは単に平和的、という訳ではありません。意識の変革は物理的にも時空間にも影響を与える事はカインや地上の科学技術に於いても立証されているはずです。
私たちプレアデスは恣意的な世界線の改編には慎重です。カインは技術的に世界線を新しくしましたが結果はどうでしたか? また元に戻ろうとしています」
マーナとアクエラには険しい表情が浮き出ていた。
「カインは技術的優位をもって、自分たちの想う「愛」の実現しようとしているのではないですか…」と大使は言った。
「それは…違うと…思います。少なくとも僕の中には争いは無かった…」と志門は言った。
大使は志門の言う事を踏まえ、次のように述べた。
「新しい世界を開くの鍵になったのが “カインの剣” です。カインは緻密な計算で、そのエネルギーが新しい世界を開闢させるに至る事を知りました。世界線の指向性を決めるために搭乗員が決められた訳ですが……カインの剣の影響は過小評価され、見過ごされてしまった」
それを聞いたマーナは手を握り締め、肩を震わせた。それは志門の家で聞いた始の意見と同じだったからだ。
“マーナさんの言う“世界”は限定的な範囲だったんじゃないでしょうか…”
アクエラが大使に問いかけた。その顔には確かな決意が現れていた。
「そうかも知れません…ですが、私たちは霊子世界の許可を得て実行したのです。これは未だ終わっていません。その中に、大使。あなた方プレアデスも居るのです」
アクエラの言葉に大使は黙った。
暫くして大使は頷くと次のように言った。
「…この会談は終りにします」
それを聞いたマーナの他、全員は落胆した。
だが、大使は続けてこう言った。
「私たちを此処に置いてくださった “”創造の淵源” なる『神』がそう言うのであれば、私たちも手を拱いている訳にはいきません。私たちは――協力を惜しみません」
大使は立ち上がりマーナとアクエラに握手を求めた。
それを聞いた全員は「エッ⁉」といった感じでお互いの顔を見合わせた。
次に全員が立ち上がり「ワァアア~ッ‼」と歓声を上げ、お互いを抱き合った。
マーナは涙を流し、大使の手を取り感謝の意を表した。
「ありがとう…本当にありがとうございます(泣)」
大使はアクエラに進み出て感謝の言葉を贈った。
「私たちは大切な事を見落すところでした。ありがとう」
大使がそう言うとアクエラは無言で大使の手を両手で包み、俯いて涙を流すだけだった。