カインの使者 第二部 第3章「国都市 セイル」
カインの国都市「セイル」に戻ったミカと志門、マーナ、そして始。四人は世界修復の鍵を見つけるため、律法義委員のロタ・Elle・ファトに会うが彼女の答えは意外なものだった。
第三章「国都市 セイル」
私たちは部屋の中央へ固まり円陣を組んだ。
「船が上空で滞空した。みんな移動に備えて!………回収オペレーション開始…4、3、2、1!」
私がそう言うと部屋の中はフラッシュを焚いたかのように光った。
始は一瞬目を瞑り叫んだ。
「ウワァッ、何だこれはっ⁉」
「安心して、移動は完了したわ」
そう言うと私は始が目を覆っていた腕を降ろしてやった。
周りを見ると照明は無く、壁自体が発光している。やがて壁から突き抜けるように数名の者が入ってきた。
「久しぶりね、ミカ」と先頭に立つ女性は言った。その女性はElle・シャナだった。次元探査計画、第84回目のループストライカーのメインのパイロット(メサイヤ)。
私以外、志門とマーナは特に驚かなかったが始は初体験で慌て、乗り込んできた者の異様な姿を見てその場から立てなかった。
「……女の人が…何でそんな恰好を…一体何を⁉」初めて見る鉛色のボディースーツとミカやマーナと同じ感じの顔だちをした女性たちに囲まれ大きく狼狽えていた。
一人の女性が進み出て志門と始の額にチップのような物を押し当てると、まるで溶け込むようにそれは額の中へ入って行った。次に手首に少し大きなブレスレットを装着させられると、リングから鉛色の液体金属の様なものが肌を伝って広がると全身を包み込みボディースーツのようになった。
私はElle・シャナへ先ず礼を言った。
「ご苦労様、ありがとう。」
しかし、彼女は次のように周りの者へ指示を出した。
「全員、拘束せよ‼」
「えっ、待って。何で…」と私は叫んだ。
全員が動けないように霊子フィールドで拘束されるとElle・シャナ以下他の者は部屋を出て行く。
Elle・シャナは壁へ消える前に私に一言だけ言った。
「言い開きはサンヘドリンで――」
「エエェッー、私なにも悪い事していないのに…」
私はマーナの方を向いて言った。
「マーナ、いやチーフ。責任取って下さいよ!」
マーナは私の言葉には動じなかった。
「責任は私が負う、今はどんな形でもいいから向う(月)に行くのが優先だ。ミカ、お前はこの世界の中心的な存在だ。もう少し真剣に考えろ!」
横にいた志門が言った。
「お姉さんのいう通りだよ、ミカ。これはこの世界を創った僕たちの問題なんだ」
始は驚愕が覚めず目を見開いたまま固まり震えていた。
(これはきっと悪い夢だ…幻か何かだ)
◆
程なくして船は格納庫へ着いたようで部屋の中に展開されていた霊子フィールドが消えると次にヘルメット形状を追加したようなボディースーツを着た憲兵が部屋に現れ各人の両脇を拘束するとそのまま船外のどこかの部屋へ転送された。
広い法廷のようなところで私には見覚えがある所だった。前の世界の時にループストライカーを勝手に地球へ飛ばした時にアベルの軌道プラットホームから攻撃を受け、帰投した後、船体に異常が出たとき引っ張って行かれた部屋だ。
部屋の前、中央には黒い法衣を纏った黒髪の背の高い女性が私たちを待っていた。
「帰還、ご苦労…だった、と言って良いのかな……」と、その女性は呟くように言った。
「エステル!」マーナは少し嬉しそうに呼びかけた。
エステルは私と志門、始の方を向くと別室で待たせるよう私たちの脇に居た憲兵に指示した。
三人が部屋から消えマーナが残った。
エステルはマーナと距離を置いたまま次のように言った。
「お前は自分の職務を放棄をした上に地上帰還者と連絡を取り、しかも……緊急コールで船まで動かした。オマケは地上の者を同行させた。この罪は重いぞ、分かっているのだろうな」
マーナはニヤリと表情を緩ませると次のように言った。
「緊急事態だ。刑に服している時間はない。直ちにクライシスト本部の律法義委員会のロタに会わせてくれ。地上で “カインの剣” を持つ者が現れた。判断力の優れたお前なら分かるだろう、この意味が」
エステルはチッという感じで顔を歪めて吐いた。
「マーナ、お前はいつも問題を持ち込んでくるな……その度に私が尻拭いだ。評議会には私が伝えておく。本部へ飛べ、他の者も送っておく」
「いつもすまない、エステル」
そう言うとマーナは部屋から消えた。
私たちがクライシスト本部へ転送されると同時にマーナも部屋に現れた。そこで待っていたのはクライシスト専属律法義委員会のロタ・Elle・ファトと見たことの無いカインの成員だった。
ロタは着用しているエフォド(神官着)を揺らしながら私たちに駆け寄った。
「やあ、志門、ミカお帰り、久しぶりだね。マーナも……おや、この人は?」
始はビクビクしている。
「心配ない、怖がらなくても良い。落ち着きなさい」ロタは落ち着かせるために自分の手を始めの額に当てると、始は緊張の糸か切れたかのようにその場に崩れ、気を失った。ロタは直ぐに床にベッドを作らせその上に彼を横たわらせた。
「環境に対応できなかったんだね……イキナリだものね」
ロタは私たちの方へ向き直った。
「話は伝わってるよ、マーナ。先ず、どうしたら良いか『ヤーワァ』の声が必要なんだろう」
「そうだ。状況が複雑なんだ…何から始めればよいのか迷っている」
「分かった、何とかする。その前に紹介しよう」
ロタは離れた所に立っている者を手招きで呼び、紹介しようとした、が――
その者はロタを通り過ぎてマーナの前に立つと右手を抜くようにマーナの頬を打った。
“パシンッ” と乾いた音が部屋に響いた。
マーナは横に向いたまま、目だけ動かしてその者を見た。
「お前は誰か…?」とマーナ。
「クライシスト本部のチーフテン(族長または部門責任者)、アクエラ・レイピア。この殴打は貴女の職務放棄の分と私の上司が言い渡した刑だと思って欲しい」
「エステルの…最高法廷から…外されたんだな。残念な事だ…」
ロタが近づき注意した。
「出会い頭にイザコザは止めろ。マーナ、『ヤーワァ』の声は明日中に求めてみよう。私は祭壇室へ戻る」
「…よろしく頼む、ロタ」
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地球の時間にして約二十時間後、ロタは疲弊しきった姿で皆の前に姿を現した。脇を他の委員たちに支えられていた。
「『ヤーワァ』は―――、答えて下さらなかった……しかし」とロタ。
マーナは近づくとロタの肩を掴んで迫った。
「しかし何だ、何だっていい。切っ掛けが欲しいんだ!」
ロタはマーナの手に自分の手を添え、ゆっくり話した。
「聖典のある個所に注目させられた―――、すまないが読んでくれ」
そう言うとロタは付き添いの委員に聖典を開かせある部分を読ませた。
“被造物は創られた最初から今日に至るまで呻き苦しんでいる……”
「何故だと思う、マーナ」
「これは……現宇宙の事か?」
「そうだ。我々人間と宇宙の多次元が関係している」
ロタは肩で息をしながら話した。
「……何をすればいい。この世界は何か間違っていたのか⁉」
「間違いは修正された…しかし、人間自体は不完全なままだ…カインの剣の出現はそれを…示している」
ロタは床に身体を崩し、付き添いの委員は直ぐに床にベッドを用意した。
「ずっと祈り続けていたんです。寝ていない…これ以上は…」と、付き添いの委員は言った。
「分かった、しばらく休ませてやってくれ。ロタが言った事を全員で協議する」
マーナはロタから離れると全員を呼び寄せた。
私はマーナに尋ねた。
「この世界は新しくなったんじゃないのですか⁉」
「さっきロタが言ったように修正はされた。が、また綻びが出始めているという事だ」
次は始がマーナに聞いた。
「時間軸…世界線が出来るのは可能性です。それがいけない事なのですか?」
「……こんな時、ルーファが居てくれれば…」とマーナは呟いた。
アクエラが進み出て言った。
「始とかいう奴、お前は勘違いしている。世界線や時間軸は自分の外に在ると思っていないか」
「エッ⁉」
「この物質世界に時間軸を作っているのは我々だ」とアクエラは答えた。
◆
私たちは各々が意見を出し合い、様々な討議を行った。そして最終的に辿り着いた答え――そう、人間は本来どの様なものなのか、というのに落ち着いた。
私と志門は用意された自室へ帰るとお互いにベッドに腰を下ろし俯いたまま、そして手を握り合った。
お互いの気持は分かっていた。
前の世界で自分たちは出来る事をやったはずだ、と――――。




