カインの使者 第二部 第2章「交錯する世界」
独 始が話した別の時間軸(異世界)からもたらされた “カインの剣” は、この世界の存在意義を大きく揺り動かす事になった。
その真相を探るべくミカ、マーナ、志門、始の四人は動き出す。
第二章「交錯する世界」
私たちの前に現れた一人の男性、独 始によってこの世界の存在は潜在的だが確かに大きく揺れ動き出した。
私自身、この世界における疑義を心の底で抱くようになったからだ。世界の中心であるはずの私が、だ。
この件により始はマーナの強い勧めにより家に滞在する事となった。彼は神奈川で大学の物理研究機構の仕事に従事していたが先日、長期の休職届を出した。
「すまない、良子、今回は長くなる。何かあったら勝の方へ相談してくれ…」
{分かったわ、気を付けて…}
始めは携帯を切ると私の方を向いて言った。
「ミカさん、自分の方は大丈夫だ。時間は何とかなった……あと何か出来ることはないか?」
「ありがとう、始くん。私はまだしないといけない事が山ほどあるから…それが終るまで此処でゆっくりして居てね」
始は頷いた後、私の方を見て腰を上げ、私に近づいた。顔を合わせ、ジッと私の顔を見る。
「?」
「顔立ち…彼女と似ている、同じ匂いがする」と始は言った。
「同じ、匂い?」
「人間離れした美しさ……とても綺麗だ、ミカさん」
それを聞いた私は顔がカァーっと熱くなった。
「私も…同じ人間よ。ただ、あなた方とは別の文化だっただけ…」
始は私の前で腰を屈め、私の手の上に自分の手を置き瞳を閉じた。
「始…くん⁉」
始は手を引っ込めて言った。
「ごめん、ミカさんを通して居なくなった彼女を感じて見たかったんだ。それと――、次から呼ぶときは始で良いよ。俺の方が多分年下だから」
そんなやり取りの中、志門とマーナが帰って来た。
「おかえりなさい、風早教授。どうでしたか?」と始。
「ウム…」
志門は担いでいたバッグから布で包んだカインの剣を取り出すと部屋のクローゼットのドアを開けその中へ叮嚀に置くとドアを閉めた。
向き直ると志門は椅子に腰を掛け始にこう伝えた。
「うち(大学)の量子走査顕微鏡で調べてみた。結果は普通の鉄だが……原子配列が変化した跡が見つかった」
「これは間違いなく霊鉄の特徴だ」と、マーナは続けて言った。
「物質は霊子によって、その存在が形造られている。霊子の波動に共鳴して物質はその形や性質を変化させる。うち(カイン)の科学技術では基本だ」
マーナの説明に始は首を傾げて尋ねた。
「霊子…聞いた事もない言葉です、何ですか、それ?」
次は私が始に説明した。
「霊子、正確には令子、命令子とも言う……それは物質の最小単位である素粒子の揺らぎや運動に直接命令を出している物? 少し語弊があるけどそう思ってもらってもいいわ」
「古代初期のアベルやカインは人間自身が霊子を操作してイメージを物質に生成出来た、と伝えられている……今の我々カインでも補機がなければ到底おぼつかない話だがな」
マーナは肩を落とし短い溜息を吐いた。
「で、これからどうするんです?」と、志門はマーナに問いかけた。
「とても難しくてややこしい話だ。仲間の助けがいる……月と連絡が取れれば――ミカ、セイルと霊子感応は出来ないか?」
その事を聞いて私は額に手を当てマーナに答えた。
「地球帰還計画に於いて、地上に降りた者は仲間やセイルとの交信は厳禁です。そもそもマーナ、貴女が私のすぐ横に居ること自体、規約違反ですよ!」
私はキッとした感じでマーナを睨んだ。
「今そんな事を言っている場合か!お前は自分の世界がどう流れても良いのか⁉」
お互い口論をし合い最後にはマーナともみ合いになった。
志門と始は慌てて私たちを抑え込んだ。
「この分からず屋がっ!」
「破戒者っ!」
押さえられても尚、毒ずく私たちに、とうとう志門が怒った。
「いい加減にしないか、ミカ。それとお姉さん、うちの家は論争の場じゃない。もう少し前向きに話し合えないのかっ、僕の知っているミカやお姉さんはそんなのじゃない!」
それを聞いた私とマーナはハッと気が付いたように志門の方を見た。
別の部屋から子供の泣き声がした。
「果南が起きたじゃないか。ミカ、行ってやって」
志門は私をカナンの方へ行かせた。
志門はミカを果南の世話に行かせた後、マーナに聞いた。
「先ずはカインの剣の存在の危険性について話して下さい」
「志門も恐らく気が付いているとは思うが改めて言う。カインの剣は空間を切り裂く…この物質世界で使われた場合だ。平たく言うと時間と空間に干渉する。それがどういう事か――分かるか」
始が話した。
「この剣は時間や空間にも影響を与えますが別の世界線を作ってしまう危険性があります。実際、自分はこのカインの剣を与った《あずかった》時点で本来の自分の人生から大きく逸れたような気がします、これは時間軸の交差がもたらした結果だと考えています」
マーナはテーブルに手を突き腰を上げた。
「問題はその辺りだ。この世界は志門とミカが行った次元探査計画で全ての世界線、時間軸に取って代わった世界の…はずだ。それがどうして別の時間軸からカインの剣を持って現れた人間が居るのか…」
始はマーナに顔を寄せると次のように言った。
「……時間軸の分岐は可能性です。今から言う事は自分の考えですがマーナさんの言う“世界”は限定的な範囲だったんじゃないでしょうか…」
始の言った事にマーナは激しく抵抗した。
「三次元的な齟齬だ!探査計画の成功は今からだと十二年前だ。始がその女と出会ったのは四年前だぞ!ほかの時間軸が残っていたとでも言うのか⁉」
声を荒げるマーナに志門は静かに提言した。
「お姉さん、此処で答えは見つけられない。勿論、他の誰かに言う事も出来ない……セイルに助けを求めましょう」
「………そうする」
そう言うとマーナはテーブルに置いてある冷めたコーヒーに手を伸ばした。
◆
その日から私は部屋に籠りカインとの通信を試みていた。
通信と言っても通信機のような補機は無い。ここで言う所の量子通信?いや、平たく言うとテレパシーの様なものか……カインでは霊子感応と呼んでいる。
私は特に次元探査船ループストライカーのメサイヤ(パイロット)として、その能力が高かったはずだが地上の四年間は著しくその能力を減退させていた。
部屋を真暗にして意識を集中させる。一日何時間もそれは続いた。
部屋から出た私は精神を擦り減らしていた。果南の面倒は志門が見てくれていた。彼も大学へは長期の休職届を提出し終わっていた。
ある日、志門は私に話し掛けてきた。
「今回の事は僕とミカ、お姉さん(マーナ)と始くんだけの秘密にしようと思う。理乃やラントにも知らせない、両親には果南を見てもらうために長期の旅行と言って措くよ」
「志門、ゴメン…私たちのために」
「君と一緒に創った世界だ……大丈夫、きっとうまく行く」
そう言うと志門は私を引き寄せ優しく抱いた。
そこへ始が部屋に入って来た。二人が抱き合っているのを見て始は慌てた(汗)
「あ、あぁ…すみません、教授。その――気にしないで下さい(汗)」
始の慌てた様子に志門は笑いながら返した。
「君こそ気にしなくていいよw 特に珍しくもないだろう、こんなシチュエーション」
「ま、まぁ……」
「世の中、最初も最後も男と女――なのかも、な…」
「宇宙の創造は二極性から――スタートした、ですか?」
志門は好い笑顔で始に言った。
「物理研究者らしい答え方だねw」
マーナが家に帰って来たようで廊下をドタドタと歩いて来る音がした。
ドアを開くなりマーナはワァッと言って私に縋り付いてきた。
「チョッ、チョッとどうしたんですか⁉」と私。
「暫く来人さんとも会えなくなるから今日、家に会いに行ったら静香に追い出された(泣)」
私は志門から離れマーナの襟首を掴んで引き寄せた。
「本気で怒りますよ!マーナ、いや、チーフテン、マグダレネ。彼等の家庭を壊すつもりですか!」
志門もそれを聞いて困ったな、という感じで言った。
「お姉さんが父さんを好きなのは…気持ちは分かるけど母さんが居るからなぁ…」
始がマーナに声を掛けた。
「マーナさん、自分じゃダメですか?」
暫く大きな間が空いた。
ゆっくりとマーナが口を開いた。
「ガキは嫌だ…」
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数週間後、私はやっと――やっとセイルとコンタクトが取れた。
月の裏側の都市セイルから船を送るとの事だった。私たち四人はカインの剣の入ったバッグを持つと部屋の中央へ固まった。




