カインの使者 第二部 第1章「異変」
地上に降り立ち、平和な四年間が過ぎようとしていたミカとマーナの前に現れた一人の男性、独 始が一振りの錆びた剣を携え現れた。“カインの剣” と称されたそれは世界の存在そのものを揺るがしかねない代物だった。
カインの使者 第二部
【今日の日記】
もう4年が経つ、地球に降り立った私、ミカ・エルカナンは地球のアベルの青年、風早志門と結婚し子供を授かった。子供の名前は果南。
地球帰還計画でその第一回目の使者として私は選ばれたのだが‥‥程なくして責任者のマーナ・マグダレネが降りてきたのだ。彼女が職責を放り出してまで地上に来た理由は今更、尋ねるには及ばないだろう。
今は志門の家に居候として居座っている。本当に困った人だ‥‥
これが原因かどうかは分からないが最近、私は頭痛を覚えるようになった。今までこんな事は一度も無かったのに‥‥これは変だ。
01:59分 ミカ・エルカナン
第一章「異変」
朝起きた私は朝食を作るとマーナの部屋へ運んだ。
「起きてますか?チーフ…じゃなかった、マーナ」
暫く間をおいて中から声がした。
「入れ!」
私はドアを開けると中へ入った。
マーナは今起きたようでベッドで上半身を起こしていた。マーナは私の持っている朝食を見て一先ず礼を言った。
「ありがとう、いつも悪いなミカ」
私はテーブルの上に朝食を置くと次のように切り出した。
「マーナ、先日、主人に手紙が来て私も読んだんですが‥‥これは何だと思いますか?」
手紙の差出人は独 始、手紙と写真が同封されていた。
「主人(志門)に見てもらったのですが写真だけじゃ分からないって‥‥写真の方は錆びた剣の様ですがこれが来てから、どうにも体調が‥‥頭痛がします。最初はマーナのせいだと思っていたんだけど」
「酷い言いようだな‥‥まあ、迷惑をかけている事は承知している。 ⁉――何だ、この感覚は?この写真は‥‥嫌な感じだ。独とかゆう奴、今日、これを持ってうちに来るのか?」
「はい、それでマーナにお願いが‥‥私は子供(果南:カナン)を託児所に連れて行って、そこで少し話もあるので時間が取れないんです。志門も大学の鉱物学会の学術会議で暫く帰りません」
「一番暇なのは私ってことか?」
「そういうことですw」
マーナは何かを考えるように腕組みをしていたが朝食に手を伸ばすと次のように言った。
「了解した。その代わり出来るだけ早く帰って来てくれ。この問題は―――難しいかもしれん」
「分かりました」
そう言うと私は部屋を出た。
◆
独 始が写真の剣を持って現れるのをマーナは待っていた。
写真の錆びた剣?のような物、写真を見ながらマーナは思いを巡らしていた。
(これは、まさか‥‥ “カインの剣” ではないのか)
「ありえない話だ。あれはこの世界を創造するために使われたはずだ‥‥」
暫くして呼鈴が鳴った。
「来たな」
マーナは立ち上がると玄関へ走った。そしてドアを開けるとそこにいたのは布で巻いた例の物を携えた、見たところ二十六か七歳くらいの男性だった。背丈は自分より低く身なりはザっとした感じでジーンズとミリタリージャケットを羽織っている。顔立ちは真面目そうな感じが見て取れた。
「風早、――志門さんのお宅でしょうか?」
「そうだが――」
「教授は御在宅ですか…奥さんですか?」
「あいにく当人は忙しくて不在だ。ミカ、…妻も子育てで忙しいんだ」
男性は少し驚いた感じでマーナを見上げていた。
「どうしたんだ?私がどうかしたか?」
「その……言葉が…外国から来られた方ですか?」
マーナはハッと気が付いて訂正した。
「ごめんなさい。まだこの国に慣れてなくて…」
(しまった!カイン訛りが…またミカに怒られそうだ)
「ここでは何ですから、どうぞ中へ入って下さい」
そう言ってマーナは男性を自分の部屋へ招いた。
「お茶を入れるので、そこのベッドにでも掛けていてください」
「は、はぁ…」
男性は困ったような顔をしながらも布で包んだ例の物を床には置かなかった。
※※※※※
果南を託児所に預けた私はその後、子供たちの父兄との話が長くなってしまい、今ようやく家に辿り着いた。
(アベルの、地球製の車って乗物、本当に使いにくいな…頭痛も酷くなっている)
ブツブツ言いながら私は家の中に入った。コーヒーの香りが漂っている、その匂いを辿りながら私はマーナの部屋に入った。マーナが床に座り、男性がマーナのベッドに腰掛けていた。それはいい――、私は男性が持っている物を見た途端、急に激しい頭痛と吐気に襲われた。
マーナは私の顔色を察してか腰を上げて言った。
「大丈夫か、ミカ。理由は分かっている、少し落ち着くまで待とう」
私は男性にスミマセンと手でゼスチャーを送り、マーナの隣に腰を下ろした。
暫くして少し気分が安定したので私は顔を上げて男性に声を掛けた。
「独 始さんですね。手紙で伺っております……私は風早志門の妻でミカと申します。申し訳ないのですが当人は仕事の関係で二日ほど家を空けています。代わりに私が要件をお聞きします」
男性は少し顔を赤らめて自己紹介した。
「突然、訪問してすみません。その、俺は…自分は神奈川から来た独始という者です」
「始くん、そんなに硬くならなくていいわよ。ミカは私の部下だから」とマーナ。
マーナも言葉で部屋の空気は少し柔らかくなったのか、男性は話し出した。
「実は今から四年前にこれをある人から受け取ったんです。その人は “カインの剣” と言っていたんですが……」
そう言うと独 始は大事に抱えていた例の物を包んだ布を解き始めた。
「始くん、私に貸して」
マーナは布を解きかけたそれを受け取ると自分に近づけた。
布を全部解くと中から出てきたのは鞘に納められた錆びた一振りの剣だった。
「………間違いない、霊鉄で出来ている。紛れもなく“カインの剣” だ。しかし何故四年前なんだ…この世界は新しくなっているはずだ」
私はマーナからそれを手渡してもらうと少し顔を放して観察した。
「相当強い呪詛が掛かっている……ウッ、頭が…」
それを見たマーナは私からカインの剣を奪うと次のように言った。
「大丈夫か、ループストライカーを操縦できる霊性の高いミカには影響が大きいかな」
マーナは始めの方を振り向くとこう言った。
「始くん、君が私たちに聞きたい事はこの剣がどういった材質で出来ているか、だったわね」
「ミカさんが帰って来る前に俺は確かにそう言いましたが鉄ではないんですか?」
マーナは私の方を振り返り、説明をせよ、と言った感じで顔を上げた。
「独さん――」と私は独始に声を掛けた。
「始でいいですよ。マーナさんと同じように言って下さい」
「じゃ、始くん、これは普通の鉄で出来ているけど相当強力な呪詛で封印されている。この剣は鞘と一体化していて普通の人間では抜くことが出来ないし、抜いてはいけないのかも知れない……これを持っていた人はどんな人だったの?」
「はい、外見は――お二人の雰囲気にとても良く似ています。正直、玄関でマーナさんと会った時は彼女と…名前はネフェリーム・バリアントという女性と間違えたくらいです。四年前に長野県の湖へキャンプに行った時に彼女と遭遇しました」
「どんな格好だった?」とマーナ。
「鉛色のボディースーツと左上腕部に少し大きなリングをしていました……このリングに鉛色のスーツの収納も出来たみたいです。あと、キューブ状の同じ色のものを持っていました。本人は戦車と言っていましたが―――大きさや物体の性質まで変えられたみたいです」
「そいつは今どこに居る?」
「もう居ません。この剣で空間に穴を開けて……自分でその中へ……最後にこの剣を俺に預けたんです」
「空間の裂けめか…そんなことが出来るのはこの剣を作ったカイン以外には考えられないな」
マーナは腕を組み、顔を俯けて呟いた。
「彼女…ネフェリィは――敵対していたアベルも同じ物を装備した、と言ってた……」
それを聞いた私は動揺して叫んだ。
「バカなっ⁉ あんなものが幾つも存在したって事なのか‼」
「ミカ、落ち着け!」
マーナは私を抑えると落ち着いてではあるが緊張した声で始に言った。
「始くん、私は説明できることが多くあるが、その前に一つだけ約束してもらいたい事がある」
それを聞いた私はマーナを制止した。
「マーナ、それは止めた方がいい。私たちは普通の人間として地上で暮らす事なんだ」
マーナは腰を上げ、始の隣に腰を下ろすと彼独 始の手の上に自分の手を重ね、私に次のように答えた。
「彼は間違いなくカインと遭遇している。そして一番大きな問題は彼がカインの剣を預けられ、此処に在るもの以外にもカインの剣は存在する、という事だ。それは――今まで私たちがやって来た事を再定義する事になるだろう。私は始くんになら私たちの事を話しても良いと考えている」
私の気持は一気に谷底へ落されたような感じだった。この四年間、志門との間に子供も出来て平和に暮らしてきた自分‥‥いや、それ以上に自分と志門が命を掛けて創ったこの世界にヒビが入ろうとしている。
この話は別作のキャプテン独の日記「霊鉄のヴァリアント」とリンクしています。詳しくはそちらをご覧ください。https://ncode.syosetu.com/n6270em/




