「事象の始まりへ」
新しい世界で始まった第84回次元探査計画―――それは世界創造の淵源に迫ること、この世界の成り立ちの理由を知ることだった。
メサイヤ(パイロット)のミカとシップドナー(船のメインシステム)のエルシャナは次元の最大深度まで潜る。世界創造の記憶が次元の最深部に秘されており、ついにミカ、エルシャナは創造の原点となる画像を持ち帰ることに成功した。
船がセイルへ戻る途中、ミカとエルシャナはその画像を確認し驚愕する。現在の世界が自分たちによって開かれた事実を知る。その中でミカは自分と運命を共にしたアベルの青年、風早志門の事を思う。
ループストライカーが元の次元に戻ったとき、ミカは地上の空を飛んでいる航空機に近づく。それは前の世界の8年前(今の世界の現在)に遭遇した―――志門の両親が乗った機体だった。
セイルに戻ったミカはレコーダーを持ち、本部に帰るがそこで見たのは霊子空間接続技官のルーファELLE・シアーナが倒れ、マーナに半身を抱きかかえられている姿だった。後に、彼女の死亡が伝えられ、彼女の寿命が尽きたことから、次元探査計画がその計画意図を達成し終了したことを知らされる。
その後、計画は形を変えて継続される。それは月に居るカインが地上に帰還すること。現在の世界を創造したミカと志門、それは両者が寄り添うことの可能性を大きく示していた。その第一回目の帰還者としてミカは地上へ向かう事になった。
第十章 「事象の始まりへ」
私のパートナーであるエルシャナはループストライカーのメインシステムとなることがクジによって決められた。
私、ミカELLE・カナンはそのシステムの予備、メサイヤとしてその任に就くこととなった。
数か月に渡るエルシャナとループストライカーの霊子接続交換が無事に終了し、後は出発を待つばかりとなった私はクライシスト本部のチーフテン、マーナ・マグダレネと計画の内容を細かくチェックしていた。第84回目となる次元探査計画の任務は霊子界深度の最深部に迫り私たちがいる時間軸の創造の理由を調べる事だった。
チーフテンマグダレネは最後のチェックとレクチャーを終えると私にあるものを渡した。私がそれを開いてみると布の服の様なものと銀と思われる金属で出来た細いチェーンだった。私はマグダレネに尋ねた。
「チーフ、これは何ですか? 計画と何か関係が…」
「多分ね……これはミカ、あなたがディスプライザーで私たちの形に創造展開された時に一緒に抽出されたものなんだ。推測だがあなた自身と本計画に由来するものだと思っている、律法義委員のロタも同じことを言っていたよ……ミカ、良い報告を待っている。頼んだぞ」
私は敬礼すると部屋からループストライカーの格納ドームへ飛んだ。ループストライカーのコックピットに入り自分の目で各システムをチェック、既にエルシャナが機体の調整を終えていたが私は人の体で出来ることを行った。
「エルシャナ、発進は0.2ホーラ後。霊子記憶レコーダーの準備は出きてる?」
{スタンバイ良し‼ 良い画像が撮れるといいね}
正直、私はどんな画像が得られるのか心配だった。マグダレネから手渡された自分と計画に由来する品を見ていると、これがこの時間軸創造の理由に何らかの関わりがあるとするなら、それは私という小さな一個人がこの世界に関係していることになる。私は心の中で『ヤーワァ』に祈った。
(決してそのようなことがありませんように………私がいったい何者だというのであなたがお造りになった世界に関与していいでしょうか。願わくばこの計画で成果を得ずに帰らせてください)
私がそう祈っていると私の心の中に直接呼びかけるものがあった。
『たしかにあなたはそう願い、わたしは一度はそのようにした。
だがわたしはあなたが何も成さずにわたしのもとに帰ることを望まない―――わたしはあなたを成功させる』
{ミカ、起きてください‼}
私はエルシャナの声でハッと我に返った。
{ミカの黙想している内に寝る癖、直した方がいいですよ!}
「エルシャナ……私はどのくらい気を失っていた?」
{気を? 本部からはもう発進命令が出ています、私は出ますよ}
「済まない、出してくれ」
ループストライカーは航行プログラムに沿って正確に霊子界深度の最深部へ向かって行った。
「そろそろ深度レベル9辺りか……レコードを開始」
{了解、レコードと同時にモニターに展開―――ミカ、もう少し潜らないと………画像が確認できない}
「記憶のコアに入ってしまうとループストライカーが元に戻れなくなる、画像が視認できるギリギリの深度まで潜ろう」
私はエルシャナに指示を出し船を更に潜らせた。既に限界霊子圧力を超えているのか船の各システムにアラートが出始めていた。
{ミカ、これ以上潜ると耐霊圧限界を超えてしまう!}
「まだ記憶画像が確認できない、もう少し我慢しろ。あと少しだけでいい!」
{クソォッ、いい加減にしろっ‼ 私を潰す気かぁっ}エルシャナが遂に切れた。
更にグンッと深度が下がったその時だった。きれいな画像ではないが内容を確認できる程のものがモニターに映し出された。私はエルシャナに深度を固定させ安全の許す限りレコードを続けた。
その後どのくらい時間が経過したのか分からなかったが私たちはゆっくりと浅い深度へと戻りつつあった。その間、私とエルシャナは撮れた画像を確認していた。
その内容は私が最初に心配していた通りとんでもないものだった。エルシャナもまたその内容に驚きはしたが同時に自分の存在に関して私に感謝した。
「エルシャナ、最後の感謝はこのアベルの青年に云うべきだ、私もまた、この志門という青年に救われたんだ………志門……」
私の中で魂の中に封印されていた何かが解き放たれた感じがした。それはこれまで感じたことのない心地良さだった。
ループストライカーは一端、霊子と原子の境界層で停止した。エルシャナと私は船のチェックを行い船体に異常がないことを確認した後、通常空間へ出るため実体化のカウントダウンを始めた。
{完全実体化まで5セク―――2、1、ループオン‼ Dスタビ起動}
今度は間違いなく完全実体化と同時に通常空間に出た。
船は地球と月の中間、計画通りに進んでいる。私は少しの間、前の時間軸であったことを思い返していた。そしてエルシャナに次の指示をだした。
「今この時間、私が入力する地上のポイントにアベルのエーテルドライブの機体がいる。私は会っておきたいんだ、その機体には志門の両親が乗っている」
{でも……船の運用規則に抵触します}
「アベルの電測システムの無効化はそのまま、対視覚化はわたしの示した機体にのみ解除して」
私の普通では許されない我儘をエルシャナは聞き入れてくれた。そして次のように言った。
{全てはここから始まっている、ミカ、この新しい世界であなたの思いのままに行きなさい}
ミカの示したポイントに志門の両親、風早来門と妻の志津香が搭乗する小型観測機の姿が在った。
「こちら、MarkⅠ、海上にブースターのマーカーを確認、位置情報をそちらに送る、回収船を呼んでくれ。」
[こちらベース、了解した。一〇:三七コンプリート、RTB]
「了解、ミッションコンプルRTB、オーバァ…」
来門は通信を切ると副操縦士席にいる志津香の方を向いて話した。
「今日は確か志門の誕生日だったよな――――マズいなぁ……」
志津香は来門が忙しさにかまけて息子の誕生日を忘れていることを「やっぱりか」という感じで聞いていた。今までに何回かあったので志津香の方で祝いの物は用意していた。
「あなた、気にしないで。毎日忙しいんだから、志門と家の事は私に任せなさい」
「それって全部だな、志津香」
お互いに向き合って笑っていたが志津香の目に来門の後ろで光るものが見えた。
「あなた―――2時の方向から何か近づいてる」
来門はすぐさま志津香の示した方向を確認しそれが楕円形の大きな光の塊であることを確認すると志津香にレーダーを確認させた。
「レーダーに感無し⁉ これは―――」
「恐らく自然の光学現象なのか………それにしても――――接近して来る‼」
「現在高度300ft、物体との距離約200、あなた、回避をっ―――」
輝く楕円形の物体は音もなく来門たちの乗る機体の横に距離を置いてピタリと着いた。
「心配ない、恐らく光学現象だ。もし隕石か何かだったら凄まじい音と衝撃を発しているはずだ」
来門は暫くの間、輝く楕円形の物体を見ていた。その光の奥で人の姿が見えたような気がした。
「…………すべては………ここから………始まった、か」
「あなた、何を言っているの?」
「何でもない、ただ…………何となく湧いて出た言葉だ―――志津香、家に帰ろう」
ループストライカーの中から私は見ていた。志門の両親が乗るエーテルドライブの機体は翼を上下に軽く振ると大きくバンクし離れていった。
{機体を揺らした、何かの合図だろうか?}とエルシャナは言った。
「多分――― “ありがとう ”って言ったんだ………と思う。エルシャナ、もう一つお願いをしたいのだが―――いいかな?」
{何でしょうか?}
「私の気持ちを霊子シグナルで志門に送ってほしい、一回だけ――――高出力で頼む」
{了解、後でチーフに始末書を書いてもらいましょう}
* * * * * * * *
僕は午後の授業を終え学校の帰り、従姉の理乃と途中で別れた。家の玄関の前に着くとポケットから鍵を出して戸を開けた。
(きっと今日も遅いんだろうな………お父さんたち)
いつもの事なのでもう慣れてしまっているが今日という日に限って僕は何故か両親の帰りを待ちわびた。
僕は二階の自分の部屋に入るとランドセルを降ろしベッドに横たわった。体の力がスゥーッと引いていくのが分かった。僕はそのまま寝入ってしまった。
それからどのくらい寝ていたのか分からなかったが浅い眠りが続く中、自分の中に誰かが入って来たような気がした。
僕は白く輝く部屋の中でどこかよその国の綺麗な女の子と向き合っていた。
見たところ三つか四つ年上と感じるその子は僕に近よると首に手を回し引き寄せ何度も「アリガトウ…」と繰り返し言った。
今までに感じたことのない心地良さに僕は満たされていた。
僕が目を覚ましたのは日も傾き部屋の中も薄暗くなってからだった。僕は部屋の電気を点けた後、下に降りた。そこへ丁度、両親が帰ってきた。
「済まんな、志門。遅くなった、今日はお前の誕生日だったんだ……お祝いの品を買いに行ったら遅くなって…」と父さんが言うと横から母さんが脇腹を肘で軽く突きこう言った。
「あなたはいつも都合のいいことばかり言って―――志門、お父さんたら今日が志門の誕生日ってこと忘れていたのよ。お祝いはお母さんが用意しているからね」
「お父さん忙しいからね、気にしない………それよりね、今日家に帰って寝ていたら不思議な夢を見たんだ。外国の女の子が僕の前に現れて何度もありがとう、って言うんだ」
来門は黙って腕を組み暫く考えた。
「今日は不思議なことが多いな………」
僕と両親は今日あった出来事について色々と話し合った。そうして話している内に今日が何か特別な日か、何かの起点ではないかという思いに至った。僕は自分の誕生日のことなどすっかり忘れていた。
僕が見た夢はその日だけで終わることは無かった。僕が大学の二回生になるまでの8年間、その夢は続いた。
夢の中で彼女と会う中、自分の魂の底に沈んでいた記憶が次第に浮かび始めるのを感じた。
* * * * * *
ループストライカー84号機が持ち帰った成果にドバルカインの都市セイルは沸いていた。次元探査計画史上初めて世界創成の記憶を持ち帰ることに成功したからだ。公会堂をパレードし沢山の仲間が歓喜して私を迎えてくれたがクライシスト本部の建物へ入るとそれとは正反対の空気に包まれていた。私はレコーダーと回収した記録を持って指令センターに飛んだ。
そこで見たものは霊子空間接続技官であるルーファELLE・シアーナが大勢の者に取り囲まれている光景だった。
彼女は倒れておりマグダレネが半身を起こして支えていた。私は駆け寄ると叫んだ。
「一体、何があったのかっ⁉」
それに対してマグダレネは語り出した。
「ループストライカーが通常空間に出たところでルーファは独り言のように言い出した。 『成し遂げられた…………船が二度と霊子界に入ることは無い、もうその必要がないんだ………ありがとう、皆…』、そう言って倒れた」
メディカルの者が来て彼女を診た。体に異常はなかったが突然体の機能が停止したようだ、と言っていた。意識が戻らないまま彼女の霊は『ヤーワァ』のもとへ昇っていった。
後日、律法義委員のロタが私とマグダレネのもとを訪れ評議会から言い渡されている事を伝えた。ロタはマグダレネに通達書を手渡した。
通達書を開いて見ていたマグダレネは手の甲で涙を拭った。
「ルーファは寿命だった………次元探査計画はこれを以って終了した」
ロタがその後を補足した。
「ルーファは霊子空間接続技官としての任を終えたんだ。彼女が『ヤーワァ』のもとへ戻ったということは…………ミカ、あなた方が回収してきたものがこの計画の全てであり答えなのだ、と私は強く確信している。
マーナ、回収したレコードの解析は進んでいるのか?」
マグダレネはレコードのコピーをロタに手渡すと次のように言った。
「先に評議会のエルメラ議長には渡してある。ロタが預かった通達書がその結論だった………もう解析なんてする必要はないんだ。
ロタ、それを後で見てくれ、『ヤーワァ』が成して下さったことに人はただ怖れと畏敬の念をもってその栄光を讃える事しか出来ないんだよ」
ロタは「うんっ」と頷くと部屋を後にした。部屋は再び私とチーフの二人きりとなった。
「ミカ、あなたはどうする…………計画は終わった。しかし、あなたがこの世界創成の中心に居た以上――――おそらくあなたの寿命は簡単には終わらないだろう。後はどうするか、それはあなた自身で決めることだ」
私は直ぐに答えた。
「私は8年後に地上に降りアベルの青年と―――そう、この世界を造り皆の魂を移してくれたアベル風早志門と生涯を共にします。それが終わるまで私の計画は終わりません」
マグダレネは「そうか……」と一言いうとただ微笑んでいた。
次元探査計画は確かに終ったがその流れは新たな計画という形で続いていた。
次元探査計画で得られた世界創成の理由から次に行わなければならないことは明白だった。私と志門がお互いを求め一つになったようにドバルカインも地上のアベルたちと和解し共に『ヤーワァ』―――地上の言葉では『神』、『ヤハ』または『ヤーウェ』を崇拝する道を歩まねばならない。
聖典にはこう記されている。
『もしあなたたち兄弟が不和に陥っているならわたしへの捧げものを祭壇の下へ置き、行って和解をしたあと捧げものを祭壇に供えるように―――』と。
あれから8年の間、マグダレネはドバルカインの地上帰還計画の主任として忙しく働いている。私もまた、その計画の第一回目の使者としてその準備を進めていた。
私は出発に備え志門のいる国の文化や慣習、国語を改めて学習していた。これから会う志門はクロスライザーチップを埋め込まれていない。また感情の交感が出来たとしても文化や慣習は別の問題でありその地で長く住んでみないと分からないことも多いのだ。
呼び出しが鳴り部屋の外に誰かが来ていた。
「どうぞ、お入りください」私はアベルの言葉の練習も兼ねてそのように言った。
マグダレネが壁を抜けて入って来た。私は床に椅子を形成させると掛けてもらった。
「チーフ、何か御用ですか?」
マグダレネは指を口に持ってくると視線をずらし思案している様子を見せるとこう切り出した。
「実はお願いがある…………あなたがこれから会う志門には両親がいたよな」
「いますが―――何か?」
「ミカは前の世界で私とその…………志門の父親との関係を知ってるだろう…」
私は腕を組んで上を向くと目を閉じて考えた。
正直、忙しかったので、いや気にかけていなかったというのが正確かも知れない。
「すみません、チーフ……その事を私はあまり知らないんです」
マグダレネは「フ~ッ」と大きく息をつくと顔を上げ単刀直入に私に命令した。
「志門の父親、風早来門に私から宜しくと伝えてくれ」
的を射ない命令に対し私はマグダレネに突っ込んだ。
「何を宜しく伝えるのですか?」
マグダレネは頭を搔きながら「アァアーッ!」と叫ぶと私を見据えて次のように説明した。
「私と来門は好き合っていたんだ。私は出来る事なら彼に会いたいんだ――――分かったか⁉」
「大体は理解しました。でも……パートナーがいますよ。前の世界であったことは夢だと思って忘れた方が――――」
「命令だ、ちゃんと伝えておけよっ」
マグダレネはそう言うとそそくさと部屋を出て行った。
* * * * * *
いよいよ出発の時が来た。大勢の市民の声援の中、私はループストライカー84号機に乗り込んだ。
コックピットでエルシャナが待っていた。彼女はパーソナルディバイスではなくなっていた。次元探査計画を終えセイルへ帰還した後、彼女の魂は船から本来の彼女の姿、人間の形へ徐々に戻っていったと聞いている。
「こうして人間の形で会えたのは何年ぶりかなぁ」エルシャナは懐かしそうに私に言った。
「長い間、お疲れ様。船は大変だったね…………でもエルシャナ、あなたが船になって潜ることはもう無いんだ。空間接続技官のルーファも亡くなる前に言ってた……船が二度と霊子界に入ることは無い、もうその必要がないってね」
私は自分と一緒にディスプライザーで抽出された品、布の服と銀のブレスレットを身に着けていた。
「どう、これ―――似合ってる?」
エルシャナは近づいて私の周りをぐるりと回りながら観察するとこう言った。
「良いと思う。地上に降りれば違和感はなくなる―――全くアベルの物だな」
指令センターから通信が入る。私はモニターを見ながら答えた。
「84号機のミカ・エルカナンだ。現在待機中だ、もう発進命令が出たのか?」
[まだだ、発進は0.1ホーラ後………ミカ]
モニターに映っていたのはマグダレネだった。私はチーフが何を言おうとしているのか察しがついていた。
「チーフ……あなたの事も含め、ドバルカインの未来を持って私は地上に向かいます」
モニター越しに映るマグダレネの瞳は今までになく輝いて見えた。
[ミカ、私たちの未来がこの計画に掛かっている。その第一回目だ―――前の世界で志門と居たとき以上の成果を期待している、頼んだぞ!]
私はこの期待とも声援ともとれるチーフの言葉に一瞬、思いを巡らせた。
「志門と居たとき以上の……… ‼ (私には未だやっていないことがあった!)了解、チーフ、必ず結果を出してきます」
[よしっ、間もなく発進だ。指示を待て]そう言うとモニターは閉じられた。
少し待った後、発進命令が出た。往路は私が操縦する。天井が大きく解放された格納ドームから船をゆっくり上昇させる。下方にはドバルカインの都市、セイルの灯りが見えた。
意図せず涙が頬をつたった。
「さようなら、ドバルカイン………私が生まれ育った国都市セイル、そして皆…」




