表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カインの使者  作者: 天野 了
1/44

創世の太古から続く両者、アベルとカイン

世界創世の初期、アベルを殺め、最初の人殺しとして地を追われたカインは何処へ消えたのか―――その答えは聖書に詳しくは記されていません。彼らは鉄を精錬し冶金技術に優れた種族だったようです。作者は初期の人間が現代を遙かに越える技術を持っていた、と仮定し、この話を書きました。

カインとアベル、文化やテクノロジーの違い、過去におけるアベルとカインの確執をどのように決着させるかなど……聖書に記された文を部分的に取り出し、想像の助けとしました。


この話は基本的には青年男性と女性の恋愛小説です。

カインの使者                           

                       天野 了



 序章



それは一通の手紙から始まった。                                          

送り主の住所は月の裏側と記載され、名前はミカ・エルカナンからだった。


 僕は手紙に記載されていた街の中央広場に何の躊躇もなく立った。普通なら間違いなく只の冗談ですまされてしまう。が、それが自分の歩んできた人生の必然とも思われたからだ。

 数分経って周りを見回すとビルの陰から背の高い銀髪の美しい女性がこちらを見ていた。

 僕の方を見て微笑んでいるその女性は僕より少し年上のように見えた。自然、僕と彼女はお互いに近くまで歩み寄った。

 彼女は少しぎこちない日本語で僕に話かけてきた。


 「風早志門さん……デスね」

 

 「ミカELLE…………ミカだね」

 

形と言葉にならない確かな憶いが僕の喉元にこみ上げて来た。

しかし感情的になる言葉を抑えようとすると涙が目から止めどもなくこぼれ落ちた。

 すると彼女は僕の両手を優しく包みこんでこう言った。



 「覚えている? ―――――あなたを信じていた。

 私を命懸けで救い出してこの新しい世界に移してくれたことを」



 僕と彼女はこうして再び出会えた事をお互いに祝福し合った。が、次の言葉が出てこなかった。話したいことは山ほどある、その中から順序立てて話すのにどこから話していいのか分からなかった。


 僕が手を拱いていると彼女の方から口火を切ってくれた。

 

 「ご両親は元気?」

 「うん、ちゃんと居るよ」

 「婚約しようと決めていた人は?」

 「元気で居るよ、今は普通の友達」


 「よかった、本当に…………………良かった」


 彼女は安心したように言うと振り返って空に視線を向けた。

 彼女が空に憶うこと、時間や次元を超えた僕と彼女の姿なのかもしれない。


僕と彼女の関係は全く違う世界と時間軸の中で始まっている。



それは僕が十二歳の時に始まった。





 第一章 「ファーストコンタクト」



 昼過ぎ僕はいきなり担任の先生に教室の外に連れ出された。


 校門で待っていたのは叔父と叔母だった。

 先生は余程急いでいたのか詳しい事は話さず、ただ一言だけ声をかけて叔父へ僕を渡した。


 「さあ、急ぎなさい」


 叔父たちは一礼し僕の手を引っ張って待たせておいたタクシーに詰め込む様に乗り込んだ。

 タクシーは目的地を知らされていたのか直ぐに走り出した。

 この一連の動きが僕にとって余り良くない知らせであるのは小学生の自分でも何となく察しがついた。


 タクシーで走ること数十分、叔父たちは沈黙を守っている。

 タクシーが街の外れに差し掛かると広大な敷地が眼前に現れる。それは見慣れた景色、僕の両親はここで働いている。

 僕は直接両親が働いている所を見たことはないが仕事の内容はよく聞かされていた。

両親の仕事は打ち上げられたロケットの観測と分離されたブースターの落下地点の確認と回収が主な仕事と聞いていた。

 タクシーは敷地入口のゲートで止まり、僕と叔父たちは迎えに来ていた別の車に乗り換えた。運転手は直ぐに車を走らせながら叔父たちに話した。


 「この度は本当に申し訳ありません、彼等のような優秀なスタッフが何故こんな事になったのか原因が解らないのです」


 車は管制塔のような建物の前で止まると僕と叔父たちは直ぐに中へ案内された。大きなコントロール室へ入ると大柄な男性が叔父たちに走り寄った。


 「センター長の山和泉です、状況をご説明します」

山和泉という、おそらくこの施設の責任者らしき人は僕の方に視線を配るとこう言った。

                                          「よろしいのですか……その、ご子息の――― 」 

 「構いません、起きた事実をそのまま話してください」

 「分かりました。管制課の的場が説明しますので――――――的場君、的場チーフは居るか」


 コントロール室内に声が響くと沢山の監視モニターの間から顔を覗かせる人がいた。


 「はい、センター長」

 「的場君、こちらの方は風早君夫妻の息子さんと親類の方々だ。今回のことについて順を追って詳しく説明してくれ」

 「分かりました、どうぞこちらのモニターをご覧ください。今から風早君夫妻が搭乗した観測機がどういった経路で飛行していたか時間と速度と高度が示されたレーダー画像をお見せします」


 僕には未だレーダー画像の数字の読み方が解らなかったが動いている機影に両親の姿を見ているような気がした。

 しばらく経って画像に大きな変化があった 。機影の右上の方に円形の形をした物が大きく広がって両親の乗った観測機を飲み込むと程なくして円形の物は収縮し完全に画像から消失した。


 「午前10時37分、風早君たちの乗った観測機はレーダーから消えました。

 先ほどの大きな円形の物体が何なのか未だ解っていません。

 観測機も緊急事態の場合、救難信号が自動で発信されるのですが現在信号を捉えることができていません」


 センター長の山和泉が操作卓に手をつき肩を落として言った。

 「現在、自衛隊と海上保安庁が全力で捜索を続けています」



 僕はその日から捜索期限が切れるまで叔父の家に居ることになった。

 最初の一週間は両親が早く帰ってきてくれる事を祈っていたが捜索が長引き三週間目に入る頃には不安だけが残った。


 両親の姿を見ることのできない僕は泣くことさえできず、一人になってしまったことの不安に慄いていた。

 両親の行方不明のことはテレビでは一切報道されなかった。


 「今回の事故………………いや事故と言えるものかさえ、はっきりしていない。おそらく政府が各機関に報道管制を敷いているのだろう」

 そう叔父は言っていた。


遂に捜索期限が切れ、このことに関して原因と事象不明のまま闇に付された。


僕の両親は戻らなかった。



 叔父さんたちは僕のことを心配してくれて自分たちの家に一緒に住むように勧めてくれたが僕は慣れない親類の家で生活するよりも両親の住んでいた家で暮らすことを決めた。

 叔父さんたちは僕の気持ちを汲んでくれ申し出を快諾してくれた。


 「必要なことがあったら何時でも言って来るんだよ。家もそう離れていないし―――――そうだ、理乃を遊びに行かそうか」

 「ありがとう、叔父さん」


 僕は理乃に視線を移した。同い年で来年は中学生になる。

 「来年は同じ中学校だね……時々来てくれたら嬉しいなぁ…… 」

 彼女は叔父さんの後ろで少しはにかんでみせた。


 僕はこの時、既に頼るべき誰かを探していたのかも知れない。また頼られるべき自分を自身の中に見出したかったのか………。



     ◆



あれから長い年月が経過した。自分にはそう感じられた。


僕は中学、高校を経て大学の二回生になっていた―――一人で頑張った訳じゃない。そこには勿論、叔父さんたち家族の献身的なバックアップがあった。


従姉の理乃も同じ大学に進学し彼女を通じて沢山の仲間も出来た。付き合って二年になる僕の彼女も理乃の友達だった

 もし理乃がいなければ自分は未だに一人だったかもしれない。



 少しずつ大人に成長していく自分を感じている一方で置き去りにされた―――何か釈然としない自分が心の中に居る。


 それは両親が行方不明になってからずっと続いていた。

 一つは両親がいなくなった事の悲しみを実感できない自分と、もう一つはあの日以来ずっと見続けている夢だった。


 あの時に見たレーダー画像、正体不明の円形の物が両親の乗った機体を飲み込む瞬間が何度も現れ起こされた。そして自分は何もできない。

 病院で精神的疾患の疑いがあるとのことで薬も処方されたが改善しなかった。

 

 こういったものを引きずりながら時間は無情に進んでいく。

子供では出来そうにない精神的な強さで不都合なものを抑え込んでいるのが大人に成っていくことだとしたら後悔するかもしれないと僕は思う。



その年の夏が近づこうとしていた。大学で受講を終え家に帰って夕飯の準備をしていた時、理乃が家を訪れた。


「すこし話したいことがある、いいかな? 」

「まあ、上がって。お茶でも出すから」


 自分一人しか住んでいない家には部屋が余り過ぎている。僕が自分でゲストルームと称しているリビングルームへ案内した。厳密にはゲストルームではないがキッチンと並行してある部屋なのでお茶出しには便利だ。


僕はインスタントではなく挽いた豆を使ったコーヒーを入れた。理乃が人一倍コーヒーの香りにうるさいのはよく知っている。


 「ゴメンね、いつも特別に入れてもらって」


 「昔、理乃に徹夜で勉強教えてもらった時にコーヒーの入れ方、散々教わったからね。感謝してるよ。

 ところで何か用事だったのかい、良い話? 」

 「志門のそういうところ変わらないね、用心深いっていうか……… 」

 「まあ、不遇だったからね。誰でも悪い話は敬遠するだろ」

 「まあね、でも安心して、サプライズだから…………志門、休みは取れる? 」

 「うん、受講時間は一応クリアしている、課題の方もあと少しだから問題はないよ。」

「友達と温泉旅行に行くの、どう、志門も一緒に。リッツも来るよ」

リッツというのは僕の彼女の愛称で理乃もそう呼んでいる。正しくは真部律子という。


「その話、リッちゃんからあったの? 」

「私が幹事、私が決めたのっ‼」

 理乃の声が少し高くなったので僕は慌てて謝った。


 「もう志門、今まで私があなたに悪い話を持ってきた事がある? 」


 僕は飲み干したコーヒーカップの縁を掌でなぞりながら後悔した。

 確かに今の状況は理乃の協力なしでは有り得なかった。


 「ゴメン、理乃。それはないよ―――話を続けて」

理乃は自分でコーヒーのお代わりを注ぐと一口啜って話を続けた。

    「メンツは私とリッツ、志門とラントね」

「なるほど、丁度二組そろったわけだ」

 「男女同数の方がいいでしょ、出来れば」

 「出来れば⁈ …………………あっ、何となく想像ついた。麻里衣ちゃんか」

 

 麻里衣はラントの、正しくは島崎蘭人の妹だが重度のブラコン、お兄ちゃん子だという事は理乃からも聞いていたし友達と寄り合う時も一緒に付いて来ているのを何度も見ている。

 「ラントの両親も一応オーケー出したって言ってた」

 「息子の監視役を派遣したってことか。もう大学生なのになぁ」

 「両親にとっては子供が結婚するまでは子供…………ゴメン、気にした? 」

 「気にしなくていいよ、もう慣れてるから。それより日程だ」


 理乃はポケットから折りたたんだ用紙を僕に渡した。

 「日程と行程表を作っておいたね。それとホテルや交通機関の予約も済ませておいたから」

 「相変わらず用意がいいな…………んっ、コレっていきなり明日アァ、理乃、僕はまだ研究課題が少し残ってるって……… 」

 「志門、君なら出来る。イエース・ユーキャン‼ じゃ、頑張ってね。持ってく物は着替えと財布くらいでいいよ。また、明日」

 理乃は僕の肩を軽く叩くと部屋を出て行った。


「やられた―――――今晩は徹夜だな」

僕はやりかけていた夕食の準備を止め二階の自分の部屋へ戻り直ぐに研究課題の残りに着手した。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ