第6話 開始時刻
レンにとって今起きている事は、今までに全く経験のない事だった。
ついさっきまで一緒に話していた者達が今、頭や胸から血を垂れ流し死んでいる。ここまでの絶望的状況は初めての事だった。
この距離からでは身動きがとれない。今は安全な屋内に避難している。考えろ、奴への対抗策を⋯⋯⋯。
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時間は20時間程前に遡る。
遂に俺はナベル基地を出てから最初の町に辿り着いた。町の名はデルニードル。
昔は町の防衛に広範囲に渡って針を設置し、敵の侵攻を防いだ事でこの針に由来する名前が付けられたらしい。今でもその名残が残っていると聞く。
俺は早速今までの疲れを取る為に寝床を探しに町に入った。
町の中は全体的に薄暗く、通り過ぎる人の中には血のついた拳を服で拭っている、いかにも喧嘩慣れしてそうな男や女までもが歩いている。
裏路地などを見るとフードを被って財布の中身を確認している者達も見受けられる。
だが、幸いとは言い難いが俺は何も持っていない丸腰の男なので盗難の危険性に悩まされる事はないだろう。
町の中心に向かうに連れて賑やかになってくる。どうやら治安が悪く建物が崩壊しているのは町の外側だけらしい。
中央への道には治安の悪い地域から来た者を入れたくないのか検問が実施されている。今は小汚い服装なので入れてくれるか不安だ。
「止まれ、身分証を見せろ」
検問の筋肉質な男が威圧的に身分証を要求してくる。
だが、何も持っていない俺には身分証など出す事ができない。
「持ってないんですけど、何かで代用出来ますかね」
「身分証がないなら帰れ」
やはり身分証がなければ中に入る事は出来ないようだ。それでもここは外側の地域よりは静かで安全そうなので検問所の近くで適当に野宿する事に決めた。
俺は早速誰にも見られずゆっくり寝れそうな場所を探す為に来た道を引き返した。
「ちょっと待て、あれは」
背後から小さく検問の男が話す声が聞こえる。聞いていても何の意味もないので結局そのまま行こうとしたが。
「おーい、待ってくれ! ガンナーのお方!」
俺の顔は驚愕に満ちた。まさかもうここまでナベルの監視下にあるとは思ってもみなかったのだ。顔を見ただけでガンナーとわかるのがいい証拠だ。
俺はすぐに引き返して走った。検問の男に掴みかかり問う。
「お前、俺の顔どこで見た⋯⋯」
検問の男はいきなり掴みかかった俺を見て恐怖の篭った表情をして答える。
「いや⋯⋯顔は知りません⋯⋯⋯ただ背中にガンナーのマークがあったので⋯⋯」
検問の男はさっきの口調とは裏腹に心のこもった敬語を使っている。
それにしても不覚だった。こんな当たり前の事すら忘れているとは随分と自分が追い込まれている事がわかる。これは早急に休息を取るしかないと思った。
「あ、あの⋯⋯ちょっ、ちょっと⋯⋯苦しい⋯⋯離してもらってもいいですか⋯⋯」
「あ、ああ⋯⋯」
俺は気の無い返事で忘れていた手を離す。
検問の男は首を抑え、ゲホッゲホッと息を吐いている。
「で、何で呼び戻したんだ?」
俺は男の息が整った後に呼び戻した事について問う。
「あの、町の町長がガンナーなら誰でも入れていいと言っていたので」
「ガンナーならいいって?」
俺は確認の為もう1度聞いてみた。
「はい、理由は知りませんが」
答えは変わらなかった。
ここの町長はガンナーの誰かと仲が良かったのかそれとも因縁でもあるのか知らないが、中に入れてくれるなら悪い奴ではないとは思う。これで遠慮なく休息を取る事ができる。
「ですが、中央へ入れる代わりに1度町長の家に出向かせる様にと言われています。案内しますので着いてきて下さい」
「ええ〜、でもまあしょうがないか」
まだ、休息をとるのは出来ないようだ。
だが、あと少しの辛抱だ。町長の話が終わったらすぐに宿でも探そう。
少しずつ日も落ちてきて、空も暗くなったが中央は暗くはない。沢山の電灯や部屋の明かりなどで夜でも視界が悪くなる事はない。外側と違って平和で居心地もいい。ガンナーに所属してなかったらここに暮らしたいくらいだ。
町長の家は思っていたよりずっと平凡だった。大きいわけでもなく小さいわけでもない。ただ、町の中心に位置する場所にあるだけの家だった。
「すいませーん! ヘイジさん、連れてきましたよ!」
返事は帰ってこない。検問の男は迷った挙句家に入る事にした。
「すいません。何か町長出てこないので一旦ここで待ってて下さい」
検問の男はそのまま家の中へ上がり込んでいった。相手の返事なしで勝手に入るのも大丈夫なのか悩むがそんな事は気にしないようにする。
中から笑い声や呆れ声、バタバタと生活音が聞こえてくる。随分と賑やかそうだ。町長はあまり厳格な人物ではないと窺える。
「待たせてしまってすいません、どうぞ中へ。入ってすぐ右です」
「わかった、ありがとう」
俺は小さく頷いて家に入った。
「お邪魔します」
「はーい」
部屋に入ると3人の子供と老人がいた。3人は楽しそうにじゃれあっている。
「あ、どうぞここにお座り下さい。おーい、今から大事な話するから奥の部屋に行きなさい」
「「「はーい」」」
老人が言うと3人はすぐに奥の部屋にかけて行った。が、少し扉を開けてこっちをじーっと見ている。
「あー、ちょっちょっと待っててください」
老人は後頭部を片手で抑えて苦笑いして奥の部屋に行った。少し待つと奥の部屋の明かりが消えて老人が戻ってきた。
「随分とお騒がせしました。孫達は元気なものでして。ああ、そうだ私、町長のヘイジと申します」
途中までヘイジは笑っていたが畏まった顔をして自己紹介した。
「ガンナーのレンです。よろしくお願いします」
俺も小さく自己紹介した。ヘイジは俺の名前を聞くなりすぐに本題に入った。
「よろしくお願いします。では、早速で悪いんですが本題に入らせて頂きます」
ヘイジは正座をしてゆっくりと話し始めた。
「私には結婚した1人の息子と3人の孫がいます。息子は今まで楽しく結婚生活を続けていました。ですがある日突然、息子の妻が急に忽然と姿を消してしまったんです。息子は慌てて私に連絡を取り、町の依頼板に妻捜索の依頼を出しました。それでも息子の妻は見つからず、息子は少しずつやつれていきました。そして息子の妻がいなくなって3週間程経った頃、息子の妻を見かけた者が現れました。場所はこの町を西に行った場所にある廃れた都市。そこは今ある小さな組織のアジトがあります。息子はこの町の警護隊の一員でしたから自信があったのでしょう、待ちきれずに依頼で集まった人達を置いて1人で行ってしまったのです。そして、ここからがあなたへの依頼なのですが、そのまま5日も帰ってこない息子を連れ帰ってきて欲しいのです」
俺は急に深刻な話になって少し戸惑いながらもヘイジと向かい合う。
「話とは依頼の事だったんですね」
は⋯⋯はい。すいません」
ヘイジは後悔した様な顔をしながら謝ってきた。
「何で謝るんですか。自分の息子が心配で他人を頼るなんて当たり前の事です。それに俺も身分証を持っていないのにこの中央に入れてもらいましたからこのくらいの仕事、やるのは当然の事です」
俺はヘイジを励ますように元気よく、依頼を受けると伝えた。
「ありがとうございます! ガンナーの人なら出来ると信じてます」
ヘイジは泣きながら満面の笑みで言った。だが、少し気になる所がある。
「ガンナーなら、ってどういう事ですか?」
ヘイジはきょとんとした顔で俺の顔を覗き込み、はっと何かに気づいたような顔をして答えた。
「ガンナーは安全安心で通っていますし、ナベルと戦える程強いんですから当然ですよ!」
ヘイジは自信満々に言った。が、何故かヘイジはガンナーがナベルと戦った事を知っていた。
「な、何でナベルとの事知ってるんですか?」
俺は声を低くして前屈みになりヘイジに言った。だがヘイジはまたもやきょとんとしている。
「有名ですよ? 戦った事。ここはナベルの基地とガンナーの基地の境にありますからね双方の情報は殆どこの町を経由するんです」
「そうだったんですか、もうここまで⋯⋯」
まさか戦いが終わってから寄り道もなしにここまで来たのに情報がこんなに早いなんて思いもよらなかった。
「ま、まあわかりました依頼は受けます。あと、金がなくてどこか寝られる場所を探してるんですけど心当たりありますか?」
寝る場所が決まってない事を思い出して疲れが戻ってきた。
「金ならあげるよ。ここに泊めてあげたいけど狭くてね、近くの宿に止まるといい」
ヘイジは隣にある棚の引き出しから錆びて少し汚れが目立つ小銭を出し、俺の手の上に置いて微笑した。
「あ〜本当にありがとうございます」
俺はその小銭を握りしめヘイジにお礼を言い、この家を出た。
もう外には殆ど誰も歩いていない。検問の男ももう帰ったみたいでどこにもいない。俺はこの静寂に満ちた道を歩き始めた。静かなので一歩ずつ歩く度に足音が響く。あくびをしながら歩いているとすぐにヘイジの言っていた宿を見つけた。外装は古ぼけているがそんな事はどうでもいいのですぐに部屋を借りた。
これで一晩寝れる場所は確保できた。後の事は明日やるとして今日はもう疲れを取る為に寝る。
今回は章の始めという事で結構長くなりました。