第5話 与えられない新たな任務
「え、とロ⋯⋯ロベルト?」
俺は驚愕の表情を浮かべ、いる筈のない男の名を呼ぶ。
「ロベルト? そんな名前の奴はいないぞ?」
カメレオンは腕を組み首を傾げる。
この広い部屋に静寂が満ちている。自分以外誰もいないかの様に。これだけでも彼等の技量が伺える。
元々ロベルトは何もしていなくてもうるさい奴だったから今ここで気配もなく立っている男がロベルトだと思えなかった。
「戦場は沈黙。我々の圧勝です」
「ご苦労。2人の司令官に報告を」
7人のうち1人がカメレオンに勝利した事を伝えた。つまり、俺達は敗北したという事だ。ここから逃げる事もできない。後は拷問でも受けるかそのまま殺されるだけだ。
「何でこんなに冷静何だろうな⋯⋯⋯」
俺は小さく独り言を言った。
「何か言ったか?」
カメレオンの言葉に俺は首を振って俯いた。
「ああ、そうだお前の事なんだが」
今から終わりの言葉をかけられる、そう思っていたが、思いがけない言葉が俺の耳に響いた。
「逃がしてやる」
今この目の前にいる男が何を言ったのか理解出来なかった。いや、理解したが信じられなかった。まさか折角捕まえた敵をみすみす逃がすなんて。
「俺達の目的はガンナーを潰す事じゃない。お前を誘き出してこれを奪う事だった」
カメレオンは俺の腰に掛けてあるバトンを抜き取った。その後、カメレオンは小さく口を動かし言った。
「全く、こんな奴に、司令官は何を考えている」
何を言っているのか小さくて聞き取りずらかったが理解できた。何故俺に聞こえずらい声量で言ったのかはわからない。
「足の枷は外してやるから着いてこい」
「着いて行かなかったら?」
「他の奴に殺されるだろうな」
俺は今この男に命を握られた状態でいる。これではどうする事もできず、従う以外の余地はなかった。
カメレオンの後ろを歩きながらロベルトの事を考えていた。面倒な性格だった、時には大袈裟すぎる反応をする時もあった。⋯⋯⋯⋯疑うべきだった。
それでも、スパイの可能性など考えた事もなかった。俺は前にロベルトに命を救われた事があった気がする。記憶が曖昧だ。忘れるくらい前の事ではない筈なのだが。これもナベルの技術力による新たな能力なのだろうか。
そういえば、こんな強い組織と戦うというのに結局戦う理由は明かされないままだった。逃がしてもらえるなら後で基地長に聞いてみる事にする。
「ほら、外だ」
そこには悲惨な光景が広がっていた。
ナベルの兵士はもう基地内に戻ったのか、立っている者が誰ひとりいない。所々で兵士の死体が転がっている。基地側の死体には武器を持っていた形跡がない。これは囮にされた非戦闘員達、少し離れた場所には俺達ガンナーの兵士の死体がある。
何故か感情は現れなかった。ただ、死体があるだけ、何故か見慣れた時の様な気分になった。
外の様子を虚ろな目で見ていたら急にカメレオンに腕を掴まれた。
「今から腕を解放するが攻撃したりするなよ」
俺は言われなくてもそんな事をする気はない。
俺が忠告に対して頷いた瞬間、部屋で見てから今まで無言を貫いていたロベルトがカメレオンの腕を掴んだ。
「腕の枷は俺が外します」
ロベルトの敬語を初めて聞いてわかった。使い慣れた言葉遣いだった。おそらく俺達と一緒にいた時も、随時ナベルと連絡をとっていたのだろう。
ロベルトは無言で俺の目を見た。10秒ほどそのままの状態が続いたがカメレオンが注意した。
「早くしろ、時間がない」
今の言葉がトリガーだったかの様にロベルトは腕の枷を外し元の位置に戻った。
一瞬、ロベルトの目が泳いだ様に見えたが、それ以上は何もなかった。
「この事は誰にも言ってない。逃げるなら早く行け」
「ちょっと待ってくれ。最後に聞きたい事が⋯⋯」
「さっさと行け!」
俺は最後に逃がしてくれた理由を聞こうと思ったが急かされて聞くことができなかった。
カメレオンと7人のスパイ達は基地の中に戻っていった。今は外に俺だけがいる。他に誰もいない。
誰もいなくなり緊張がとけた。それと同時に悔しさと怖さがこみ上げてきた。仲間が大勢死んでいるのに自分だけが何の傷も負わずに、更に敵に逃がされた悔しさと、何もできず悠々と無傷で帰還して仲間にどう思われるかという恐怖。
だが、それで逃げては仲間の為にならない。どんな思いがあっても仲間にどう思われようとも、帰還する事が今は自分の任務だと感じた。
暗闇が空に覆いかぶさる。刺すような基地のライトの光を避けるように、或いは現実から逃げる様に俺は基地を去っていった。
章の区切りにしたので今回は少し短くなってしまいました。