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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

文学フリマ短編小説賞 2017 応募作品群

きれいなトゲにはバラがある

 はい、注文のものができたわよ。

 タンポポの押し花しおり。

 お礼? いいって、いいって。私が好きでやっていることだし。

 あちゃ、引き下がっちゃうの? ここは無理やりでも、首を縦に振らせるのよ。

 お誘いを一度断るのは、社交辞令みたいなもの。その実、異性にいたわってほしいと思う時があるわ。少なくとも、私はね。

 ふふん、今さら手遅れよ。次はもっとうまくやりなさいな。

 

 それにしても、タンポポをチョイスか。花言葉的に見たら、君には思うことがあるようね。

 すべては作品の中に隠されているのかしら。

 私のしおり? バラを使っているわ。

 愛に飢えているのか? 

 ちょっと、男だってことを踏まえても、ぶしつけ過ぎでしょう。

「はい」と「いいえ」のどちらかだけの質問なんて、会話がそこで終わりよ。もっと膨らませるように聞いて。

 え、どういう意味があるのか? 過去にどんなことがあったのか?

 あのね、言われたことをすぐに実行するのはいいけど、今度は目が輝き過ぎ。

 この「あんたじゃなくて、話に興味がありますよ」って空気。君に理解ある女の子じゃなかったら、ぶっ飛ばされるわよ。ほどほどにね。


 バラの花言葉に関しては、有名過ぎて説明の余地がないわ。

 しかも、色やつぼみ、部分や本数によって伝えるメッセージが異なってくる。ぜひ自分で調べて作品に生かしてくださいな。

 で、バラを使ったしおりだけど、これは私のお母さんへのリスペクト。お母さんね、今でも初デートの時の思い出のしおりを、実家に残しているんだって。

 ああ、お父さんもそのことを知っているから、家庭内不和の原因にはならないわ。

 寛大、なのかな?

 男って、結構、女の子を一人占めしたいと思うって聞くけれど、どう?

 一人占めの気持ちはあるが、一人で満足できるかは世の作品たちが語っている? 

 ごもっとも。生物的な本能ってやつね。

 だから女も、意中の男を、自分に釘づけにしたいっていう、強い気持ちがあるのかな。

 これから話すのは、お父さんもお母さんも高校生。同じクラスの時に起きた、一陣の風のような出来事。

 それが本当にあったものなのだと、バラのしおりが証明してくれているんだって。


 二学期の始まりの日。彼は転校してきたわ。

 ブロンドの髪と、紫色の瞳。

 紫色の瞳って、宝くじにあたるくらいの割合でしか見られない、珍しい色なんだって。

 彼の顔立ちもそれなりに整っていたけれど、先の二つの特徴のせいで、お父さんを含めたクラスの男子たちとは、一線を画す容姿だったらしいわ。

 日本語を流暢に、ユーモアを交えて話す彼は、珍しさもあって、たちまち目立つ存在になった。

 勉強はそこそこ。お父さん曰く、時々、他の男子たちと下ネタを交えたバカなこともするし、親しみやすいキャラだったみたい。ただ、体育は見学ばかりなんだけどね。

 クラスの女の子たちも、興味本位から本気の本気まで、幅広く彼にモーションをかけたっていうのは、お母さんの談。

 当時のお母さんは、自分に自信があるのは本の知識だけって思い込んでいて、彼は手の届かないアイドルに見えたんだって。だから、自分には関係ない世界だって、ますます空想に逃げていたらしいの。


 だけど、ある日の帰り際。お母さんは、彼とバッタリ下駄箱で二人きりになったんだって。しどろもどろになるお母さんに、彼は言った。

 今度の休みに、デートしませんか、て。

 半ば、信じられないお母さんに、待ち合わせ場所と時間を書いた紙をそっと握らせて、彼は帰っていったらしいの。

 私の場合なんだけど、たとえばクラスに気になる男の子がいて、その彼に「好きな子がいる」と噂を聞いても、「どうせ自分じゃないだろう」と考えちゃうのよね。面と向かって、気持ちを伝えられたりしない限り。

 これで「私のことかな、ふふん」なんて心から思えたら、色々すごいと思うわ、その子。


 休みの日のデートは、夢のように過ぎていったわ。

 お母さん、生まれて初めてのデートだったらしいの。彼がはしゃいでいる横で、ずっと緊張しっぱなしだったみたい。

 そして、別れ際の公園。彼は一輪の赤いバラを取り出したわ。

 花言葉は「あなたしかいない」。

 お母さんはうれしい反面、すごく不安になったわ。

 こんなに素敵な彼が、自分を好きになるはずがない。からかわれているだけだって、お得意のネガティブ思考にはまったみたい。

 一度は断ったけど、彼がどうしてもというから、そっと手を伸ばしたの。


 次の瞬間、指に痛みが走ったわ。バラのトゲが刺さったのね。

 結構、深かったようで、血の山がぷっつりと浮き上がって、ほどなく指を垂れ落ちていったわ。

 彼はすごくあわてて、ごめんと何度も言いながら、血が止まるまで、ハンカチで母さんの指を押さえてくれたらしいの。

 謝りながらも、彼はどうしても受け取ってほしい、とお母さんにけがをさせた茎の部分と花を分けて、茎を自分が、花をお母さんが持って帰るようにしたの。

 お母さんは家に帰って、すぐにこのバラを押し花のしおりにしたわ。この夢のような一日が確かに存在したことを、残しておきたかったんだって。


 それから、数ヶ月。お母さんがひっそりと、バラのしおりを愛用している傍らで、ある噂が広がっていったわ。

 彼が学校中の色々な女の子に、粉をかけているって。

 お母さんは黙っていたみたいだけど、口の軽い女子の一人が彼とのデートを漏らしたことで、戦争の口火が切られたらしいの。じめじめしたところで、目立たずね。

 その分、お父さんを含めた、一部の男子からは英雄扱いだったみたいだけど。


 女子からの評価はガタ落ち。男子からの評価はうなぎのぼり。

 いつ血で血を洗う戦いが始まるかって時に、彼は転校してしまったわ。

 あまりに急なことで、誰もが感情の矛先を誰に向ければいいか、分からなくなった。それが異性にポコポコと向けられて、たまたまカッチリはまっちゃった組み合わせもあるみたい。

 お父さんとお母さんも、そのクチだったって。


 付き合い始めた最初のデートで、二人は、嵐のように過ぎ去っていった彼のことを話題にしたらしいの。

 別の男のことを持ち出されても、お父さんは怒らなかった。二人とも彼への興味のウエイトが大きかったのね。

 男の間では、彼が大量のバラを持ち歩いていて、事あるごとに女性へ渡す機会をうかがっていたのは、よく知られていたことみたい。

 気づかれないように、トゲを握らせる技に長けていて、必ず受け取る女性は指を刺して、血を流すんだって。

 お母さんも、あれは私だけではないのか、とどこか安心したような寂しいような気がしたんだって。

 彼の家族を見た人は、いないらしいの。

 お父さんを含めた友達が家に招かれたことが一回だけあるけれど、家族の気配はするのに、誰とも会わなかったらしいわ。帰り際に、家の奥の方から、獣じみた唸り声が聞こえたらしいけど。

 ただ、お父さんがたまたま覗いたゴミ箱の中には、紅くぬめったバラの茎が、たくさん捨ててあったという話よ。


 デートを終えて、家に帰ってきたお母さん。自分宛てに花束が届いていたのに気づいたんだって。

 中身は五本のバラの花束。

 花言葉は「あなたに出会えてよかった」。

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― 新着の感想 ―
[一言] 多くの少女達の「初恋の君」の座を手に入れながら、誰のものにもならない、なれない事情があるのか。そうだとしたら、少し寂しい気もしますね。 最後の花言葉は転校生のひょっとしたら本心かもしれない…
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