きれいなトゲにはバラがある
はい、注文のものができたわよ。
タンポポの押し花しおり。
お礼? いいって、いいって。私が好きでやっていることだし。
あちゃ、引き下がっちゃうの? ここは無理やりでも、首を縦に振らせるのよ。
お誘いを一度断るのは、社交辞令みたいなもの。その実、異性にいたわってほしいと思う時があるわ。少なくとも、私はね。
ふふん、今さら手遅れよ。次はもっとうまくやりなさいな。
それにしても、タンポポをチョイスか。花言葉的に見たら、君には思うことがあるようね。
すべては作品の中に隠されているのかしら。
私のしおり? バラを使っているわ。
愛に飢えているのか?
ちょっと、男だってことを踏まえても、ぶしつけ過ぎでしょう。
「はい」と「いいえ」のどちらかだけの質問なんて、会話がそこで終わりよ。もっと膨らませるように聞いて。
え、どういう意味があるのか? 過去にどんなことがあったのか?
あのね、言われたことをすぐに実行するのはいいけど、今度は目が輝き過ぎ。
この「あんたじゃなくて、話に興味がありますよ」って空気。君に理解ある女の子じゃなかったら、ぶっ飛ばされるわよ。ほどほどにね。
バラの花言葉に関しては、有名過ぎて説明の余地がないわ。
しかも、色やつぼみ、部分や本数によって伝えるメッセージが異なってくる。ぜひ自分で調べて作品に生かしてくださいな。
で、バラを使ったしおりだけど、これは私のお母さんへのリスペクト。お母さんね、今でも初デートの時の思い出のしおりを、実家に残しているんだって。
ああ、お父さんもそのことを知っているから、家庭内不和の原因にはならないわ。
寛大、なのかな?
男って、結構、女の子を一人占めしたいと思うって聞くけれど、どう?
一人占めの気持ちはあるが、一人で満足できるかは世の作品たちが語っている?
ごもっとも。生物的な本能ってやつね。
だから女も、意中の男を、自分に釘づけにしたいっていう、強い気持ちがあるのかな。
これから話すのは、お父さんもお母さんも高校生。同じクラスの時に起きた、一陣の風のような出来事。
それが本当にあったものなのだと、バラのしおりが証明してくれているんだって。
二学期の始まりの日。彼は転校してきたわ。
ブロンドの髪と、紫色の瞳。
紫色の瞳って、宝くじにあたるくらいの割合でしか見られない、珍しい色なんだって。
彼の顔立ちもそれなりに整っていたけれど、先の二つの特徴のせいで、お父さんを含めたクラスの男子たちとは、一線を画す容姿だったらしいわ。
日本語を流暢に、ユーモアを交えて話す彼は、珍しさもあって、たちまち目立つ存在になった。
勉強はそこそこ。お父さん曰く、時々、他の男子たちと下ネタを交えたバカなこともするし、親しみやすいキャラだったみたい。ただ、体育は見学ばかりなんだけどね。
クラスの女の子たちも、興味本位から本気の本気まで、幅広く彼にモーションをかけたっていうのは、お母さんの談。
当時のお母さんは、自分に自信があるのは本の知識だけって思い込んでいて、彼は手の届かないアイドルに見えたんだって。だから、自分には関係ない世界だって、ますます空想に逃げていたらしいの。
だけど、ある日の帰り際。お母さんは、彼とバッタリ下駄箱で二人きりになったんだって。しどろもどろになるお母さんに、彼は言った。
今度の休みに、デートしませんか、て。
半ば、信じられないお母さんに、待ち合わせ場所と時間を書いた紙をそっと握らせて、彼は帰っていったらしいの。
私の場合なんだけど、たとえばクラスに気になる男の子がいて、その彼に「好きな子がいる」と噂を聞いても、「どうせ自分じゃないだろう」と考えちゃうのよね。面と向かって、気持ちを伝えられたりしない限り。
これで「私のことかな、ふふん」なんて心から思えたら、色々すごいと思うわ、その子。
休みの日のデートは、夢のように過ぎていったわ。
お母さん、生まれて初めてのデートだったらしいの。彼がはしゃいでいる横で、ずっと緊張しっぱなしだったみたい。
そして、別れ際の公園。彼は一輪の赤いバラを取り出したわ。
花言葉は「あなたしかいない」。
お母さんはうれしい反面、すごく不安になったわ。
こんなに素敵な彼が、自分を好きになるはずがない。からかわれているだけだって、お得意のネガティブ思考にはまったみたい。
一度は断ったけど、彼がどうしてもというから、そっと手を伸ばしたの。
次の瞬間、指に痛みが走ったわ。バラのトゲが刺さったのね。
結構、深かったようで、血の山がぷっつりと浮き上がって、ほどなく指を垂れ落ちていったわ。
彼はすごくあわてて、ごめんと何度も言いながら、血が止まるまで、ハンカチで母さんの指を押さえてくれたらしいの。
謝りながらも、彼はどうしても受け取ってほしい、とお母さんにけがをさせた茎の部分と花を分けて、茎を自分が、花をお母さんが持って帰るようにしたの。
お母さんは家に帰って、すぐにこのバラを押し花のしおりにしたわ。この夢のような一日が確かに存在したことを、残しておきたかったんだって。
それから、数ヶ月。お母さんがひっそりと、バラのしおりを愛用している傍らで、ある噂が広がっていったわ。
彼が学校中の色々な女の子に、粉をかけているって。
お母さんは黙っていたみたいだけど、口の軽い女子の一人が彼とのデートを漏らしたことで、戦争の口火が切られたらしいの。じめじめしたところで、目立たずね。
その分、お父さんを含めた、一部の男子からは英雄扱いだったみたいだけど。
女子からの評価はガタ落ち。男子からの評価はうなぎのぼり。
いつ血で血を洗う戦いが始まるかって時に、彼は転校してしまったわ。
あまりに急なことで、誰もが感情の矛先を誰に向ければいいか、分からなくなった。それが異性にポコポコと向けられて、たまたまカッチリはまっちゃった組み合わせもあるみたい。
お父さんとお母さんも、そのクチだったって。
付き合い始めた最初のデートで、二人は、嵐のように過ぎ去っていった彼のことを話題にしたらしいの。
別の男のことを持ち出されても、お父さんは怒らなかった。二人とも彼への興味のウエイトが大きかったのね。
男の間では、彼が大量のバラを持ち歩いていて、事あるごとに女性へ渡す機会をうかがっていたのは、よく知られていたことみたい。
気づかれないように、トゲを握らせる技に長けていて、必ず受け取る女性は指を刺して、血を流すんだって。
お母さんも、あれは私だけではないのか、とどこか安心したような寂しいような気がしたんだって。
彼の家族を見た人は、いないらしいの。
お父さんを含めた友達が家に招かれたことが一回だけあるけれど、家族の気配はするのに、誰とも会わなかったらしいわ。帰り際に、家の奥の方から、獣じみた唸り声が聞こえたらしいけど。
ただ、お父さんがたまたま覗いたゴミ箱の中には、紅くぬめったバラの茎が、たくさん捨ててあったという話よ。
デートを終えて、家に帰ってきたお母さん。自分宛てに花束が届いていたのに気づいたんだって。
中身は五本のバラの花束。
花言葉は「あなたに出会えてよかった」。