怖い夜には子守歌を
その日、嫌な夢を見てしまった少年は真夜中に目を覚ました。
「ハァ、ハァ、ハァ……」
夢から逃れるようにして飛び起きた少年は、ベッドに座ったまま息を切らしている。
その様子をベッドの脇から眺めていた女は、心配そうに声をかけた。
「どうしたの?」
「う、うん……とても嫌な夢を見たんだ。人がたくさん殺される夢……」
「あら……それは怖かったわね。でも、もう大丈夫よ、夢は終わったのだから……」
女は、少年を安心させるように優しく微笑んだ。
少年はそれを見てやっと心が落ち着いてきたようである。乱れていた呼吸が徐々にゆっくりになっていく。それでもまだ、眠りにはつけないようだ。ベッドに横になっても、その小さな目はパッチリと開いたままである。
そこで女は、子守歌を歌いはじめた。静かな部屋の中に、女の美しい歌声が響いている。その歌声に酔いしれるように少年はゆっくりと目を閉じた。
「ありがとうママ……」
少年は、囁くような声でお礼を言った。
ママと呼ばれたその女は、少年の寝顔を愛おしそうに見つめながら、優しく笑っていた。
「可愛い寝顔だわ……」
笑っていた女の口元から血が出ていた。よく見てみれば、血は口だけではなく身体中から流れている。その大きな瞳や、細い腕、しなやかな足の指からも流血している。着ている衣服はボロボロで、その背中には斧が突き刺さったままだった。
その女の正体は、数年前に起きた殺人事件の被害者である。一人のこされてしまった愛する我が子が心配で、女は幽霊となってこの世をさまよい続けているのであった。
女が歌う子守歌が効いたのか、少年はそのうち寝息を立てはじめた。彼はやはり母親の愛情が一番安心できるらしい。
少年は、愛する母の歌声に包まれながら、そっと寝言を呟いていたのである。
「マ、マ……」
そうして少年は、再び夢の中へ入ったのだった。