第1話 その人を探して
ティツィアーノ・ヴェ・ガドーレ
この名前を始めて見た時の印象は
何かの呪文かお菓子の名前かと思った。
名前に魔力でも宿っているかのように、声に出して呟きたくなる。
そうして、私の喉を通して出た名前と言う音は
正体不明の妙な者を呼び寄せてしまうような気が
して、そっと呟くに留める。
フルツホルツの森の中。
白いキャンバスに夢中になっている人物がいた。
近づいてみると、女性だろうか。彼女の前にキャンパスと、絵の具と筆を手にしている。
よく見ると彼女の回りには描いた後なのか、いくつか額から
取られた絵が散らばっていた。
近づいて絵をひとつ手に取る、オレンジ色の翼を持つ小さい鳥が嘴に赤い実を咥えている。
その絵はまるで今にも動き出して飛んで行きそうだった。
むしろ自分が飛んで行こうかと思ってしまう絵……。
見つけた。
彼女だ。
彼女がティツィアーノ・ヴェ・ガドーレだ。
一見すると、青年にしか見えない彼女は“不思議な力”を持っているらしい。
実物は見たことがないから分からないが“不思議な力”以外の噂は噂の域を越えている。
ティツィアーノ・ヴェ・ガトーレの作品は人の心を揺さぶり、
触れただけで人を虜にしてしまう。
居場所ははっきりとしておらず、世界中を歩き回っているとか。
王国を絵画ひとつで動かしたとか
病を直しただとか
彼女の作品はこの世界の誰もが知っていて触れて、実感している。
私もそのひとりだ。
ただ、本物の彼女に会うまでは熱に浮かされたファンのひとりだった。