第一章―Ⅰ・Ⅴ『或る日より イチニチメ』
「ねーむれーねーむれー」
一定のリズムと音階で僕に寄り添ったお母さんが願うように歌う。もうこの状態がかれこれ一時間は続くだろうか。一向に声がかれる気配はない。このまま放っておいたら世界が終わるまで歌い続けるのではという気すらする。
「眠れないよー。」
もしやこれは子守歌が睡眠の妨げになっているのではないだろうか。もしそうだったら本末なんちゃらという奴だ。あれ?本末何だったっけ。忘れちゃった。
「仕方ないわねー、いつもの昔話してやるから。」
あ、始まった。お母さんは恐らくこの昔話で僕を飽きさせ、睡眠に誘おうという魂胆なのだろうが、意に反して僕はその話が大好きなのであった。
「むかーしむかしあるところに、」
昔話特有の切り出し方だ。この冒頭には最早強迫観念に近いものすら感じる。おそろしや。
「人間が二匹おりまして、」
ここで路線が百八十度変わる。ここからが面白いのだ。
「だけど、そのうちの一匹は真っ黒で、おおよそ人とは呼べない様相を呈しておりました。」
うん、やはりこれを童話として世に出した人物はイカれているとみて相違ないだろう。
「もう一人の人間は黒い人間をたいそう忌み嫌っていつしかこう呼ぶようになりました。『クロマトイ』と。」
ああ、ワクワクする。早く先を読んでくれ。と心の中で急かす。
ああ、この光景、母が子を寝かしつけようとするこの光景も、
僕が横たわっているのが鉄のベッドじゃなければ、
僕の足に足枷なんてついてなければ、
――普通の光景、と言えるのだろうか。




