軟禁少女。
監禁。または軟禁。
その言葉を聞いて、どんな想像をするだろう。
鎖に繋がれた哀れな生き物?
檻に入れられてる?
あるいは精神的に縛られている状況かもしれない。
現状、私はその状況下にある。
監禁であり、軟禁であり、精神的に縛られている。
食事は簡素。光源は最低限。寝る時間すら最低限とされたまさに奴隷。
転がるビン類、缶類、すべてが現状を悪くしている。
哀れだ。
ああ、哀れだとも!
だが、私は現状に屈しはしない!
諦めない勇気。
希望!
外の空気に触れる。外部との連絡をとり、現状を訴えるのだ!
暫く運動をしていなかった足腰が悲鳴を上げる。
ハァハァとあがる息。
Tシャツとジーンズという簡素な服装のまま、裸足でドアノブを捻る。
ガチャリと開くドア。
差し込む外光。久々の外の空気に目がかすむ。
おお、ハレルヤ――――!
「……お迎えですか、先生」
は……ハレ……おおぅ。
両手を挙げ、にこやかに口を開いたまま私は目の前の現実に呻く。
黒髪短髪。前髪を斜めにセットし、銀縁眼鏡をつけた30才前位のイケメン。
カチャリと右手でフレームを上げた姿は、どS眼鏡と言っていいだろう。
「こ、ここここ……コンニチハッ」
鶏か!と突っ込みたくなるほど『こ』を連呼してから、挨拶を交わす。
ぼっさぼさの髪とか、黒縁眼鏡とか、上下色違いのジャージとか、
イケメンの前に出る格好じゃねぇとか頭をよぎるも今更だ。
せめて唇にリップ位塗っておくんだったぜ!ちくしょう!
かっさかっさの唇で、女子力ゼロどころかマイナスな私はだらだら汗を流す。
「イイ天気デスネッ」
「ええ、曇っていて雨が降りそうですけどね」
「ハハハ!ソウデシタカッ」
話題最悪だわ!チョイス間違ったわ!
Tシャツに薄手のジャケット。ズボンという格好なのにモデルさんな男性を前に、
私の精神力はガリガリ削られている!
せ、せめて、髪の毛を洗って歯磨きをして多少の化粧をする時間を!
いや、今はそれどころじゃない。
「ソレデハ私ハコレデ失礼シマスッ!」
びしっと敬礼をして目の前の男性の横を通ろうとする。
我が家の出口は一か所しかないのだ。大変残念なことに。
「おや、どちらへ?」
「……首根っこはやめてください」
「仕方ありませんね」
どS眼鏡は困ったような苦笑をしてから、私の頭をガッシリ掴んできた。
おい、痛いぞ。どういうことだ。
っていうか、動けないぞ。どういうことだ。
「……あのぅ」
「はい」
そろりとアイアンクローをかましていらっしゃる眼鏡様を見上げると、
魔王様がニコリと天使の笑顔で見下ろしている。
「そろそろ逃げ出す頃かなと思いまして。
満月先生、読者が待っていますから、早くやっちゃいましょうね」
差し入れも持ってきてますよと、近くの牛丼屋のお弁当とドリンク剤という飴を差し出して下さる
担当氏。
なんという飴と鞭。
「ちょっとそこまで散歩に」
「原稿が終わってから行きましょうね」
「ちょっと用がありまして」
「原稿が終わってから行きましょうね」
「あの、だから……っ」
「原稿が終わってから行きましょうね」
「ほ、他の言葉は無いのですか!ちょっとだけっ」
「原稿が、終わってから行きましょうね」
「……ハイ」
どうして漫画家なんてなってしまったのか。
そこそも毎回、余裕だぜって思っているのに無くなる日数はなんなのか。
毎月思うのに毎月懲りないのだ。
こうして私は軟禁される。