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身切

作者: 一齣 其日

もう助けてやれないと思った時、私はメスを置く。これだけ体を切り開いて助けられないなんて言いたくはない。それでも助けられない時はある。自分の腕が及ばないのか、病気が自分の手に負えないのか。あるいはそのどちらもなのか。

諦めるな!

なんて誰かが背中を押してくれても、もうダメなんだ。


助からないと私の口から告げられた時、患者はどんな顔をするのだろう。泣くか? 怒るか?

それとも、諦めるのか?

少なくとも、私は諦めた表情は見たくはない。私にできることはなくとも、せめて死ぬ時まで生きていこうという気持ちだけは忘れて欲しくなかった。

ずいぶんらしくない、我儘だ。


ベットに健やかに眠る患者を見守った後、私は部屋を後にした。

こんな時ほど喉が乾く。

血が、乾く。

助けられない人間なんか、助けられる人間の何倍もいるということはわかっているはずなのに、どうも感情というのはうまいこと働いてくれないようだ。

もう少し、薄情になりたい。

隙間風が寒かった。


椅子の上へへたり込むしかなかった。疲労感と無力感が体全体を押し潰そうとする。深い溜息を吐いても、澱みは一切抜けることはなかった。

そりゃあそうだ。人一人助けるのをやめるのだから。

医者としての使命を私はまた果たせないようだ。そもそも医者界追放された身でなにが使命だろうか。


手元にあったペンを、一息に腕に突き刺した。痛みが腕を貫く。

つつうと紅い線が流れていく。

私はそれを舌で雫一つ落とさないように舐めて飲む。

ああ、血はこういう味だった。

幾分か味わうと、血止に包帯を巻く。血が滲んで気持ち悪いが気にすることはない。

まだ残るこの痛みは、自己満足な懺悔だ。


さてと、そろそろ患者が起きる頃だ。私は鉛のように重い体を起こしてその足を地に着ける。これから私の口から発せられるのは無情な言葉だ。私とていうのは辛いが、真実は語らねばなるまい。

人を助けられない三流の医者でも、できることはしなければ。

患者の部屋の前に立つ。

ドアノブは酷く重かった。

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