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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

自殺

作者: 羽島 裕二

この作品は、「街」シリーズの中の『転生』という話の続きです。

 青年が例の事件に遭遇して以来、あの田舎臭い市街地は再開発を繰り返していた。この前の市長選で「遠藤」とかいう、愛想の悪そうなやつが当選したというのが、そもそもの発端なのだろう。それ以来、市街地では観光客誘致を掲げた都市の再構築が頻繁に行われ、「ゆうやけ通り」にあった廃ビル跡地には立体駐車場が、「歓楽通り」の売地には賭博施設が、そしてその隣の空間には若者に人気の遊戯施設などが建設された。当然、こうした街の変化に伴い、市街地への人の出入りは以前よりも活発となった。また、そうした発展が見られるのと同じくして、人々の規律にも乱れが生じるようになったのも事実である。市街地は苦しい呼吸を何度も繰り返していた。しかし、そうした街の変化に気付こうとする者は誰一人として存在していなかった。人々は変化の波に揺られ、ただ沖へ沖へと流されてゆく事だけをを望んでいた。そして、その荒波の中を、一人の男がおぼつかない足取りでふらふらと漂流していた。

 男はつい最近、妻から離婚届けを押し付けられたばかりであった。妻は男の知らぬ間に家から出て行ったっきり帰ってこない。離婚の理由は男には分からなかった。ただ一つ、男が理解している事といえば、印鑑と通帳、そして今年で一八になる息子が自宅からすっかり持ち去られた事であった。離婚届けなど無視してしまえば良かったのだが、今回ばかりはどうにもならぬような気がしたので、男は黙って印鑑を押し、そのまま書類を役所まで持って行った次第である。

 それからというもの、男はすっかり酒浸りになってしまった。以前までは楽しく飲めていたつもりではいたのだが、今となっては四六時中、酒を求めるようになってしまった。男は過去の軋轢から生じた痛みから逃れるために、近所の安い酒屋から処方される「薬剤」を毎晩あおった。とにかく、飲まないとやっていられない。正気を保つのに必死であった。そういう訳で、この日も男は酒を飲み、そのまま市街地へのこのことやってきたのである。

 男は全身に帯びた酒気と罵声を周囲に撒き散らしながら、「青空通り」を西に進んでいく。周囲の者は男の事を、汚らしい、みすぼらしい人間であると心で侮蔑していた。玩具屋の店先に置いてあるミニカーで遊んでいた子供は泣いていた。近くで塗装をしていた作業員は仰天して地面に赤ペンキを豪快にぶちまけてしまった。それでも男はずんずん先に進んでゆく。

 男はましな趣味を持たぬ人間であったため、溜まりに溜まった鬱憤を晴らす宛てが無かった。そのため、週に二、三回はこうして市街地に居る人間を怖がらせる事で満足感を得ているのである。しかし、目の前で若い女が男を避けて通った時、突如として男は激しい絶望に襲われた。

 男は驚くほどに酒癖が悪い人間であったが、実際のところ男は女に嫌われる事を何よりも恐れていた。男に愛情を与えてくれる、「女」というものが男にとっての最後の希望なのである。離婚してからというもの、男に愛を与えてくれる存在は完全になくなっていたために、男は世界から完全に放逐されたような、どん底の孤独というものに何よりも苦しめられていた。

 そのため、男は「愛情」というものに飢えており、よく西洋の怪物が女の生き血を求めるのと同じように、男は女の愛情を求め続けたのである。たとえ、それが清純な恋であろうが、嫉妬にまみれた汚い恋であろうが、男にはどうでもよい事であった。ほんのちょっとの愛情を女が与えてくれるならば、男はこの先延々と生きてゆけるような気がしていた。

 しかし、今しがた目の前の女に敵意を向けられた男はすっかり打ちひしがれて、黙り込んでしまった。男は突然生じた苦痛に耐えるため、その場に立ちすくんだまま動かなくなり、周囲の人間はどうしたものかと男の様子をじっと見つめている。しばらくして、周囲の視線に耐えられなくなった男は、逃げるようにしてその場から走り去ろうとした。

 しかし、男が駆け出した先は車道であった。男が車道に飛び込もうとしているまさにその時、向こうから一台の乗用車が迫っていた。

「危ない!」

 誰かがそう叫んだが、その一声から一秒も経たぬうちに、男は鈍い衝突音と共に乗用車にはねられた。


 男は即死した。

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