予感
当たり前のように時間が流れていく。
将人は5時間目の体育の時間が待ち遠しくてしょうがなかった。体育に関して自分以上に楽しみ、目立っている人は他にいないだろうと感じていた。
この季節は体育館でマット運動を中心に行うのだが、幼い頃から運動好きな将人にとってマット運動は「活躍の場」そのものである。
一つの演技が終わるたびにクラス中がざわつき、ヒーローのような扱いを受ける将人は、それが少し恥ずかしかったが、嬉しくもあった。
「お前は本当に運動神経がいいな!」
壮太が駆け寄ってくる。
「たいしたことないよ」
将人はクラス1やんちゃな壮太に答える。実際、将人は一番運動神経が良いが、褒められるのが苦手だ。
なんとも難しい小学生である。
楽しかった体育の時間も終わり、教室に戻ると他のクラスが終礼を行っていた。
しかし何か隣のクラスの様子がおかしい。
ざわつく教室を見に行くと男子2人が喧嘩をしていて、1人は片手にハサミを握っている。誰も止めることなく、喧嘩を見ている女子の悲鳴と男子の歓声が交差する。
将人は喧嘩が嫌いだった。
毎日見ている両親の喧嘩でこりごりなのだ。
ただ、決してその喧嘩を止めはせず、1人、静かに自分の教室に戻っていった。
この頃からだろうか。
何か自分の身体に変化を感じたのは。
見えない何かに吸い込まれる感覚。
言葉では言い表せない「恐怖」が確実に将人に迫っていた——————
放課後、約束通り俊太が将人の家に遊びに来た。
母親はパートに出ていて不在だったが、いつもより豪華なお菓子がテーブルの上に用意されていた。
そのお菓子を2人で頬張りながら話題は自然と好きな子の話しに移る。
「俺、植村のことが好きなんだよね」
俊太が恥ずかしそうに呟く。
植村加奈とはクラスで1番人気と言っていいほど素直で可愛い女の子だ。
「そうなんだ、いいじゃん」
将人は返事に困り適当な言葉を俊太に投げかける。この時、将人も植村のことが好きとは口が裂けても言えなかった。
その言葉に俊太は勢い良く乗っかり植村のことを話し続ける。
将人は相槌を打ちながら適当に返事を返す。
1時間くらいだろうか。そんな話しをしていた時に、俊太が不意に話題を変えた。
「お前って何かおかしいよな」
将人には俊太の言っていることの意味がわからなかった。
「何が?別に普通だよ」
何故だか級に動揺した素振りで返事をする。この時の声は少し震えていたかもしれない。
「何かお前、死にそうな目してる、怖い」
意外な一言だった。親友と呼べるであろう友達からの一言。
ただこの時、将人は感じていた。
「恐怖」に怯え、他人とは違う「何か」を持っている自分に。
俊太の一言が、自分の見えない扉を開けてしまったような気がした。