幼きゆえに
10月1日、冬の到来を感じる程に肌寒くなってきた。
将人は暖かい布団の中で、昨晩の両親の喧嘩を忘れようとしていた。小学生ながら忘れることに慣れていた将人は、いつも通りの表情で、いつも通り7時30分に起きる。
顔を洗い、母親がそれに合わせて朝食を準備してくれていた。2歳年上で小学6年生の姉、絵里も将人と並んで朝食を食べている。父親はもう会社に行っているみたいだ。
2人に会話はない。お互い、昨晩の喧嘩のことが気になっているのかーーーーーー
「ごちそうさま」
ほぼ同じタイミングで食べ終わる2人。
母親は綺麗に完食された皿を集め台所に運ぶ。見慣れた姿だが、特に喧嘩が激しかった翌朝の後ろ姿は何故だか寂しい。将人は常に感じていた。
姉が先に家を出て行く。将人は追いかけるように家を飛び出る。母親は将人を引き止め「これ」とハンカチを渡してくれる。
「ハンカチくらい持って行きなさい」
母親はうるさいくらいに、将人の心配をしてくれる。
「わかった、ありがとう」
将人は答える。その後少しの間があり将人が母親に言った。
「そういえば今日、俊太がうちに遊びに来るよ。学校終わったら、そのまま僕と来るからね。」
俊太とは学校で一番仲の良い友達だ。将人と俊太は通っている学校も同じだが、3歳から続けている水泳も同じ教室に通っている。
「わかった。お菓子準備しといてあげるからね」
母親が相槌を打ちながら答える。友達が遊びに来る時は、お菓子を準備するのが母親なりのおもてなしなのだが、毎回、友達は将人の家に行くとお菓子が準備されているのに驚く。
これは普通ではないのだろうか。
母親に「行ってきます」と声をかけ、片道20分程の通学路を早足で歩いていく。
晴れている空も、母親の悲しそうな姿を見た朝は、それが少し濁って見える。
ただその空を見ることに慣れている将人も何故だか、寂しい。
学校に到着するなり、クラスの半分以上の人が机に向かって勉強をしている。今日の朝のホームルームは漢字のテストだった。
思い出したかのように将人も机に向かい勉強を始めるが、壮太が話しをかけてきた。
壮太はクラス1のやんちゃで、勉強は正直出来ない。
勉強の出来ない、いや、勉強をしない壮太にとって漢字のテストなど関係のないことであり、ソフトボールを教室内で投げて遊んでいる。
「テストだから少しだけ勉強する!後で遊ぼう!」
将人と壮太の仲は悪くないが、将人はここで壮太と遊んだらテストでミスをすると確信していた。
おそらくクラスで一番友達付き合いが良いのは将人であり、色々な人から好かれていた。将人は小学生ながらそれを肌で感じていた。
将人に断られた壮太は渋々、机に向かい居眠りを始める。
それでいいんだ。
将人は再度、机の上に置かれた学習帳に目を向け、ペンを握った。