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次、俺が目を覚ましたのは一面の草原。隣には見知らぬ天使が居て。
慈愛の籠った微笑みを浮かべながら、俺の方へと天使は顔を向けた。
「久しぶりだね」
と、天使は言った。その声は聞き覚えのある声で、俺は思わず安堵の表情を浮かべながら、ちゃんと契約が成立した事に安心したなと考えつつ、コクリと縦に頷いた。
何故だろうか、しばらくは声を出したくないのだ。……否、彼にどう返事を返して良いのかがわからないし、声が出る事が俺の喉が拒否している。
無理して声を出そうとしたが、そんな俺の行動を天使は首を横に振った後、
「無理して出す必要はないよ、……君は俺が誰だかちゃんとわかっているようだし、……君と“あの”契約をしたのが俺だと言う事に気付いているなら、説明する必要なんてないね。“彼”はこの先を少し真っ直ぐ行った先にいるよ。
行っておいで、君の“半身”が待ってるよ。君がその場所に来る事を……」
と、天使はそう言った。そんな彼の言葉に俺は勢い良く立ち上がり、彼が言った通りに真っ直ぐ草原を進んで行く。
俺は自分の出せる速さで、広い草原を走り続けて行くと……、ちょうど脇腹が痛くなって来た時の事だった。
誰かが草原に立っているのが見えて、……何故かそれが“彼”だと俺は確信していて、俺は全速力でその“彼”に近付いていき、あともう少しと言うところで“彼”は振り返り、勢いのままに抱きついた俺を抱きしめ返し、俺の肩に顔を埋めた。
「これで、これからずっと……一緒に居られるな、星和。……良く頑張ったな、良く耐えたな。星和」
「………………………………うん、藤和」
と、俺達はそう会話した後、一言も喋る事なく、抱きしめ合っていた。
俺達の願い、それは……、
『星和(藤和)として生き、藤和(星和)とともに、本当に愛したいと想う者が現れるまで、ずっとお互いの側に居る事』
……それが俺達が願った願いだった。
◇◆◇◆
XXX年X月X日
君達が死んでから何年が経っただろう。
私にとっては君達は、なに食わぬ顔で帰って来るんじゃないかって思う程、鮮明に私の心の中で今も生き続けている。
この日記も、三冊目になるよ。……私と同じような思いをさせたくないからね、私がこの日記を残す事でもしもの時に役に立つと良いなと思って、私が死ぬまで書き続けるつもり。
最初の一冊目は、辛すぎて現状が記す事が出来なかったから、君達の思い出話から始める事にしてたんだけど……、その思い出話を書く事でさえも辛くて辛くて堪らなかった。
二冊目は君達が知らない、私達のその後を書いた。勿論、名前も変えてだったけど、日記風の物語みたいになってしまった。
三冊目は……。ちゃんと物事向き合うつもりさ、何時までも悲しむ顔を君達には見せたくないからね、第二第三の君達が現れないように……私は君達が残して行った“科学武器”を調べるつもりだよ、私の得意分野とは正反対だけど。
私の大切な“あの子”も手伝ってくれると言ってくれているんだよ。
私の最後の研究を。
実は君達が亡くなった後から、調べ始めてはいたんだ。……私とは得意分野が正反対な弟とね、分析情報だけは彼に任せっきりになってしまったんだけど、私は今もあらゆる仮説を立て続けているんだ。
その仮説を弟に実証して貰ってる。
……今日はここまでにしようかね、……君達が大切にしていた友人の晴れ姿を見に行かなければならないからね、君達も見ているのかな。
「――……さん、行きますよ。そろそろ始まってしまいますから!」
そう妻は言う。……私は彼女に対して申し訳ない気持ちを持ちながら、
「……すまない」
と、そう言うと妻は、
「――……本当は嫌なんですよ、あの方と行かせるのは。……でも、今日は仕方がないのはわかっているので文句は言いません」
と、彼女はそう私に言った後、私に手早くコートをまとわせた後、満面の笑みで「いってらっしゃいませ」と言った。
そんな妻の言葉に私は、振り返らずに片手を上げて挨拶を返し、足早に“あの子”が待つ待ち合わせ場所へと急いだ。
その時妻が、
「……世間的には私の方が彼に想われていると思われがちですが……、本当は“あの時”に側に居なかった時から私が……彼の一番ではなく、あの方になっていた事……私は気付いていましたよ……」
と、小さな声でそう言っているとは知らずに、私は待ち合わせ場所に向かっていた。




