3
本当はわかっていた、天使との取引に応じれば、今感じでいた幸せは俺の手から零れ落ちていく事くらい、……天使との契約の内容を聞いたと同時にその事を本当は察していたのに!
いざ、その時が来るとわかっていた事だと言うのに、心が受け入れようとはしてくれない。嘘だ、と悲鳴をあげてその事実を拒否するの。
生きていると言う事を実感したくて、これが事実だと言う事を自分に実感させるために俺は、俺自身を迷わずに傷付ける。
でも、心に感じる痛みの方が強くて。……自分自身を傷つけても痛みさえも、死への恐怖さえも感じられなくなってしまった俺。
ただ、血を弾くフローリングを他人事のように眺め、まるで感情と涙腺が繋がってしまったかのように、自分の感じるままの感情で俺はポロポロ、ポロポロと自分の意志を関係なしに声を殺したまま、大粒の涙を流し続けていた。
そして秋和は涙を流した。……そんな彼の涙は優しさがたくさん、つまっているのを感じたんだ。
「秋和秋和秋和……」
俺はその言葉しか知らないかのように、……秋和の名前を呼び続ける。
「騎里……、バットエンドが必ずしも不幸だとは限らないんだよ。お前にはその先の未来がわかるのか?
わからないだろう? 信じろ、天使の言った言葉を。疑ってばかりでは駄目だ、この世界は確かに偽りばかりだったかもしれない。……信じなくちゃ、手に入れる事の出来ない幸福だってあるんだよ。
……俺は信じてる、次は幸せになれるって。ずっとお前の側に居られるって、今度こそはお前の笑顔が絶える事はないって信じてる。
大丈夫、俺は少しだけお前の側から離れるだけだから。また会えるから、お前は自分自身のやるべき事をやるんだ。……それが暁さんの、和彦さんの幸せに繋がる事だって信じて」
そんな秋和の言葉に俺は息を飲んだ後、秋和は優しく柔らかい微笑みで俺にこう言ってくれたんだ。
「終わらせよう。……否、終わらせるんだ、俺達を歪ませたこの人生を。今度こそは、本当の幸せな人生を……生きよう、騎里」
と、そう秋和は言ってくれた。そんな秋和の言葉に余計、俺の涙は止まる事はなくて、俺は何度も何度も縦に首を頷きながら、この気持ちをどう言葉にして良いのかわからなくて、俺は秋和に抱きついた。
秋和は制服が血に染まるのをお構えなしに、抱きつく俺を強く抱きしめ返してくれた。……俺は目を閉じ、秋和の肩に甘えるように顔を埋める。
……後々思えば、秋和とゆっくりと話せたのはこれが最後だったかもしれない、……俺が騎里として、彼を秋和として対応したこの世界での最後の二人っきりの時間だった。




