バットエンド編1
兄様はニヤニヤニマニマと、終始作り笑いのような偽ったような笑みを浮かべながら、科学武器を閉じたり開いたりしつつ、彼はこう言った。
「俺が魔王? さぁ、どうだろうなぁ。半分は正解、半分は不正解ってとこだな」
と、彼の言葉に俺は思わず「はぁ?」と言いそうになった。半分は正解で、半分は不正解だと言うのはどういう事なのか、核となる“本来ならそこで終わるはずだった本当の記憶”が消された俺には理解出来ない発言だった。
彼は何を言っているのだろうか?
「俺はこの世界では、俺がお前の兄だ。だけど、お前が星和の時、この身体の本来の持ち主、和彦の弟。
俺は別世界の和彦で、和彦は別世界の俺なんだ。だからそんな関係を利用して、俺は何度も何度も禁忌を繰り返してる。
俺達は似ているようでいない存在、どちらか片方が亡くなっても別人だから、死まではリンクしていないんだ。似ている部分が多いのを利用して俺は、俺の力で和彦と俺の身体を往き来している。だから、俺は神々に許される事はないだろう。
和彦は被害者だ。精神的に弱ってる時に狂気を纏った“俺”に唆されて、そうなるように誘導されただけ。だけど俺はお前らが生きてれば、狂気を纏う事はない。お前に出会った時、お前らの絆に見惚れた瞬間、同時に俺の中にある魔力に人格が生まれてしまったんだ。
俺は魔王で、アイツはアクマ。……血は俺の一部だから、アイツはもう一人の“俺”なんだ。だからお前の言い方で言えば、“あの娘”が出会ったのは俺ではなく、アクマの方」
と、兄様はそう言った後、まるで気を抜くかのように一瞬で無表情となり、兄様の瞳には既に疲れきっているのか、光が宿っていなかった。吸い込まれそうになる程の深い闇に彼の瞳は染まっていた。
俺はそんな深い闇に思わず唾を飲み込む、…時ゴクリと音を立てて。
そんな俺を兄様は、誰も止められない固い決意の籠った目で俺を見据え、淡々とした口調でこう言う。
「全ては俺のせい。
アクマを恨んでもいい、こんな事態になった事を俺のせいにしてもいい。その代わり、お前達だけは幸せになってくれ。たくさんの人に囲まれて、お前は満面の笑顔で笑っていてくれ。……何処の世界でもいい、幸せでいて。それがたった一つのアクマには叶えられない願いなんだ。
俺は今までの罪を全て償うつもり、逃げるつもりは微塵足りもない。お前は優しいから、アクマがした事だろって言ってくれるかもしれない。
……だけどな、あんな奴だけど“アクマ”も俺の一部なの。自分の一部だからこそ、アイツを俺には否定する事が出来ない。否、したくない。
和彦、ごめんなぁ。俺のせいで、お前にはずっと苦しい思いをさせてしまった。和彦は俺の力を浴びて過ぎて、彼は俺の魔王の称号を受け継いでしまっている。きっと、人とは違う時の流れ……否、半永久的に生き続ける事となり、俺はまた、和彦を苦しませてしまう事となるだろう。
俺の犯した罪は一生、ずっと償えないだろう。だけど、俺はその罪を見てみぬ振りはせず、俺なりの生き方をしてみるつもり。
和彦に半永久的に生きると言う重荷を無理矢理背負わせてしまったんだ、自分の命を絶って償おうなんて思ってない。どんな形でも生きて生きて、この世界をずっと見守っていくよ」
と、そんな言葉に俺は反論しようとした。……何故だか、兄様と面と向かって話せるのはこれが最後のような気がして。でも、俺が何を言おうと兄様の決意は変わらない事は、彼の表情を見たら一目瞭然で。
兄様は俺が笑顔で居続ける事を望んだ。アクマを恨んでいい、自分のせいにしていいと兄様は自分を犠牲にした上で、彼は俺達の幸せを望んだ。
きっと兄様は俺に、
「あっ……あにさま」
笑顔で送られる事を望んでいるからと考えながら、兄様に声を俺はかけた。
引き込むような深い闇が宿っていた兄様の瞳は、俺が声をかけた途端に一瞬で全てが一変したかのように、俺に対する兄様の視線が慈愛の籠ったものへと変わる。
俺は今だけは、懸命に溢れだしそうになる本心を抑え込んで、微笑みを浮かべた後、兄様にこう言った。
「愛してた、兄様」
愛してるの過去形。
これが俺なりの精一杯の復讐だと言う事に、兄様は気付いてくれるかな?
俺に兄様を恨める訳がないでしょう?
例え、兄様が引き起こした事だとしても、俺には兄様を恨めないの……。
そんな俺の意図に気付いたのか、
「愛してる、騎里。これからもずっと、家族であるお前を。家族として、永遠に愛し続けるよ、絶対に。
今度こそ守るから……」
と、兄様は今まで淡々とした口調が嘘かのように、柔らかく優しい声でそう言ったそんな兄様の言葉に、心にじんわりと温かくなる感覚を俺は感じ、涙腺が崩壊寸前だった。
そんな俺に兄様は、
「愛しているからこそ、お前らとはさよならだ。今までありがとう、騎里」
と、そう言って俺の元から去って行った。ガチャンと部屋のドアが閉まったと同時に、その音が“兄様が居なくなる”と言う事実が夢でない事を教えてくれた。
現実なんだとそうわかった瞬間、同時に堪えていた感情がまるで両手から溢れ出してくるかのように俺は、声を殺して泣いた。




