19
とある人間は知らない場所に来ていた、……そこには羽根を広げた状態の天使がいて、彼はとある人間の方へと振り返る。
そんな天使は言う。少しだけ昔話をしようと、彼は悲しそうな、同時に慈愛に満ちた微笑みを浮かべながら。
そんな天使の声はまるで歌うように、透き通った心地の良い声にとある人間は思わず聞き惚れていた。
しばらく呆然としていたとある人間だったが、天使が言った言葉を思い出したと同時に我に返る。
とある人間は真っ直ぐと目の前にいる天使を見つめ、彼はその天使の表情を見て悟ってしまう。
……天使はとある人間を見ているようで、彼の目と目を合わせようとはしていない事に……。
とある人間は天使が不自然に、自分を見ないように目をそらしている事に彼は気付いていながらも、天使にその事を指摘しなかった。
とある人間は誤解されやすい性格をし、更に運悪く見た目で不良と勘違いされてしまう程の強面。
周囲の人々からは堅物で、真面目で融通が利かなくて、人様の感情なんて理解出来ないような冷酷な人間だと思われているが、実際はその真逆。
とある人間は確かに無表情で、無口だ。……だけど、それは自分が言葉が足りないせいで怖がられるのも分かっているから。彼は自分のせいで誰かを傷付けないように無口になった。
とある人間が無表情なのは、ただ単に表情を作るのが苦手なだけ。表情を作ろうと努力しても人前では直ぐに無表情になってしまう。
優しすぎて、真面目で、不器用で、他人の心の変化に敏感に感じ取る事が出来てしまう、とある人間は感受性の豊かなのだ。
だから、とある人間は天使が複雑な感情を抱いている事を感じ取った。
そんな天使にとある人間は自分から喋りかける事はせず、喋り出すまで気ままに待つ事にした。
……とある人間は自分は不器用だと知っている。だから、天使の話を聞く事しか出来ないと彼は考えながら、天使の言葉を待っていた。
天使は先程までしていた表情が嘘みたいに、優しく柔らかな心からの微笑みを浮かべたそんな彼の表情に、とある人間はある人物と姿が重なってしまう。
……その人物の名前をとある人間は知っていても、顔は見た事もないはずなのに何故か、天使とその人物は同一人物じゃないかと、彼は思ってしまった事に驚きのあまり、目を限界まで見開いていた。
そんなとある人間の気持ちなど気付いていないのか、天使は一冊の本を取り出した後、本を開くだけだと言うのに優雅で上品な仕草に彼は思わず、ゴクリと音を立てて唾を飲み込む。
それと同時に天使はその本の一頁目を開き、まるで歌い出すかのように息を吸った後、綺麗な透き通った声でその物語を彼は音読し始めた。
『昔々、とある世界で神に唯一認められた一人の魔王様がいました。神々に認められた事が嬉しかった魔王様は神々の力になるべく、たくさんの努力をし、神々に与えられた任務を文句一つ言わずにこなしてきました。ですが、ある時です。とある任務の途中、魔王様は突然現れたとある子供を庇った末、大怪我を被ってしまいました。
魔王様は回復をするべく、慌てて神世界に転移をしようとしましたが、魔王様は大怪我を被ってしまったためか、転移先を間違えて魔法を発動してしまったのです。それに気付いたのは、魔王様が転移先に転移をしたあとの事でした。
その時、魔王様は出会ってしまったのです。笑顔が可愛らしい少年と、その少年を優しい目で見守る少年に。……魔王様はその二人の絆の強さに、思わず見惚れてしまったのです』
『大怪我をしていた魔王様を見つけた二人は、慌てて自分の母親の元へと行き、魔王様の大怪我を治す術をくれました。魔王様は働きながら、借りた治療費を返しつつ、二人と仲良くなりました。……ですが、ある日の事でした。
魔王様と歩いていた、可愛らしい笑顔を浮かべる少年は、魔王様が治療費を返せた当日に交通事故で亡くなりました。可愛らしい笑顔を浮かべる少年を、優しい目で見守っていた少年はその事が嘘かのように荒れ、それから七年後。人生をやり直そうと、心を改めた次の日その少年は、たまたま通りかかった工事現場での事故に巻き込まれ、亡くなりました。
魔王様は大切な存在を失い、嘆き、悲しみ……そしてついにはその思いが狂ってしまいました。魔王様は二人がいないならやり直せば良いと考え、禁忌魔法を使って二人を生き返らせました。
しかし、その時の魔王様は知りません。魔王様が狂ったせいで、たくさんの歪みが生まれてしまった事を。貴方の歪んだ感情で彼らの人生をやり直したせいで、彼らは大きな歪みの一部として巻き込まれてしまった事も、今も魔王様は気付いていません。……否、気付いていない振りをしているだけかもしれません』
と、そう天使は読み終わるとその本を音を立てずに静かにゆっくりと閉じ、とある人間に対して柔らかくて優しい、慈愛の籠った微笑みを浮かべた後にその本を彼に手渡した。
とある人間は条件反射的に天使からその本を受け取ると、……天使は一瞬だけ真剣な表情となった。
そのあと直ぐに天使はとある人間に向けて寂しさを訴えるかのような、悲しさを含んだ微笑みを彼は浮かべてきた。
そんな天使を放っとけなかったとある人間は無表情のまま、彼の髪へと手を伸ばした後、髪をとかすかのように天使の髪を優しく、ぎこちない手付きで撫でていた。
……とある人間は気付いてはいなかった。まるで撫でられている猫のように目だけを細め、天使に向けて慈愛の籠った微笑みを浮かべていた事に。
天使は思わず見とれる、……とある人間の慈愛の籠った微笑みに。
同時にとある人間のその慈愛の籠った視線が自分だけに向けられていると言う恥ずかしさと、嬉しさが天使は自分の心から溢れ出す感覚を感じ、口元がだらしなく緩む。
そんな天使の様子にとある人間は何か確信を得たのか、彼に対してこう言った。
「何時でも戻って来いよ、待ってるからな。……いや、必ずまた逢おう、刹那。俺はこの本を無くさない限り、お前とは逢えるような気がするから。俺の気配を感じても逃げるなよな、刹那。今度逢った時は…………」
とある人間にそう言われた天使は動揺のあまり、彼は目を限界まで見開き、口をパクパクと開けたり閉じたりする事を繰り返していた。
そんな天使にとある人間はクスクスと笑った後、一瞬で無表情へと戻り、彼は天使の耳元に口元を近付け……、耳打ちをした。
とある人間は天使に何と言ったのかはわからない。……だが、そんな彼に言われた言葉に嬉しそうに、幸せそうに笑う天使の姿はそこにはあった。
そんな天使の姿を見て、とある人間は相変わらずの無表情だったものの、彼の視線は無表情とは程遠い、とても優しいものだった。




