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兄様が起き、やっと屋敷へと帰れる準備が整った時、背後から俺は、誰かに包み込まれるように抱きしめられ、
「騎里。実はね、一番上の兄上と父上が半年くらい家をあけるんだって。だから、一條家の屋敷に二番目の兄上と一條家に泊まることになっちゃったんだ、よろしくな?」
と、秋和の言葉に、俺は思わず満面の笑みを溢した後、俺はこう言った。
「うん、よろしく。秋和と半年間一緒に過ごせるなんて、俺凄く嬉しいよ」
そう言葉にすると、秋和は俺を抱きしめるのをやめて、俺に微笑みかける。
そんな秋和の微笑みにつられるように再び、俺は笑みを深めていると、苦笑いを浮かべながら馬車の方から兄様達が近寄って来て、俺らにこう言った。
「仲良いのは良いが、馬車の準備が整った。早く馬車に乗りな、二人とも」
と、兄様はそう言った後、兄様の背中に隠れるようにしがみつく人物に、優しく柔らかい視線を向けながら、優しい手つきでその人物の頭を撫でる。
兄様の背中に隠れるようにしがみつく人物とは、王譲家の次男坊である王譲鷹宏さんと言って、視覚・聴覚・嗅覚が超能力の恩恵によって異常発達したせいで、引きこもりと女性恐怖症になってしまったらしい。
そんな彼が何故、兄様のことを懐いているのかは知らないけど……、俺が知っている限りは兄様の優しく柔らかいあの視線を俺ら以外に向けているところなんて見たことがない。
案外、兄様も鷹宏さんの存在に助けられているのかもしれない……。
兄様はけして俺達だけには弱みを見せない人だから、鷹宏さんには兄様のことを“親友”として支えて欲しいと思っている。
兄様が自分自身の弱みも全て、見せられるような“親友”に鷹宏さんなら、いつかはなってくれると確信しているから。
兄様は無意識のうちに、優しく柔らかい視線を彼に向けているのだと思う。
と、俺はそう考えながら、秋和と顔を見合わせ、馬車へと駆け足で駆け寄った。
◇◆◇◆
兄様は馬車が動き始めたと同時に、スヤスヤと穏やかな寝息をたてていた。
そんな兄様の腕にベッタリとくっついて、鷹宏さんは何かに怯えていた。
何に怯えているんだろう……? と、俺がそう考えていると秋和が耳打ちで、
「鷹兄上は視覚・聴覚・嗅覚が良すぎると教えたよな、……あまりに良すぎて、悪霊がはっきりと見え、悪霊が喰らった血の臭いがし、半径三十キロメートル以内だったら、悪霊の声を正確に聞き取れてしまう。……だから、鷹兄上にとっては“外”は苦痛でしか無く、引きこもりをしている以外には安心して暮らすことも出来ない」
と、秋和は苦虫を噛むような表情を見せながら、俺にそう言った。
そんな秋和の言葉に、
「鷹宏さんは強いね。そんな生活に七年も耐えてる、……俺だったらそんな生活に耐えられない。俺は鷹宏さんは今だって、悪霊の言葉に飲み込まれないように耐え続けてる」
俺はそう言うと、真っ青な顔をしながらも、鷹宏さんは驚きからか目を見開いた後、俺達に向けて嬉しそうに笑みを浮かべていた。




