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壱:犬塚信乃

お正月のドラマであった八犬伝とはかなり違う出来になっております。あらかじめご了承ください。感想もらえたら嬉しいです。

壱 <犬塚信乃>


 誇らしげに光る、「孝」の文字。手の平に収まるほどの水晶玉は、その一文字をありありと映し出している。

「うーん・・・こんなの、見たことないけどねえ」

「そうか・・・」

 見るからに不思議な水晶玉は、あっさりと持ち主の少年の手に戻ってきた。見た目より重く、握りしめるのにちょうどいい大きさ。

「この文字の他に、仁・義・礼・智・忠・信・悌という七つの玉があるはずなんだけど・・・」

「そういう話、聞かないわ。こういう文字が入っているのは珍しいから、誰かが持ってたとしたら自然と噂になるはずなのよ」

 そして少年の顔から目線を外し、女将は「孝」の文字をしげしげと眺めた。

「・・・それ、綺麗ね。買ったの?」

「いや・・・これはもらったというか・・・」

 少年は言葉を濁した。俯くと、大きなつり目に陰りができる。

――――あまり見せびらかすと、良くないかもしれない。

少年は水晶玉を巾着袋にしまいこんだ。口を紐でぐるぐると縛り、簡単に開かないようにして懐に入れた。

「すいません、仕事の邪魔して。それじゃ」

 さっと踵をかえし、暖簾をくぐる。女将がまだ何か聞こうとしていたが、少年の目には入らなかった。早足で歩くから、宿屋はあっという間に遠くなる。

(宿屋の女将なら何か知ってると思ったのに・・・)

 散々町を歩き回った挙句尋ねた最後の宿屋だった。人が集まるところには噂話の一つくらいはあるだろうと油断していた。焦りのあまり、少年の歩みはしだいに速くなる。

 この町は下総国の中にあって西隣の武蔵国に限りなく近い。毎年多くの人が出入りしているので情報を集めるには最適なはずだが、当たりがあるどころかかすりもしない。

(何でだ?安房国も上総国も探したのに、一つも見つからない・・・まだ遠くに行くべきなのか?)

 歩みはさらに速さを増す。

(ここまで来るのに四ヶ月もかかった。早くしないと―――)

 突然、少年は胸のあたりに異変を感じた。さっきしまった巾着袋の中身が意志を持つかのように、熱くなったり冷たくなったりを繰り返している。まるで、持ち主を励ましているかのように。

「・・・何だよ、焦るなって言いたいんだろ?でも、あと少ししかないんだ」

 水晶は、相変わらず温度を上げ下げしている。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・やけにうるさいな・・・・・わかってるよ。『前に進め』、だろ?」

水晶はその言葉に納得したのか、熱は治まった。それと同時に、不思議と焦りは静かに退いていった。そして少年は前を見つめ、西へと歩を進めた。


 残り時間は、あと二ヶ月――――。





武蔵国、石浜城。隅田川沿いに建つこの城は、馬加大記が城主となっている。

「よいぞよいぞぉ!どんどん酒を持ってまいれ!」

 城の中の対牛楼という建物から、囃子の音が聞こえてくる。女たちが軽やかに舞い、馬加の杯になみなみと酒が注がれた。

 馬加は酒と女好きで有名である。今日も今日とて舞を楽しみ、家臣たちと宴をひらく。

「それ犬坂、お主も飲まぬか。適当に好きな娘を選んで、酌をしてもらえ」

 ほろ酔いになった馬加は、傍にいる護衛―――犬坂旦開野に声をかけた。しかし、首を振って断られた。

「私は酒に弱いので・・・・・」

「まったく、敵にはあれほど容赦の無いお主が酒を飲めんとはなぁ」

 からかうように馬加が笑った。隣の娘が再び酒を注ぐ。

「一杯くらいどうだ。バチは当たらん」

「いえ・・・」

 今度は旦開野も笑って返した。申し訳なさそうに、言葉を探しているように見える。馬加はぐいと杯を傾け、大きな溜息をついた。

「あぁー、どうも納得がいかんのう」

「何か不都合でも?」

「お主のことじゃ」

「私・・・でございますか?」

 旦開野は、訝しげに馬加を見つめた。

「まっこと納得がいかん。そんなに美しいのに、どうしてお主は男なのかのぉ。もし女ならばわしが今すぐ正妻に迎えてやるのだが」

 旦開野は、「惜しいのぉ」と本気で悩む馬加をみて、美しい唇を綻ばせて笑った。

「ご冗談を。この犬坂旦開野、お館様に仕えることができて、男に生まれたことに深く感謝しております」

 その言葉で、馬加は酔いも気分も最高潮に達したようで、大声で笑い出した。

「はははは、そうかそうか!やはりお主を家臣にして正解だったわい!それ、もっと注げ!」

 隣の娘が愛らしい返事をし、徳利を傾ける。娘たちはますます煌びやかに舞い、周りの家臣も手を叩いて喜んだ。

 今日も今日とて、宴は続く。


 あれから数日後、無事に武蔵国にたどり着いた少年は、市を中心に水晶について訪ね歩いていた。

「そう、で、この真ん中に仁とか忠とか文字が浮かんでて・・・」

「ふぅ〜む・・・齢八十のわしも、そんなものは見たことがないぞい。珍しいのぅ」

 煙管をくわえた老人は、今まで殆どの人がそうしてきたように、水晶をじっと眺めた。

「何でもいいんだ。誰かが持ってたかもしれないって噂とか、そういうの無いのか?」

 どんな話だろうが、この際何だっていい。とにかく情報が欲しかった。

「ふぅ〜む・・・・・」

 腕を組み、老人は深く考え込んだ。

「町の人が、あんたが物知りだって言うから来たんだ。八十年生きてるんだから、話の一つや二つ―――」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 老人は目をつぶり、さっきの姿勢から動かない。

「・・・なぁじいさん、大丈夫か?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ぐぅ」

 小さなイビキ一つ。それが老人の返事だった。

「っくしょー、ボケてんな・・・」

 仕方なく水晶を再び巾着に戻し、市を歩き始めた。

 民衆が利用する市は、物資はもちろん情報も行き交う場でもある。人も物も溢れていて、活気があった。時々店の者から「ちょいとあんた、見ていきなよ」と声がかかる。

(安房国とは全然違うな・・・)

 いたる所が荒廃し、土地は痩せて作物は実らなくなった南総の果て。暗雲が立ち込め、もはや太陽の光も地上には届かない。生まれ故郷は、死の国に変わってしまった。十六年間離れることなく過ごしてきた、愛しい地が。

『絶対、帰ってくる』

 そう約束した。自分だけこの牢獄のような地を抜け出すことに嫌気がさしたが、それでも両親は笑って送り出してくれた。

『前へ進め、信乃』

 あれだけ頭を撫でられるのが嫌だったのに、あの時ばかりは動かなかった。石みたいに固まって、父の手が頭から離れるのをじっと見ていた。前はもっと健康な肌色で、がっしりしてた右手。

 役目を果たすまでは思い出すまい、とがんじがらめに縛っていた記憶の縄はあっという間に解けて、一つ思い出せばまた一つ、とひっきりなしに瞼に浮かんでくる。

――――だめだ。

頭をぶるぶると振って、無理矢理故郷への思いを振り払った。今は安房を思うより、役目を果たそう。

 目の前に、再び市の騒がしさが広がった。嫌にならない程度の雑音が、耳に飛び込んでくる。

(しかしアレだな、時間が無いのに色々考え込んでしまって・・・・これっていわゆる『修行が足りない』ってヤツかも―――)

 そのとき、前からやってきた男にまともにぶつかってしまった。

「あ!すいません」

 随分背が高い。細身で、無計画に伸ばした髪を低いところで簡単にひっつめている。

「気をつけろよ、坊主」

 男は怒ることなく、ニッと笑ってそのまま歩いていった。なにやら上機嫌のようで、鼻歌まで聞こえてくる。

 その姿が何となく怪しくて、何か掏られたかもしれないと懐をまさぐった。人混みに紛れて金品を取るやつは珍しくない。あの男もその類か―――と思ったが、水晶の感触はちゃんと胸にあった。財布も、何も盗られていない。

(なんだ、取り越し苦労か・・・)

 一度財布を掏られた経験があるため、人を疑いやすくなったかもしれない・・・と感慨に耽っていると、懐に慣れない感触があった。

「・・・なんだ、これ・・・」

 取り出すと、手紙のようなものだった。表に宛名が書いてあるが、達筆すぎて逆に読めない。裏は差出人の名前のようである。

「んー?うま?・・・違うか、ま・・・く・・・馬加?」

 どこかで聞いたような、聞いてないような。とりあえずこの手紙をどうしようかと考えていたとき―――

「待て――――――――!!」

城の役人の大群が前からやってきた。誰かを追いかけている。

「逃げ足の速い奴だ!どこにいった?!」

 あんな血相変えて追いかけられたら、そりゃ逃げるよなあとぼーっと眺めていると、役人の一人と目が合ってしまった。しかも、自分の持っている手紙をものすごい形相で見ている。

(・・・・・・・・・・・・・・・・・・何だろう、嫌な予感が・・・・・・・・・・)

 こういう時に限って、人間は鋭い。そう思った時には、役人が息を思い切り吸い込んでいた。

「いたぞ――――――――!!!」

「ぇえ――――――――?!」

 迷うことなく自分に突っ込んでくる。しかも大勢で。わけが分からないまま、とりあえず後ろへ走り出した。

(何なんだ、一体!!)

「馬加様の封書を盗みおって、この小僧!!」

「俺はやってない!これはさっきデカい男が―――」

「問答無用!その手が持っている封書が何よりの証拠!!言い訳とは見苦しいぞ!!」

「話聞けってー!」

 ってか、やってないのに何で逃げてんだ、俺?

 市を爆走しつつ、隠れる場所を探す。しかしどこにも人の目があった。

「っくしょー、俺やってないってば・・・」

 後ろを振り返ると、さっきより役人が増えていた。これは手紙を返しても許してもらえないところまできている。少年は自分が捕まった時のことを想像して、ぞっとした。

 そして後ろに気を配ってばかりいたので、前にも役人が待ち構えていたことに気付かなかった。しまったと思った時にはもう遅く、腕をしっかり掴まれていた。

「逃げるな!封書を盗んだ罪は重いぞ」

「俺はやってない!離してくれ!」

 懸命にもがくが、ますます締め付けられる。この騒ぎにわらわらと野次馬も集まってきた。

「俺は無実だって――――――――っ!!!」

 あれだけ人がいたのに、叫びは誰の耳にも届かなかった。




ぴちょん、と天井から水滴が落ちる。松明の火が辺りを照らしてはいるが、地中深く造ってある地下牢に太陽の光は届くはずがなく、明るいのはほんの一部だけである。空気がじめっとしていて、虫や鼠がいそうで気味が悪い。

(水晶も財布も荷物みんな持っていかれた・・・どーしよ・・・)

あのあと、『俺はやってない!』とひとしきり叫んだがそれも空しく、石浜城の地下牢に力ずくで連行された。

 ほんのお情けと思っていいのか、縄で縛られてはいない。しかし、鍵が何重にもかけられた目の前の格子を破る気にはならなかった。

「・・・・・・・・・・・・・・・おーい」

 おーい、おーい、おーい・・・・と問いかけだけが空しく木霊する。何十とある牢に入れられているのは自分だけと思うと、悲しくなってきた。こっちは手紙を盗むどころか、どうにかして持ち主に返そうとしてたのに。

「大体、あのデカい男は何者なんだよ・・・」

 ニッと笑う、あの顔が忘れられない。「気をつけろよ、坊主」ってもしかしてこのことだったのか?!

「あーもーイライラするな・・・牢屋って想像してた通り嫌なトコだ」

 この格子の向こう側から自分を見たら、さぞ滑稽なのだろう。

「どーやってここから出よう・・・・・」

「どうしても出たいというならば、早く己の罪を認めることだな」

 少年は飛び上がった。地下に下る階段を、足音一つさせずに降りてきた人物。足元を照らす火を持っていないので、顔は見えない。

「え?!だ、誰――――」

「そう飛び上がるほどではあるまい」

 よっぽど自分の反応が面白かったのか、肩を震わせて笑っている。声をよく聞くと男のようだが、少し不思議な感じがする。

なんというか―――声に艶がある。

「・・・あんた、誰だ?」

 背中をほんのりと濡らす汗を、手を握りしめることによって止めようとした。心臓の音が耳に直接響いてくる。

「石浜城城主・馬加大記の護衛だ。―――心配するな、ここで殺しはしない」

 相手が一歩前に踏み出した。美しい声に相応な美貌が松明の火に照らされた。

「お館様の大切な封書を盗んだのが、たった十六の少年だったとはな。名前は・・・犬塚信乃、と言ったな」

 口調に怒りはない。むしろ、「とんだいたずらっ子だ」と言う時のような言葉を投げてくる。

「俺は封書を盗んでない。市で男と肩がぶつかった時に、懐に入れられたんだ」

「面白い言い訳だな」

 やっぱり楽しんでいる。

「お館様は怒っているぞ。・・・というより、誰が自分の首を狙うのかと戦々恐々としておられる。封書を盗むなぞ、誰かの挑発だ、とな。さあ、早くお前に盗みを働かせた者の名を言え」

 そう言うとしゃがみこみ、少年―――信乃と目線を合わせてきた。近くで見ると、なおさら綺麗である。

「俺はやってない」

 声が嗄れそうになるほど叫んだ言葉。黒幕も何も、自分の周りにはいない。信乃は目の前の男を一心に見つめた。

「・・・そんな怖い目で睨むなよ。・・・まぁ、ここまで言っておいて何だが――――」

 男は格子に顔を近づけ、声を落としてこう告げた。

「私はお前さんが封書を盗んだとは思っていない」

「何だって?」

 信乃は思わず目を剥いた。

「封書の届け人が言う犯人の目撃情報と、お前さんの姿があまりに違いすぎるんだよ」

 そう言うと、懐から折りたたんだ紙を取り出し、読み上げた。

「背が高く、細身の男なり。黒髪を後ろで束ね、年は二十から三十。肌は浅黒く、首筋に大きな痣ありと見る」

 しかし自分の目の前にいる少年は、どう見ても年は十五,六で色は白い方。身長は年相応の大きさだし、痣も見受けられない。

 男は紙と信乃を交互に見比べ、完全なる違いを確かめた。

「見てみろ、人相書きもちゃんとできてるぞ」

 格子に向かって突き出された紙には、市であったあの男そのものが描かれていた。

「あー!こいつだ!・・・そういえば、ちらっと痣みたいなのも見えた・・・」

 左の首筋に広がる赤黒い模様。刺青かと思ったが、ただの痣だったらしい。

「だろう?この男が―――どういう目的でかは知らないが、濡れ衣をお前に着せたんだ」

「じゃあ何で俺はここから出してもらえないんだ?」

「お館様のお許しがないからさ」

 男はさらりと言ってのけた。

「あの人はこの人相書きの男とお前が仲間だと思いこんでる。だから簡単に出そうとしないんだよ」

 目の前で、紙がひらひらと揺れる。信乃は恨めしげに平面な顔を睨んだ。

「・・・あんたはそういう風に俺を疑わないのか?」

「疑ってほしいのか?」

 素早く紙は折りたたまれ、再び懐に戻った。

「長年罪人を相手にしてきたカンだ。お前さんは盗人の目をしていない」

 この少年の目は、合った瞬間から真っ直ぐに自分を捉えた。逸らさず泳がず、奥を見つめられた―――気がした。

「は?目?」

「純粋ということだ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・?」

 信乃の反応がまたもや可笑しかったのか、喉の奥でくっくっと笑う。

「まあ、私が何とかお館様を説き伏せて逃がしてやるよ。何の罪もない者を殺すのはさすがに忍びないからな」

 膝を押して立ち上がった。腰まで届く黒髪がサラリと流れる。出て行こうとして、ふと立ち止まった。

「それに、お前は何か・・・親戚のような、『近い』って気がするんだ」

「親戚?何だよそれ」

 犬塚家に、武蔵国にいる親戚はいない。信乃は眉を顰めた。

「名字のせいかもな・・・私の名は犬坂旦開野。大酒飲みの主人の護衛が仕事で毎日退屈だから、また来るかもしれん。お前と話していると、不思議と飽きない」

「い、犬坂?!ちょっと待ってくれ、あんた―――」

「すまんな、ちょっと所用があるから今日はここまでだ。待っていろ、太陽が拝める日は近いぞ。犬塚信乃」

 信乃が引き止める間もなく、旦開野は颯爽と階段を駆け上がって行ってしまった。再び地下牢には信乃一人だけになった。

「犬坂・・・旦開野・・・」

 頭に浮かぶ、犬の文字。まさか――――

「八犬士・・・?」

 口からついて出た言葉は、地下牢の壁という壁に反響した。是か否か、返事をするように天井から水滴が一粒落ちた。






「なぁ犬のネエちゃん、これで良かったのか?」

「その呼び方はやめてくださいね・・・」

 暗い夜道に浮かぶ一つの影と、聞こえてくる二人分の声。

「俺、盗みはあんま好きじゃないんだよなー」

 三日月はこちらを見下ろしている。夜空に星は見えない。

「・・・それにしてはずいぶん手際が良かったようですが?」

 半ば呆れたような声。この声の持ち主の影はどこにも無い。

「気のせい気のせい。まーあの飛脚、丸腰の人間が封書奪いに突っ込んでくるなんて、考えてなかったんだろうな」

 さも可笑しそうに笑う。首には大きな痣が襟元から覗く。

「しかし、私の『加護』が効くのはあと二ヶ月しかありません。信乃と八犬士の誰かを会わせるには、こうするしかなかったのです」

「つーかあんた、その『加護』ができるんなら簡単に八犬士を揃えられるんじゃないの?」

 ぷちっという音が、隣から聞こえた。

「そんなことできるものなら最初の一週間でどうにかしていますっ!」

 静かな夜に、怒気を含んだ声はよく響く。

「でも力の都合で、二人しか出来なかったのです!これ以上通信できる犬士を増やすと『加護』が続く期間は格段に短くなりますから!だから私が通信できるのは孝の水晶を持っている信乃か、信の水晶を持っている犬飼現八、あなたしかいないんですっっ!!他の犬士はどこにいるのかさえ分からないんですよ?!」

 黒髪を振り乱して怒る女性は、見たところ普通の女性のようである。―――足が透けてなければ。

「・・・あんた、意外と短気だよなー」

 現八は指で頬を掻きながらすたすたと歩く。隣で散々叫ばれて、ちょっと耳が痛い。

 ―――ふと急に、隣の気配がしなくなった。振り返ると、透けた足は歩みを止めている。

「―――あと二ヶ月しかないんです」

 すでに四ヶ月が過ぎた。ただただ空の上から見守る四ヶ月が。

「信乃は私たちの思惑通り、石浜城に幽閉されました」

 いくら少年とはいえ、場合によっては殺される。しかし、信乃自身の力にすべてを任せた。

 これは、一世一代の大博打。

「本当の犬士ならば、生きて帰ってくるはずです」

 現八は、月を眺めながらこの話を聞いていた。上着の袷の下で腕を組み、じっと耳を澄ませる。

「今は信乃を信じましょう」

 月はあんなに明るいのに、星が見えない。二人の視線は自然と夜空の中央に集まる。

 現八は、ニッと笑い、再び歩き出した。

「・・・ま、ぼちぼち行こうや、犬のネエちゃん。もしかしたらあいつ、でっけー土産持ってくるかもしれないぞ」

「その呼び方やめてください・・・で、何ですか土産って」

「いや、何万分の一の確率で、他の犬士連れてくるかも、って」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 連れてこない方に、百両賭ける―――影無き女性は、心の中で即答した。


信乃たちの活躍を、どうぞ見守ってやってください。

よろしくお願いします。     みつば

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