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#006

 昨日の犯人は、あっさり捕まった。ハヤテさんの予告通り、支援部の調査班という部隊が昼までに確保したとのことだった。驚くのはもうやめにしておこう。

 国内において鉄道に逆らう者は、国に仇なすと同等である。そんな言葉があるくらい、駅や設備、車輌をはじめ、鉄道そのものに対する故意に行われた犯罪は、どれほど些細なものであったとしても重罪が課せられる。昨日の犯人も、情報は一切公開されないまま政府へ引き渡しになったらしい。公になる前に処罰されるのか、一生出てこられないのか。気になる人はいたとしても、誰も口にしなかった。それがこの小さな国を保ち続けるための、守られるべきルールだ。

 ところで、騒ぎの中ですっかり忘れていたのだが、俺には同期がいる。


「え!?」

「昨日は遅刻してくれたから。あなたはアサヒと先に上がってもらったし、そしたらあの騒ぎだし。紹介する時間もなかったのよ」


 遅刻ギリギリ出勤、というフレーズが頭をよぎった。そういえばそんなこともあった気がする。持っていたカバンで俺の後頭部に一撃を加え、走り去っていった。


「もうそろそろ来てくれなきゃ、連続遅刻よ。基準は朝礼5分前に、準備を全部整えた上でここにいること。あなたは心配なさそうだけど、覚えておいてね」

「はい、気をつけます」


 残り1分程度しかないのに集合しているのが、ノゾミさんと俺だけというのはどういうことだろう。アサヒさんはシフト上、休みだと聞いた。

 すると少し向こうの方でやたら大きく響く馬鹿笑いと、いくつもの足音が聞こえてくる。だらけきった感じの、擦るような足音だ。駅員さん方では断じてない。

 皆さん来ましたね、と言おうとしてやめた。ノゾミさんの表情は、まるで汚いものでも見たような不快感を露わにした顔つきになっていたからだ。




武装鉄道希望隊 #006




「おはようございまーす」

「でさー、昨日の客がな」

「まだ続くか!」


 いや、空気読めよお前ら。じゃない先輩方。まだ続くのかよ。

 ノゾミさんは時計を確認している。集合時間までは待ってやろうとのことなのだろう。そんな姿を知ってか知らずか、あまり良いとは言えない内容の雑談は盛り上がっていく。昨日応対したお客様が面倒だったという話らしいのだが、あまり相応しくない言葉でなじるだけになっているような気がする。憂さ晴らしと言われたらそれまでだが、なんだろう、聞いていて気持ち良いとは思えない。


「あの人本当に」

「まだ喋り足りない?」

「……え?」


 険悪な雰囲気に思わず一歩退く。注意されたはずの先輩は、ヘラヘラと下卑た笑みを浮かべていた。


「なーに必死なんだよ、ノゾミちゃん?」

「新人入ったからって急にやる気出ちゃったー?」


 困惑しかなかった。ノゾミさんは班長、つまり前線班トップのはずで。あからさまに見下したような態度は統制の取れたチームとは程遠い、これじゃまるで無法者の集まりだ。


「そうよ」

「……あ?」


 凛とした、芯の強そうな声。彼女の声は、身が引き締まるような冬の朝を彷彿とさせた。冷たいのにどこか尊い。


「期待のルーキーをあなた達みたいに惰性で仕事する隊員にはしないわ。そのためなら何だってする。あなた達全員を脱隊させても構わないくらいね」


 チームがまとまっていないことにも驚いたが、今の言葉は、もう一度聞かせてもらいたいくらい衝撃だった。入隊及び入学のための筆記試験は中の下、体力テストも平均程度だった。面接だってまともな受け答えができたかどうか。

 先輩達がどんな生活を送り、どんな敵と戦ってきたのかは知らない。それでも、ノゾミさんやアサヒさん、ハヤテさん達と彼らの境界は、やる気だ。俺はどちらにいたいのか、選択を迫られている。そんな選択肢があるなんて、今まで思ってもみなかったけど。


「いつだって辞めてやるよ、ノゾミちゃん」

「人数足りなくて泣くのそっちだけどな」


 小柄なノゾミさんに絡む先輩の姿は、武鉄の制服を着ていなければただのゴロツキだ。頭ひとつ分上の位置から見下されているノゾミさんは、余計に小柄に見えた。それでもその瞳は、真っ直ぐ相手を見据えている。何か言わなければ終わらない、そう思った時だ。


「心配するな」


 後方から、あの頼もしい声が聞こえた。全員が振り返ると、そこには声から連想されたその人が立っている。


「ハヤテ?」


 ノゾミさんと先輩の間へ自然に割って入るハヤテさん。ノゾミさんを見下していた先輩の視線が、今度は少しばかり上を向いていた。ノゾミさんや、他の先輩達、そして俺の視線も同様に。この場にいる誰もが、ハヤテさんを見上げていた。


「支援部は協力する。お前らの空きくらい、いつでも埋める」


 事実上の戦力外通告。自分に言われたわけでもないのに、ぞくりと背筋が冷たくなった。そう、自分達がいつ倒れたとしても、代わりはいる。そうして生き残った者だけが精鋭となっていく。ここはそういう場所だ。

 俺は、いかに自分の認識が甘かったかを痛感していた。憧れと、感謝の気持ちだけで突入してきたまではよかったかもしれない。その先を見つめ直さなければ、何も始まらないだろう。


「……“May Sta.”配置、行くぞ」

「お、おう」


 名前も知らない先輩はあからさまにふてくされた顔で、同じ駅に配置された数名を連れて出て行った。気まずい空気だけが残る。


「……それで?どうしてハヤテが今日もいるわけ?」

「処理班の朝礼に、知らない顔が」

「知らない顔?異動者じゃなくて?」


 ハヤテさんの後ろに、武鉄隊員が一人いる。今では死語だろうけど、ギャルっぽい女の子だ。

 目元がキラッキラで、まつ毛もバサバサ、トータルすると形容しがたいほどものすごいことになっている。金に限りなく近い茶髪はゆるくカールしていて、今流行りのタレントを思わせた。フルメイクとヘアセットに大変な時間がかかりそうだ。俺の主観では、できることならばお近づきになりたくない。決めつけはよくないことだが、苦手なタイプだ。高校ではまず縁がなかったタイプのグループに属するだろう。


「ミコト」

「はい?」

「その子、あなたの同期よ」


 え?


「その子はホタル。昨日の遅刻者よ」

「ホタルでーす。よろしくね、みこっちー!」


 いやいや。


「じゃ、ちょうどいいわハヤテ。どうせ暇なのよね?2人をお願い」

「俺が?」

「私は3号全体を見るから。よろしく!」

「……了解。ミコト、ホタル、来い」


 話が急すぎて時々、いや、しょっちゅうついて行けないのは、俺のせいではないはずだ。




***




「昨日は、どうしてた?」

「さっきの女の子からお説教されましたー」

「遅刻した奴に用はない」


 舌打ちをしたのは、ギャル子だ。聞こえないようにこっそりしたのだろうが、隣にいた俺には聞こえているし、ハヤテさんは間違いなく聞き逃していない。聞こえなかったふりをしてくれているのだろう。先が思いやられる。


「ミコト、アサヒからどう指示された?」


 所定の位置に着いたのか、先導してくれていたハヤテさんは立ち止まると、俺の方を向いて言った。やっと名前を呼ばれた、なんて。


「掃除を指示されました」

「掃除と、……いや、他のことをする時間はなかったな、確か」

「はい」

「分かった、最初からやる」


 ホームに立つと、昨日の緊張感が蘇ってきた。仕事なので当然だが、昨日のちょうど同じ時間、俺はここで、爆発物を発見するという比較的ハードな形で武鉄隊入隊の洗礼を受けた。


「怖いか?」

「……少し」

「忘れるな。怖さも貴重な経験値だ」


 バシッと背中を叩かれ、気合いが入った。大きく深呼吸をして、ホームと向き直る。ここは断じて怖い場所なんかじゃない。これから毎日を共にする、言わば相棒だ。武装鉄道隊だけが立つことを許された、大きなステージだ。


「2人とも、何も知らないということで始める。まずは」


 前線班の仕事と言えば、駆け込み乗車をする旅客を、危なくないように誘導しながら扉を押さえていることが一番思い浮かべやすい。とはいえ、いつまでも駆け込み乗車を誘発していては定時運行が確保できなくなる。しかし、中途半端に扉を閉めてしまうと自分や旅客の怪我の原因になる。シンプルだが難しい。

 他には、列車が到着した時の案内放送なんかは有名だ。今日はノゾミさんがマイクを持っているらしいので、ちゃんと聞いて予習しておこう。それから、昨日俺がやりかけた掃除も当然大切だ。時間を見つけて行くべきだろうか。

 一体どんな仕事をさせてもらえるのだろうと、少しだけ気持ちが弾んでいた、の、だが。


「そこの柱に張り付いてろ」


 ハヤテさんの口から飛び出したのは、旅客の邪魔をするな、それだけだった。

 無骨な指示にすら惚れぼれしそうになるのは、俺がただ盲信的すぎるだけなような気もする。実際、隣にいるギャル子は少しふてくされているようだった。遅刻の件については彼女の反応を見る限り、相当きつく叱られたのだろう。時間には厳しい職場だということがあらためて実感できる。


「今日は、ただ見ていればいい。暇な時間は、基本動作をやる。見ていないと、できない」

「はい!よろしくお願いします!!」

「……お願いしまーす」


 ハヤテさんに言われた柱の前に立つと、客として使っていた頃とは違う景色が見える。目の届く範囲で、それでも数十メートル先まで、旅客の一人ひとりがどんな行動をしているのかを窺うことができた。携帯端末を操作しているサラリーマン、パンを片手に友達と談笑中の高校生、ベビーカー専用車両の乗車位置を探している母親とベビーカーの中で笑う赤ちゃん。

 この日常を守る担い手になったのが昨日のことだ。一から学ばなければ、昨日のようにうろたえることしかできない。


「昨日、なんかあったわけー?」

「え?」

「班長さん、ものすごい勢いで走ってったんだよー?」

「……後で話すから見てようよ」


 ずっと憧れていたハヤテさんを、ハヤテさんの仕事を間近で見せてもらえるんだ。ハヤテさんでなくとも、先輩から全て吸収するくらいの姿勢で臨まなければ失礼にあたる。昨日のロッカールームでの嫌みが頭をよぎる。早く一人前にならなければ、今よりさらに迷惑をかけることになるだろう。そのために一生懸命になることは、格好悪いことじゃない。俺の選択肢は最初から決まってる。

 指先まで伸びた腕は、いくつもの確認箇所を指していた。その後に聞こえる異常なし、の声。たったそれだけの動作が、1000名を超える乗客の命を守っている。鼓動が、大きくなった気がした。


「……今のが流れだ。基礎だ。体に叩き込め」


 ハヤテさんの仕事があまりに鮮やかすぎて見惚れていて、何をしていたのか覚えていないなんて、言えない。


「……、見てなかったな?」


 見てました。これでもかってくらいに見てました。ただただかっこいいとか、すごいとか、そんな感想しか浮かばないくらい見惚れていました。何て言い訳は、我ながら果てしなく気持ち悪い。いよいよ本格的におかしいのではないかと思わなくもない。合わせる顔もない。恐る恐るハヤテさんを見上げると、笑っているように見えた。目を細めて、口元は緩やかなカーブを描いていて。


「……5号線、下り側に移動する。あそこは、人の邪魔にならない」

「は、はい!」


 先に歩き出したハヤテさんを、小走りで追いかける。ホタルはこれ見よがしにゆっくり歩いているが、気にしていられない。放置して、追いつく。


「あの、ハヤテさん。……ちゃんと見てなくて、すみませんでした」

「違う、お前は見ていた」


 しっかり頭を下げると、ハヤテさんは立ち止まってくれた。顔を上げると、あの日見た穏やかで優しい、安心させてくれる表情がこちらを向いている。あの日のまま、まるで時が止まったかのように。何もかもが同じで。


「……俺もそうだった」

「え……」

「初日は、仕事内容なんて頭に残ってなかった。ただ見惚れた」


 ハヤテさんの空色の瞳は俺を見ていない。もっと遠く、過去を見ているようだった。懐かしそうに、なのに少し悲しそうに見えたのは、瞳の色のせいではないと思った。きっと理由があって、それこそ、昨日アサヒさんが言っていたような、仲間を大事にしていたからこその苦労が。何があったのかなんて、訊ねることもできないが。


「次はちゃんと見てろ。練習すらできないと、今日が終わらない」

「はい!」


 随分と紆余曲折を経たが、ようやく始まる。始まると思って始まらなかったのが、昨日まで。俺の武鉄隊生活がいよいよ始まる。でも、結論から言うと俺の認識は甘かったのだ。研修が始まりなどではないこと。もっと言えば、自分がまだスタートラインにすら立っていないことを知るのは、まだ少し、先の話だ。


「まず、監視位置に立つ。客の乗車位置は避けろ。点字ブロックにも、立つな」


 基本動作。誰でもできることでありながら、軽視すると全力で足元を掬いに来る。武鉄隊員として最初に覚えるべき基本動作の一連の流れは、一連の流れと言うのを躊躇うくらいたくさんあった。

 点字ブロックを避けた線路側、線路に背を向けて立つ。少しだけ背中が心許ない。例えば今、正面から体当たりされたら、ゾッとして想像するのをやめた。


「この時間、次の電車の時間を確認する。支給の時計は?」

「つけました。歴史の教科書で見た、初期のスマホを小さくしたみたいな形ですね」

「先月から新しくなった。ボタンひとつで運行状況が分かる」


 画面には既に出発した2本の車両と、今から到着する2本の車両が、今どこにいるのか、“Western River Sta.”への到着予定時刻、発車時刻、終点“Apricot Sta.”への到着予定時刻、そして異常なしの文字が映し出された。時刻は全て秒単位だ。

 俺は胸ポケットに入っている小さな時刻表のカードを取り出した。時計に映し出された時刻と同じだ。


「新型は不備が多い。から、紙の時刻表も大事だ」

「そうなんですか?」

「機械が完璧なら、最も危険な先頭に運転士を座らせる必要はない」


 例えが逐一的確だ。

 まずはこの時刻表カードと格闘する日々が始まるのだろうか。ほとんど数字の羅列で何とも読みづらい。しかし、ハヤテさん曰く、簡単に読めたら客が知らなくていい情報まで筒抜けになる、とのことだった。確かに秒単位のダイヤなんて、一般人なら知らなくても不都合はなさそうだ。むしろ知られた方が秒単位の遅延にまで突っ込まれるような気がする。

 時計で現在時刻を見てから、カードで次の電車を確認する。そうしていると、小気味良い音楽と共に、到着アナウンスが鳴り始めた。確認した電車とは違う。読み間違えたらしい。これはなかなか手ごわいかもしれない。早く読み方を覚えなければならない。


「軌道内と架線に異常がないか、指差喚呼で確認する。あまり外に出るな。運転士に迷惑だ」


 見様見真似でおそるおそる指を差す。ぎこちない上に、指先は少し震えている気がする。落下物はない。架線には何も引っ掛かっていない。異常なし、喚呼したつもりが電車の音に掻き消されて何も聞こえなかった。何一つ上手くいってないことに少しだけ落ち込む。落ち着けよミコト、ここは本番のホームじゃないぞ。今は実際のアナウンスに合わせて練習しているだけだ。それも初めてだ。


「停止を確認したら、ずっと目視」

「ずっと、ですか?」

「落とし物から電車酔い、酒での酩酊、ごく稀にテロリスト。他にもあるが、どれも異常だから見分けるのは簡単だ。目立つ」


 特にテロ行為のあった後、数日間は模倣犯や仇討ちが増えるので、気を抜けない。ハヤテさんはそう言った後で、仕事中は気を抜くなと苦笑いをした。自分に言い聞かせているみたいだ。


「ぶら下がってる電灯、見えるか?」

「あの、黒い……」

「正解。3号線にもある。信号が赤から青に変わると点灯する」

「青に変わると、点く……」

「反応灯だ。確認したら発車作業に移行。見てろ」


 ハヤテさんが指し示す方、3号線ことホームナンバー3では別の武鉄隊がちょうど作業をしているところだった。先輩は前を何度も確認し、左手を高く挙げた。指先までがしっかりと伸びていて、綺麗だとすら思う。

 電車の扉が閉まる。いくつかの確認作業が入り、先輩や数名いる駅員さんが綺麗なお辞儀をした。彼らが頭を上げ、前方に体を向けると、高級感を思わせる渋い色味の電車は滑るようにゆっくりと動き出す。だんだん加速して、ついに通り過ぎていった。一番後ろの車両、乗務員室の窓から身を乗り出していた車掌さんの敬礼が、決まっていて格好よかった。

 俺も早く、できるようになりたいと強く思う。


「今のは成功例だ」


 ハヤテさんは今の言葉を言い終える頃、急に顔色を変えた。俺達に、ここにいるように言うと、ホームナンバー3のエスカレーター乗降口まで歩いて行ってしまう。あの先輩に話でもあるのだろうか。どうすればいいのか戸惑ったが、その様子を見守りながらおさらいをすることにした。下手なことをして邪魔はできない。

 すると、ハヤテさんは先輩を素通りし、エスカレーター前で立ち止まっていた一人の壮年男性に声をかけ、


「……嘘でしょ」


 ボディーブローをぶちかました。


「えーっ!?」


 響いたのは俺の絶叫だった。隣にいるホタルもドン引きしている。だって、おかしい。どこからどう見ても普通のお客様に声をかける姿までは自然だったのに。何か受け応えをした瞬間、相手の鳩尾に拳をめり込ませたのが、あろうことかハヤテさんだった。

 よろけた男性客の脛に、ハヤテさんの長い脚がしなやかな鞭のようにヒットする。うつ伏せに転んだ男性客を後ろ手に捻りあげると、ハヤテさんは手錠を取り出し、そのまま両腕を拘束した。完全にノックアウトされている。


「……な、何が起こったんだ?」

「さ、さあ……」


 目の前で繰り広げられたスタントアクションさながらの光景は、ケンカもせず平凡に育ってきた俺にはなんとも受け入れ難く、派手な映画のワンシーンにしか見えなかった。爆発物といい、今の逮捕劇といい、一体どうなっているのだろう。武鉄隊はアルバイトではあるものの、逮捕権が認められていることは知っていた。知っていたのだが。

 ハヤテさんは周囲の駅員さんを呼び、そして俺達に手招きをした。


「こちらハヤテ。3号線、ES前にて不審人物を確保。調査班および処理班は該当箇所を調べろ」


 どこが不審だったのかまったく分からない。混乱している俺の隣を、頭一つ分くらい小さな人が通り過ぎた。ノゾミさんだ。


「なに?どうしたの?」

「ツラ見ろ。獲物だ」


 ハヤテさんに促され、ノゾミさんは、見れば見るほど普通のおじさんらしき人物の顔を覗き込む。不機嫌そうだった彼女の表情はいつの間にか疑問に変わり、ちょこんと首を傾げた。なんだか、ちょっと可愛い。


「……誰?」


 その声に俺は少しだけ安心し、ハヤテさんは自分の眉間に手を当てながら溜息をついた。映画でしか見ることのない、呆れたというサイン。何故かハヤテさんがやると様になっている。と言うか、似合う人は他にきっといない。


「そいつは」

「“RED LINER”の前身、赤線闘争隊の元幹部様だ」


 やたらかっこいい重低音ボイスにつられて振り返り、後悔した。

 同期ちゃん越しに見える射抜くような鋭い眼光は、あだ名をつけるならば殺し屋以外にあり得ない。ハヤテさんよりも高いかと思われる身長に、しなやかさの欠片もなさそうな筋肉質に見える首。体はホタルに隠れて見えないが分かる。この人、絶対、素手で人を殺せる。目を合わせてはいけない。直感がそう言っている。


「おい、じゃじゃ馬姫。退け。後は俺らが引き取る」

「誰がじゃじゃ馬よ、アホゴリラ」

「誰がゴリラだ、イノシシ女」


 って、あれ?

 同期君の前に出てよく見ると、殺し屋さんは断じて殺し屋ではなかった。何故言い切れたか。簡単だ。その人も俺と同じ、派手すぎる黄色が眩しい制服を身にまとっているからだ。なんて失礼なことを思ってしまったのだろう。反省しながらもう一度顔を見て、やめた。目付きだけはやっぱり殺し屋だ。


「コハク、アスカ!丁重にお連れしろ!取り調べ担当以外は調査開始だ!髪の毛一本たりとも見逃すな!!」

「了解しました!」


 いつの間に増えたのか、辺りは黄色い制服でいっぱいになっている。なんだか少し異様な光景だ。人手不足だと言われながらこんなに在籍していたのかと、少し驚く。

 よく見ると、自分がしている腕章とは色が全然違う。アホゴリラと呼ばれたいかつい人や、その人に指示を受けていた人達の腕章は、臙脂色に金の刺繍で調査班と書かれている。


「ハヤテ部長!編成配置完了しました!!」

「ヒビキ、任せる」

「はい!」


 こちらの先輩には爆発物処理班の文字。ハヤテさんにしか会ったことがなかった俺は、本当に班があるのか、実はその存在すら疑っていた。ハヤテさん、パーフェクトヒーローだし。班って言いながら一人でやっていて、優秀な人材を密かに捜している……、なんてB級映画にありそうな設定はなかったようだ。


「……“Western River Sta.”ホームナンバー3で配置中の前線班総員に告ぐ。こちらノゾミ。調査班および処理班の邪魔になるので見習い以外は全員引き上げてよし。以上」

「おい!」

「……ノゾミ、それは」


 インカムで早口で噛まずに言い終えたノゾミさんは、満足そうな笑顔を向けている。笑顔と呼ぶには、いささか凶悪な気がしなくもないが。なんとなく不安になるような。例えるなら、最初は味方のふりをしているラスボス級の悪役が、一瞬だけ見せる悪い笑顔と同じだ。


「言ったとおりよ。調査および爆発物捜索の邪魔にならないように前線班は朝のお仕事を泣く泣くあなた達調査班と爆発物処理班に譲りながら撤退するわ。5号線は関係ないから研修を続けるわね」


 ああ、天使の笑顔だ。後光が差しそうだ。言葉のトゲトゲしささえなければ。


「てめ、ふざけんなじゃじゃ馬!」

「仕事が増え」

「なによ。多すぎる人数ぶっ込んできたのはどこの誰?」

「必要最低限だバカ女!」

「お客様の邪魔になるでしょうが!時間考えなさいよ脳筋ゴリラ!!」

「……二人ともそのくらいに」

「任務を全うしてるだけだろうが!」

「安全に優先されるものはないっつってんの!!」


 あのハヤテさんが割り込めないなんて。これはもう制止のしようがないのではないだろうか。同期2人で顔を見合わせ、どうするものかと考え始めた時だ。


「おーおー、派手にやってんな」

「感心している場合ですか」

「よお、何があった?」


 いかにも体育会系と言える明朗快活な声と、反対に穏やかな優しい声。今日はたくさんの先輩に会う日だ。体育会系の先輩に肩を叩かれ、聞かれているのは自分だと気づく。

 左頬に傷痕、ワックスでまとめ上げたようなオールバックの黒髪、帝国の偉い人がしている大綬に似た布を肩にかけた、一言でまとめるならとにかくすごそうな人だ。百戦錬磨の大将とか、そんな感じだ。もう一人の優しい声の先輩は、ゆるいウェーブの柔らかそうな髪に、穏やかそうな微笑み。王子様タイプとでも呼ぶのだろうか、見た目だけで育ちの良さが分かる。それにしても、彼らを表現するためのボキャブラリーが、あまりに足りないのがつらい。


「事情知ってるだろ?後輩は先輩に報告する義務があるんだ、新人君。教えてくれ」

「は、はい!指名手配犯と思しき人物を確保したため、調査班および爆発物処理班が捜査を開始することになりました!」

「お、元気いいな。それで?」

「あの、ノゾミさんが、前線班に撤退を命じたので、あの……、揉めておられます」


 何も間違っていないと、思う。百戦錬磨の将軍様は眉間にしわを寄せ、王子様は眉を緩やかに下げた。


「はぁー、トキワとノゾミちゃんか。仕方ねーな」

「通常通りです。むしろ、お二人が仲睦まじくなさることの方が問題かと」

「そりゃテロより珍しいな。……止めてくる。あ、ノゾミちゃんやら役職付きにはちゃんと役職名つけろよ!仕事中の礼儀だからな!」

「はい!気をつけます!!」

「仕事以外では普通でいいからなー」


 殺し屋アホゴリラさんことトキワ班長、バーサス、じゃじゃ馬姫ことノゾミ班長のデスマッチが開催されている方へ足を向けた将軍様は、もう一度俺を振り返る。


「新人君、名前は?」

「23年度4月期生、ミコトです!」

「おー、今度のミコトはお前だったか。元気さ忘れずに頑張れよ!」


 やはり明朗快活な笑顔で将軍先輩はデスマッチリングへ上がり、そして、二人の後頭部にゲンコツを入れた。やばい音がした。

 ひっ、と小さな悲鳴を上げたのは同期の女の子だ。


「……やりすぎです、隊長…」


 王子様先輩がやれやれといった風に、それでも苦笑いを浮かべている。この人、余程のことがないと怒らない、と言うより常に微笑んでいるのではないだろうか。微笑みの貴公子とでも呼ぶべきだろうか。


「あの、なんか、揉め事ひどくなってるような……」

「隊長が実力行使に出ると、いつもああなります。珍しいことではありませんよ」


 と、止めに行った意味はどこだ!?

 ついに飽きたのかハヤテさん、ではなくハヤテ班長はいつの間にか離脱している。元々セコンドみたいなことになっていたし、割り込めていなかったし、諦めたのだろう。気だるそうに首を傾げながらこちらにやって来た。


「お疲れ様でした」

「スバル……、バカを寄越したのはお前か?」

「ご存知の通り、隊長は後輩から尊敬のまなざしを向けられると、じっとしていられません。僕がけしかけるまでもないのはお分かり頂けますか?」

「バカの極み……」


 バカだのアホだの、自分のことを言われているわけではないのに、胸に刺さる言葉だ。実際、高校の成績は褒められたものではなかったが。弟の成績の方がよくて、肩身の狭い思いをしていた日々が既に懐かしい。

 それよりも気になるのは、隊長という響き。


「あの、ハヤテ班長。隊長って……」

「“Western River Sta.”管区、武装鉄道隊の隊長。俺達のトップだ。それがあのオールバック」

「彼の名はカムイ。一応、相当な実力者ですよ?」


 やっぱりすごい人だった。何というか、ぱっと見のオーラが違ったのだ。勲章をたくさんつけているからとか、そういうわけではなく。将軍様というのもあながち間違いではなかったらしい。


「僕はスバルと言います。隊長と行動を共にしているので、お昼の間は管区や駅にはいないことの方が多いですが……」

「前線部の部長。スバルは、お前らの直接の上司だ」

「よろしくお願いします!」


 よろしく、とスバル部長は柔和な微笑みと共に、俺に右手を差し出した。育ちが良く見えたのではなく、本当に良いお家柄の方らしい。でなければこんなにも優雅な握手での挨拶なんて自然に出るわけがない。対して慌てて手袋を外し、手を握り返す俺は、当然慣れていないので格好悪かった。


「……そろそろ隊長を連れて行きますね。それではハヤテ部長、皆さん、また」


 上品な、でもどこかいたずらっぽい笑顔で、スバル部長はバトルロイヤルのリングと化した揉め事の場からカムイ隊長を連れ出した。あ、あざやかだ……。最初からスバル部長が制止に入ればよかったのではないかと、言おうとしてやめた。あのいたずらっぽい笑顔、きっと本人も分かっていたに違いない。微笑みの貴公子も、案外腹黒だ。

 それにしても、部長って。ハヤテ班長、ではなく、ハヤテ部長を見る。言いたいことがバレたのか、目を逸らされた。


「研修の続きをやる」

「え、いいんですか?処理班のお仕事は」

「俺がいなくても回る。お前達の基本動作が最優先だ」


 行くぞ、とハヤテ部長は元の5号線へと歩いて行ってしまう。未だ揉めている3号線の彼らから視線を外すと、俺とホタルはハヤテ部長に続いた。


「基本動作が身につかない限り、今日は下には降りられないと思え」

「が、頑張ります!」

「がんばりまーす」


 できなければ帰れない。ワオ、分かりやすい。それくらい分かりやすい方が、今の俺にはちょうどよかった。トラブル続きで頭がついてこないが、雑念を振り払うように俺は線路と向き直った。


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