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#005

「……3号線、ハヤテです。小型爆弾を発見、上り方10両目付近。解除します」

『待て待て本気か!?電車止めたるから待っとけ!』

「時間がありません。とても単純な仕掛けです。失敗はあり得ません」

『……まあ、ハヤテ君やったら、頼むでホンマに!』


 このやり取りをしている間にハヤテさんは手を動かし続けていた。ようやく許可が下りた今、俺がビビり倒していた対象物は、もはや爆発物とは言えない部品レベルにまで解体されている。突っ込むべきところなのか少し悩んだが、そういう風に見えるのは俺が素人でよく知らないからだということにした。


「クリア確認。……簡単すぎる。手紙を見せろ」

「これです」

「……センサーはない。遠隔。仕掛けた奴が、近い」


 手紙と呼ぶべきか犯行声明と呼ぶべきか悩む文書には、発見から20分後に爆発すると記されていた。察するにこれを仕掛けた犯人は、俺が爆発物を発見したのを見届けて起動させたと考えて間違いない、という話らしい。

 緊張が一気に解け、その場にへたりこむ。ハヤテさんはそんな情けない姿の俺を気にすることもなく、無線で何度か通信を試みているようだった。


「……やばいことが、起きるんですか?」

「これくらいは日常茶飯事だ」


 思わず、口をついて出た言葉。それに対する返答。開いた口が塞がらないとは、まさに今のことを指示しているのだろう。想像がつかないくらいに、ここはとんでもない場所かもしれない。




武装鉄道希望隊 #005




 無事に高校を卒業し、無事に武鉄隊への入隊を果たし、無事に綾羽 尊からミコトになった俺は、勤務初日から爆発物を発見するというとんでもない強制イベントで洗礼を受けた。自分やほかの関係者、そしてお客様に怪我はないし、電車も通常通り走っているが、全然無事じゃない。武鉄隊の激務っぷりをこれでもかと言うほど思い知る。

 涙と鼻水まみれの情けない姿を先輩に見せ、しかもその先輩が憧れの人だった時の恥ずかしさったら他にない。


「お手柄よ、ミコト」

「もう勘弁してください……」

「褒めてるのよ。よく騒ぎ立てずにハヤテの到着を待てたわね。普通なら取り乱して、電車止めたり大袈裟に避難させたりして面倒なことになってるわ」


 到着を待っていたのではなく、俺が一箇所に留まり続けているのを不審に思ったハヤテさんが気づいてくれただけだ。彼は腰を抜かして動けなくなった俺を押しのけると、解体許可を申請しているたった数秒間だけで爆発物を解除した。そしてその後は今後に役立てるために、どういった部品が使われていたのかの確認で解体していたらしい。ちなみに解体完了までの数十秒間は、俺が死ぬほどびびってチビリそうだった時間よりも格段に短い。

 何となく噂で知っていた程度だったが、本当に爆発物処理班がいたなんて。しかもそのリーダーが、憧れ続けたハヤテさんだったなんて。俺がイケナイ恋愛に目覚めたらどうしてくれる。


「それにしても、なんでハヤテが居たの?あなた昨日は遅番だったんじゃなかった?」

「目が冴えた」

「寝なさいよ」

「……小遣い稼ぎ」

「また発売日か?今度はどこのゆるキャラ?」


 先輩達が話している内容は、あまり頭に入ってこなかった。その場に腰を下ろすと、とてつもない疲労感が襲ってくる。昨日の今頃は何をしていたのだろう。今までの日常が、一気に遠くなった気がする。つい数日前には、ここに在籍することすら決定していなかったはずなのに。

 あの事件に巻き込まれるまでの自分は、何事に対しても後ろ向きだったし、思ったことを口に出すことも苦手だったし、できることなら面倒事には関わりたくなかった。小市民的正義感を持ち合わせていながらも、発揮されるのはせいぜい、お年寄りに座席を勧める程度だった。ケンカを仲裁するなんてもってのほか、強そうで怖そうな人には近づかないのがモットーだった。

 あの日から、あの事件から俺の生活は一変した。ハヤテさんが言ってくれた言葉、助けてくれた命。いつか叶えたい夢のために、努力をするようになった。毎日必ず1時間、体力トレーニングをした。接客のための言葉遣いを勉強した。帝国や鉄道の歴史本、最後までイマイチ分からなかったが電気系統についての参考書、他にも役に立ちそうな本や参考書を片っ端から読んだ。高校を卒業し、入隊が許可されるまでの期間は2年に満たなかったが、それでも体育と国語、そしてなぜか数学の点数が劇的に伸びた。努力は自分を変えられると知った時、俺はもう、入隊以外の道など考えていなかった。成績が返ってくるその度に両親に思いを告げてきた。いい顔をされたことは一度もなかった。それだけは、武鉄隊を志す前と何も変わらなかった。

 ああ、そうだ。昨日の今頃だって、両親と言い合いになっていた。入隊手続きに行くための準備をしていて、正気かと聞かれたのがきっかけだったと思う。その後は家出も同然で、たった一つの荷物を持って飛び出した。もっと遠くの駅でも良かったはずなのに、自宅の最寄駅で、武鉄隊の募集ポスターを見つけた。そして今、ここにいる。

 あらためて思い返してみても、あの日常はもう、遠くなっていた。


「で、見当は?」

「調査班が。昼には確保できる」

「さすがね」


 さっきの爆発物を設置したであろう犯人の目星はもうついているらしい。情報は爆発物本体とPC作成の文書のみだった。それも爆発物は工務店で売っているただの部品になっていたし、文書は俺が握り締めたり、俺の涙が落ちたりして、ぐちゃぐちゃの紙切れと化していたのに。どんな捜査力なのかそれこそ検討がつかず、ただ圧倒される。

 今朝だけで、それもたった2時間のうちの数分で起きたことが多すぎる。内容が濃密で頭の整理が追いつかず、俺の脳内はとっくにキャパオーバーだ。前線班と爆発物処理班だけでなく、調査班という名称まで出てきた。班はいったいいくつあるのだろう。


「ミコト、具合悪い?」

「無理もないわね。爆発物の発見なんて日常茶飯事ではあるけど、あなたはまだ一般人に限りなく近い。ここでリタイアされても、私達に引き止める手立てがないわ」


 項垂れていた俺の頭を、アサヒさんは指でつついた。頭を上げるとアサヒさんはもちろん、ノゾミさんとハヤテさんまでもが心配そうに俺を見ている。アサヒさんは俺の隣に腰を下ろし、何度か頭を撫でてくれた。その手はとても穏やかで、こわばっていた体も心も少しずつ落ち着きを取り戻しつつある。

 俺の正面には、しゃがみ込んで目線を合わせてくれたノゾミさんがいる。長いまつ毛、透き通るような澄んだ大きな瞳。色白の肌、頬にはうっすらと紅が差している。高くも低くもない鼻は純帝国風の顔立ちを際立たせている。少しだけ尖らせたように結ばれた唇は、彼女の健康の象徴だとでも言わんばかりに、血色の良い鮮やかな色をしていた。あらためて近くでよく見ても、美人だ。美人が俺の目の前にいる。そんな美人の人形のように大きな瞳にまじまじと見つめられ、平常心でいられる健全な男子なんていない。顔が熱くなる。


「でもね、もう少しだけ頑張ってみてほしいのが本音よ。もう少しだけ、私達と一緒にいてくれない?」


 美人だとか人形だとか、違う。天使だ。俺の目の前に天使が舞い降りた。天使が俺に向かって微笑んでいる。俺の頭は条件反射でこくこくと頷いていた。ありがとう、とにこやかに笑うノゾミさんからは、まるで後光でも差しているようだった。神々しい。天使なのか女神様なのか、もうどうでもよかった。幸せです。


「新たな犠牲者か」

「幸せそうだしいいんじゃない?」


 アサヒさんとハヤテさんが小声で何か会話していたが、あまり聞き取れなかった。アサヒさんは立ち上がると何度か伸びをして、時計を見る。


「ノゾミ、もう10時になるよ。朝飯でも行こうか」

「遅くなっちゃったわね。ハヤテとミコトも来るでしょ?」


 ハヤテさんは無言で頷いた。この人、それなりに喋るイメージがあったのに、ノゾミさんやアサヒさんがいると寡黙なのか。それとも二人が喋る方だから言葉が必要ないのか。

 正直に言うと、俺は返事に迷っていた。前線班のツートップと、憧れの先輩が一堂に会する朝ごはんなんて、新人の俺は場違い極まりない。それに、緊張で食事どころではないだろう。これはどっちだ。断ることを前提とした社交辞令なのか、それとも本当のお誘いなのか。返事をできないでいると、俺はアサヒさんとハヤテさんによって両脇をがっちり固められていた。


「決めないなら連行ね」




***




「改めてようこそ、“Western River Sta.”管区 武装鉄道隊へ。私は前線班班長のノゾミ。こっちは副班長のアサヒ」

「事件に気づかなくてごめんな。初日からよく頑張ったよ」


 ちょうど良い固さのクッションが心地よいソファーに腰を下ろしながら、俺はどうにもリラックスできないでいた。

 連れて来られたのは、一般人は立ち入ることができないカフェだ。一見どこにでもありそうなセルフサービス式のオープンカフェ、と見せかけて駅長事務室の内部にあるセキュリティ万全のエレベーターで地下に潜った先にある。地下なので空はどこぞの監獄よろしくペイントだ。でも充分な広さと高さのおかげで息苦しさは全くない。コーヒーと、焼きたてパンの香ばしい匂いが、あちこちのテーブルから絶えず立ち込めてくる。おしゃれな形をした椅子やソファーに腰掛けているのは、ほとんどが帝鉄の制服を着た駅係員さんだ。まれに私服(サラリーマン御用達の普通のスーツだ)の人も見えるが、全員が必ず名札代わりのIDを手にしていた。駅長事務室内なので当然と言えば当然だが、ここには帝鉄の関係者しかいないらしい。


「で、こっちがあなたの捜してたハヤテよ」


 ハヤテさんは無言で俺に右手を差し出してきた。これ、握っていいのだろうか。マジで握るぞ。がっちりと握手を交わした後で、今日は絶対に右手を洗えないと思った。幼い頃に遊園地で戦隊ヒーロー、ただし中身は普通のおじさんに握手してもらった日のことを何故か思い出した。目の前にいるのは正真正銘本物のヒーローだと言うのに。

 ハヤテさんはノゾミさんの方に向き直り、思い出したように聞き直す。


「……捜していた?」

「理由は本人に聞きなさいよ」

「何故、俺を?」


 突然、とてつもない重い空気が流れた。鋭い、貫くような視線は、ハヤテさんとノゾミさんから俺に注がれている。朝、先輩達から受けた不快な視線とは違って、威圧感が凄い。警戒心の表れなのだろうか、そうだ、俺はまだ部外者に一番近い位置にいる。

 あの事件の後で、ハヤテさんを捜していた時だってそうだった。お礼を言いたいだけであっても、隊員の個人情報についてのご質問には一切お答えできません、という返答しかなかった。個人情報が守られなければ、今朝のような事件が個人宛に来てもおかしくない。だからこそ自分達にはコードネームが与えられている。それだけ重要なことなのだと、今になってようやく理解した。


「こらこら二人とも、そんな過敏にならなくても。悪い理由なわけないだろー?」

「……そうね、悪かったわ。差し支えなければ聞かせてもらえる?」


 あの威圧感はもうどこにもなかった。感情の切り替えと言うよりは、能ある鷹は爪を隠すと言ったほうが正しいような気がする。不機嫌そうな顔、天使としか言えない顔。そして先ほどの射抜くような視線。彼女はどんな時も、武装鉄道隊のノゾミであるために使い分けているのだろうか。湯気を立てるホットミルクに、かなり多めのハチミツを溶かす彼女の様子からして、そんな風にはまったく見えないというのに。人の好みに口を出す気はないが、カップに対してあの量のハチミツは全部溶けない気がする。


「俺、2年前の爆破テロの時にハヤテさんに助けてもらって、ずっとお礼が言いたかったんです」

「2年前って、生存率10%のあれか……、よく生きてたねー」

「後遺症も残らなかったのね。そんな人がいてくれて、本当によかったわ」

「俺が武鉄に入れば、ハヤテさんみたいに誰かを守れるかなって、思って」

「なんだ、身構えて悪かったわね。いい話じゃない」


 ノゾミさんは穏やかな微笑みを浮かべている。こんなに優しい顔は、ここに来て初めて見た気がする。ノゾミさんに限らず、当たり前だが誰もが真剣で、ようやく肩の力を抜いていい場面になったのだと感じられた。俺に余裕が一切なかっただけかもしれないが。

 俺はハヤテさんに向き直る。綺麗な空色の瞳が、あの日に重なった。


「あの時は、本当にありが」

「覚えがない」


 一瞬の沈黙が、とてつもなく長く感じられた。よっぽど悲愴な顔をしていたのか、アサヒさんが取り繕うとしている姿が見えた気がする。

 想像はしていた。全く覚えられていないことくらい何ともないと思っていた。俺は自分で思っていた以上に気持ち悪いロマンチストだったらしく、今日の再会に何か特別なものすら感じていたようだ。実際は違う。新人がドジ踏んだのを、先輩が尻拭いをしてくれただけだ。


「……何人助けたか、何人死なせたか、覚えてない」


 ハヤテさんは立ち上がる。その瞳の色は、見えなかった。全く手をつけていないパンをアサヒさんの皿に押し付けている。アサヒさんは何も言わなかった。俺はというと、どんな声を掛けていいか分からず、謝ることもできず、ひたすら目で追うことしかできなかった。


「新人、誰かへ思い入れを強くしたら、死ぬぞ」


 理解できるような、できないような。何かが足りない言葉を残し、ハヤテさんはゆっくりと出口に向かう。つまり、今のは、特定の人物に対して特別な感情を抱くなということだろうか。社内恋愛禁止、みたいな。もっと言えば、この尊敬心を捨てろ、ということだろうか。


「あ、の……、ごめんなさい、調子に乗って」

「いいのよ。ハヤテはいつもあんな感じだし。案外、気に入られてるんじゃない?」


 ノゾミさんはそう言うと、ハヤテさんの後を追いかけていった。並んだ二人の後ろ姿は、身長差こそあるものの、お似合いのカップルのように見えてしまう。なんだか場違いな微笑ましさだ。こんなこと言ったらそれこそ失礼極まりないというか、天使なノゾミさんの顔が豹変する事態になりかねないが。それにしてもノゾミさんの最後の言葉は一体どういう意味だろう。


「気にしなくていいよー、ハヤテは別に怒ってないから」

「え?」

「しかしハヤテがあれを言うとはねー。お前が言うなっての」

「え、っと……?」


 ハヤテさんに押しつけられたパンをかじりながら、アサヒさんはおかしそうに笑っている。ワケが分からないまま、俺は自分で頼んだアイスティーを飲んだ。味なんて分からない。それでも喉に心地よい冷たさが流れ、少しだけ落ち着きを取り戻した気分になる。


「ミコト、ハヤテは誰よりも武鉄隊員を大事にする奴だよー。その分、苦労も多いけどね。さっきのは、ここで余計な苦労をしたくなければ必要以上に仲良くするなって意味だよ」

「苦労……」

「武鉄でいることは死に直結するからね。俺もハヤテも、ここ来てから長いんだけどさー、もう何人見送ったことやら」


 犠牲を伴いながら発展してきた帝国と、歴史に添い遂げてきた武装鉄道隊。そこにはいくつもの名前があり、命を持っていた人達がいた。事件が起きる度に、顔も知らない先輩達は血と汗と涙を流してきた。だからこそ今がある。先輩達がいたからこそ国民の生活は守られている。現実を実感し、つい先ほど、自分が死んでいたかもしれなかったことを思い出した。もしも他に誰もいなかったら、俺は、今ここでパンをかじっていない。でも、守られていた国民の側に、俺はもういない。切り替えなければならないんだ。


「それでもね、仲間を思うことは悪いことじゃない。この先はミコトの好きなように選んでいいと思うな。こればっかりは強制されてどうにかなるもんでもないしねー」


 ふと思い出す。高校を卒業する寸前に、将来の夢について語り合うといった、テンプレ通りのホームルームが行われた時のことだ。数少ない友人にも話していなかったことを思い切って話した。大学進学はしないこと。結果的に士官学校入学というとんでもないオプション付きだったが。武装鉄道隊に入隊して、人々を守りたいということ。自分の夢は、武装鉄道隊に入隊することだということ。しんと静まり返った教室と、全員の刺さるような視線。話し終えた後で俺を待っていたのは、数名の嘲笑と、多くの拍手だった。

 夢は叶った。同時に、また始まった。入隊で終わるのではない。“約束のない明日に、希望のレールを”という、武装鉄道隊のスローガンを、実現する一員になったのだ。そのために俺ができることを探していかなければならない。きっとその先に、仲間を思うとか、任務を確実にするとか、自分で選べる日が来るのだろうと、勝手に思った。


「……ミコト、食ったら行こうか。駅構内の施設を案内するよ」

「はい、よろしくお願いします!」




***




「珍しいわね」

「何が」

「覚えてるんでしょ、本当は」


 目の前の強気な瞳は、何もかも分かっているようだった。こいつにだけは、いつだって勝ち目がない。降参だ。


「……個人情報を、保護した」

「相変わらず言葉足らずよね。……綾羽 尊くんだっけ?」

「礼を言うべきは俺だ。あそこにあいつが居なければ」


 最悪の状況。

 一度目の爆発で一般旅客6割と、乗務員。救出作業が進む中、二度目の爆発で、生き残っていたはずの旅客、先に到着した前線班と、救命班のほとんどが死んだ。帝国史上最悪の事件“Friday the 13 Sta.”は、とても人間が起こした事件だと思えなかった。あったはずの死体の山が、灰になっていた。救出本部は吹っ飛び、燃え残りは救命道具なのか人なのか分からなくなっていた。

 綾羽 尊がもし逃げ出せていたら。あるいは、綾羽 尊がそこにいなければ、


「俺が死んでいた」

「それ、言ってあげればよかったのに」


 想定していた通りの答えを引き出せて満足したのか、気の強い顔はにんまりとほくそ笑んでいる。今に始まったことではないが、いつも見透かされているのは、あまりいい気がしない。振り払うように他の話題を探した。


「お前は、平気か?」


 最悪の話題を提供してしまった。後悔する時には遅い。思いっきり苦い顔をするノゾミは、遠い過去を見つめている。最悪な事件の、それよりもっと前。


「……平気も何も、いい子じゃない。これからが楽しみね。名前以外は」


 俺達をここに縛りつけた、あの日。絆を作ったきっかけは、悲しすぎる思い出。自分達についている今の名前だって、あの日がなければ、あるいは。


「……お前も、言葉足らずだ」


 無情な時間は待ってくれない。あの日からもう、何年が過ぎたのだろう。俺達はどれだけ歳を重ねたのだろう。どれだけ、力を得たのだろう。釣り合うだけの、見合うだけの何かを手に入れることは叶ったのだろうか。

 無力だったあの日から。

 あの日から。

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